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魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
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76. 二人の朝

 

 明け方前に、ドルドレンは目が覚めた。


 夜が白んでいる。日が昇るまで、まだ1時間はある。自分の横に眠る大切な女性をぼんやりみつめた。裸の細い腰に掛かった上掛けが、そのままの体の線を出している。黒い髪の毛は螺旋を描いてくるくると顔に掛かる。その髪を少しずらして、瞼に口付ける。

 自分の腕の中に在る、確かな温もり。確かな寝息。確かな鼓動。こんなに小さくて、こんなに細くて、俺を守り続ける存在。俺が永遠に守りたい存在。



 イーアンを起こさないように、ドルドレンはそっとベッドから出て、ばさっと服を着た。夜明け前の窓辺に立ち、遠くの山々を見つめると、青い山脈の影とその上に少しずつ光りを抑え始めた星が見える。


 ――イーアンはどこから来たのだろう。と時々思う。でもどうか、戻らないでほしいと祈った。


 振り向くと、イーアンが寝返りを打って腕を伸ばしたところだった。側へ行くと、自分を探しているように手がベッドの上を動いた。ドルドレンはその手をそっと握り、安心させた。うっすらと瞼が開き、鳶色の瞳が自分を見つめる。ドルドレンが額に口付けて『まだ眠っておいで』と囁くと、イーアンは目をゆっくり開けて微笑んだ。


「おはようございます」


 少し体を起こして、衣服を着けていない自分に気がついて笑った。上掛けを引き寄せて『その辺に服がありませんか』と恥ずかしそうに言う。

 ドルドレンがベッドの下に落ちていた服を渡して、ベッドに腰かけてイーアンをじっと見ていると、『向こうを向いていて』と言う。『見たいんだ』と答えると『明るいから恥ずかしいです』と少し赤くなった。

 フフ、と笑ったドルドレンは言われたように、扉の方を向いた。イーアンが後ろで服を着る音がする。


「もう大丈夫です」


 そう言ったと思うと、ドルドレンの背中から腕を回して、イーアンはゆっくり愛する人を抱き寄せる。『ドルドレン、愛しています』と耳元で囁く。そのままベッドに引き倒して、二人で笑い合って抱き合う。


 倒されたドルドレンは、イーアンの体に腕を回す。彼女の髪の毛をかき上げて顔をよく見る。ただこれだけのことに、どれだけの愛情とどれだけの幸せが詰まっているのか。


「愛しているよ」


 口付けて優しく抱き締める朝。あの夢から、何日目なのか。数えても数えなくても良い。今ここにある幸せだけが、自分の全ての未来を抱えている。イーアンをかき抱いて何度も口付ける。ずっとずっとこのままで。ずっと、決して離れないで。




 朝日が差して、二人だけの甘く切ない時間が普段の日常に切り替わる。


 イーアンが着替えるということで、ドルドレンは楽しみにしていた。服屋で見た群青色の上下以外は、試着した全ての服を知らないので、しばらくは彼女の着替えが楽しみだった。


 また春になったら買いに行こう。イーアンが輝き続けるのを見るのは嬉しかった。実際は、服より別のものを喜びの源としている気もするが、それは仕事上、手に入るから気にしないことにする。


 そんなことを考えていると、ひょこっとイーアンが壁通路(穴)から顔を出した。


 ドルドレンが行くと、そう ――毎回胸を打ちぬかれる。毎回恋をする。毎回、(しもべ)になっても良いと思える。踏まれても良い。とさえ、思える。違う道を選択されそうでも構わなくなる。


「イーアン。君は本当になんて、なんて綺麗なんだ」


 毎回の言葉が決まっていて、語彙の少なさに嫌になる。でもイーアンははにかんで照れるから、喜んでくれているのだ。溜息が止まらない。死ぬんじゃないかと思うくらい、息が止まっている。それはマズイ。

 とにかく衝動に任せて抱き締める。もうただ抱き締めてそのまま・・・・・ いや、今日は我慢できる。だって良い思いしたから。思い出すと体が意識を脱線するので、ここは大人の力で止める。



 イーアンの服は、腰で広がるまではぴったりと体の線に沿う、金色の刺繍が入った真紅の起毛(ベルベット的)の上着と、シュネーの光沢ある透かし模様で、立ち襟と広がった袖が美しいブラウス、ファンタム・グレイでモアレに似た生地の、丈の長いフレアスカートだった。柔らかな光沢がある上品な色で、広く開いた赤い上着の袖から、花弁のように開く見事な透かし生地のブラウス袖が華やかだった。



「あまり目立たない色がなくて」


 いろいろと検討したらしいが、どれもかなりはっきりとした色や、どこを取っても品のある華やかさを持つ生地だという話だった。

 ドルドレンは、『彼女はこのくらいしないと駄目』と服屋の奥さんが言った言葉を思い出した。


 イーアンの個性的な顔立ちや醸し出す雰囲気を引き立たせるには、このくらいの服でなければ難しいのかもしれない。壁に掛かっていたら、どれほど華美に見えそうな衣服であっても、イーアンが着ると不思議と溶け込むように絵になる。



