772. 旅の四日目 ~オーリン Returned
朝。親方はようやく、朝陽の明るさに解放され、コルステインがもう帰る(※自由)というので、ゆっくり休むように言い、自分も馬車に布団と共に戻った。
「寝た気がしない」
姿勢がおかしかったから、体が痛い。抱え込まれたままで、寝返りも打てないとなると。『これ。毎晩来そうだからな。手を打たないと体が軋む』首を回しながらベッドに横たわり、ぐったり親方。
「戦うより疲れるとは。コルステインは同じ姿勢でも辛いとか、そういうのなさそうだからな(※実体ナシ)」
ミレイオに相談だ~・・・うーん、うーん言いながら、親方は、全身の寝違えのような痛みに苦しむ朝。
それから1時間。イーアンが起きて、着替えて外へ出る頃。ミレイオが来ておはようの挨拶を交わすと、二人は喋りながら朝食準備。
「今日は国境越えるわよ。ここが一番早い道かも」
「地図でみると、ハイザンジェルはとても小さな国ですね。だから、出るまでが短かいのかなと思いました」
「北西の支部からならね。でもテイワグナに抜けるとして、あれ、あっちどうかな。方向全然違うけど、南とか東の下もテイワグナだからね。あっちからも行けるのよ。北は無理だけど」
そうなんだ~とイーアンは頷きながら、ミレイオの指示に沿って調理。ミレイオも火を熾して、料理し始める。朝は肉の炊き込み穀物。肉は出汁用。殆ど、根菜と穀物の炊き込みに、乾燥キノコの汁物。
「フォラヴがね。私の料理が好きって言ってくれてさ」
嬉しそうなミレイオに、イーアンも微笑む。『私も好き。ミレイオの味覚はとても良いです』そう言うと、ミレイオは『あんたも料理上手よ』と誉め返してくれた(※女同士は誉め合うもの:ミレイオ♂)。
料理が出来上がる頃には、全員集まり、体の辛そうな親方の話を聞きながら朝食は進む。コルステインとの経緯を知り、ミレイオはひたすら意外そうに首を傾げていた。
ドルドレンやイーアンは、彼が優しいのは重々承知。コルステインにも優しいから、きっととても感動したのかも、と話した。騎士たちも同じで、親方は温かい人だから、それはそうなると思うと言った。
「それだけ好かれるって。すごいわよね。もうギデオンなんか忘れたんじゃないの」
「何でも良いが、体が持たない。屋外で使えるベッドがないと」
アハハと笑うミレイオに、『笑い事じゃない』のぼやきをぶつける親方。
『捨て犬みたいなもんだぞ。誰かがちゃんと世話しないと、コルステインは愛情を知らないんだ。
中途半端な愛情をギデオンに受け取ったから、一生懸命生きていたらしいが。もっと見てやらないと』世話だ教育だと言う親方に、ドルドレンは『ホントにこの人、何で家族に嫌われたんだろう』と不思議に思った。
それは毎晩来たら、毎晩これから一緒にいるつもりか、とミレイオに訊かれ、親方は渋い顔をしながら『そうするしかないだろう。明日は無理だと言って傷つけるわけにいかん』との答え。
皆は思う。親方はお父さん向き・・・良い人なんだな、と新たな一面を見て、頼もしく思えた(※屋外就寝雨天決行)。
朝食を終えて片づけをし、銘々が馬車に乗る。御者台にドルドレンとイーアン、寝台車の御者にはシャンガマックが座り、ミレイオとタンクラッドは荷馬車、ザッカリアはフォラヴと一緒に寝台馬車。
「さぁ。今日は国境を越えるぞ。テイワグナだ」
聞こえてきた総長の言葉に、全員が笑みを浮かべた。魔物が出るとはいえ、足を踏み入れる自分たちの意味がある。向かう意味が、使命がそこにあることに、笑顔は強い決意としてお互いの気持ちを高めた。
上り坂は大体終えて、今日の進む道はやや平坦。馬に負担はないだろうと判断し、馬車はトコトコ進む。
そろそろ買い物も控えているし、何がどこでどうなるかも分からないから、ちょっと物でも作っておこうかと、ミレイオとタンクラッドは材料を調べる。
「ベッド。作ってくれ。俺は体が痛い」
暇さえあれば体のどこかを回す親方に、ミレイオは『自分で作ってよ』とあっさり放った。
『俺は体が痛いんだって言ってるだろう。ちょっとは気遣え』苛立つタンクラッドは、コルステインの面倒を見るつもりで、同じサブパメントゥ出身のミレイオに投げる。
面倒臭い!、お前は暇だろ、あんたの決めたことでしょ、コルステインはお前と同じ地下の・・・・・
