767. 空の用事 ~鱗聖別・過去の話・グィードの龍気
ビルガメスとイーアンは、どれくらいの間、沈黙の中にいたのか。長い沈黙の後に、ビルガメスはイーアンの角に触れて、自分を見た女龍の瞳に視線を合わせる。
「分かったんだろうな。お前の顔を見ているとそう思う。後は、お前がそれをどう、今後に用いるのか。考えてから、また俺と話せ」
ビルガメスは続きのことを思い出させ、『指示』を与えるように遠回しに促した。イーアンは力なく頷き、そうすることを、呟きに似た小声で答えた。
赤ちゃんが来て、イーアンを引っ張って抱える。少し笑ったイーアンは体を起こし、赤ちゃんを抱き締めて『大好きですよ』と囁いた。その言葉を、今すぐに誰かに言いたかった。そうしないと、自分が壊れてしまいそうだった。
赤ちゃんはイーアンの顔を触り、ちゅーっとしてアハハと笑う。イーアンも笑ってちゅーっとしてやり、抱き締めてたくさん撫でた。
ビルガメスはその様子を見つめ、ベッドを下りて二人を両腕に抱えると、ゆっくり抱き寄せて微笑む。
「お前たちは俺の大切な宝だ。俺の命が消える頃。お前たちの中に俺は居る」
イーアンは目を閉じる。彼の言う感覚を覚えなければいけないと、大きく息を吐いた。でもそれはとても大きな壁に見え、分厚くて頑強に感じる。壁を越えたら、二度と、今の自分の感覚を取り戻すことはないだろうと、それもどこかで理解していた。
「私の命が消えても。あなたの中に居るのですね」
絞り出す声で伝えた答え。イーアンの答えに、ビルガメスは頷いて『そうだ。お前がもしも先に消えたら、おれの中にお前は居る。だが』そう言って、イーアンの頭に口付けしたまま少し止まった。
「そんなことはさせない。お前は命の在り方を俺に教える必要がない。俺の腕の中で笑っていろ」
口付けを離して微笑んだビルガメスに、イーアンはしんみりして頷き、答えることが出来なかった。今のビルガメスの言葉は、少し矛盾したように聞こえ、それがどうしてそう言ったのかは分からなかった。
結局のところ。イーアンが最初に彼に問う内容は、自分に返って来てしまい、解決など到底出来ない気がした。
話し終わった時間は午前中だったが、夕方まで居るように言われ、その理由はビルガメスは特に言わなかった。どうしてかと訊こうとしたけれど、何となくビルガメスが側にいてほしいのかもと。そう思った。
それなら。イヌァエル・テレンで出来る用事をしようと、考え直したイーアンは、アオファの鱗を聖別して持ち帰りたいとビルガメスに話した。
「アオファの鱗。何かに使うのか。龍を聖別というのも、意味があるのかどうか」
聖別すると別の効果が加わることを教え、アオファの鱗が風になって、魔物を倒してくれることも話す。ビルガメスは少し面白そうに頷いて、アオファの場所へ行くように言った。
「持って帰れ。ここで聖別する。俺は子供がいるからここで待つ」
イーアンは了解し、翼を出してアオファのいる場所まで飛んだ。イヌァエル・テレンで、おじいちゃんが一人の時間を与えてくれるのは久しぶりだった。
イーアンはアオファの眠る龍の島まで飛び、到着してからアオファを探した。奥の方に小山のアオファが見えたので、近付いて相談する。
「アオファにお願いがあります。鱗を少し分けて下さいませんか」
アオファの真ん中の首が降りてきて、イーアンを見つめると、そーっとそーっとちょっとだけ、ベロンと舐めた。イーアンは倒れた。起き上がり、頭を打たなかったことに感謝をし、アオファの顔を撫でてお礼を言った。
あまり舐めないのに珍しいなと思ったが、とりあえず愛情表現と思い、ヨダレを拭きながら鱗を待つ。アオファは首を高い位置に戻してから、前に置いた手の指を2回擦り合せて、鱗を落としてくれた。イーアンは上着を広げて、鱗を集め、パンパンにして包むと、アオファに改めてお礼を伝える。
「アオファのお陰で、たくさんの人たちが安心出来ます。有難うね」
アオファはもう一度首を下ろし、イーアンが覚悟を決めたと同時に、ベロンと舐めた。これは一体、と思いつつ、倒れたイーアンはお礼を言って翼を出すと、手を振ってお別れした。
鱗を包んだ上着を持って、おじいちゃん宅へ戻る道。ふと思い出した龍の島で、ショレイヤたちが見えなかったなと考える。まだ体調が難しいのだろうか・・・帰ったらおじいちゃんに聞いてみることにして、イーアンは急いだ。
