771. 夜の風に吹かれて
馬車に入っている皆に混じらず、焚き火を消しておく・・・と、火の始末を引き受けたタンクラッドは、焚き火の側に一人、コルステインの帰りを待って座っていた。
気配を感じ、焚き火から離れた場所の暗がりに目を凝らすと『タンクラッド』の声が頭に響く。火の明かりが困るのかと、タンクラッドは立ち上がり、暗がりにいるコルステインに、馬車の近くの影に入るよう促した。
コルステインが近付いて、タンクラッドの胸を鉤爪の背で撫でて微笑む。タンクラッドも見上げて微笑み『有難うな。お前はちゃんと届けてくれた』と労う。
すぐに座り込んだコルステインは、タンクラッドを引っ張って抱え込むと、その頭に頬ずりして喜びを示した。笑うタンクラッドは、自分の胴に回された鳥の腕をナデナデして『お前は本当に優しいな』そう誉めた。
『タンクラッド。喜ぶ。コルステイン。嬉しい。ジジイ(※聞いたままで名前と思い込む)。取る。した』
『うん。分かっているぞ。お前が渡したから、ジジイとすぐにやり取りした。コルステインのお陰だ。助かった』
『助ける。した?コルステイン。助ける。ない』
あれ?タンクラッド、ちょっと止まる。あ~・・・そういうことか。助ける~は、コルステインの場合、戦いにおいての言葉と気が付いた。少し考え、親方はコルステインに教育が通じるか試そうと思った。
『コルステイン。俺のために動いてくれただろう?それも助けると言えるんだ。分かるか?』
『倒す。殺す。しない。助ける。何』
『お前がな。俺を手伝うだろう?それも全部、俺を助けているぞ。お前はたくさん俺を助けているんだ。分かるか?いつも俺を助けてくれるという意味だ』
『手伝う。タンクラッド。助ける。殺す。助ける。同じ』
ちょっと違う。でもどう言えば良いのか。
手伝うのも殺すのも=助ける・・・・・何か、すごく誤解がありそうだ。どう言おうかなと考えて、もう一度言葉を選ぶ親方。
『そうだなぁ。俺が、お前にな。頼むだろう?手伝ってほしいとか。こうしてほしいとか。殺したり戦う以外でもだ。今みたいに、俺の代わりに動いたりもだ。そうしたことを全て、助けてくれていると俺は感じるんだ』
コルステインはじっと親方の鳶色の瞳を見つめ、カクッと首を傾げてから『タンクラッド。頼む。コルステイン。助ける。そう?』何となく理解したように繰り返した。
通じた!嬉しくなったタンクラッドは頷いて『そうだ。お前はちゃんと分かるな!』笑顔でコルステインの頬を撫でた。
頬を撫でてもらって、驚いたコルステイン。親方は、笑顔で振り向いた姿勢のまま、腕を伸ばしてコルステインの頬を何度も撫でる。そんなふうに触ってもらったことがないコルステインは、目を丸くしたまま、じっとしていた。
それから、親方の手が下がると『もう一回。もう一度。する』と自分の頬に彼の腕を引っ張った。
笑うタンクラッドは腕を伸ばして、また頬を撫でてやった。『嬉しかったのか。そうだな。お前は嬉しいことを覚えるんだ。たくさん覚えろ』よしよし撫でて、もう片手で髪の毛をイイコイイコと撫でてあげる。
ぱーっと顔が明るくなったコルステインは、とっても嬉しい笑顔を向けた。親方は立ち上がって、胡坐で座るコルステインの頭を抱き寄せ、よしよしと抱えた頭を何度も撫でた。きっとこうして愛情を受けたことはないのかも知れない。そう思うと、コルステインに教えてやろうと思った。
嬉しくてたまらないコルステイン。親方に撫でてもらうままに大人しくして、すぐに消える涙を何粒も落とした。その月の光のような一瞬に気づいた親方は、顔を覗き込んで『どうした。泣いているのか』と訊ねた。
コルステインの大きな青い目に浮かぶ、ほんの僅かな涙。それは落ちると同時に空気に消える。
