778. コルステインとイーアンの魔物退治
宿へ入ったイーアンとドルドレン。ぐったりしたドルドレンの腕を引いて、イーアンは皆さんを探す。
どうやら皆さんは食事に出かけたと知り、先にドルドレンを着替えさせると、悲しい伴侶の腕を引きながら(※伴侶は駄々を捏ねる)表へ出て食事処を見て回った。
すると5軒先の食事処にいるのが見え、イーアンとドルドレンは中へ入った。皆さんはまだ、料理が出てくるのを待っている状態。どうだった?と訊かれる席に、泣きそうなドルドレンを座らせると、イーアンは手短に報告。
それから『コルステインを呼びます』と言うと、ミレイオが驚いた。『何で?私行こうか』急いで椅子を立ち上がる。イーアンは止めて『ミレイオに力を使わせたくない』ことを話す。ミレイオは躊躇った。
さっと店内を見たイーアンは、自分が濡れた姿なので、他のお客さんやお店の人に不快だろうと思い『すぐにまた、自分は行く』と伝えた。
「ドルドレン。お食事が済んだらお風呂に入るんですよ。着替えただけですから。私はコルステインを呼び、一緒にあの洞窟で倒してきます」
「イーアン。待て、お前は力を出せないぞ。コルステインと一緒であれば」
親方は止めて、自分も一緒に行くと言うが、イーアンは首を振る。
「大丈夫です。今はグィードの皮と一緒です。それに私の力は最小限で使います。今回は私たちが暴れられる状況ではありません。サブパメントゥの力に頼るのみです」
それを聞いて、困惑する顔のミレイオ。イーアンはミレイオに微笑み『良いのです。きっとコルステインは上手くやって下さいます』そう言って、ミレイオはそのままでいてと頼んだ。
イーアンはお店の人がちらちら見ている視線を受けて、ちょっと頭を下げると『では行きます。出来るだけ早く戻ります』そう皆に挨拶し、床を濡らしたことを店主にお詫びして、さーっと外へ出た。
店を出てすぐ、窓から見えたイーアンは、あっという間に白い翼を出して飛んで消えた。
「頼もしいっていうかな。でも。イーアンはいつもああだな」
オーリンは水を一口飲むと、困ったように呟いた。『頼らないんだよね。最初からそう思ったけど』続けたオーリンの言葉に、フォラヴが頷く。『そうです。あの方は皆を守るために、一人で全てを片付けようとします』いつもですよと、遠征を思い出しながら答えた。
「頼ってほしいんだがな。あいつは自分が戦う方が、性に合ってるんだろうな」
「私。力、使わないって言ったわけじゃないのに」
親方の言葉に、ミレイオは寂しそうに言う。自分がサブパメントゥの力を使いたがらないことを、誰もが知っている。でもこんな時、自分は何をしているのかと感じてしまう。
そんなミレイオを見て、ザッカリアは『良いんだよ。ミレイオは違う役目だもの』と慰めた。
ドルドレンは自分が戻されたことに、『自分=役立たず』の烙印を押して悲しんでいたので、これについては、シャンガマックがせっせと励ましていた(※『いつも守ってくれた』『総長はお昼向き』)。
現場に戻ったイーアンは、龍気を使う回数が多いのに、そこまで疲労もないことに驚いていた。『グィードの皮だからか』これは凄い効果と実感する。
「そして。ここに賭けますよ。グィードの皮なら、私が龍気を出しても少しは大丈夫なはずです。コルステインと一緒に、動けるように祈りましょう」
イーアンはコルステインを呼ぶ。頭の中で、何度も何度もコルステインの名前を呼んだ。どうやったら来てもらえるのか、それを聞いていなかったが、前も名前を呼び続けたら来てくれた。
イーアンが名前を呼び続けて、暫くすると。
目の前に青い霧がまとまり始めた。霧が出ると気配を感じる。良かった、来てくれた!嬉しくなったイーアンはもう一度名前を呼んだ。すると霧の中にコルステインが形を現し、ニッコリ笑った。
『龍。コルステイン。呼ぶ。する。コルステイン。来た。何?』