ビルガメスの家に着いて、すぐに鱗を見せる。イーアンが広げた上着に、赤ちゃんが寄ってきたが、おじいちゃんが小脇に抱えて難を防いでくれた(※難=鱗をかき散らす恐れ)。
「これが役に立つというのか。何が役立つか分からんな」
フフンと笑って、小脇でもぞもぞする赤ちゃんをそのままに、ビルガメスは鱗の山の上で息を吹きかける。その息が掛かった途端、鱗は軽やかな曲線を持つ花びらのように変わった。
「まぁぁぁぁ。ビルガメスは凄いことをされますね」
「ハハハ。お前だって出来そうなもんだが。こうした使い方を知らないなら、それもそれで俺に頼め。俺は頼まれてやる」
何となく頼られて嬉しそうなおじいちゃん。イーアンはもう少し持ち上げておいて(※おじいちゃんは自慢げ)お礼をちゃんと言い、鱗を上着に包み直した。安全と分かって赤ちゃんも下ろされる。
「他は。お前は何か用事がないのか」
突然連れて来られて、思いつく用事なんてあんまりない。アオファの鱗は伴侶が話していたから、偶々思い出しただけで。少し考えて、ああそうだったと手をポンと打つ。
「ショレイヤたちが龍の島にいませんでした。まだ戻りませんか」
「ん。戻る?ああ、お前たちのいる場所へか。そうだな。もう大丈夫だろうと思うが。何だ、龍を使うのか」
そうじゃないけど、オーリンも帰って来ないし、さっきは龍たちが見えなかったからとイーアンが言うと、ビルガメスは頷いた。
「短いが。休眠しているだろう。集中で眠る。あまりに使うと起きずに回復するから。島にいなかったのは、休眠の質が違う場所に行ったからだろう。オーリンは恐らく、ガルホブラフと一緒だ」
「あら。では、オーリンもガルホブラフやショレイヤたちと一緒に、別の場所で付き添っていると」
「そうだな。あいつとガルホブラフは兄弟のようなものだ。離れると調子が狂うから、側で過ごした方がガルホブラフに良いんだろう」
龍の民はそういうもの、と教えてもらい、他の龍の民はこんなふうに地上へ行かないから、オーリンとガルホブラフは特別な例なのかもと分かった。
他は?と訊かれ、イーアンは特に用事が思いつかなかった。シムが早くに来たので、赤ちゃんと遊びながら(※転がされるイーアン)最近の報告をする。
彼らが面白がったのは、コルステインとイーアンが触れ合ったこと。『グィードか。そこまでして』可笑しそうにシムが言う。ビルガメスも笑っている。サブパメントゥがそんな動きをすることが、本当に不思議らしく、イーアンと何があったのかと訊いた。
「コルステインは、ギデオン・・・ズィーリーの時の勇者に良くされていたことを覚えていて、ドルドレンを探し当てました。ドルドレンと仲良くしたいからなのか。なぜか彼よりも、側にいる私に、先に許可を取ろうとして。
私は一生懸命のコルステインが好ましく、あの方と仲良くしたいと思いました。コルステインもそれを知ってすぐ、嬉しかったのか。これが経緯です」
ふうんといった感じの二人は、ちょっとルガルバンダを呼ぶかと言い始め、間もなくしてルガルバンダが登場(※男龍、基本的に暇)。
「用か?イーアン、暫くだな」
来てすぐにイーアンに微笑み、二人の男龍の近くに座るルガルバンダ。『イーアンが面白い話をしてな』ビルガメスが内容を教え、ルガルバンダに当時のことを訊ねた。驚いた顔でイーアンを見たルガルバンダは『お前とコルステインが、触れ合うことの方がよほど聞きたい話だぞ』と笑った。
「何の用かと思えばそんなことか。コルステインは、ズィーリーに嫌われていたんだ。理由はあのギデオンのためだが、コルステインはとばっちりだな。
ギデオンを好きだったズィーリーだが、他の女と一緒になったギデオンが、馬車を一台持って行ったと話しただろう。その時、コルステインはギデオンと動いていた。コルステインには、深い感情は分からないからだ。
そのうち女が離れて、ギデオンがズィーリーと再び旅を一緒にした時。コルステインは女の体を持つし、ギデオンをよく抱えていたから、ズィーリーは許せなかったんだろうな。ズィーリーはコルステインを、何度となく遠ざけたようだった。
俺はギデオンが許せないが、彼女は、ギデオンを自分から奪いそうな相手、全てが嫌いだったと思う」
