777. イーアンとドルドレンの魔物調査
「一人で行く気?私も行く」
「この魔物は、剣で倒せる魔物だと分かりました。きっと私だけでも大丈夫です」
ミレイオは、一緒にと言うが、イーアンは自分だけで大丈夫だと言う。オーリンは『龍は?ガルホブラフ呼ぶよ』と言ってくれた。イーアン、ちょっと考えるがそれも断った。
「どうして一人で行くのだ。何頭もいるかも知れない」
ドルドレンに訊かれ、イーアンは伴侶には話しておこうと思った。ドルドレンだけを少し離して、理由を伝える。
「これから夜です。もう山間は暗いですし、あなた方には火の明かりがないと足元が心配です。夜に挑むことも出来ますが、どうしても明かりが必要です。
ミレイオは、夜間見える目を持ちますが、サブパメントゥの力を使わせてしまいますから、それはさせたくありません。
オーリンとガルホブラフがいてくれたら、私も龍気が安定しますけれど、戦う場所に、ガルホブラフが入れるかどうか分からないのです。かと言ってオーリンだけでも、やはり目が」
「イーアンだって。夜目が利くわけではないだろう」
「私は、自分の龍気が白く光ります。あまり魔物に近づくと逃げられそうですが、上から飛ぶ分には、自分の光で、周囲を確認するくらいは可能なのです」
「そうなの。でも皆にそれを言った方が良くないか」
「そうしたいけれど。きっと皆さんこれを聞いたら、あの手この手で自分も大丈夫と捻り出します。その準備や相談の時間は、今ありません」
なーるほど。ドルドレンは頷く。愛妻(※未婚)は、ささっと倒しに行きたいと。夜の戦闘だから、自分だけの方が、身動きが取りやすいと判断したわけだな。
ドルドレンは理解したものの。
でもやはり、愛妻に任せるのも気になるので、自分は同行したいと言う。イーアン困り顔。ちょっと笑ったドルドレンは、彼女の頭を撫でる。
「この前。魔物を浜で倒したのだ。あの時も何も見えなかった。ひたすら感覚を研ぎ澄ませ、目を瞑りながら斬り続けたのだ。俺は出来る。経験値は高いぞ」
「あら。ドルドレンったら交渉ですか。そうですねぇ。まぁ、あなたのそういうところは、確かに磨かれています。でもどうやって行きますの。私飛びます」
「ミレイオのお皿ちゃんを借りれば良いのだ」
ドルドレンが『あの手この手』を出してきたので、イーアンは笑って根負け。頼もしい伴侶だから、ではお願いしようかと呟くと、ドルドレンはニコッと笑って、イーアンの頭にキスをする。
「よし。では出発だ。俺は剣はある。盾は持っていないが、それはイーアンに任せる」
ということで。二人で出発となる。
残った6人は不服そうだが、『諸事情あって夫婦(※未婚)で戦う』と言われれば。何の意味も無さそうな理由に思えなくもないが受け入れた。
「ミレイオ、お皿ちゃんを貸してほしい。それで皆は宿で待っていてくれ。食事は先に・・・シャンガマック。路銀を預かってくれ。これで食事を」
「はい。じゃ、食べて待っていますが。でも、何かあったら連絡下さい」
ミレイオに嫌そうな顔をされながら、お皿ちゃんを受け取ったドルドレンは、シャンガマックに路銀の袋を預けると、イーアンに『行こうか』と微笑む。はい、と答えたイーアンは翼を出し、向かう方向を見た。
「上流ですよ。もしかしますと、ちょっと。推測が当たれば、2度目のずぶ濡れです」
「望むところだ。風呂はあるよ」
イーアンは浮かび上がり、皆さんに『行ってきます』と挨拶すると、お皿ちゃんに乗ったドルドレンの手を握り、連れ去るように一気に飛んだ。
驚いたドルドレンの、楽しそうな笑い声が響く星空。白い光は螺旋を描いてキラキラキラ~・・・遊ぶように飛んで行った白い光は、山深い影へ向かって消えた。
「楽しそうだな。幸せそうと言うか」
「そうね。魔物退治なのに。何か、クルクル回ってなかった?」
親方とミレイオは、ムスッとした顔で頷く。後ろでオーリンも溜め息をつく。『俺がいないとダメなんじゃないの』お手伝いなのにと、ぼやく龍の民。
騎士たちも未消化。自分たちの出番が少ない旅になりそうな予感に、それが良いのか悪いのか、難しいところ。腰に帯びた剣を触り『今日は食事でもして』と諦めた顔のフォラヴが呟き、皆を町へ促した。