馬車の中から聞こえる言い合う声に、イーアンとドルドレンは声を立てずに笑う。『あれで仲が良いのだ』ドルドレンがそう言うと、イーアンも頷いて『彼らだから、こそです』と答えた。
「それにしても。出発してもう4日目か。早いような気もする」
「そうですね。あっという間かもしれません。この分では気合を入れないと、のんびり過ぎて、私たち魔物の王と戦う前に年取ります」
「それはマズイのだ。勇者が中年でも良いと思うけど、肝心の体力が心配だ」
「ドルドレン。中年でも体力は気をつけていれば、どうにかなります。疲れが引かないの。なかなか」
中年イーアンの日々の苦悩を、ドルドレンはしみじみ理解しながら、40を超えると体力が復活しないことへの心配に切り替わった。
「筋肉痛も忘れた頃に来ます。三日目とか」
「それは深刻なのだ。動けると思い込んで二日経った次の日に、体が痛いとは」
イーアンはよく、あんなに我武者羅に戦えたもんだ、と今更ながら感心をするドルドレン。
しかも次の日も、やれ遠征だ、戦法指導だ、移動だと動き回っていたのだ。その隙間に親方に呼び出されるとか、工房へ材料を届けるとか、すごいこなし方をしていた(※自分の番が来ると人間は理解する)と思い知らされる。
以前、フォラヴが『彼女と同じように動けますか』と俺に畳み掛けたことがあったが。今になって少し反省。
あれだけ動いていて、合間に口説かれ(※主に親方)てはそれを往なし、戻ってきて料理や菓子を作っては誰かに渡し、工房に入っては物を作っていたわけだ。
ドルドレンは横に座って『疲れがねぇ。取れませんのよ~』悲しげに言うイーアンを見つめ、この人は想像以上に体力があるんだろうと感じた。だって、それだけこなして夜まで俺に付き合う(※付き合わせている)のだ。凄まじい気力と運動量である。
日が進めば、空にも行くようになり。行動範囲が広過ぎて、よくぞ倒れなかったものだ・・・いや。だから倒れたのか。ちょくちょく具合が悪くなっていたのは、それが理由だったのか(※鈍い)。そりゃ、肉も男並みに食べるな、と一人頷くドルドレン。
「イーアンは凄い人なのだ」
いきなり誉めるドルドレンに、イーアンは顔を上げて『そうですか?』何かしらといった感じで答える。
ドルドレンは愛妻の肩に腕を回し、凄い凄いとひたすら頷いて感心を伝えた。イーアンも一緒に頷きながら、何か言ったかしら?と理由を考えつつ、伴侶の納得に合わせていた。
寝台馬車の中の、ザッカリアとフォラヴ。寝台馬車には、荷馬車の後ろにある溜まり場のような空間はないが、それでも少しは座れる空間が残されている。二人はそこに座り、ザッカリアが音楽を、フォラヴは読書を続ける。
「そろそろテイワグナなの」
ザッカリアが軽い曲調を弾きながら、馬車の後ろの風景を眺めて言う。フォラヴは目を上げないまま微笑んで『ミレイオのお話ではお昼頃ですね』と答えた。
「それにしても。あなたの奏でる音は美しい。楽しくて心が躍るようですし、優しく癒すようでもあります」
「えへっ。有難う。あのね、ベルが教えてくれたんだけど、曲だけじゃないんだよ。俺、面白いこと出来るの」
何かな、とフォラヴが目を上げると、ザッカリアの大きなレモン色の瞳はいたずらっぽく輝く。そして弦を押さえてコロコロコロ・・・と、軽やかな音を立てた。
「あ。それは」
「そう。フォラヴの笑い声だよ。綺麗でしょ。いつもこう聴こえるんだよ」
フォラヴは嬉しそうに笑顔になる。ザッカリアはもう一度高い音を奏でて聴かせると、ニッコリ笑って妖精の騎士に『フォラヴの笑う声は楽器みたい』と誉めた。楽しくなるフォラヴは、他にもあるのかと訊ねる。
「うん。あのね。こんなのもあるの。どうだろう、分かるかな」
ザッカリアの指が、さっきと逆の方の弦を弾くと『あ!これは龍では』フォラヴがハッとした顔で答える。
お子たま、大当たりで嬉しい。にこーっと笑って頷き『うん。龍も一杯いるから、これはミンティン』そう言って、また違う弦を押さえて弾く。『これはイーアン龍だよ。イーアンが龍の時』何度か弾くと、フォラヴが拍手。
「素晴らしい!そうですね。彼女が龍の時、その声は雷鳴のように迫力があります。そっくりですよ(※本人の前では言えない)」
