769. タムズの相談~ 男龍のこだわり
ミンティンを一度空へ帰した後。タムズは馬車と一緒に歩きながら、皆で野営地へ到着。
男龍も歩くんだなと、タンクラッドがミレイオに言うと、ちょっと振り向いたタムズが微笑み『こうしたことも楽しいな』と答えた。親方、恐縮。ミレイオに肘で突かれた。
フォラヴたちも、甘えっぷりの激しい総長の意外な面に驚くものの。彼は抑圧された任務から解放され、きっと自由に自己表現しているのかもと(※理解ある部下)微笑ましく見守る。
ドルドレンは片腕に乗せてもらいながら、両腕をタムズの首に回して顔を付けたまま幸せ。イーアンも横を歩いているが、お互い気にしていなかった(※ドル最高&イーアン♂♂観賞)。
このことを気にしたのは、意外にタムズ。
ドルドレンの甘えは、忠誠と信頼の愛情を感じているから、それはそれで構わないが(※男龍目線)。イーアンはこうしたことを求めないなと。それが気になっていた。
彼女がビルガメスの腕に座るのは何故なのか。自分にはしない行為が、他の相手には行われている理由を知りたい。
タムズは男女の境を考えない。タムズに限らず、男龍はまず、気にすることがない。それぞれの性の呼び名や特徴を会話に出すことはあっても、女性だから男性だからという感覚がほぼない。
ただ、相手が女龍となると話が別。自分たちの上に立つ存在で、彼女は自分たち龍族を統一する。
その女龍の側に付く男龍は、彼女と同じくらいの強さまで上がることが出来る。彼女の持つ力を呼応で受け取り、完成された自分だけの状態を、遥かに超える強さを受け取る。
そして女龍に卵を孵してもらう回数が増えれば、優れた子供も増えると同時に、自分と同じ龍気を持つ子供たちに支えられ、その上の存在と呼ばれる『龍王』にまで変化する。
『龍王』は龍に留まらず、空の一族までも統べる存在。女龍の力を持ちながら、広範囲の空を守る存在として現れる・・・・・
しかしこの『龍王』。実のところ、これこそ伝説。イーアンで3度目の女龍登場だが、始祖の龍もズィーリーも、龍王となる男龍を得なかった。
始祖の龍はもちろんこの条件を知っていたが、彼女は男龍を愛さなかった。ズィーリーは、このことを教えられていたか知る由ないが、ルガルバンダと落ち着くまでに至らなかった。
タムズは思う。
何をすると、自分もビルガメスのように、イーアンともっと近くなるのか。ビルガメスがイーアンと一緒にいたがるのは、龍王を意識してなのかどうか。全く窺い知ることは出来ない。
ビルガメスが万が一死んだら(※遠慮なく予定に入れる)一番強い男龍は自分ではないかと、タムズは思う。シムやニヌルタも強い。ルガルバンダも同じように強い。だが、自分には龍の要素の翼がある時点で、別の強さを保持している。そう思っていたのに。
しかし、今。翼はファドゥにもある。
ファドゥも男龍に成った現在。彼に翼があり、また、その力をまだ誰も知らないことから、タムズは自分の並びに、ファドゥが現れたことを気にしていた。龍の子の時から、イーアンはファドゥと仲が良く見えた。
そして。素晴らしいことではあるが、同時に心配にも及んでいること―― イーアンが孵した子供たちにも、翼持ちがたくさんいること。
これはタムズにとって、今までの特別感に、大きな揺れを与える出来事だった。
野営地に着いて、ここら辺りでとドルドレンが皆に伝える(※タムズの腕から)。馬車を止め、馬を外してから、ぞれぞれが自由時間に入った。
ドルドレンを下ろし、タムズは『イーアンと話があるよ。君は他の者と話しなさい』と優しく言う。少し残念そうなドルドレンだが、とっても良くしてもらったので素直に頷いた(※甘えん坊36才復活)。
イーアンを見ると料理の準備をしている。ドルドレンは自分が代わることにし、イーアンに、タムズが呼んでいることを教えた。
「あら。タムズが。そうですか。さっきは何も仰っていませんでしたのに。ではすみませんけれど、ドルドレン。ミレイオのお手伝いをお願いします」
そう言うとイーアンは伴侶の頬にちゅーっとして、手を拭き拭き、男龍の待つ馬車の横へ行った。
じーっと見ているドルドレンに、ミレイオは『野菜切って』と命じる。ドルドレンが了解して野菜を切り始めると、明るい金色の目を向けたミレイオは『あんたって。タムズ大好きなのよね』と呟いた。
「大好きだ。愛していると言っても良いかも知れない。彼もだが、男龍は俺の憧れなのだ」
「そういうもんなのね。まー、分かるけど。ありゃ憧れるわよ。人間じゃ到達出来ないカッコ良さ」
