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魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
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77. 試作の手袋

(※ほぼ、試作を作っているだけの回です。)

 

 手袋は肘から下、前腕を覆うもの。素材は革だ。牛がいると言っていたから(見てないからどんな牛やら)、とりあえずは牛革であろうと見当をつける。別世界でも牛は牛であってくれ、とイーアンは願う。



 今回。既製品を使うため、ここで一旦、手袋を分解する。そのために必要な道具を作る。


 まず作って置いて重宝な、小さいナイフ(出来ればリッパーが欲しいところ)から始める。


 僧院から持ってきた材料の中に、何かの角のようなものがあった。長さ10cm・幅1cm・厚さは片辺が4mmでもう片辺は6mm。これをナイフで削り、リッパー的なサイズにする。刃部分を鋭くする前に、反対側を4cmほど柄に入る部分として形を作る。これが済んだら、刃の部分をナイフで削り、薄く鋭くする。紙や糸を当てて切れるくらいで良しとする。鑢がほしいが、今は作っている時間がないので後に回す。


 柄のためには、硬質の木の枝を使う。これは山頂のお昼の時に薪用の木切れだった枝。落ちて久しいだろうに外皮は剥けていてもしっかりとしていたので持ち帰った。これを柄に良い長さと太さに削り、刃を取り付ける穴を小さく(えぐ)って作る。


 角的な素材の刃を、削った枝に抉った穴に当て、刃を固定して枝を叩いて差し込む。刃の固定が面倒だったが、今回は小さいので布で刃を巻いてヤットコで掴むという危険な荒業(下手すると刃が折れる)で完了した。一か八かの工程は心臓に良くないので、万力も『欲しいものリスト』に加えることにした。



 小さなナイフが出来たところで、ようやく手袋の分解に入る。ここまで【20分】。


 今回の手袋は、外表に縫われたもので、分解が楽で宜しい。作りたての小さいナイフで糸を切り、革を裂かないように気を付けて糸を引っこ抜く。手縫いの世界だから、ミシン縫製の分解と違ってやりやすい。

 右手のパーツと左手のパーツを合わせないように、別々に並べる。



 この後、分解したパーツに合う大きさと形に、今回の表面層を加工するため、型紙を作る。


 数回使用された、使用済みの手袋のため、指の関節や曲がる部分に癖があったり、汚れの色が違うので、有難いそのガイドを参考に、必要な表面層はどれくらいの大きさかを、大方の目安をつけて紙に描く。


 一度この型紙を切り抜き、手袋のパーツの上に置いて様子を見る。縫い目に掛かる・曲面に掛かるなど、縫い合わせてから動きにくくなりそうな場所に注意して、型紙を調整する。これまた目分量なので、【所要時間20分】。



 型紙が済んだら、素材を切り出す。


 実際には幾つもの種類の刃物があると、作業はうんと楽になるが、ここではナイフ一本なのでこれで常時対処する。切れ味が良いので、それは大変に助かる。


 型紙に合わせて、丁寧に切り出す。型紙の線より気持ち1mm未満大きめに切り出しておく。ナイフの角度で裏と表の切り口の断面が変わることもある。その時に調整が効くからだ。



 試作なので、とりあえず指先と手の平・前腕内側にだけ使用することに決め、片手分で大小合わせて25枚を切り出す。魔物の針一本分で、両手分の長手袋が一足完成する(ということは、9本あるから9名分)。

 型紙があると、切り出しは時間が少なく済む。50枚を切り出すので【15分】。



 ここで一旦、【5分の小休止】。ロゼールがあの時に見せてくれた、手袋を思い出す。


 金属の薄板パーツ一枚が、辺の数箇所をリベットで手袋に固定されていた。リベットはないが糸でこれを代用する。そのうちリベットも作っておこう、と決める。これも『欲しいものリスト』に加える。


 直に縫い付けるより、本当は手袋の革をもう一枚使って、それに薄板を縫い付けた上で、手袋に当てたいところ。しかし試作なので、贅沢は言わない。

 とりあえず今回は直に縫い付けてみる。



 ということで、面倒くさい作業。穴開けに入る。穴を開ける位置を決めたら、インクで印を付ける。が、ここで問題あり。この素材はツヤツヤなのでインクが乗らない。

 仕方ないのでぶっつけ本番で、錐を慎重に動かし、切り出した素材に穴を開ける。縫い穴なので、針が入れば良いが、完全に開けるのは難しいので、力を無理にこめないようにしつつ、丁寧に進める。