ありゃ~・・・超とばっちり・・・・・ にも、思えなくない。
コルステインは。見ていると、ちゅーっとするわけでもないし、アレもあるし、いちゃいちゃしようにも、ご本人がそれを知らないから、せいぜい愛情表現が抱き締めるくらいではないかと思う。
しかし。ギデオンの酷さ(※浮気性)は、現在のパパもジジも、奥さんに殺されかけた話が山のようにあるので、それと変わらないと思うと。
いくら静かなズィーリーでも、フツフツと・・・堪忍袋の尾が切れた沸騰状態を、抱えていたと想像出来る(※イーアンはそれで済まない自信がある)。
女の人と別れて戻ってきた、飄々としたギデオンに(※こいつだけはムカつくイーアン)。
女性の顔と胸を持つコルステインが、くっ付いていたら。ズィーリーの怒りはギデオンではなく、彼を奪いに掛かる虫と見做した相手に向いたのかも知れない。
イーアンは理解した。最初、コルステインが自分を見て、必死に『悪いことをするつもりはない』と言い続けていたのを。ちょっと可哀相になっちゃうコルステイン・・・・・ 良い方なのに。
ズィーリーの気持ちも、よく分かるし、コルステインの気持ちも分かるし。
イーアンはこれから、自分がコルステインを大事にしてあげようと決めた。そして出来るだけ愛情を注いで、仲良しでいようと思う。
何やら急に黙ったと思ったら、決意でもしたように真面目な顔で、うん、と頷くイーアンに、男龍3人は何か心境の変化でもあったのかと考えた(※考えるだけ)。
「お前はグィードの皮を着たと言っていたな。それは大丈夫だったのか」
少し気になっていたルガルバンダが、徐に質問。ビルガメスとシムが友達の顔を見る。イーアンは彼の質問の意味が分からないので、『その意味は』と呟く。
「体や龍気だ。何もなかったのか」
「グィードの皮ですか?特別・・・何も。普通に着ました」
ルガルバンダは、金色の瞳を向けたまま、何かを考えているようだった。イーアンは彼の答えを待つ。二人の男龍も友達の話を待った。
「そうか。いろいろと異なるのか。ズィーリーはグィードが苦手だった。側に寄ると吸い取られるようだと困っていた。理由は覚えていない。とにかく、彼女があの龍に頼まないといけなかった時、とても苦しかったらしい。俺は、彼女とグィードが一緒にいる時は知らないが、話だけでは」
イーアン。驚き。何がどうなるとグィードが苦しいのか。よーく思い出してみて、最初の呼応の時くらいは、グィードの動きを感じたものの、後は特に気にもなっていない。それを伝えてみた。
「私は鈍いのかも知れないです。今のところ、何も影響を感じませんが。
ズィーリーはいろいろと難題を抱えた旅でしたし、精神的にも弱っている日々が多かったでしょう(※勇者のせい)」
「いや。どうかな。俺はそうは思わんぞ。お前が鈍いのは確かだが」
おじいちゃんは口を挟む。鈍いのは確か、とまで言い切られ、苦笑いのイーアン。ビルガメスのゆっくりと眺め渡す視線を受けた二人の男龍は、ビルガメスとイーアンを交互に見た。
「イーアンはちょっと特殊かもしれないぞ。どうもサブパメントゥとも、似通うものがあるんじゃないかと、俺は思っている。
あのな。この前の話だ。グィードが津波の対処をした後。暫く龍気があの辺りに満ちていた。お前たちも知っていると思うが」
そうそう、と二人も頷く。イーアンはちょっと過ぎる。そう言えば、自分が地上で龍になったり爪を出すと、その龍気が届くと彼らはよく話している・・・となれば。
あのサイズのグィードが力を出し始めれば、イヌァエル・テレンに届くのは当然。
そしてイーアン。さらに気が付く。うぬぅ。私は極鈍か・・・・・(※空まで届くってのに間近で知らない)
「あの時な。イーアンは気が付いていなかったんだ。グィードの龍気に」
えええ~~~!!! シムとルガルバンダがビックリした顔で、イーアンを振り返る。その顔が、男龍もこんな顔するのかと思うくらい素で驚いていて、イーアンがビックリした。
「イーアン。気が付かなかったのか?本当か?そんなこと出来るのか(※不可能なほどと言いたい)」
「信じられない。女龍なのに。グィードの龍気があったから、お前はあそこまで戦えただろうに」
「そうなるだろう?しかしな。当のイーアンは分かってないんだ。俺が手伝いに出かけたが、俺が龍で飛べる時間が、長かったことを質問したくらいだ。あれは何故だと訊かれて、俺も疑った(※鈍過ぎる)」
