768. 旅の三日目 ~国境前の穏やかな午後
イーアンがお空で、夕方まで拘束されている間。
馬車で移動している旅の仲間は、朝、イーアンがビルガメスに連れて行かれたことを話し、ミレイオが来て朝食。片付けて出発。
テイワグナ国境まであと一日の道のりを話して昼食に入り、昼食後、馬車を下りて歩きながら、馬の側を歩いた午後。
久しぶりに歩いたと誰もが言いながら、若葉の茂る木々の覆いが掛かった道を進む。木漏れ日は目に眩しく、風も暖かで、歩きながらでもザッカリアは眠気に襲われる。
フォラヴは彼の横を歩いていて、その様子に微笑み、無理をしないで眠ってきたらと促した。
「俺だけ寝るの。寝にくいよ」
「子供だから。眠らないと背が伸びないかも。ロゼールたちも、あなたと同じくらいの頃は、午後によく眠っていたと昔話を聞きましたよ」
「授業があるよ。眠れないでしょ」
「ギアッチは眠る子を起こしません。ロゼールやトゥートリクスは、小さい頃からいましたから、ギアッチが面倒を見た時は、机で寝かせていたそうです」
ハハハハと笑うザッカリア。一緒に笑ったフォラヴも、そういうことですから、と馬車へ入るように言う。『少し眠ると良いです。背が伸びると嬉しいでしょう?』微笑む妖精の騎士に、ザッカリアも嬉しそうに笑顔を向け、お礼を言うと馬車に入った。
ザッカリアが眠りに入ったので、フォラヴの横にミレイオが来て『あんたって優しいわ』と誉めた。
「言い方が優しいのね。フォラヴは子供の頃はどんな子だったの」
きっと極上の可愛い子供だっただろうと、ミレイオが言うので、フォラヴはコロコロ笑いながら『普通の子供です』と答える。
「私の思い出話なんて。退屈かも知れませんよ。私は天気の良い日は外で本を読んだり、鳥と話したり、川で水の精霊を相手に遊ぶような」
「ちょっと待って。本を読むのは分かるけど。鳥と話すの?水の精霊と遊べるものなの?」
ミレイオは驚いて聞き返す。向こうでシャンガマックが笑っていて、フォラヴもそれをちらっと見て笑みを浮かべる。
「それほど驚くことでもありません。鳥とも動物とも話します。彼らはいつも私の友達です。水の精霊はいる場所が決まっていますから、そこへ行くと遊んでくれました」
フォラヴは澄んだ空のような色の瞳をミレイオに向けると、シャンガマックを指差し『彼も似たような経験を持ちます』と教えた。シャンガマックは、こっちを向いて微笑みながら頷く。ミレイオは聞かせてほしいと頼んだ。
「俺も。フォラヴと少し似ているかも知れません。俺は朝起きれば、平原へ出て動物の声を聞き、夜になれば星を見て、大地の精霊を感じながら魔法を覚えたんです。呼び出すのは、大人の占術師の側で毎日話を聞いたから。薬作りは俺の父親が教えてくれました」
「へぇ~!素敵ね!素晴らしく魅力的な子供たちじゃないの。あんたたちの子供時代って感じがするわ」
ミレイオは歩きながら彼らを誉め、フォラヴの頭を抱き寄せて、キスをして笑顔でナデナデ。白金の髪にキスを受けたフォラヴも、ミレイオを見て笑顔でお礼を言う(※抵抗ない人)。
シャンガマックをちらっと見たが、恥ずかしそうに微笑んでいるので、ミレイオは笑って終えた(※固まると歩かない)。
前を歩く総長とタンクラッドは、後ろの話を聞きながら、お互いの過去を思う。話題はテイワグナ国境への関心だったが、お互いに『彼の過去はどんなだったのか』と少し気になった。そんな二人は同じタイミングで目が合う。
「総長、お前は」
「タンクラッドの」
声が重なって止まり、二人は少し黙る。ドルドレンはタンクラッドに先を譲った。親方は頷いて『お前。馬車の家族だったな。話は変わるが』切り出してみて、反応を伺う。ドルドレンは頷いた。
「ベルとハイルもお前の馬車だったとか」
「急にそんな話を・・・そうだ。彼らと俺は同じ家族だ。ティグラスも途中までは一緒だった」
「お前は。聞いて良いのか分からんが、子供の時からほら。ジジイも話していたが、真面目な赤ん坊と」
「それは赤ん坊の頃だ。俺は覚えているわけもない」
ハハハと笑うドルドレンに、タンクラッドも笑う。後ろの3人は顔を見合わせ『総長は真面目な赤ちゃん』説に興味を持つ。会話の声を少し落として、前の二人の話が聞こえるくらいに調整した。親方はもう一度話を戻す。
「そうだな。気がついたら親も兄弟もたくさん、といった環境か。誰が親でも、誰が兄弟でも同じように家族と」