「うん。俺も似てるって思う。イーアンに聴かせようと思うんだ」
それは止めておいた方が良いと、フォラヴはやんわり止めた(※『彼女は自分の声を知りませんよ』って)。
恐らく彼女は、男らしさを誉められても嬉しくないような気がして(※誉められる内容がそればっか)そう伝えるが、ザッカリアには『あなたは本当に素晴らしい腕です』と絶賛しておいた。
フォラヴが、ザッカリアの素敵な楽器の腕を披露してもらっている間。
御者台にいるシャンガマックは、手綱を取りながら解読中の資料を眺めては、一人ぶつぶつを繰り返していた。
ぶつぶつ呟きながら、真上の空にぼんやりと目を向け、キラッと光るものを見つける。『おや。誰かな(※来客と認識)』あの光は男龍ではないとすれば。
「お。もしかすると、帰って来たかな」
褐色の騎士はあの光が、オーリンかと見当を付ける。さっと手を上げてゆっくり振ると、ガルホブラフの声が空に響いた。
ハハハと笑うシャンガマックが手を振り続ける間に、光はあっという間に龍の形を見せ、背中の男が『随分進んだな』と快活に笑った。
「オーリン!お帰り。もう良くなりましたか」
「俺は何ともないよ。龍たちはもう大丈夫だ。にしても、シャンガマックが御者とはね。馬車も似合うよ」
ガルホブラフに乗ったまま、褐色の騎士に声をかけると、前の馬車からも呼ばれたオーリンは、ニコッとシャンガマックに笑って、前へ飛んだ。
シャンガマックは、彼の明るさが好き。いつも屈託ない笑いを振りまき、少しふざけていて、いつでも龍の友達と離れない男。イーアンを時々怒らせるようだが、仲が良いからだろうなと分かる。
「龍の民か。俺の部族にそんな話があったな」
微笑んだ褐色の騎士は、この先、オーリンもずっと一緒だと良いと思った。
前の馬車に飛んだオーリンは、御者台の総長とイーアンを見て『よお』と一声。気楽に言う。
「オーリン。ガルホブラフは回復したんだな」
「そう。総長たちの龍もだよ。皆、回復したんじゃないかな。今日飛んでいたから」
「私も先日、空に行きました。でも龍の島には見えなかったから、別の場所にいたのですね」
「うん。もうちょっと奥だね。海の奥っていうかさ。今度行こうよ、連れてってやるよ」
ドルドレン。自分を挟んで愛妻(※未婚)と会話が始まったオーリンに、じっと目を向ける。オーリンはちらっと見て『今日はどうするの』と気にしてないように、話題を変えた。
「昼頃にはテイワグナの国境という話だ。国境を越えると、町があるらしい。ミレイオが話していたが、冬季は使用されていない職人の町の様子だ。そこが稼動していれば、その町で今日は宿泊だな」
「あ。そうなんだ。今、見てきてやろうか。この道の先だろ?」
そう、と頷くドルドレンに、オーリンは『待ってな』と挨拶し、ガルホブラフと一緒に飛んで行った。その後姿を眺める二人は、彼がとても嬉しそうだと話した。
「オーリンもガルホブラフが心配だったと思います。小型の龍は、休眠を繰り返さないと、この地上で動く時間の長さでは寿命に関わるという話ですから」
「え。そうなのか。じゃ、俺のショレイヤは」
イーアンは頷く。『皆さんの龍もです。寿命が。普通、地上は龍気がないに等しいので、小型の龍が長い時間、ここにいると・・・どうしても寿命に影響するようです』前にファドゥに聞いた、と言うイーアンに、ドルドレンは眉を寄せて首を振る。
「悪いことをした。可哀相に。俺は何て、雑な扱いをしてしまったのだろう。可哀相なショレイヤ」
「知らなかったのですもの。テイワグナの津波の時は、誰もが必死でした。目の前にあることを、どうにか止めなければいけない事態でした。ドルドレンが悪いことはありません」
「イーアンもそうだったのだ。思えば、イーアンだって龍気がない場所で使い過ぎると、イヌァエル・テレンまで行かない限り、回復しないのに。ショレイヤたちはもっとだ。そんなことにも気が付かず」
ガッカリして自分を責めるドルドレンに、大丈夫よ~とイーアンは慰める。ドルドレンはとても辛そうに、謝って済む話ではないと、自分の無知を恥じた。
そんな落ち込むドルドレンの気が付かないところで、空に光が輝く。幾つもの明るい輝きが、朝の青空に煌く特別な星のように。
お読み頂き有難うございます。




