781. 後片付けの朝 ~奇妙な石・片付け
報告書を書き上げたシャンガマック。テイワグナの共通語で書いて良いということで、ドルドレンが話したことを、シャンガマックが書いた。
書いている間もずっと見ていた集会所の人は、彼が書き上げたのを見て『こちらの繋がりの人じゃないですよね』と訊ねた。シャンガマックは違うと微笑んで、間違いがないか確認してもらう。
「はい。大丈夫でしょう。本当はあなた方がいて頂いた方が、警護団に説明しやすいと思うのですが。時間がないですか」
「そうだな。先へ進めるなら。こちらの都合で動くことになるから」
ドルドレンが断り、とりあえずこれをと鱗の袋を渡す。『これは龍の鱗。もしも戦えない者が魔物に襲われたら、この一枚を取り出して魔物へ吹け。宙を少し舞う程度でも良い。鱗は龍の風に変わり、魔物を砕く』そう言って、皆で分けるようにと袋を預けた。
「誰かがたくさん持つものではない。これは分配してほしい。そして、魔物以外に反応しない。むやみに試しても何も起こらない。使い切りだが、これを使わなくて済むことを祈っている」
総長の言葉と一緒に受け取った袋に、信じられないといった目を向けた初老の男性は、少し考えてから『ハイザンジェルはずっと大変でしたね』と騎士たちに労いの言葉をかけた。
「それと。話を変えるが、壊された家屋を調べたい。調べると言っても様子を見るくらいだが、それが可能であれば」
ドルドレンの申し出に、集会所のおじさんは頷いて了承した。『構いませんよ。どうせ全壊なのですから。持ち主もまだ来ていないし、誰もが外から見れます』そう言って道を教えてくれた。
「この後はもう、お立ちになるのですか」
「そうなる。警護団の本部へ向かう予定だ。道々、魔物退治で」
おじさんはそれを聞いて、何とも言えず、困ったように笑った。ドルドレンとシャンガマックは少し微笑んで、それでは、と挨拶して集会所を出て馬車に乗る。
「行きますか。全壊の建物へ」
シャンガマックが先を行く馬車、ドルドレンが後ろの馬車に乗って、二人は魔物に壊された家を調べに向かった。
教えてもらった場所は本当に川に近い場所。ただその場所は、少し切り立った岩場になっており、横は森で下は川という、高さの極端な場所だった。
その手前の家が道を挟んで1軒と2軒、無残な形に壊されていて、馬車で近付くとそれはもう、家だったのかどうかも分からない様変わりだった。
「酷い状態ですね」
「そうだな。しかし・・・空き家を襲うとはな」
馬車を手前で停めて下りた二人は、壁もない家の跡を見つめる。シャンガマックは気の毒そうに眉を寄せ、建物の側へ歩いた。ドルドレンも川縁からの高さや、魔物の動いた痕跡等を調べ始める。
並びにある手前の家も、人はいないらしく、この付近は人がまだ入っていないと気が付いた。尚更。ドルドレンには不思議に感じる。何故、魔物が襲ったのか。ドルドレンは、魔物の残した何かを見つけようと動く。
一方、シャンガマック。
倒壊した家屋の中へ足を踏み入れ、3軒を見て回っていた。気になったのは川沿いの家。壊れた壁や家具が積み重なる場所を避けて、床下が見える場所まで動くと、床下から石が出ていた。
その石は人工物で、明らかに何かを記しているものと見て分かった。シャンガマックは壊れた木材を跨いで近寄り、突き出て見える石の塊の側へ来て、眉を上げる。
「おお。こんな場所に・・・・・ なぜ」
その石は石柱のように長く、とはいえ床下に入っていたのが、今見えているだけと分かる様子。床が壊れたから、姿を現したのだ。斜めに地中に刺さっているような形で、土から出ている部分は60cmほど。
そしてシャンガマックの目を引くものが、その石にはあった。
「これがあると言うことは。もしや、この地域にも」
シャンガマックは他に無いかと見渡し、もう一度、壊れたもう2軒を歩いた。だが見つからない。『これだけか』呟く褐色の騎士は、戻って石柱を調べた。
「こんな場所になぜ。これはアイエラダハッドの遺跡と同じ文字だ」