イーアンは黙った。無表情でじっと固まり、彼らから目を逸らした。赤ちゃん2頭がイーアンに絡まって、イーアンは倒されてちゅーちゅーされては、取り合いをされ(※腕千切れそう)シムとビルガメスに助けられた。
助けたシムが、ビルガメスからやんわりイーアンを引き取って、自分の膝の上に座らせて真ん前で訊く(※逃がしてもらえない状態)。
「そんなに。何で気がつけないんだ」
この質問が軽く衝撃のイーアンは、何て答えて良いのか分からず。本気で心配そうに見つめる男龍から、目を逸らした。私だって不思議なのよ~・・・何て言や良いの~~~
「間違いなく女龍なんだけどな。どうしたって、龍気は俺たちの上を行くのに。何でここまで鈍いのか。前から鈍い鈍いとは思っていたが」
鈍さを空でも連呼されるイーアンは、ぐったりして俯く。ルガルバンダも覗き込み(※顔逸らしてるのに、そっち側に回ってくる)頬に手を当てて自分のほうを向かせると一言。
「何か呪いでも掛かっているんだろうか」
とうとう、鈍過ぎることがどなたかの呪いのせいとまで言われた。イーアンは涙ぐんだ。ふんふん半泣きになるイーアンに、ルガルバンダはびっくりして『呪いか!』と違う方向で慌てた。
悲しいイーアンは、首をぶんぶん振って、呪いじゃないんだ、酷い言われようだと、泣きながら訴える。
泣いてしまったので、シムが頭を撫でながら同情し(※追い詰めた人その1)『泣くな。お前がおかしいから(※慰め方が間違えている)心配している』そう言ってくれるが、もっと抉られただけ。
ビルガメスが苦笑いして、イーアンをシムから取り上げる。『お前たちは。もう少し考えてから物を言え(※追い詰めた人その2)』全く・・・と笑って、引き寄せたイーアンをナデナデし、泣き止むように言う。
「だからな。良いか、最後まで聞くんだぞ。お前はもしかすると・・・考えにくいことだが、サブパメントゥの何かとも、通じたものがあるのかも知れないと、さっき言っただろう。
角が付いてから、気配は察するようになったな?気配が分かっていて、龍気が分からないというのは、まずないはずなんだ。それは同じようなものだからだし、同時に出ているからだが。
その龍気の方に反応しないとなると、何かがお前を遮っているか、もしくはお前に龍気よりも、別の何かを得る力が備わっていると考えた方が早い。お前自身が龍気を最高に出せるとしても、だ。それと別だな」
半泣きイーアンは頭を撫でてもらいながら、少し考える。グィードの側にいても、コルステインたちは影響がなかった。自分はグィードに近い龍なんだろうか・・・・・
「龍同士はな。ここで言う龍は、ミンティンたちだ。ミンティンやアオファは、グィードと重なっても、当然何の支障もない。ミンティンたちと一緒に行動することは出来ない龍だが、彼らはお互いにその存在を懐かしみ、特別な3頭の自分たちを大事にしている。
だがアオファたちがグィードと違うのは、サブパメントゥに対立する存在かどうか。決定的に違うグィードだから、あの国にいた」
それで、アオファはさっき舐めたのかと、イーアンは思った。グィードの匂いがしたのかもしれなかった。
一度言葉を切ったおじいちゃんは、イーアンの頭を撫でる手を止めて、涙を拭いてやる。『分かるか。お前はもしかすると』そう言って、続きを本人へ回す。イーアンも頷く。
「私はグィードに近い龍なのか、ということですね」
「そう。サブパメントゥの者がお前を好むのも、何か理由があるだろうと思っていたが。お前が彼らの何かこう・・・習性や感覚に共通するものを持つのかも知れん。女龍が相手でも、どうにかお前を触りたいと思うコルステインの話は、未だに信じがたい」
ビルガメスはそう言って、涙の消えたイーアンを見つめて微笑んだ。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方に心から感謝します。とても嬉しいです!有難うございます!!
それと。先日、とても素敵なメッセージを頂戴しました!
個人的なメッセージですが、一部を活動報告にも書くことが出来ましたので、お時間がありましたらどうぞお立ち寄り下さい。嬉しいメッセージを有難うございます!!




