765. コルステインとイーアン・今後を思う夜
そしてイーアンがミレイオと戻った。地下から出てきてすぐ、気づいたコルステインが振り向く。イーアンとミレイオは、コルステインが地面に座って抱え込んでいる、タンクラッドを見て驚く。
「おう。帰ってきたか。こいつがな。俺が好きなんだ。だから懐いてな(※やっぱり大きなワンちゃん)」
もっと驚いたのは、親方が受け入れていること。イケメン職人は笑顔で、コルステインの抱え込みを受けている。びっくりするが、二人は何となーく・・・分かる気がした。
タンクラッドは、子供や動物に優しいのだ。基本、この人は優しい人。女に優しいとか、そうしたことはないのだが、純朴な存在に対しては気にかけてやるところがある。
「親方が仲良くなりましたか」
イーアンは驚きながらも、それは良かったと笑顔で頷く。タンクラッドも、コルステインを見上げて『そうだな。仲良くなったな』と笑う。コルステインは勿論、嬉しくって大きく頷いた。
奥でドルドレンが仏頂面。それを見たイーアンもミレイオも、うっかり笑いそうなのを堪えた。咳払いしたミレイオはタンクラッドを見て、面白そうに眉を上げる。
「あんたって。意外なのよね・・・でもまぁ。分からないでもないけど」
「そんなことは、もういい。コルステインが待っていたんだから、イーアンほら。早くしてやれ。クローク着るんだろ」
「あら。そうでした。ちょっとお待ち下さい」
早く早くと親方に言われ、イーアンはいそいそ馬車へ入り、縫い上げておいた、海龍の皮のクロークを羽織り、フードを被って、ミトンを着けた。
コルステインの目が見開く。『龍。触る。する。大丈夫。触る。良い?』親方を包んでいた腕を解き、立ち上がろうとする。タンクラッドもすぐに立って『大丈夫かどうか、確かめるんだぞ』とコルステインに注意した。
ミレイオも近くで観察中。危なかったらすぐに引き離さないと、コルステインが戻れなくなる。でも分かる。身に着けた皮のクロークで、イーアンの龍気が変化した。龍気がサブパメントゥと馴染んでいる。
「コルステインに近付いて、ちょっとずつよ。ゆっくりね。出ている部分が触れる時は、本当に気をつけてあげて」
ミレイオが二人の近くに行って、イーアンに注意しながら引き合わせた。イーアンも頷いてコルステインを見上げる。
『コルステイン。今から触りますよ。びっくりしたら、すぐに退いて下さい』
『大丈夫。コルステイン。龍。触る』
緊張しながら、イーアンはコルステインを見つめたまま腕を伸ばして、ミトンでそっとその腕に触れた。コルステインは動かない。青い瞳で見つめ返す。『龍。痛い。しない?』コルステインに心配された。
『大丈夫です。あなたは痛い?大丈夫ですか』
コルステイン。とても嬉しい。大丈夫なんだと分かって、自分の手でイーアンの手袋の手を掴む。ゆっくり、優しく鉤爪の指を曲げ、イーアンの反応を見ながらちょっとずつ握る。
ニッコリするイーアンに安心し、背を屈めたコルステインはイーアンを両腕に包み込んだ。
これは急に大丈夫か、と焦ったイーアンとミレイオ、親方、ドルドレン。
でも心配する4人をよそに、コルステインは大丈夫そう。静かに目を閉じて微笑みながら、小さな龍の頭に顔を寄せた。フードの上から、自分の頬を乗せて幸せな顔をする。
『龍。優しい。コルステイン。好き。イーアン。触る。する。好き』
『私もコルステインが好きですよ。良かったです。触れましたよ。もう大丈夫ですね!これからは、グィードの皮を着て、あなたを抱き締めますよ』
きっちり合わせたクローク越しに、腕を伸ばしたイーアンも恐る恐る、コルステインの大きな体に両腕を広げて、出来るだけ抱き寄せてみた(※胸がデカ過ぎて腕が回せない=羨ましい)。
さっとコルステインがこっちを見たので、慌てて腕を止めると『大丈夫。する』と言われた。
了解してそのまま、イーアンはゆっくりと腕を夜空色の体に付ける。コルステインに異常はなかった。
『ああ。これなら大丈夫。本当に大丈夫です。嬉しいですね。コルステインを抱き締めましたよ!私は龍だけど、あなたを抱きしめることが出来るんです』
心がふわーっと温かくなったイーアン。すごく嬉しい!触れることが出来ない両者なのに、グィードの皮が繋いでくれた。ちゅーはムリでも、これだけちゃんと触れ合えれば充分、気持ちが伝えられる。
イーアンとコルステインは体を少し起こして、お互いの目を見つめてニッコリ笑った。
それを見ているミレイオたち。
「すごい。すごいことが起きているのよ。分かんないでしょうけど。これって、相当なことなのよ。あのまんまじゃ絶対に触れなかったのに」
ミレイオの呟きに、ドルドレンとタンクラッドは、目の前で抱擁し合う、小さな龍と大きな闇の翼の姿を、不思議そうに見つめる。吹き抜ける春の夜風は、新しい香りを含んで優しく空へ運んだ。
