775. 染色の町フィギで肩慣らし
「総長。部屋はありますね。食事がちょっと。ここでは出せそうにない、ということで。風呂はあります。それと、言葉は共通語でした。看板だけみたいですね」
シャンガマックが戻ってきて、宿屋の主に聞いた金額と状態を教える。
そこの宿屋は一昨日から稼動したらしく、まだ客室は誰も使っていないこと。金額は素泊まりで風呂付、一人200ワパン。食事は並びの食堂が開いているから、そこで。
「ミレイオとオーリン以外が泊まるにしても・・・あ、タンクラッドさんもか。5人で1,000ワパンですね。イーアンもいないなら800ワパン」
「イーアンはいるぞ!絶対にいる。1,000ワパンだ」
総長の目がかっぴらいたので、驚くシャンガマックはゆっくり頷き『だと良いですね』と目を逸らして答えた。歯軋りしそうなドルドレン。しかし自業自得なので、ここは我慢。
「で。もう一つ大切なことが。一昨日の夜に、町外れの川縁で、魔物が出ています。
夜だから見えなかったようですが、川から上がったのか、川辺沿いの家が3軒壊れたようです。そこは人がまだ来ていなかったから、被害者は出ていません。
音が凄くて近所の人が見に行ったら、家の半分くらいの生き物が家を襲っていたらしいです。その後は川に下りたとか。
昨日は出ていないけれど、川の流れがおかしい場所があるそうで、そこにいるのではと噂が」
「ふむ。人の気配がしても、人を襲っていないのか。その大きさは魔物だと思うが。何だろうな」
「川を調べましょうか。誰かに案内してもらって」
そうだな、と総長が呟いた時、後ろに停まった馬車からフォラヴが来て『宿屋はここですか』と訊ねる。シャンガマックとドルドレンは、ここにする予定であると話してから、魔物のことを話した。
川の方へ顔を向けた妖精の騎士は、吹き抜ける風の音に眉をひそめる。何かの声のように、川を渡り吹き上げる風は、町の中をすり抜けて行く。
「魔物。いそうな気もします。こんな山奥に既に・・・そうでしたか。では、どうしましょう。荷物を置かせて頂いてから、調べに行きますか」
「そうするかと、話していたところだ。宿屋と、町の長の立場の者に、こちらの事情を話してからだな」
「ではザッカリアにも話しましょう。彼は少し眠っていますから」
微笑む妖精の騎士が馬車に戻った、すぐ。
離れた場所から数人の声が聞こえ、宿の壁にある住人用の扉が開いたと見るや、女性の悲鳴に近い声が聞こえた。
驚いた総長とシャンガマックがそっちを見ると、悲鳴は再び。さーっと血の気の引く二人。
この手の声は―― 『シャンガマック、隠れろ』ドルドレンは急いで御者台を飛び下りる。シャンガマックも『はい』と答えて走り出すが、間に合わなかった。
残念なことに、どこに隠れていたのかと思う数の女性があちこちから出てきて、二人が馬車に入る一歩前で近寄って囲んだ。年齢層が微妙。若いと20代くらい、間が無くていきなり40代以上の女性たちが、ざっと数えて20人はいる。
「まずいぞ。まだいるかもしれない(※気分は魔物)」
「総長、フォラヴに出ないように言わないと」
あっ、と向こうで声がして、それは無理だったと知る二人。フォラヴとザッカリアの声がして『どなたですか(※丁寧)』『誰なの。放して(※捕獲済み)』黄色い声に混じる悲痛な叫びが届いた。
彼らを心配する前に、自分たちも逃れ切らないといけない。ドルドレンは、両腕に触られる手を振り払い『人に触るな』と注意し、シャンガマックは、あれこれ訊かれる声から逃げるように、目を閉じて首を振る(※現実逃避)。
殴るわけにも、突き倒すわけにも行かない場合。彼らにはどうにも出来ない。
今日は鎧でもない私服。引っ張られると切れる恐れもある。彼女たちの目的は何なのか。何故こんなに群がるのか。
よく聞いていれば、どうも客だと分かった様子で、自分の宿なり食事処なりに、連れて行こうとしているだけのようにも聞こえる・・・・・ が。
「引っ張るな。宿は決まったんだ」
ドルドレンが怒鳴ると、腕にしがみ付いた40代くらいの女性が『そこの宿はお風呂狭いですよ。うちはお風呂大きいから』と人懐こい笑顔で、商売する。『それにお兄さんたちが泊まったら、食事でも何でも作りますよ!普通はしないけど』アハハと笑う商売上手(※客大事⇒イイ男もっと大事)。
「結構だ。放せ。触るな」
「冷たいこと言わないで。うちの人がお客さん呼んでって言うのよ」
