766. ビルガメスのお迎え・消えた命の行き先
「私は早めに戻ります」
「来たばかりで。お前は何を拒むのか」
イーアン仏頂面。ビルガメスはイーアンを片腕に乗せて、預けた赤ちゃんを迎えに、シムの家に行く最中。
「馬車で移動しています。することがありますもの」
「それは動く前も同じだっただろう。それが理由に思えん」
「ビルガメスのところにそろそろ、と思っていましたが、今日じゃ」
「じゃあ、今でも良いだろう。別に『一日いろ』とは言っていないんだ。居ればそっちの方が良いが、どうせお前は無理だ何だと怒るだろうから、夕方までで構わないぞ」
「夕方!そんな予定聞いていませんよ!」
「イーアン。いい加減にしろ。そんなにあっさりお前を帰しては、育つものも育たんだろうことくらい、分からないのか」
赤ちゃんなら順調に大きくなっているでしょう、とイーアンが言うと『お前の龍の感覚の話だ』と冷めた目で見られた。目の据わるイーアン。またそれか、と心でぼやく。
「自覚がない。もっと自覚を持て。そうすればすぐに分かることも沢山ある」
ビルガメスはそう言いながら、到着したシムの家に入って赤ちゃんを受け取る。
大きな角のシムに遊んでもらうビルガメ・ベイベは、よくこれほど短期間でと腰が抜けそうな大きさになっていた。
でもまだ赤ちゃんなので、遊び方は赤ちゃんのまま。シムの角に触りたくて、避けられては転がされていた(※シムは笑う)。
迎えに来たおじいちゃんに抱っこされて(※片腕に抱えられたブタちゃんみたいになってる)赤ちゃんはもぞもぞ動く。
「イーアンを連れてきたのか。ゆっくり出来るのか?」
シムはイーアンに笑顔で訊ねる。イーアンも笑顔で首を横に振り『私は早』まで言いかけたところを『夕方までは居るな』とビルガメスに遮られた。
「そうか。じゃ、後で俺の子供を連れて行くよ。遊んでやってくれ。お前を待っている」
断りにくいお子たま約束・・・イーアンはゆっくりと真顔で頷いた(※お子たまに弱い)。おじいちゃんは強引である。伴侶に遅くなると連絡しなければ。イーアンは、ベッドの替えの縫い物を続けたかった。
ビルガメスはシムに後で来るように言い、自分は少しイーアンと話があると伝える。シムは了解し、おじいちゃんに掻っ攫われたイーアンと赤ちゃんは、おじいちゃん宅へ向かった。
おじいちゃんは強引である。最近、ワガママを顕著に感じる。
イーアンは朝起きて、伴侶に挨拶してから、朝食作りに掛かろうとしたところを、おじいちゃんに阻止される。この場面をまだ来ていなかったミレイオは知らず、代わりにザッカリアと、一緒に起きてきた親方が見ている。
おじいちゃんは、アオファと一緒に発光しながらやって来て、イーアンが焚き火を熾したところで『イヌァエル・テレンに行くぞ』と腕を引っ張った。
勿論イーアンは『朝食を作るから』と驚いて断ったが、おじいちゃんは気にしない。
驚いている親方を見て微笑み『話がある。連れて行くぞ』と言うと、じっと見ているザッカリアにも笑顔で『お前もそのうち来ると良い』なーんて優しいことを言っちゃって、結果、イーアンは二人に笑顔で送り出されてしまった(※『朝食は気にするな』の言葉ももらった)。
皆のおじいちゃんの印象は『男龍の一位・一番大きい・一番カッチョエエ・一番美しい・一番堂々としてる・穏やかで賢い』その上、ムキムキ・イケメン・ユニコーン。
そして、見た目がおじいちゃんではないのも、影響力が凄い理由の一つであることは、イーアンも重々承知(※思うにシワシワだったら、こうならない)。
そんなおじいちゃんは、親方や皆さん男性陣の心を、その一言と笑顔で呆気なく鷲掴みにする=イーアンが攫われることを、誰も止めない。となる。