イーアンは伴侶と手を繋いで、旋回したり引き寄せたり離したりと、星の下の夜空を飛ぶ。嬉しいドルドレンは何度もイーアンを見て『楽しい!凄い!』と喜びを伝える。
アハハハ~ウフフフ~(×20回くらい)笑いながらの二人の夜間飛行。そう。気分はピーターパン(※この場合イーアン♀44才=ピーターパン、ドル36才♂=ウェンディ)。
行き先は、ネヴァーランドではなく魔物の巣窟で、目的は永遠の夢ではなく魔物退治だけど。イーアンはニコニコしながらそんなことを考えて、ドルドレンと一緒に空を飛んでいる時間を楽しんだ(※目的は退治)。
それも呆気なく終わる。飛べば速いと知っていての移動なので、1分もしないうちに着いてしまった。クルクルぴゅんぴゅん飛んだのに、それでも時間はかからない。
「早かったのだ。楽しい時間はすぐに過ぎる。帰りもやって(※総長子供返り)」
「楽しかったですね。近いから早い。そのつもりでしたけど。帰りもやりましょうね」
私の龍気に問題なければ・・・それは言わないでおいたが、ドルドレンが目をきらきらさせて楽しみにしているので、ちゃちゃっと魔物を倒して龍気を残しておこう、とイーアンは決める。
有難いことに、ぼんやりと、お皿ちゃんが龍気に反応してくれているので、呼応はしないまでもお皿ちゃん龍気も頼る。それにグィードの皮は、守られ感が抜群と知った。これは今後の必須アイテムである。
「イーアン。どこだろう。下に川があるのは分かるけれど。両側は木が茂っているし、川は細そうなのだ。向こう側は、高さはないが滝だ。あの大きさの魔物が、群れではいない気もする」
「そうですね。このままですとそう見えるのですが。でも気になるので行きましょうか。降りますよ」
イーアンは伴侶の手を引いて下へ降りる。滝よりも少し手前の岸辺に降りて、翼を仕舞った。
そこは歩けるような場所がなく、木々の張り出す川岸が続く。ドルドレンはイーアンの背中から抱えて、一緒にお皿ちゃんで飛ぶことにした。
「もう暗い。ここにいそうか?」
「いますね。気配はしています。でもこの川の中ではありません。やっぱりね」
イーアンはドルドレンを見上げてから、滝を指差した。ドルドレンはその滝を見つめて少し考え、ハッとした。『あ!以前、俺は知らないが』言いかけるとイーアンの頭が頷いて動く。
「そうなのです。南で2頭めを倒した時。ミンティンと私でしたが、川ではなく洞にいたのです。洞窟に」
あの裏に洞窟があるかも、とイーアンは言う。『気配はあっちです。何頭もいそうですから、ここで作戦会議』ドルドレンと分担すると話し、自分は翼が使える範囲が、木の枝のない場所に限られるから、専ら川の水面付近。ドルドレンは小回りが利くから、洞窟の中へと伝えた。
「こっちへ追い立てて下さい。洞窟の中で口を開けられたら、あなたも捕まる恐れがあります。急いで逃げて川へ出すの」
「分かった。どうやるの」
「私と一度入りましょう。洞窟の中は暗いので、私が照らします。それでいくらか、広さや個体の見当が付くと思います」
自分だったら、刺激して誘き出すと言うイーアンに、ドルドレンは了解した。以前もイーアンはそうだった。魔物に傷を付け、怒らせて飛び掛らせたのだ。
この人と戦うと、いつも負ける気がしない。どんな魔物が相手でも挑める自分が出来上がった。
ドルドレンは奥さんになったイーアンをじっと見つめ、ちゅーっとしておいた。突然ちゅーっとされてイーアンは驚くが、うん、と頷いて(?)『では行きましょう』の号令を出す(※業務的)。
「滝の裏を見ます。近付いて下さい」
イーアンに言われる通りに、ドルドレンは滝の側まで来た。それから、滝が流れ落ちる向こうには、空洞があると知った。水の裏側に窪んだ大きな影が分かる。
二人は滝の水の少ない場所から入り、撥ねる水を受けて濡れながら洞窟の中へ入った。
イーアンが爪を少し出して白い光を灯すと、洞窟は驚くほど先があった。『これは。相当ですよ』広さもかなりのもの。
天井までの高さはせいぜい3mあるかないか。しかし侵食でもあったのか、抉られたように膨らむ空間は、幅が10m近くに広がり、そのまま奥へ続く。
「イーアン・・・・・ 」
ドルドレンは囁き声で名前を呼ぶ。イーアンもゆっくり頷く。