他の女性もドルドレンに絡み付く。シャンガマックに頼ろうとするが、彼はもう揉みくちゃだった。向こうでもザッカリアが『嫌だ、やめて』と悲鳴を上げる(※想像するのが怖い状態)。守っているであろうフォラヴも『お願いです。服を捲らないで下さい』と脱がされているような発言・・・・・
イーアンたちが出てこないのは何故なのか。ドルドレンはこの騒ぎで、馬車が静まり返っていることに、職人軍団の考えが分からないまま、助けを願っていた。
馬車の中では、ミレイオがいち早く扉を閉めて鍵をかけていた。後ろの馬車にいたタンクラッドも同様。連絡珠でやり取りして、タンクラッドは出るなとイーアンが伝える。
『出たいわけないだろう。しかしこれではザッカリアが危険だ(※連れ去られる)』
『私が出ますから』
『ダメだ。お前が出たら何されるか。オーリンかミレイオに』
『オーリンとあなたはいけません。きっと群がられる』
『ミレイオは』
『生理的に嫌がっています』
ちらっと見ると、ミレイオが小窓から外を見て嫌そうな顔をしている。『これ。どうやって助けるのよ。助けたって、ここに戻るのよ』触られたくないし、ちょっと考えないと、と頭を振る。
「な。俺がなんとかする?」
「オーリンが出ても、何とかされるだけです」
笑うオーリンは、困ったなと頭を掻く。イーアンもどうしようと考えるが、確かに助け出しても、結局はこの女性たちの、どこかのお店にお世話になるわけで・・・彼女たちにも、あまり嫌な印象を与えないように助けないと後に響く。助けて無事な方法を考えるが、一向に出てこない。
どうしよう、どうしようと焦っていると、男の人の声がしてイーアンはハッとした。振り返ると、誰も反応していない。今のは何だ?と気を張るイーアン。
そしてすぐに気が付く。前もそうだった。前は、誰かが困っていると、ミンティンが先に気が付いたことを。
この状況で、誰かが危険なのかと思った時、もう一度、男性の悲鳴に近いものが聞こえた。間違いなく、これは危機なんだと理解したイーアン。
なぜ自分が聞こえたのか分からないが、イーアンは立ち上がった。剣帯は置いて、扉の鍵を開ける。驚くミレイオ。
「ちょっと、ダメよ!イーアン、どこ行くの!」
「たった今。どなたかがこの近くで危険です。それを感じました。そちらを助けに行きます。私が出たら、すぐに閉めて下さい。ドルドレンたちから、女性が離れる隙が出来るかも知れません」
「イーアン、龍は?どこへ」
オーリンもイーアンを止めようと慌てて立ち上がったが、イーアンは扉を開けた。馬車の後ろには人がいなくて、横に集中している。
「急ぎます。行ってきます」
イーアンは6翼を出し、どんっと宙を叩くと飛び上がった。『イーアン!』ミレイオが叫ぶ。イーアンは一気に白い光に変わって、川の方へ向かった。急いで扉を閉めるミレイオだが、今の声で外も変わった。
外から『今の何』『何か出たわよ』『人間?』ざわめく女性たちの声が飛び交う。さっとミレイオが小窓を覗くと、ドルドレンとシャンガマックが動いたのが見えた。
ミレイオは急いでもう一度扉を開け、今が機会とばかり、驚いている女性たちの間をすり抜けて、ドルドレンとシャンガマックに『中よ』と叫んで二人を走らせ、彼らを逃がしたすぐ、後ろのフォラヴとザッカリアに走って、女性の腕を打って二人を両腕に抱えた。
「ミレイオ!」 「怖かったよ~」
「ごめん。助けるの難しかった」
ミレイオは二人をぐっと両腕に抱えると、思いっきり飛び上がって馬車の屋根に下りた。それから『タンクラッド!』大声で名前を呼ぶと、察した親方が扉をすぐに開ける。ミレイオは二人を中へ放り込み、戸を閉めさせた。
「あのねぇっ」
馬車の上から、呆気に取られる女性を眺め渡したミレイオ。首を振って『追剥じゃないんだから』と怒る。
「言葉通じてるんでしょ?こっちは旅してるのよ。無駄に疲れさせないで!普通に宿に泊まりたいのよ、取り合いなんかで私の仲間に手ェ出すな!」
テイワグナに限らず。西方・南の地域は、どこも開放的とは知っているが。こんな田舎の山奥で、こうしたことが起こるなんて、信じられないミレイオ。
王都ならいざ知らず。大人しそうにしか見えない彼女たちの姿格好から、奇妙なんて飛び越えて異様。いくら見た目が良い男がいると言っても、こんな開けっ広げに集るなんて、と戸惑うくらいだった。
怒鳴ってどうなるやらと思ったが、暴力が使えない以上は、怒鳴って叱るしかなかった。