「良いんだよ。ここにある服を冬の間、着回せば良い。この状態が日常着となれば、皆早く見慣れるだろう」


 イーアンを抱き寄せた腕を少し緩ませて、ドルドレンは微笑んだ。即、別の服を買いに行かねば、と決意する。イーアンは『本当に素敵な毎日を有難う』と広い逞しい胸に顔を埋めた。



 イーアンを伴って、まだ早い時間に朝食に下りる。


 今週の料理担当にイーアンを紹介し、騎士8名に『存じております』という笑顔をもらう。朝食は出来立てだからどうぞ、と促がされて、盆に料理を乗せて机に運んで朝食。

 厨房の一人が出てきて、『イーアン。ロゼールからあなたの話を聞きました。私はヘイズ・ナックノリーです。これほど綺麗な人が料理も出来るとは。私が担当時は、どうぞ空いた時間に厨房をお使い下さい』と挨拶をし、温かい甘い飲み物を2つ置いていってくれた。


 ドルドレンは額に手を当て、溜息をつき『イーアンの取り巻きが増える』と困っていた。『社交辞令ですよ。女性だから』と笑って、イーアンは頂戴した飲み物を美味しく頂いた。



 食器を戻す際に、イーアンはヘイズに声をかけて『良かったら午後に少し使わせてほしい』と頼むと、ヘイズは昼食後の仕込みが済んだらどうぞ、と快諾してくれた。


「イーアンは今日、何か料理するのか」


 ドルドレンが心配そうに言う。『内緒です』とイーアンは微笑んだ。だからドルドレンは、ちょっと離れていて下さい、と告げられ、ドルドレンは眩暈がした。また見ていないところで、誰かの手を握ったり、食べさせたりしたらと思うと。

 よくよく注意して、それらの好意に気をつけて止めるように、と教えた。



 部屋に戻る前にイーアンに『壷や容器を探してみようか』と聞くと、イーアンは喜んだ。一緒に表の倉庫へ行き、目的のものを探すと、手前の箱に一塊に集められた容器が見つかった。壷は若干小さいものが奥に一つあり、蓋は壷近くにあったので、それをとりあえず運ぶことにした。

 消耗品の棚を調べると、そこに手袋やベルトがたくさん積んであったので、手袋も一つ持って、作業部屋へ全て運んだ。


 作業部屋では、イーアンが昨日書いた紙を見ながら動き始めた。

 壷に骨の粉を移すのは、ドルドレンが手伝い、どうにか壷の口一杯で二袋分が納まった。魔物に掛けるときに惜しみなく使って良かった、とイーアンは笑顔で言う。思い出したくないが、『そうだね』と相槌を打つ。


 イオライセオダの容器も、中から土産品を取り出して、倉庫から持ってきた容器に移し替える。イオライセオダの容器を、また買っておいたほうが良さそうだな、とドルドレンは思った。遠征に行く度に持ち帰るものがあるとすると、工房の親父が言った『これからもっと増えるだろう』というあの一言は正しい。



「革。どうしましょう」


 イーアンが呟いた。どんな革が欲しいのかを訊くと、ナイフの鞘にする革という。自分たちの剣の鞘は、イオライセオダの親父の工房ではなく、その何軒か先にある革物屋で購入した気がする。防具は別の地域だが・・・・・ 


 そのことを話すと、イーアンはイオライセオダへの距離の遠さを懸念して、使わなくなった鞘や防具はないか、と質問した。


 そんなものでも良いのか分からないが、この前イオライで負傷した騎士の防具をもらえば良い、とドルドレンは伝えた。彼らは次の戦闘に間に合うよう、新しい防具を取り寄せる。損傷した防具は燃やしたり、ゴミとして回収屋に出している。

 それを知ったイーアンは嬉しそうに笑い、あの鎧が気になっていた、と答えた。どうして気になるのかは訊かなかった。多分、彼女にとって大きな意味があるのだ。


 そんな話をしていると、作業部屋の扉がノックされた。開けると、執務室からドルドレンに用事ということで、ドルドレンは執務室へ向かった。




 扉に鍵をかけ、朝も早い時間からイーアンは昨日の続きを始めた。


 ドルドレンの弛まない愛情のおかげで、作業場も道具も揃い、仕事をする環境が整ったのだ。後は良いものを作るだけ。『頑張ろう』と自分に言う。


 今日の最初の作業は、昨日の続きの尻尾の表面層を剥がすことにした。


 ナイフで丁寧に、層の隙間の網状の膜を切り裂きながら表面を剥く。刃を当てると吸い付くように対象物が切れていくので、作業はとても優雅でスムースだった。楽しいといっても良いほど。


 そうして一本の針からその表面層を取り除き、二層目がむき出しになった針は、一旦布に包んで保管することにした。若干の乾燥は否めないが、それが素材にどれくらいの打撃になるかは見当もつかないので、試作が上手くできれば出来るだけ早く処置しようと決めた。


 さて。


 ここからがさらに楽しい時間だ。本業開始である。


 もらった手袋をある程度採寸する。定規はこの世界はあるのか。多分あるだろうとは思うが、訊くのを忘れた。とりあえず目分量で型紙を作る。



お読み頂き有難うございます。

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