「ミレイオもカッコ良いのだ。人間にない魅力が、人の形を通して現れると、俺のように人間の枠を超えられない者から見れば、それは大変に魅力がある」
フフッと笑ったミレイオは、ちょっと笑って『あんたはカワイイわ』と誉める。
それからドルドレンの憧れを、料理中にずっと聞かされることになったミレイオは、可笑しいような真面目なような彼の想いに、うんうん、とただ理解を示して聴いてあげた。
「イーアン。ちょっと話したいことがあってね」
こっちへおいでと、タムズが馬車の御者台を示す。今は誰も御者台近くにいないので、二人は御者台に並んで座った。
「あのね。卵のことなんだけれど」
「はい。卵ちゃん。何でしょうか」
「私の卵を集中的に孵してもらうことは、考えられる?」
「集中的。タムズの卵ちゃんたちを。最初に伺いますが、タムズは一日にどれくらいの卵を生みますか」
「一日か・・・そうだね。朝から夜中までなら5個くらいまで、ではないだろうか」
「んまー。では、2日で10個の卵ちゃん。万が一、4日頑張ったら20個の卵ちゃんですか。それを私が集中して孵すと。んまー」
イーアンは、タムズ・ベイベがワサワサ出てくるところを想像して、ちょっと可愛くて笑う。赤ちゃんは皆可愛いけれど、タムズお父さん似のベイベが一杯・・・って。同じようなのが、わちゃわちゃ。カワイイ~
ニコニコ想像するイーアンを見て、タムズも少し笑顔になる。真面目に訊いているのだが、イーアンは楽しそうで、いつも反応が読めなくて面白いと思う。
「4日間も放置は出来ないから、一日で生んだ卵を、翌日にイーアンに世話してもらって、それを度々繰り返すようなつもりでいるんだよ。どうだろう?」
「ああ。それなら確かに効率的。って、赤ちゃんに効率的も何もないような気もしますが。しかし私、毎回気になります。どうしてタムズだけですか?他の男龍も未だに『自分の卵』にこだわられる時がありますが」
「どうしてって?」
「だって。卵部屋に入った時。たくさんの赤ちゃんが生まれました。私から離れていても、孵った卵はいくつもあります。
ですから、当初に聞いた『女龍の近くにいる方が良い卵』の条件は、もうあまり関係ないような気がします」
タムズはそれを聞いて、ふむ、と考える。イーアンはタムズの返事を待つので、じっと見ている。本当のことは、誰も話していないと分かっているから、自分も言わないが。
「そうだね。イーアンがたくさんの卵たちを孵してくれた。これはとても素晴らしい奇跡だと思う。だけど私たち男龍には、この続きに、もっと大きな可能性があると分かるんだよ。
イヌァエル・テレンの為に、男龍たちが出来ることを皆が考え、皆で願っている。それは卵を孵してもらう時に、誰かの卵を集中的に孵すことで、空の力に成れる可能性を持っている」
「卵ちゃんには、色々と込み入った仕組みがあるのですか。外から来た私には、まるで想像付きませんが、そうなのですね。
でも。ここで気になります。私はこの約束をしますと、他の男龍の方に何か・・・影響があるのではないかと」
女の勘がトラブルを察知する、イーアン(※鈍いけど、こういうのは敏感なのが女)。
だって。何かおかしいもの。皆で願っていることなら、どうしてタムズがひっそり、ここでお願いしているのか。これは後々、おじいちゃんに何を叱られるか分からない系統では。
イーアンが鳶色の瞳を真っ直ぐに向けるので、タムズはその視線を見つめ返しながら、どうしたものかと考える。
そう、一筋縄では行かないか。イーアンは質問する。知りたいことは何でも知ろうとする。止めれば聞かないが、それではこちらも出方が限られてしまう。
「ふぅむ。そうか。気になるか。それもそうかな。でもね、うん。難しいな。君が完全にイヌァエル・テレンにいれば、話せることもあるのだが(※テキトーに言い逃れ)」
タムズの呟きに、イーアンは『そういうことなのか』と何となく理解(※煙に巻かれるタイプ)。
私が空に住んでいたら、言っても良いけど~みたいな、内容なんだと思うと、それは確かにムリ。私はお空に引っ越さないので、そういう条件で話せないなら、こちらも無責任に『教えて』とは言えないかも。
「分かりました。言えないのでしたら、それは私も無理に聞きません。皆さんがその質問について、いつでも全部をお話しようとしませんのは、大切な理由があるのでしょう。
ですけれど。そうしますとね。私も簡単に二つ返事で引き受けることが、少々問題あります。
自分が関わることが、イヌァエル・テレンの為になるのでしたら、それはそうしたいですが。疑問を抱いたまま動くのは、性に合いません。
私が理解出来るような部分だけでも、お伝え頂いたら。その時、改めてこの話に取り組みましょう」