『コルステインの力を貸して頂きたいのです。この滝の向こう。この水ね。これ。その奥に、たくさん魔物がいます。魔物を消してほしいのです。でも、消すのは魔物だけで、水や岩を壊したくありません』
長い文章だと分かりにくいコルステイン。もう一度言って、とイーアンに頼む。イーアン了解。
『魔物を消してほしいです。岩と水はそのまま。魔物だけ。なくしたいのです。分かりますか?』
ちょっと考えたコルステインは、滝を見つめた。
『あれ。向こう。魔物。たくさん。コルステイン。殺す。する?全部。倒す?』
『はい。そのとおりです。それで、お水と岩は壊さないの。大事です』
『魔物。たくさん。殺す。する。水。岩。違う。魔物だけ。そう?』
そうです、そうです!喜ぶイーアンは、急いでベルトに挟んでいたミトンを着けてから、クロークの前を合わせてフードを被り、コルステインに両腕を広げる。
コルステインもニッコリ笑って、そーっと最初だけ警戒し、大丈夫と分かってからイーアンを抱き寄せた。
『コルステイン。有難う。あの向こうには、たくさん魔物がいます。全部消したいのです。私はここで・・・魔物が出たら私が倒します。コルステインは、あの向こうです。良い?』
『分かる。コルステイン。向こう。魔物だけ。岩。水。違う。魔物。全部。殺す。する』
理解してもらえたことにお礼を言い、イーアンはコルステインを見上げて微笑む。コルステインも嬉しそうに頷き、ゆっくり手を解いた。
『イーアン。ここ。コルステイン。向こう。行く。殺す。する』
もう一度、ちゃんと自分が、何をするかを伝えたコルステインは、イーアンから離れて、そのまま滝の中へ入った。
イーアンは頼もしい味方であるコルステインと、初舞台だと思った。自分は出てきた魔物を片付ける。
片手のミトンを外し、ベルトに挟むと、イーアンは爪をいつ出しても良いように待機。翼は畳んで、岸辺に生えた木の根っ子の上に立って、自分の番を待った。
滝の中に入ったコルステイン。見渡して、魔物がたくさんいることを知る。魔物がざわめき始めたので、コルステインは消し方を選んだ。
龍は、水と岩は違うと言っていた。魔物だけ。だからコルステインは足を静かに水面に下ろし、霧を出す。魔物が喰らい付こうと動いてすぐに消えた。
コルステインの鳥の足の鉤爪から、音もなく流れる青い霧は水に溶け、溶けながら水中に沈む魔物を消し、塵にする。その塵も水の中に馴染まずに沈殿する。沈殿した後、それさえ元からなかったように消えた。
コルステインは水面を歩いた。ゆっくり歩きながら、自分の足の下で魔物が消えるのを眺める。
『魔物。全部。殺す』
全部殺したら、龍が喜ぶ。それを思うと、とても嬉しかった。一歩足を踏み出すごとに、足の真下の魔物がいなくなる。
洞窟の暗がりの中を、仄かに青く光る姿が足音もなく歩き続ける。水に触れる足は、波紋を起こさず、ふわふわと浮かぶ青い霧だけが、水面に意識を持っているかのように染み込んだ。
水から上がることも出来ず。苦しむこともなく。暴れることさえなく。魔物は消える。存在した条件が切れた如く。大きな体の黒い魔物の群れは、コルステインが歩く水面の後ろにはいない。
一歩、一歩。鳥の鉤爪を持つ太く強い足が、ゆったりと動き、それに合わせて水溜りの色が、黒から透明に変わった。
コルステインはそうして歩きながら、最後の壁まで辿り着いた。見上げると星が見えた。横を見て魔物の気配を感じたコルステインは、そっちへ向かう。横穴の奥に、詰まった石のような魔物がいた。
魔物はコルステインを見つけ、取り込もうとするように口を開ける。コルステインも静かに口を開き、青い大きな目を魔物に向けて、声なき声を当てた。
巨体の魔物も口が消え、続いた体が崩れる。それはとても静かに終わり、コルステインがもう一度口を開くと、魔物の体は全てなくなった。だが、魔物の触れていた岩壁も抉れて崩れ、その崩落は、落ちて音を立てる前に消滅した。