 これを50枚の素材全てに行うこと、【所要時間40分】。ドルドレンが帰ってこないから出来ること。普通の人は飽きる。


 次に糸の用意をする。針は支部にもらっている。糸ももらっているが、この糸は植物繊維で柔らかそうなので、今回の魔物の体から筋肉繊維を割いたものを、糸として使用する。


 経験上、哺乳類のアキレス腱や背中の腱、腸などは、細く割くとかなり丈夫な糸として使用できる。恐らく今回の魔物の針付け根の断面図から、筋肉組織があるのは分かったので、それを使う。


 布に包んだ尻尾にナイフを当てて、中心の分泌腺を切らないように筋肉繊維に沿って削ぐ。繊維が大きいので、かなり簡単に見分けることが出来た。取れた繊維を0,5mmまで割く。途中、繊維が荒れたものなどは使用に向かないので、綺麗に真っ直ぐ取れたものから糸として使うことにした。【所要時間7分】。


 外し立ての筋繊維は、水分を含んでいるので柔らかい。これが乾燥すると硬くなるだろうと見越し、早めに縫い付ける。


 楽しい縫い付け時間である。やっと縫いつけ。手袋パーツに、縫いつける表面層を置いて、開けた穴に錐を通して、革にも縫い穴を付ける。これは大事。これがないと普通の針で牛革は縫えない。この世界はどうか分からないが。とりあえず、作業が楽なので先に縫い穴を開けた革を用意する。【所要時間5分】。


 筋繊維を針に通し、後は縫い付けるだけ。結び目は多少ゴロつくが、内側に入れる。全てのパーツに表面層を縫いつけ終わったら、次は本体の組み立てだ。これも魔物の筋繊維で縫おう。【縫い付け時間合計1時間】。先に穴が開いているからこその、この時短である。



 最初の小さいナイフ作りから完成まで【休憩5分付きで、172分】。およそ3時間近くかかったが、早い方だ。試作だから。そして経験者だから。良かった、自営で。



 時計を見れば10時前。ドルドレンが帰ってこないので、作業部屋で一休みする。


 居心地が良い。自分の工房があること。自分の力が出せる場所。感謝しても足りない、と思う。水筒から水を一口飲んで、出来上がった手袋を着けてみる。



 イーアンには少し大きい。イーアンも手は大きいが、そもそもこれは男性用。

 指先が余るため、握ってみてもちょっとぴんと来ない。内部に入れた糸の結び玉が若干快適さを阻むが、慣れれば気にならないような。


 握って、縫い付けた魔物パーツが・・・緩まないこと・軋まないこと・縫い穴から欠ける等ないこと・手の平にあるものの邪魔にならないこと、を確認する。筋繊維が乾いてからが、使用になるだろうから、乾燥するまで状態を見る。これで筋繊維に問題がなければ、とりあえず使用へ進む。


 実際に作った記録を、紙に書いておく。


 これは大事である。この記録が次の教科書になる。その時に書かないと、細かい点を覚えていないので、出来るだけ細かいことも書き、図案も添えておく。



 図案を描き終わったところで、ドアがノックされた。ドルドレンが戻ってきたので、イーアンは鍵を開けた。時刻は11時近かった。



「こんなに遅くなってすまない。執務室でいろいろと話合っていた。近いうちに王都から本部の者が来るようだ。イーアンの存在を明確にするということで」


 話によると、昨日の北の支部の騎士が、報告で王都へ出向いたと言う。今回の魔物を倒した方法を、援護の北西支部によるもの、として報告したことで、イーアン ――女性―― の存在に問答が起こった。


「問題、ではないのだ。問答、という扱いだった。貢献はしているし、イオライの件もある。魔物との戦闘でこの2年は本当に大打撃だった騎士修道会だから、イーアンの存在を確認したら、おそらくイーアンは認められるはずだ」


 ドルドレンはそう言って、王都の使者が明日か明後日に2名来る予定だ、と付け加えた。


『何を言われても、何があっても、イーアンは俺と一緒にここで暮らすから大丈夫だ』とドルドレンはイーアンを抱き寄せた。



「ドルドレン。大丈夫。私は信じています」


 イーアンは自信を持って微笑んだ。なぜか、この王都からの使者が、自分の次の扉を開くような予感がしていた。




お読み頂き有難うございます。

魔物は使ったことはありませんが、実際に自分が行なっている作業を若干取り入れて書いてあります。

イーアンが筋肉の繊維と呼んだ部分は、そう珍しいものでもなくて、私たちの世界でも普通に使用されます。

馬のアキレス腱を使った糸の写真がありますのでご紹介。



挿絵(By みてみん)


こんな感じです。解体した足から筋肉を外します。足首から下は殆ど繊維ですから、筋だけ取り、筋の長さがある部分を乾燥させ、水に浸し、それから割いて、長く縒って糸を作ります。

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