この後。ミレイオが側で様子を伺いながらの状態で、コルステインとイーアンはくっ付いていた。
コルステインは気に入ったようで、胡坐をかいて片膝にイーアンを座らせた。顔を見合って微笑むと、もう一人のお気に入りを呼んで(※タンクラッド昇格)ハッハッハ・・・と、満足そうに笑う親方も、空いている膝の上に乗せ、二人を腕に抱えた。
ミレイオとドルドレンは、じーっと見ているだけ。
「あれ。どうなの。コルステインは俺が好きだったんでないの」
「そっちのが良かった?タンクラッドに譲った方が気楽でしょう?」
「そうだけど。でも何か。微妙なのだ」
ハハハと笑うミレイオは、ドルドレンの頭をよっと引き寄せて、額にキスしてやる。ドルドレンは苦笑い。
「元気をお出し。あんたは今回、肩の荷が下りたってことでしょ。良いじゃない。タンクラッドも平気そうだし・・・って。何でこうなったの?そう言えば」
「俺にビルガメスの毛があるから。コルステインはあの状態から、顔を寄せようとして驚いて離れたのだ」
ああ、と納得するミレイオ。『そうよね。よくまぁ、この前も平気でいられたもんだわよ』言われてみればそうじゃないの、と言う。ドルドレンは説明待ち。
「津波の時。コルステインはあんたを腕に乗せていたでしょ。あれだってもしかすると、ちょっと影響あったかもよ。顔に頭を寄せたりしなかったみたいだけど」
「そうなのか。この部分だけは龍、という感じなのだな」
自分の首を触って訊ねると、ミレイオも頷く。『髪の毛だからね。少しは効力も控え目でしょうけど』男龍の毛だからねと教えた。
二人の見ている前で、コルステインはいつまでも、小さな女龍と親方を腕に抱えていた。一緒にいることが、本当に幸せそうに見えて、ミレイオも離れる時間を決めてあげないといけなかった。
結局。もう彼らは休むから、また明日にしなさいと言われるまで。コルステインはその状態を解かなかったので、言われて渋々腕を解く(※コルステイン夜型)。
『明日。コルステイン。来る。触る。する。掴む。イーアン。好き。タンクラッド。好き』
『はい。待っています。明日はもう少し向こうへ進みますよ。またこうして一緒にいましょうね』
『気をつけて帰るんだぞ。明日な』
コルステインは、挨拶を済ませたタンクラッドとイーアンから離れると、ニッコリ笑って霧となって夜の空気に消えた。
「私も今日は戻るわ。お休み、イーアン。ドルドレン。タンクラッド。また明日ね」
ミレイオもそう言うと、ドルドレンを見てクスッと笑い、地下へ沈んで消えた。ドルドレンはなぜ、ミレイオが最後に笑ったのかなと思ったが、それよりも、今日は馬車で二人だ!とそっちに意識が向いた。
サブパメントゥの二人を見送った親方とイーアンは、顔を見合わせて微笑む。
『良かったな』『良かったです』イーアンの背中に手を添え、親方は馬車へ返す。イーアンはおやすみなさいを言い、自分の寝床の馬車へ上がる。
横に立つ総長は、ちらっと親方を見て『お休み』と一声かけると、そそそっと中へ入って戸を閉めた。
それを見て。親方的にはまだちょっと。二人がそういう仲であることを思うと、胸がムカムカするのだが、それはそれと気持ちを切り替えて、自分の寝床へ戻る。
寝床に戻った親方の気持ちは、ベッドに横になると、香炉を取り出して見つめる。今夜は思いがけずに嬉しいことが付いて来た気分。
午後。イーアンに『俺は始祖の龍に愛を捧げる。お前から身を引く』系の宣言をしたものの。
・・・・・もう少し、やんわりでも良かったのかと、後々思っていたところ(※言い過ぎた後悔)。コルステインに気に入られたことで、イーアンと再び接近するという、棚ボタを受け取る。
これは始祖の龍の愛なのか。大きな包み込むような愛に感謝して(※『イーアン付きでも良いわよ~』と言われた気分)コルステインにも気に入られ、イーアンにも接近状態を受け取れたことに喜んだ。
こんな親方の幸せな気持ちと、また別の幸せ中のドルドレン。今夜は殊の外、幸せ~
馬車へ入って扉に鍵をかけ、ベッドへ上がった二人。意を決したドルドレンは、今夜こそ交渉をしなければと思っていたら。突如、洗濯物のパンツの話を切り出され、とっても恥ずかしくなり俯いた。
「まさかミレイオに言われるとは。うっかりパンツを渡したのが恥ずかしい」
「でも。それで知ったのですから。この旅の仲間の中でミレイオは同行者ですが、あの方がいらっしゃってくれて、こんな生活面でも助けられます。お陰であなたの我慢を」
もう言わないでと赤くなったドルドレンに、手で口を塞がれたイーアンは笑う。伴侶を抱き締めて『激しくしてはいけませんよ』ときちんと注意した。
その言葉に、ドルドレンはハッとして(※希望の光)顔を上げる。イーアンはニッコリしながら『激しいと気づかれます。それは危険』うん、と頷く。ドルドレン、心にジーン。激しくしなければ出来る!!!