そんなことで攫われて。イーアンはムスッとしたまま、お空へ向かった朝。こうなりゃ2時間くらいキッチリ話して、9時には戻ろうと決意した矢先。
『シムの家に子供を迎えに行く』と言われ、それが終わったら『お前とはしっかり話し合う必要がある』などと、時間が延びそうな発言を喰らったのだ。
そして、イーアンは『早めに戻ります』とだけ。自分の自由を守ろうと立ち上がったが、それを丁寧に砕かれたのが最初の部分。
自宅に着いたビルガメスは、赤ちゃんを下ろすと結界を張り、イーアンも下ろす。
それから目を合わせることもなく、ベッドへすたすた歩いて、赤ちゃんがその辺で遊んでいるのを放っておきながら、自分はベッドに転がった(※基本形1:たらーん)。
ベッドに横になり、片肘を付いた手に頭を乗せると、自分のお腹の前くらいを、開いている手でぽんぽん叩き、そこに座るようにイーアンに無言で指示。
抵抗するのも面倒なので、イーアンは頷いてそこへ行き、ビルガメスのお腹の前ら辺に腰を下ろす(※アレ視界範囲だが慣れた)。
「やっと来たな。さて話し合いだ」
腰掛けるイーアンの背中を撫でて、ニッコリ笑うビルガメス。やっと来た・・・って。間、数日ですよと言いたかったが、無駄に怒らせるのも長引くので止めたイーアン。諦めて、この前の話を切り出した。
「この前のことですね。ドルドレンに話すようにと」
「それだな。どうだ。あいつは何かお前に理解を促したか」
頷いたイーアンは、ドルドレンの教えてくれた見方を、少しずつ、思い出しながらビルガメスに話す。
伝えている間、金色の瞳は真っ直ぐに、語る口元を見つめ、時々鳶色の目を見ては、どこまで理解しているのかを探るようだった。
「こうした話を。彼は彼なりに考えてして下さいました。私も理解出来ます」
「良いだろう。ドルドレンに任せて、良い方へ進んだな。お前のこれからの指示という部分まで、彼が言えたのは、中々誉められる部分だ」
これで大丈夫なのかな、と思うイーアンに、おじいちゃんは少し落ち着いた表情を向ける。
「もう一つ、加えておいてやろうか。お前たちに理解しやすい、お前たちの常識だな。俺たち龍の行動を並べては、本来の意味は異なるものだが、この際だから、人間育ちのお前に分かりやすく例として与える」
ビルガメスは長い髪をかき上げて、金色の瞳を向け、イーアンの小さな角を摘まんで自分の方を向かせた。そして、ここ数日で考えていたことを話す。
「それはな。お前の体がどこから来ているのかと。それだ」
「はい?私の体?」
「そうだ。お前だけではないな。ドルドレンも旅の仲間も。中間の地に生きる全ての者に、言えることだ。お前たちはなぜその体を持っているのか。それはどこから来たのか」
イーアンは数秒の間、意味が分からないで止まったが、すぐに何を言いたいのかを理解して、ハッとした。それはギョッとするような印象を持って、イーアンの胸の中を引っ叩いた。ビルガメスは微笑む。
「理解したな。お前の食べる命は、どこにある。お前が生きているために、お前の体に変わる、多くの命、それは変わった後は無か有か。そして、それを断つことはお前たちに選べるのだろうか。
お前たちがあるために、確実に行うこととして続けることが、もしも誰かに、理由と改変を求められた時。どう説明する」
イーアンはごくっと唾を飲む。
こんな質問を受けると思わなかった。どう答えて良いのか分からない。ビルガメスは静かに、穏やかに、当然のことを話している。
自分たちに向けられたイーアンの疑問と同じように、彼は今、自分の疑問としてイーアンに向けたのだ。
「交わる世界だったな。この旅に、見えざる課題として感じるものは。言いたいことはもう分かるな?