埋まっている部分を調べたい欲求に駆られるが、周囲の壊れ方が凄まじく、シャンガマック一人でどうにかなるとは思えなかった。
それなら。シャンガマックは腰袋から紙と炭棒を出し、出ている部分だけでもと、石柱に刻まれた文字を丁寧に書き写した。書きながら思う。なぜこの町は、看板に地域言語が使われているのか。なぜ人々の話す言葉は共通語なのか。ハイザンジェルとの山境で、どうしてこれがあるのか。
書き写しながら、読める部分だけ追うと、これはどうも民間伝承のように思えた。この地中にも埋まっているのかと思うと、シャンガマックは立ち去ることが惜しかった。
民間伝承なのに、概要は別国の遺跡と同じなのだと分かれば、何かが繋がる気がして。その謎を解くかもしれない、目の前のものを置いていくのは、苦しいだけ。
「いつか。またここに用があれば。是非・・・とはいえ、これは人の家だな。その頃にはもう、新しく家があるか」
やれやれと苦笑いした褐色の騎士は、書き残しがないか確認し、それから総長の元へ戻って調べたことを伝えた。
それから二人はそれぞれの馬車に乗り、橋へ向かう。ドルドレンはシャンガマックの希望により、馬車を橋に止めたら、少し彼の自由時間を作ることにした。
橋まで来ると、シャンガマックは馬車を下りて『すみません。20分ぐらいで戻ります』と言い、ドルドレンに馬車を預けて、町へ歩いて戻った。
シャンガマックは石柱のことを聞きたかった。誰に聞けば良いのかは分からなかったが、地域言語が使われているあたりも含め、この町に民間伝承がないかどうかを、開いていそうな店に入って訊ねた。
不思議そうな警戒心を見せ付ける町民も、見慣れない客が、龍と共に動く旅人の話と同じと思い出すと、それを確認してから、自分の知っていることをちらほら話してくれた。
シャンガマックはお礼を言い、情報が多くても少なくても、全てを一度頭に叩き込んで覚えた。そうして7~8軒の店を回ってから、時間を思い出して橋へ戻った。
戻る道で、最初の方で入った店から出てきた女性が、シャンガマックに話しかけた。彼女はシャンガマックよりも年上の様子で、少し恥ずかしがりながら褐色の騎士を呼び止めた。
「先ほど。お店の人に聞いていましたね。民話がと」
「そうだ。この町にだけ残るものでもあればと思った」
「私の仕事は染色ですが、染色の材料を取る場所・・・植物の生育地域が民話にあります。それも役に立つかなと思って」
シャンガマックは目を少し大きく開け、言葉ではなく視線で先を促した。彼の漆黒の瞳に見つめられて、女性は照れた顔を下に向けて、ぼそぼそと話し始めた、
「植物が。ここで使う植物ですけれど、民話の中の植物は、もう今は採れない種類と色で。でもどこかにあるのかなと、いつも民話を思い出しながら、普段採れる近い植物で染めます。
お話の中では、この町の先の山に迷い込んだ人が、見つけた色として残っています。それは川を目印に、迷い人が印をつけて通うのですが、二回目までは上手くいくのに、三回目は印を隠されて戻れなかったという話です」
「もう少し。教えて貰えるだろうか。興味がある」
シャンガマックに訊ねられ、ドキドキしながらも女性は民話を教えてあげた(※この時間大切)。
「少し話を変えるが、なぜこの町は、地域の言葉で看板を出しているのだろう。殆どがそう見えるが。俺は読めたが、他の旅人には読めない者もいるのでは」
「共通語じゃないということですか?共通語は話し言葉ですから。ここは山奥だから、識字の学びは遅かったんです。
フィギは、今こそ時期によって使われる町ですが、100年位前は人が普通に暮らしていました。その人たちが染色や、機織をして大きな町へ卸していたんです。織機を作れる職人がいなくなってから、職人が減りまして。
他に、職人の跡継ぎが減ったのも理由です。でも代替わりと言うか、文化を継ごうとする、血縁関係のない私たちみたいなのが、ここを使うようになりました。それで文化はそのままに」
そういうことだったのか、と褐色の騎士は理解した。ハイザンジェルでもそうした地域はある。