『お前・・・本当に嬉しいんだな。とっても心が綺麗なんだ。どうして誰も、お前を愛してやらなかったんだろうな。お前はこんなにイイヤツなのに』
見た目だけで避けられたのかと思うと、親方は可哀相になる。
じっと見ても、コルステインはちっとも怖くもないし、変でもない。可愛い顔をしているし、鳥の手足だって力強く、その雰囲気によく似合っている。髪も綺麗だ。体はこういうもの(※あんまり興味ない)だろうし、とんでもない力の持ち主だ。それの何が避けられる理由になるのか。
コルステインを見つめる親方は、その頬に手を添えて『お前はな。とてもイイヤツなんだ。それに優しくて、心も綺麗だ。お前の姿も俺は好きだ。元気を出せ』と教えた。
これが理由で。
親方は今日。外で寝ることになる。コルステインは親方が大好きになって、帰るように言われても嫌がった。
朝が来るまで一緒にいるんだと、がっちり抱き締められ、仕方なし、親方はコルステインに抱えられたまま、屋外で就寝する方向へ(※コルステインは体温がないから温かくない)。
親方は交渉し、せめて布団は欲しいとお願いすると、コルステインは分からないみたいで、馬車に帰るのはダメと言う。
どうにかこうにか説得し、馬車の扉を開けたまま、見張っていて良いからと中へ入り、布団だけ持って外へ出た。出た途端、親方は布団に丸め込まれ、コルステインに抱えられて眠ることになった。
そんな様子が聞こえていた、シャンガマックとフォラヴは、コルステインと随分仲良くなった親方に、自室で苦笑していた。
荷馬車の2階では、ドルドレンが『早速』とは行かず。イーアンと就寝前の報告会話時間だった。今日はイーアン、お疲れモードなので地下へ行かず、お風呂は我慢。なのでそのまま、馬車だった。
「ずーっと訊こう訊こうと思って、引っ張ってしまった。イーアンが知らなかったら、俺はまた口の軽い男のようになってしまうと思うと、訊くに訊けなかった」
「何がまたですか。誰かに言われましたか」
前にミレイオに言われた、と目の据わるドルドレン。ミレイオが言うなら、何かそれなりにあるんだろうなと(※ミレイオ信用)イーアンは思い、それで訊きたいことは何?と伴侶に返す。
「あのだな。香炉なのだ。知ってる?タンクラッドが見たという話」
「む。その話ですか。ぬぅ。それは私もはっきりとは」
「イーアンは知っていそうだな。あのな。タンクラッドが俺の冠の話をした時、俺も香炉のことを訊ねた。すると彼は話すことが時期早々と言い、俺がどれほど訊いても内容を避けたのだ。でも答えを渋る、あの辛そうな顔を思うと、何か怖いことでも見たのかと」
伴侶は助けてあげたいのかと、イーアンは理解した。優しいドルドレン・・・それでは気になって、落ち着かないままだっただろう。
料理を親方自宅で作る作らないの時も、親方の消沈具合がすごくて、ドルドレンは本気で心配したのだ。
少し考えて、大雑把にイーアンは話すことにした。
「彼が私に教えてくれたのは、彼が香炉の情報を見て、自分がどう動くべきかとした話です。それはでも、辛いことではなく、個人的な感覚に働く情報です。個人的というのはタンクラッドのため、という意味。私も実はあまり関係ありません。ですから、私も煙を見ていないのです」
「え。そうなの。イーアンには見せたのかと思っていた」
「ううん、違うの。あれはグィードが『親方のもの』と言い切った宝物です。私も実際は蚊帳の外で、タンクラッドとしては、情報が心の話だったものだから、私に話した感じですね。
一緒に煙を見ても、良いようなことを仰っていましたが・・・見る人は限定されるでしょうね。彼のための宝なので」
「俺は。止めておいた方が良い、ってこと」