思ってもない、タムズ敗退。
イーアンの言うことは尤もだ。分からないのに、手を出せないと思うのは当然だろう。
騙すようなことは出来ないし、かと言って、彼女に全部を話せば、きっと相手を選ばれる。男龍の強さ云々の前に、彼女の気持ちで選ぶだろう。
卵を自分の卵に限定して、多く孵してもらうには、言うに言えない部分でもあり、特に言わないまま約束に漕ぎ着けるのが一番に思う(※これを担ぐと言う)。
タムズは答えが用意できず、少し間を置いてから、自分を見つめる女龍に微笑む。
「分かった。とても大切なことだから、考えて言葉を選ぼうと思う。きっと伝えられることもあるはずだ。その時に改めて、私の話を聞いてくれ」
イーアンはニッコリ笑って頷く。『はい。宜しくお願いします。全部ではなくても、私が納得してお手伝い出来る環境にしたいです』それは本当だから、イーアンはそこを強調する。
男龍は笑顔で了解し、イーアンの頬を撫でると『君に孵してもらった卵が、そのうちイヌァエル・テレンを賑やかにするよ』と言った。イーアンも嬉しそうに、それを願っていると答えた。
そしてタムズは、今日はもう帰ることを伝え、ドルドレンを呼んでお別れの挨拶をして(※貼り付くドルドレンを撫でる)『また来るからね』と微笑むと、見送られながら、ミンティンと一緒に空へ戻った。
もう一つ。男龍から龍王に駆け上がるための条件として、あるもの。
それは自分が女龍を愛する気持ちと同等に、女龍に愛されているかどうかが重要。同じ位置まで魂を高める、男龍と女龍の愛が龍気に満ちた時、新たに生まれる力が、それまでの体に入りきらずに変化する姿。
それが龍王であり、その大きな愛情の具現化した姿こそ相応しい、空の統一者。
無論。男龍の全員が、龍王を目指すこともないし、数の多かった頃の男龍の時代は、ズィーリーが現れても、女龍自体に関心を持つことさえしない男龍もいたという。
しかし今回はどうも違う。ルガルバンダの執念的愛情はさておき、まさかビルガメスが、最初に動き出すとは思わなかった切り口で始まり、興味を持ったニヌルタやシムは、イーアンの精悍さを気に入った。
自分は好奇心から入ったが、最初の出会いで彼女の放った龍気に驚いてからは、自分に与えられた男龍の恵まれた素質を考え、龍王の話まで想像するようになった。
可能性が出てきた、伝説の存在。
自分たち男龍にしか叶えられない、その伝説が―― タムズの中の探究心に火をつけた。もしかすると自分がそれを叶えられるのではと。
だがイーアンには、早々と人間の相手ドルドレンがいた。それもとても仲が良い。これは仕方ないことで、可能性を感じたのも束の間と分かる。
最初のうちはそういうもの―― 人間の相手と数十年生きて死ぬ女龍 ――この理解だけで済ませていた。そう思っていたのに。
イーアンは、積極的に卵を孵すための中間の地を探したり、ドルドレンと一緒に空に上がれるなら、居ても良いと言ったり、卵や子供たちも喜んで世話もする。そして卵の孵る多さと早さ。子供たちの姿や成長の速度が、これまでと全く違うことを目の当たりにすると。
伝説が叶う確率が増えていることに、今は男龍の誰もが気が付いている。龍の子から男龍へ変わったファドゥは、身を以って知っただろう。
そう。彼の変化は、現実に変われることを男龍全員に知らしめた。彼自身も信じた。彼の中の愛情と、イーアンの愛情が(※擬似母子愛サマサマ)彼の中で溢れて、その姿を引っ張り上げたのが男龍の姿だったのだ。
変われると知った今。後は。愛されるかどうか、だけ。
イーアンは、ドルドレンを愛していても、同時に他の男龍を愛することも出来る(←知らないから言えること)はず。
現にドルドレンは、彼女を愛しているのに、タムズも愛しているように見える。これは偶然だったが、非常に興味深い現象(※勇者の一族の習性を理解してない⇒浮気性)。
人間に近い愛情表現が可能なら、イーアンはタムズを受け入れるのではないかと、タムズは考えていた。
伝えやすい愛情。伝わりやすい愛情。彼女が女龍として生きることも支えられ、彼女の人間の習性を理解することも出来る。これはどこに影響しても、良い効果しかないようにタムズは感じている。
とはいえ。こればかりは、イーアンの気持ちなので動かすのも難しい部分。タムズはちょっと笑って、愛されるように、努力することだけは続けようと思った。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方に心から感謝して。とても嬉しいです!励みになります!!