何にせよ、フィギは文化を守ろうとする若い人間たちの活動で、文字看板はそのままだったと分かれば、この先も残される期待はある。次に来た時に取り払われる恐れはなさそうであることに、ホッとした。
シャンガマックは話し終えた彼女に、質問を幾つかして、それから満足そうに微笑んだ。
「有難う。とても良い話を聞いた。いつかまた立ち寄る時があれば、今あなたに聞いた話が、俺の旅に何を与えたか、伝えられるかも知れない」
褐色の騎士の素敵な未来のお約束に、ほわ~っとする女性は、うん、と力強く頷き『待っています』と答えて、自分は何月から何月まではここにいると教えた。
シャンガマックは笑って了解し、もう一度お礼を言うと、橋へと歩いて行った。見送る女性は、もう少し独身で通そうと(※博打の選択肢)決めた。
この少し前。
イーアンたちは川下の魔物の死体を見つけ、回収を諦めていた。ばらばらに散ってしまって、集めようがない。オーリンはイーアンに『アクスエクの水の魔物みたいだ』と指差した。イーアンも頷く。
「水の魔物は解けるのが早いのか。これもそうですね。早く上に出しておかないと、水に散ります」
ここは諦めることにして、上流を確認に行こうとなり、6人は来た道を戻る。オレス夫妻がいた所に近付くと、そこには他の人も3人来ていて、彼らはイーアンたちに声をかけた。
「あのう。龍を呼ばれると言ってたから。町の者には大体連絡したので、どうぞ」
「そうか。では遠慮なく。龍を呼んでも、すぐに上流へ向かう。町に恐れを与えることはないだろうが」
親方が答えると、町の人3人とオレス夫妻はどこに呼ぶのかと気にしていた。親方は、首に手を当てて痛そうに回すと『ここだ』と一言。それから彼らが何かを訊ねる前に、後ろを向いた親方は『笛を吹け』と命じた。
龍を呼んで問題ないと伝えてもらったので、龍乗りの4人は笛を吹いて、やって来たそれぞれの龍に飛び乗る。町の人は驚きの声を少し上げたものの、唾を飲み込んで、本物の龍に当たり前のように乗る旅人を見つめた。
「龍。龍だよ。本当に。こんな人たちがいるのか」
町の人たちは、残ったミレイオとイーアンを見て『あなたたちは行かないのですか』と訊ねた。
ミレイオはイーアンをちょっと見て『どうするの?飛ぶの?』と。イーアンは、龍がこれだけいるからそうする、と答える。微笑むミレイオは背中の袋からお皿ちゃんを出し、町の人に『行くわよ』と短く伝えた。
お皿ちゃんにさっと乗ったミレイオは、ひゅーっと浮上。オレスさんたち、目がまん丸(※皿が浮いた)。
『イーアン、行こう』ミレイオに言われてイーアンは、自分をガン見している皆さんを少し気にしたものの、翼を出して宙を叩いて飛び上がった。
町の人は口をぱかんと開けて、空に浮く二人に釘付け。
イーアンはちらっと彼らを見て『行ってきます』と挨拶をすると、腕を伸ばした笑顔のミレイオの手を取って、一気に加速して消えた(※ピーターパンのミレイオ版)。
前を飛ぶ龍たちに追いつくイーアンとミレイオ。ミレイオは、繋いだ手でイーアンに旋回してもらったり、踊るような飛び方に大喜び(※大人だって楽しみたい遊園地状態)。
「素敵~! 昨日、ドルドレンが羨ましかったのよ」
楽しい~~!! 嬉しさ全開のミレイオに、アハハと笑うイーアン。『こんなことで宜しかったら、いつでも』子供のように喜んでくれるので、こんな飛び方も役に立つのかなと思う。
前を飛ぶ龍の背に乗った親方やザッカリアが振り向く。その隙間をイーアンは翼をすぼめ、ミレイオと両手を繋いで一瞬ですり抜ける。
驚く親方と歓声を上げるザッカリアの声を聞いて、笑うミレイオとイーアン。
イーアンが勢い良く両手を前に放ると、ミレイオは飛ばされてぐるっと宙返りし、また腕を伸ばす。
その手を掴んでミレイオの体を引き寄せ、両腕に抱き締めたまま、イーアンはグルグルグルグル、ドリルのように旋回し、翼を開いてあっという間に上空へ加速したと思ったら、また戻ってくる。
あーっはっはっはっは・・・・・ 空から響く、大人なミレイオの大喜びな笑い声。