「と言いましょうか。私は龍ですので、あれ、龍に纏わる宝ということもあり、私はまぁ。見ても良いというか。
でも、他の方はタンクラッドの宝を見ることが、その方に特別大きな影響を持ちません」
ふーん・・・・・ 納得行かなさそうなドルドレン。何で奥さんとタンクラッドが内密(※違う)に情報共有しちゃうの。ちょっとムスッとする。
それを見たイーアンは笑って話を変え、伴侶は冠を被ったかと訊ねた。これについては、ドルドレンはまだらしく『そのうちね。それっぽい場面で思い出したら被る』との答えで終わった。
「で。イーアンは今日は長かったのだ。空で何かあったの」
「アオファの鱗は話しましたね。上着に包んだ量を持ち帰りました。あれをお使い下さい」
「うん。きっと喜ばれるのだ。有難う。で、何。またビルガメスに叱られたの」
何かと言うとビルガメスに叱られるイメージを持たれたか、とイーアンは頷く。似たようなものなので、話を始めた。
「ドルドレンが見つけて下さった、見解をまずお話しして。そうしましたら、ビルガメスは誉めていました」
「う。それは嬉しい。良かったのだ。でもそこで喜べない気がしている。続きがあるのだな」
「あります。ここからがイタイ。ちっ」
舌打ちするイーアンに、目を見開くドルドレン。きっとビルガメス相手に出せなかった苛立ちが、ここで出たんだと恐れる。イーアンは頭をわしゃわしゃっと掻いて、おっさんみたいに『はあぁっ』と低い溜め息を吐いた。
「言い返せませんでした。あれはムリです。でも振り出しに戻るのも悔しかった。とはいえ」
「それ。終わりがないのだ。延々グルグルだろう」
「はい。では私の気持ちをまず置いて、お話します。ドルドレンもキビシイと思います」
「えーっと。心構えはしたのだ。良いぞ。出来るだけ、バッサリ言ってくれ。じわじわは辛い」
「ええ。では行きますよ。覚悟して下さい(?)。
ビルガメスの消した行為。それと男龍の感覚の命と生死観。ここに続いて、彼は私に分かりやすい例として『お前の体はどこから来たのか』と言いました」
ドルドレンは一瞬で目を丸くする。理解力が高いと思う。すぐに分かったんだな、とイーアンは眉を寄せて灰色の瞳を見つめ、頷く。
「そうなの。『お前が食べる命は、どこへ行くのか、それは無か有か。お前の当然の許可で、日々消されている命の行方が、無か有かをお前は知っているだろう?』と言うのです。そして誰かに、その行為への改変を求められたら、断つことは選べるのかって」
「うう。さすがビルガメス。言うことが容赦ない。本当だ。これは言い返せないどころか、イーアンの立場としては厳しい」
「はい。心臓がドンドンと音を立てていました。
彼は続けました。彼の消した命と、私たちが毎日消す命は別物か?と質問され、それは大きさや優劣があるのか。
はたまた、繰り返し命を消す行為に、善悪の差があるのか。量が関係するのか。見えていた姿によるのか、とそこまで尋ねられました。私は答えられませんでした」
シーンと静まる馬車の中。ドルドレンは灰色の瞳にランタンの明かりを含み、イーアンを気の毒そうに見つめた。
イーアンも力なく何度か頷き『彼は。答えろ、イーアンと。何度も言いました。私は答えられず』そう言って、目を瞑った。
ドルドレンはちょっと体を動かして、横の壁の小窓を開ける。夜風が吹いて、籠もった空気に自然の香りが入り込んだ。
「それは、俺も答えられない。イーアンは女龍だから、余計に難しい」
イーアンを引き寄せ、両腕に抱えて同情するドルドレン。彼女も困った顔のまま『本当。私が、人間に問う立場だ、と言われました。もう、何て言えば良いのか』顔を手で拭うイーアンに、ドルドレンはちょっと頭にキスをした。