「馬車の家族はどこもそうだろう。昔話か。どうだろうな。何が変わっているのか、自分では分からないのだ」
「ザッカリアが、ハイルたちに楽器を習っていただろう。彼の奏でる曲はそうか?」
「そうだ。ハイルが歌う。ベルが弾くのだ。あれらの親もそうだった。音楽は皆が好きだ。
俺の親父は歌い手だが、彼も楽器は扱う。ジジイはどうだったかな・・・ジジイも歌い手だが、馬車歌ではないからな。俺は楽器はさっぱりだ。曲芸専門の子供だったな」
「総長の動きはそこから来ていたのか。お前は歌い手にならなかったんだな」
「うん。でも歌える。歌は好きだ」
親方の鳶色の瞳が好奇心を湛えて、ドルドレンを見た。ドルドレンが彼の顔を見ると、面白そうな表情で歌うのを待っていると分かる。
少し笑って後ろを振り返ると、後ろの三人がこっちを見ていて、目が合うとすぐに目を逸らした。
笑うドルドレンは、息を吸い込んでから親方に笑顔を向ける。それから歩く場所を馬の横に移動し、センの腹を撫でながら歌い始めた。
歩く馬と一緒に歌う総長。意外な声質に、ミレイオの顔が感動で輝く。フォラヴもシャンガマックも初めて聴くので、へぇといった感じの笑顔を交わした。
親方もびっくり。こんな綺麗な声で歌うのか。いつも歌っているように思えるほど、声に伸びがある。艶もあるその声に、元々歌が上手かったんだなと分かった。
イーアンが歌うのを何度か聴いたことがあるが、イーアンは低く落ち着いた声で、囁くように歌う。総長は朗らかで、恥ずかしがらないから、声の通りが実に綺麗に空気に響く。
馬の横を歩いて、その体に片手を添えながら歌うドルドレン。木漏れ日を見上げ、風に乗せて、空を見つめ、歩く道を眺め、向かう先に声を届ける。
一人の馬車の民が、馬の横を歩いて伸びやかに歌う姿に、他の仲間はただただ見惚れた。
歌い終わると、親方が拍手した。すぐにミレイオと騎士たちも拍手。
えへっと笑うドルドレンの嬉しそうな顔を見て、親方は肩を組んだ。『お前は声が綺麗だ。いつも歌えば良いのに』すごく歌が上手いと言うと、ドルドレンは恥ずかしそうに下を向いた。
「俺は歌い手じゃない。一人なら歌うし、皆が歌っている時は一緒に歌えるが。金を稼ぐのは俺の仕事ではない」
「金なんて関係ないぞ。いつも歌え。折角の声が勿体ない。初めて聴いたが、こんなに上手いと知っていたら、もっと早く聴きたかった」
親方は才能をちゃんと誉める人。照れるドルドレンに、タムズの前でも歌えと言うと、少し赤くなって『出来ないよ』と困っていた(※カワイイ総長)。
ミレイオも側に来て『素敵だったわ。いつも歌って頂戴。あんたが良ければ』とお願いした。ドルドレン、恥ずかしくてたまらない。今更恥ずかしくなっちゃう。
ニコニコしながら年甲斐もなく困る総長が、可愛く見えるミレイオ。頭をよしよし撫でて、顔を覗き込む。灰色の瞳が自分を見て、嬉しそうに笑顔を浮かべた。この子も顔が良いから、ホント可愛いわねぇ・・・イイコイイコ。
「ドルドレン。お金なんて気にしないで。本当に素敵な声だったのよ。歌い方も自由な民って感じ。初めて馬車の家族の歌を聴いたけど、すごく旅情があって良いじゃない。イーアンも知ってるの?」
イーアンにはたまに聴かせると答えると、ミレイオは微笑んで頷く。
「これからは皆にも聴かせてあげて。イーアンも喜ぶわよ」
「そう?なら、そうするのだ。俺は楽器が使えないから、ザッカリアが弾いた時にでも歌う」
フォラヴやシャンガマックもすぐに後ろへ来て、是非歌っていてと言ってくれた。部下にまで誉められちゃって、ドルドレンは幸せだった(※はにかみ総長36才)。アンコールされたので、機嫌良くドルドレンは歌ってあげた。
太陽の民と馬車の旅。歌う彼を先頭に、仲間は午後の道を歩く。
それは伝説の始まりを過ごす時間としては、とても素敵な幕開けに感じた。イーアンもいれば良いのに、皆は笑みを浮かべた顔で空を見ていた(※この頃、お空で鈍い鈍い言われて泣いていた)。
ふと、親方は思い出した。馬車歌・・・それはハイザンジェルの、総長の家族だけなのか。歌い終わって拍手の後。それを訊いてみると、総長は頷いて『俺たちの家族だけだ』と答えた。
「とするとな。俺は少々・・・忘れ物をしたかも知れんな」
親方は何やら思い出して考えている。どうしたのかと思って『忘れ物は何だ』と訊ねると、ジジイの話をされた。