俺たち龍族の存在している意味は、その力の示す使い方を実行するかどうか。
それは、もしかすると、お前たちが存在するために取る行動の、最たるものを例に引っ張ってみれば・・・内容は別物だが、この解釈において、お前に有効だと思わないか?」
丁寧に繰り返したビルガメスの言葉に、イーアンは目を逸らす。角をちょいっと持ち上げられ、目を合わすように言われた。『答えろ。俺に答えを求めたように』ビルガメスの低い声が、イーアンの胴体に響く。
「俺が消した命はどこにあると言うのなら、お前が毎日消し続ける命はどこにあるのか、知っているんだろう?それはお前の、当然の許可の上で日々消されているのだから、命の行き先を『無か有か』とそれくらいは分かっているだろう?」
男龍は続ける。イーアンはその目を見つめるのが精一杯。この話。最初にファドゥとしたあの話・・・・・
「仮に無と答えたとしよう。であれば、無は何を以って、無とされているのか。形が消えたことが無なのか。では命は形在りきの存在だろうか。
もしくは、有と答えるかも知れん。であればだな。今度は有は、何が有なのだろうな。お前の体を作っていることなのか、それとも、無として消された後の思い出のように、存在意義のみを意識化で認識する程度なのか。または別の形で有と判断されているのか。
俺が意地悪だと思うなよ。お前は俺と同じ龍なんだ。本来、俺と同じ質問を、お前がドルドレンたちにする立場だ。ドルドレンの解釈を当て嵌めて考えてみると良い。
命はどこへ行ったんだ?俺が消した命と、お前が消し続ける無数の命は別物か?違う大きさで、違う優劣があるのか?
行為は?存在する意味として行った、俺たちの力で消した命と。お前たちが存在するために、繰り返し命を消す行為に、善悪の差があるのか?命の量の差か?命がどんな形で見えていたかによるのか?
答えろ。イーアン。俺はその答えを知っている。だがお前が答えることで、お前は自分に答えを導く」
それが一番早い理解だ・・・大きな男龍は金色の目を輝かせて、小さな女龍に諭した。イーアンは息が荒くなるのを頑張って押さえながら、その答えを自分の口にすることを恐れた。
ビルガメスは待つ。突き放しもせず、優しく触れることもせず。対等に扱うことで、自覚させる。
この大きく重い課題を、自分はどの角度でどの常識で、彼に訊ねたのだろうとイーアンは必死に考えた。答えることが出来たとしたら、自分は何かを許可するのだろうかと思うと、怖くて言えない。
悩むイーアンに、ビルガメスは少しだけ譲歩してやる。
「答えを見つけているだろう。お前が、お前たちの後生大事に抱える認識を壊す答えを。それはドルドレンが話したように、人間が真似して良い考え方ではないと俺も思う。
なぜなら人間は、それを理解して実行するに値する、力を持たないからだ。その力は、存在と共に受け取るものだ。人間がどれほど優れても、その力には到達しない。受け取ることを許されない存在だからだ。
もう一度言う。お前は俺と同じだ。龍なんだ。お前の動きで命が消えても、お前は躊躇うことを求められない存在だ。
お前に質問されたからこそ、俺はここまで相手にする。だがこれを人間が俺に訊いたなら、俺はその理由を訊ねることまでしないだろう」
イーアンは目を閉じた。信じ切っているに等しい、摺りこみ続けた良識も常識も全てが、痛みの悲鳴と共に、自分の内側を掻き毟って壊れていく。
それはイーアンの中で、強烈な激痛と懺悔、手の及ばない範囲から下された命令として残り、それだけを受け取るしか出来ないまでに膨れ上がっていた。
お読み頂き有難うございます。