「私は。このことを踏まえて、今後男龍に『指示』を出さねばなりません。それが、交わる世界の意味に対する動きであると、ビルガメスに教わりました」
ドルドレンは、イーアンが過酷な立場にいるのが分かる。ぎゅっと抱き締めて『俺も一緒に考える』と頷いた。
「他には?もう重要なことはない?」
少しの沈黙の後。夜風の涼しさに落ち着いた二人は、顔を見合う。イーアンは、グィードの皮と自分の質について話した。コルステインの話もしたかったが、外にいるのは知っているので(※親方の声もしたから)それは止めた。
「私はサブパメントゥに近い何かを持っているのでは、って。これはシムとルガルバンダも側にいたので、彼らと話している時に出た話題です。酷いのよ」
何か思い出したようで、ぷっと頬を膨らませたイーアンに笑って、頬を突いて空気を出した。『何を言われたの』ドルドレンが訊くと、イーアンは目が据わっている。
「言ってみなさい。何か今後に関わる気がする」
「あなたも言いますよ。タンクラッドもミレイオも。私が鈍いっていうの」
「ん?イーアンが鈍い。それを空でも言われたのか。何で?どこかで転んだの」
むくれたイーアンが見上げたので、ドルドレンは笑っていた顔を真面目に戻す。咳払いして『教えて』と丁寧に頼む。
「あの津波の日。グィードの龍気に気が付かないなんて、おかしいって。シムは本気で心配していたし、ルガルバンダなんて、私が誰かに呪いをかけられて鈍いんじゃないかと言うのです。酷い話です。ちょっと泣きました」
ドルドレンは笑いそうだったが、必死に堪えて大きく何度も頷き『それは言い過ぎだな』と答えて、ルガルバンダの『呪われて鈍い』発想に笑うのを堪えた。
じーっと伴侶を見つめるイーアンは、伴侶もこれは思ったなと疑いの眼差しを送る。
そんなドルドレンは、自分を見る鳶色の瞳を覗きこんで『可哀相である』と大真面目に伝えた。イーアンの疑いの目にちょっと笑い、それでどうしてサブパメントゥなのかと話を変える。
イーアンは大袈裟な咳払いの後、『ビルガメスがそう思うと話していた』と答えた。
「私がサブパメントゥの方々と親しいことも、グィードの皮を身に付けて影響がないことも、グィードの龍気に気が付かないのも。それらは、サブパメントゥ寄りの何かを、私が持っていると考えた方が早いらしいです」
「グィードの皮は、龍なのに。龍に危険なの」
「ズィーリーが苦手だったそうです。ルガルバンダは、実際にその話の場面を見ていませんが、ズィーリーは、グィードに近付く用事は困っていたとか。彼女はほら、ギデオンに振り回されて苦しんでいたから、精神的に弱っていたかも知れませんが」
「ふーむ。そうなのか。ズィーリーは本当に気の毒である。我慢の人だが、それにしても過酷な旅路だったのだろう。そうか、グィードが苦手。イーアンは全然平気だな」
うん、と頷くイーアン。ドルドレンは、イーアンが苦手な何かなんかあるのかなぁ?とさえ思う。
「もしかするとだけどね。イーアンのその性質が、今後役に立つかも知れないね。もう、コルステインと仲良く出来るという役にも立っているし」
「はい。鈍いだけではなく、ちゃんと意味があるのだと言い返せるようにしたいです」
据わった目で、ビシッと宣言する愛妻に笑い、ドルドレンはちゅーっとして『もう寝ようか』と報告を終わりにした。
外にはどうも親方とコルステインがいそうなので、ドルドレンは出来るだけ静かに、愛妻と楽しむ夜にした。鈍くても何でも、ドルドレンにはカワイイカワイイ奥さん。
いちゃいちゃしながら、面白い奥さんと巡り会えた運命に、今日もまた心から感謝した。
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