「ジジイは、あんなヤツでも一応認定で俺のお手伝いさんだ。あいつと全く連絡を取る方法がない。以前。連絡球を預けるのを躊躇ってな。以降、忘れていた」
「今はもう、馬車歌だけではないのだ。気にしなくても良いのではないか。馬車歌の内容も、今回をそのまま予言しているわけではないと分かったし」
ドルドレンは気にするなと言うが、そうすると、ジジイ代わりの手伝いなんているのだろうか?親方は悩む。放ったらかしで来てしまったが。これはあまり良いことではないような。
「タンクラッド。俺だってお手伝いさんの存在はまだまだ、知りもしないのだ。いつどこで手伝うのかも分からん。タンクラッドの手伝い役とはいえ、ジジイはハイザンジェルにいる出だし用だったのかもしれないぞ(※暗喩で用済み)」
しかしなぁと。思い出してしまうと気になる親方。放っておいて良いのかどうかも分からない。『良い』と精霊でも言ってくれれば、全く気にもしないんだが。
「ねぇ。その、用のあるジジイって。ドルドレンのお祖父さんでしょ?もうさすがに戻れないわよ。
龍であんただけ、そのお祖父さんのいる町に行くって言っても、結構、離れちゃったし。今からだと、帰ってくるまでに国境も越える気がする」
ミレイオが横から口を挟んできて、尤もなことを言う。確かにそうだと、親方も思う。一人で戻るにしても、龍を呼ぶのも良いのか、それも不明。
「そうか。そうだな。まぁ、これも運命としておくか。ジジイのことはうっかりした」
「うっかりするような相手なのだ。端から大した人間ではない」
自分の祖父を『大した人間ではない』と言い切る総長に、親方他全員が複雑そうに頷いた。気にするなと笑顔で肩を叩かれ、親方はドルドレンの親族への距離を思いながら、この時は了解した。
上り坂を進み行く道のり。何だかんだと話しながら歩いて、夕方が近くなる頃。向こうの空がカーッと白くなり、イーアンお供を連れて参上と知る(※オマケ付きはこうなる)。
「イーアンだ。イーアン、イーアン」
喜ぶ総長。あの輝き方は男龍が一緒だ!誰?タムズ(※願い)?ビルガメスでも良いけど(※こっちも好き)!
嬉しいドルドレンは、愛妻(※未婚)も待ち遠しいし、大好きな男龍も大歓迎で、道の先に駆け出し、小年のように両腕を振って、大声で名前を呼ぶ。
そんなはっちゃけた姿も新鮮な、部下と職人。総長はきっと。本来はあんな無邪気な感じなんだろうなと、ヒソヒソ話し合う。
「イーアン、お帰り!イーアン、イーアン」
一生懸命に叫ぶ、健気な旦那。近付いた光の中から、カラカラ笑うイーアンの声。光が和らぎ、現れた男龍。一緒に来たのは『タムズ!!』嬉しい総長は走っていって抱きつく。
仲間は苦笑い。躊躇うことなく愛情表現する男と知っているが、相手が男龍でもやるとは。横でイーアンが笑っている・・・・・
「ドルドレン。本当は昨日も来たかったんだよ。君が回復したか気になっていたから」
貼り付くドルドレンを、笑顔でナデナデするタムズ。嬉しくて、尻尾があったらブンブン振っていそうなドルドレンは、タムズのお腹に顔をこすり付けて『元気なのだ。心配してくれて有難う』とお礼を言う。
「会えて嬉しい。どれほど待ったか(※数日)」
「そうだね。少し居ようかと思うよ。夜が来る前に戻るが、私の服はあるのかな」
「イーアン。タムズの服なのだ。どこに仕舞ったの?」
さっと愛妻に振り向いて、服服、と急かす。イーアンは急いで馬車へ戻り、皆への挨拶もそこそこ、タムズセットを持って戻ってきた。
仲間は『複雑具合』が進行中。イーアンは、旦那の男色傾向にいそいそ従うのか・・・それもそれで、どうなんだろうと思う姿。
そんなこんなで、体を縮めたタムズが服を着て、夕方前の道のりは、男龍も日が沈むまでサービス同行。ドルドレンに貼り付かれると歩きにくいタムズは、仕方ないから彼を腕に乗せて歩いた(※同じくらいの身長でも力が違うから出来る技)。
嬉しはずかしのドルドレン。でも最高に幸せなので、タムズの首に抱きついて笑顔で運んでもらった。良かったですねぇと、笑うイーアンも横を歩く。
そんな幸せそうで微妙な様子を眺めながら、会話も少なく後ろを歩く仲間は、これがこの先もちょくちょく起こるんだなと理解した。
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