それを見上げる親方とオーリン。騎士2人。『イーアンは、楽しませ方が上手い』と誉めた。ザッカリアは『自分もやってほしい』と、一生懸命言っていた。
それは。他の3人もそう思う。オーリンは飛んでいる様子が羨ましいとは思わなかったが、何となくミレイオと仲が良いのが羨ましかった(※イイ感じのいちゃつき方に見える)。
ちょっと遊び過ぎて、1分で到着する洞窟の先へ進んでしまったイーアン。気が付いて、慌てて戻り、皆さんに『洞窟を越えていた』と謝った。
ミレイオはイーアンの頭にキスをして『有難う。夢中で楽しませてくれたのね』と先にお礼を伝える。ミレイオがお礼を言ったことで、他の4人は何を言うこともなく黙った。
「さて。じゃ、下に見えてる川かな?私とイーアンは川面に近付いて飛べそうね。あんたたちは上から見て、変なもの見えたら教えて頂戴。
どうしようか。タンクラッドとフォラヴは私で良いか。オーリンとザッカリアは、イーアンと一緒に動いて」
いつもならフォラヴとザッカリアを選ぶミレイオ。今日は親方の『体が痛い』愚痴を気にかけて、イーアンに迷惑が行かないよう(※親方迷惑防止も保護者の役目)自分が預かる。
何となく察した親方。ミレイオを見たが、ミレイオにあっさり無視された。『はい。じゃ行くわよ。私たち先に下流へ向かって進むわ。イーアンは私たちが見つけたら、それを岸へあげてね』ミレイオにささっと決めてもらい、皆は大人しく従う。
先を飛ぶミレイオと親方、フォラヴ。ミレイオは川面すれすれで飛び、龍の二人は木々の枝にかからない位置から下を覗く。
目だったものはないが、時折、魔物の体の一部と思える、黒い固まりが岸から垂れているのを見つけ、それはイーアンに教えて対処してもらった。
イーアンたちも前の3人の後ろを付いて飛ぶが、イーアンが見つける前にミレイオが見てくれるので、取り残しはなさそうだった。
親方。前方に気になるもの発見。『あれ。ああいうのは良いのか?』フォラヴに指差して見せると、妖精の騎士も少し考えた。『一応、伝えましょう』頷いて、フォラヴは後ろにいるイーアンに前方示す。
「あの木の上に乗っている場合は。どうしますか」
「あら。本当。あんなところに」
んまー。イーアンはぴゅーっと飛んで側へ行き、両腕を爪に変えると、木の上に乗っかった黒いぶよぶよを、爪でスパンスパンと切り裂く。ぶよぶよは、ボトボト、枝の間から落ちた。
振り向いて『こうしたものも片付けますから、教えて下さい』イーアンは笑顔で言う。両腕の長い爪と笑顔に、とても大きな溝が隔たるのを感じる男たちは、静かに頷いて了解した。
親方。そろそろ~っと、後ろのオーリンの横へ移動。そこにいたザッカリアに、フォラヴの横へ行くよう、自分の代わりに前へ促す。
オーリンは何かと思って親方を見た。タンクラッドはちらっと彼を見て、聞き取れる限界くらいの声で囁く。
「知っているし。一緒に戦いもするから、そういうものだと思ってはいるんだが」
「ああ。それか・・・分かるよ。俺もイーアンのそういう部分、知ってるつもりだけど。時々ね。脳が忘れてるんだろうな。うん、ギョッとすることもある」
「あいつ。本当に躊躇わないよな。気持ち悪いとか、怖いとか。意気込むとか。そういった表情しないで、普通にやるだろ」
「イーアンはそういう人なんだよ。よく総長が最初から受け入れてるな、って、総長を尊敬することがあるよ、俺」
タンクラッドは誰かに言いたかったのか、と理解するオーリン。こういう話、言えるのはこの中でオーリンだけ・・・ね、と思うとちょっと笑えた。
二人はぼそぼそ、イーアンの後ろで話しながら川の上を飛ぶ。
二人に囁かれているなんて思ってもいない、下を飛ぶイーアンは、キョロキョロしては、ちょっと見つけた黒いのを爪で引っ掛けて、ぴょいぴょい岸へ上げていた(※金魚すくいの魔物版)。
丁寧に後片付けをして進んだ下流への空の道。気が付けばもう、橋の上に待つ、派手な馬車2台が視界に入る場所まで来ていた。
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