二人の見つめる、お皿ちゃんの下にある水の溜まり。底は浅いのか深いのか。幾つもの黒い大きな影が見えた。光の届く先まで、その黒い奇妙な影は重なるように続き、明らかに数十頭の魔物がいるだろうと分かるその影に、ドルドレンはイーアンを覗き込む。
「これ。全部外に?」
「そうです。溢れるでしょうから、脇に出ないようにします。しかしどっちが良いのか。高さの制限があるこの場所に、あなたを置いていく気になりません」
「イーアンを置いていくのも嫌だよ」
イーアンは考える。伴侶を滝の裏のこの場所に置いて、これらを全部、外へ出すようにお願いしたら、いつ足元を食われるか分かったものではない。お皿ちゃんは早いが、魔物が飛び出す数が気になる。同時に何頭も上がられては大変だ。
そしてもう一つ気になることがある。それはこの洞窟の長さだ。どこまで続いているのか。奥から抜けられるのか。そうすると、逃げる可能性がある。危ないかも知れないが、それは調べないといけない。
「ドルドレン。奥へ進みましょう。もしかすると、私たち袋のネズミになる可能性もありますが」
「俺もそう思っていた。奥が抜け道になっている場合もある。行こう」
ドルドレンとイーアンは静かに話しながら、そっと移動する。お皿ちゃんに乗ったままゆっくりと奥へ向かう。イーアンとお皿ちゃんの龍気でなのか。魔物は動かない。
暫く進むと、横穴が見えてきた。洞窟自体は続きがあるが、横穴も大きさがあり、それは水面よりも高い場所にあった。
「横穴には、いないだろうか」
「この下の水中にはたくさんいますが、横穴はそういう感じではないです。どうかしら。いないかも」
「どうする?かなりの頭数だ。まだこの続きもあるだろう。明日にするか」
うーむと唸るイーアン。とにかく先へもう少し進もうとお願いし、ドルドレンに連れて行ってもらう。洞窟の奥はどこまで続くのか。感覚的にはもう、300mは進んでいる気がした。
ずっと続くような雰囲気の洞窟だったが、終わりは突然に現れる。進んだ最後は壁になっていて、上に亀裂の隙間が見えた。壁から染み出す水が滴り、岩盤を濡らしながら伝う。洞窟のどこもそうだったし、この壁もそうなのだが、ここは隙間からも直に雨水が入る。
この最後の部分は横に広がりがあるものの、他に目立った別の水溜りがあるわけではなく、上から落ちる水が窪みに溜まった結果が、川を作っていた。
「上が山ですものね。これだけの量の水を生む理由は分かります」
ここでまた考えるイーアン。この川は人が使うのだ。染色で使う理由は水の質があるからだ。フィギの町はわざわざ、時期になるとここへ移ってまで、染色作業をする人たちが来るくらいだから、この水は大切。
そうすると、なまじ汚すわけにもいかない。濁らせるだけでも迷惑。倒した魔物の死体も、明日にはどうにかしなければと思っていたが、これほどの群れを倒せば、水質に影響どころか。倒すのだって水の力を利用出来ない。
「イーアン。何か浮かんだ?」
「ドルドレン。帰ります」
「えっ。倒さないというのか」
「いいえ。私とあなたで調査した、ということで、これはこれ」
「潔いのだ。しかし倒しますよと出かけてきて、何か空しいものが」
「倒します。でもドルドレンではなく、ここは私とコルステインです」
ドルドレン、がーん。俺じゃないの~ 衝撃を受けた伴侶の顔を見て、イーアンは力強く頷いた。
「そう。あなたではないです。この場合、コルステイン」
「ひどいのだ。俺は恥をかくのか」
恥ではありませんよとイーアンは言う。そうと決まれば、さぁ帰るぞと(※男らしい愛妻)洞窟の外へ促された。
寂しいドルドレンはよろよろと飛びながら、どうしてなの、何でコルステインなのと、うじうじ訊いていた。
しかしそれも、『ここであまり声を立てないように』の注意を受けて止める。愛妻のお腹に回した腕をぎゅーっと締め(※愛妻、おえって言う)くるくる髪の頭に、ぐりぐり顔を擦りつけるドルドレン(※髪の毛ぐしゃぐしゃ)。
無駄にずぶ濡れになり、洞窟から出ると同時に翼を出したイーアンに引っ張られ、キラキラ螺旋の夜間飛行もお預け(※業務優先イーアン)で、ふんふん泣きながら、ドルドレンは宿へ連れ帰られた。
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