馬車の下で刺青パンクを見上げ、驚いて目を見開く女性たちは、ちょっと怖がりながら下がり、少しずつ散り出すとそれぞれ戻って行った。
じっと見ていた女性が二人だけ残り、眉を寄せるミレイオに『あのう。うちでも良かったら(※逞しい商魂)』と頑張って笑顔を向けていた。咳払いするミレイオは、近くに女の群れがいなくなったのを確認してから馬車の屋根を下り、女二人を見た。
若い女性の一人は、ミレイオに新しい扉(?)を開けたようで、ちょっとテレテレしていた。もう一人の40代後半は、頑張って営業していると分かり、ミレイオは頑張る40代の女性に決める(※営業の方が後腐れなしの判断)。
『あんたのとこ。一泊いくら?』と訊ねた。女性は満面の笑みで『安くします。一泊200ワパンです。食事は並びでどうぞ』と即答した。
「分かった。じゃ、お風呂ちゃんと綺麗にしといて。私の仲間が泊まるわよ。変なことするんじゃないわよ」
首をゴキッと鳴らしたパンクに、頑張る40代もちょっとドキッとしたようで、『お客さん。カッコイイですね』と誉めた。ミレイオはフフンと笑って、『早くしなさい』と促した。
馬車の前に立つミレイオを見て嬉しそうな二人の女性。腕組みして堂々と立つミレイオ。その姿を、また別の誰かも、通りの陰から見つめていたことに、ミレイオはこの時、気が付かなかった。
片やイーアン。
川岸を探して飛んだイーアンは、向かう先にすぐ対象を捉えた。『あれか』イーアンが呟いたものは、川岸で正に今、魔物に呑まれんとする男性の場面。もう声さえ聞こえない。頭から口に入っていた。
川縁に下りて仕事をしたのか、盥が転がり、色の付いた布が水面に掛かっている。そして男性は。
「お待ち下さい」
イーアンは腕を爪に変え、魔物に突っ込んで行って、爪を水中に刺し、水ごと魔物を斬り上げる。
「うぉらっっ!!」
ザバーッと爪で裂く魔物の頭。男性の体が引っ掛からない安全を保って、魔物を斬り、目一杯の速度でもう一度戻ってから、水中に沈む前に男性の胴体を腕に抱えて、魔物の口を蹴り飛ばしたものの。
巨大な口が開いてイーアンごと口に入れた。驚くイーアン。6翼の一番長い上の翼が、口を閉じる勢いで曲げられ、怒り爆発する。
「おおおおおっっっ!!!」
何でこんなデカイんだ、頭~!! 片腕に彼を抱えて直してから、もう片方の腕に爪を2本増やして、がんっがんっと口の中を刻み、急いで体を引き抜いてすぐ、もう一度爪を振って『どらっ!!』野太い一声と共に、仰け反った魔物の頭を縦に斬り割った。
ザバンと水飛沫を立てて落ちる魔物。返る水飛沫を浴びたイーアンと男性は水の勢いで飛ばされる。体勢を立て直して、イーアンは男性を抱えて川岸へ飛び、すぐに彼を下ろした。
年の頃、50代と思われる男性。浅黒い肌に赤茶けた髪。目が大きく、鼻の高い顔と、引き締まった体つきが、どことなく南支部のバリーを思い出す。
染色職人だろうと思い、彼が気絶している間に、イーアンは盥に彼の仕事である布を集め、色が移らないように丸めて入れた。
それから彼の側へ行き、顔に触れて、声をかける。『大丈夫ですか。大丈夫じゃないって分かりますが』いつもこういう場合、何て声をかけて良いのか分からないが、とりあえずの言葉。
何度か同じように繰り返し、男の人が目をぐっと瞑ったのを見て、イーアンはホッとした。濡れた髪の毛をかき上げ、イーアンはもう一度『怪我はありませんか。大丈夫ですか』と大きめに伝える。
男の人は目を開けた。目の色は淡い茶色。覗き込んだイーアンを見て、驚いたように目を瞬かせ、『あなたは』と一言。
「良かった。無事で。私は旅してここへ来ました。あなたが助けを呼んだので、私が」
「私の声が聞こえたのですか。あなたは・・・・・ 」
男の人はゆっくりと周囲を見渡し、ガバッと起き上がって『いけない。布が』と叫んだ。イーアンはすぐに盥を引き寄せて見せた。
「これで全部ですか?そこに散らばっていました。染色途中に見えたので、色移りが心配で丸めておきました」
そう言うと、男性はイーアンと布を見て、少し黙ってから『有難う』と呟いた。イーアン、ようやく安心する。『いいえ。良かった』そう答えて、イーアンは立ち上がり、送って行きますと微笑んだ。
男の人は、イーアンを見てニコリと笑い、それから川に浮かぶ黒い影を見て『あなたが・・・助けてくれたなんて』と困ったように笑う。イーアンも一緒になって笑い『これが仕事なのです』と頷いた。
お読み頂き有難うございます。