『うん。違う。コルステイン。岩。壊す。ダメ。龍。違う。言う』
青い目を丸く見開いて、間違えちゃったことに気が付くコルステイン。魔物が消えた穴の奥を、ちょっと見て、そんなに崩していないと思い(※結構崩してるけど)これは大丈夫と判断した。
コルステインは、魔物の気配を探して少し遠くまで探ったが、何も感じなかったので、戻ることにする。体を霧に変え、空気に馴染んでコルステインは戻った。
一方、イーアンは。ちっとも魔物が出てこないので、あれぇ?と思いながら、ちょっとくらい出てくるのではと目を凝らす(※見えない)。
「いない気がしますよ。全部、中だったのでしょうか」
見落としていたら嫌だなぁと、キョロキョロするイーアンだが、気配も分からないし、いないようにしか思えない。どうしようか考えつつ、少し川下へ進んでみると。
『あら。いますよ、こっちでしたか』川下に100mほど進んだところで、魔物の気配を感じた。
どれ、と光を当ててみる。いる。何頭か、疎らにいるのが見える。『これくらいでしたらね。水質汚染にならない程度に倒せますよ』前と同じね・・・呟いたイーアンは、コルステインが来ていないことを確認してから、びゅっと片腕を2本の爪に変え、魔物のいる水中に爪を走らせて引っ掛け、斬り上げると同時くらいで宙に飛ばした。
宙に浮かんだ千切れかけの魔物に、ぶんっと爪を払って、横の岸に叩き飛ばす。斬られている間に飛んでいく体は、一頭の形を崩して木々に当たり、ぼとぼと落ちる。
「コルステインに比べると、私の力はどうも大雑把ですね」
まーしかたなし・・・と、ぼやきながら。イーアンは、ざっばざっば魔物を爪に引っ掛けては、斬りつけつつ、吹っ飛ばす。
気配を感じたすぐ側からそれを行い、イーアンは川下に進む。
どれだけ吹っ飛ばしたか分からないが、最後と思える一頭を引っ掛けて、切り捨てたところで『完了かな』気配がなくなったことに気が付いた。
「これ。一頭が凄い重さですが、龍気があると違いますね。やはりグィードの皮のお陰でしょう」
最初のオレスさんを守った時は、魔物の頭を斬るのだけで重く感じた。でも今は引っ掛けて持ち上げ、宙に飛ばすという荒っぽい技が使えたし、重さもあまり感じないまま、疲れもそれほどではない。
これは是非、グィード・パンツも必要(※イーアンのパンツ=ズボンの意味)ですよ・・・素晴らしい効力にうんうん頷きながら、イーアンは爪を引っ込めた。
そして戻ろうとして振り返り、すぐそこに青い霧を見つける。イーアンが力を使っていたために、コルステインは距離を開けて、後を付いてきてくれていたのだと分かった。イーアンの顔が向いてすぐ、青い霧は形になり、コルステインが微笑む。
『コルステイン!もう終わっていましたか!有難うございます』
『倒す。した。全部。殺す。コルステイン。出来た。イーアン。魔物。殺す。した?』
『はい。私も終わりました。多分、全部だと思います。魔物の気配はありますか?』
コルステインは首を振る。イーアンが翼を出しているので、近づけないが、近寄りたそうに見ている。イーアンは笑顔で、一緒に宿屋へ行こうと誘った。
『皆ね。待っていますよ。行きましょうね。私について来て下さい』
『コルステイン。行く。する。タンクラッド。掴む』
すっかりドルドレンではなくなった様子に、イーアンは笑ってしまいそうだったが、タンクラッドがお気に入りになって、それはそれで良かったと思う。
イーアンはコルステインを連れて、一緒に夜空を飛び、二人は宿屋の裏にある、馬車の屋根に降りる。
目を見合わせる度に、二人はニッコリ笑った。お互いがとても好きだと分かることが、イーアンにとっても、コルステインにとっても嬉しかった。
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