「分かった。静かめにする」
真面目に約束した後、さっさと服を脱いでさっさとランタンを消し、ドルドレンは幸せで愛情に満たされた素晴らしい時間を得た。
夫婦だもの。こうじゃなきゃねと幸せを噛みしめ、静かめに、数日分を取り返すため、真夜中まで頑張った。
イーアンの意識が消えたところで終了。よしよし撫でてから、ゆっくり満足な眠りに落ちて行ったドルドレン。
勇者だけど。奥さんと一緒に戦うのだと思えば。夫婦仲(※夜間)はこれからも大切にしようと心に刻んだ。
*****
地下のサブパメントゥ。
霧に変わったコルステインも、コルステインなりの満足の中。想いが体の全てを作る存在で、満足は大切なことだった。
そんな仕組みを知ることもない、その人生だけど、コルステインは幸せで一杯。ふわふわとする霧は、無色からピンク色に変わったり、紫や青に変わったりと感情を色の付いた霧にして漂う。
前の龍は怖かった。ギデオンが好きな龍。ギデオンは龍も、他の人間も好き(←これがマズかった)。コルステインはギデオンが好きで、いつも一緒にいた。他の人間も見た。
他の人間がいなくなって、ギデオンと龍が一緒に動いた(※気まずい旅路)。コルステインがギデオンに会いに行くと、龍はコルステインを嫌った。いつも怒っていて、龍がコルステインに触れると、コルステインが消えそうになるのを、龍は知っていた。だから龍に近付くことは出来なかった。
一度だけ。龍を押さえ付けようと力を動かした。そうしたらギデオンは、龍が死んだら自分も死ぬ(←口ばっかの人)と言った。
コルステインは寂しかったけれど、ギデオンが大事にしてくれたから、龍のいない時にギデオンに甘えた。ギデオンの力になって、いなくなるまで会いに行った。
今は違う。龍はコルステインに最初から優しい。怒らない。怖くない。コルステインを見ると、ニコニコする。だから触っても大丈夫かと思って、触ろうとしたらやっぱりダメだった。
龍のイーアンは、触りたいと言った。ドルドレンもイーアンといつも笑っている。コルステインは、今回の旅は楽しい気がした。だから触れるようになりたかった。
昔はギデオンが嫌いだったヘルレンドフも、今は大丈夫と言った。前と違うことが、段々分かってきて、コルステインはいつも一緒にいられる気がした。
それでグィードに皮をもらった。
『龍。コルステイン。触る。好き。ずっと。好き』呟いて嬉しさを思い出す。これから毎日会いに行こう。助けてあげる時は、いつも助けてあげたいと思う。
一緒にいる時は、いつも抱き寄せておこうと思った。大切な嬉しい気持ちを、ドルドレンも龍もタンクラッドも知ってほしい。どうするともっと良くなるのか。それはコルステインには分からないけれど、きっと一緒にいると幸せだろうと、それだけは分かった。
ドルドレンも好き。でも触れるからタンクラッドも好き。タンクラッドは、コルステインが抱き寄せても笑っていた。昔。ギデオンがそうしてくれた。ヘルレンドフは出来なかった(※堅物)。
これからは、タンクラッドをしょっちゅう抱き寄せるつもりのコルステイン。ドルドレンは少し困る。困らないならドルドレン。困るならタンクラッド(※使い分け)。
とにかく楽しくて嬉しくて、コルステインは一晩中、霧でふわふわと色を変えて漂っていた。
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所変わって、空の上。
おじいちゃんは、ベッドから眺める夜空に溜め息をつく。赤ちゃんはやっと寝た(※最近体力付いてなかなか寝ない)。
「来ない。何で来ないんだ。待ってるのに」
おじいちゃんはぼやく。大人しく待っているというのに、もういい加減、理解して報告に来ても良いだろうと思う。ドルドレンに話せば、多分それなりに理解をするんじゃないだろうかと思って、放っておいているが。
「困ったヤツだ。怒っているんだろうか。なぜ怒るんだか・・・・・ 」
ビルガメスは、もう一度溜め息をついた。赤ちゃんを起こさないようにベッドを立ち(※起きると遊ぶ)柱のある場所まで行って、紺色の空と月の明かりの中を抜ける風を感じる。
大きな男龍は、イーアンに嫌われたらと思うとそれは嫌だった。タムズが、中間の地に出かけると今日話していたのを止めて、理由は適当に誤魔化した。
「あいつはドルドレンを心配しているだけだが。序にイーアンに何かを言われては敵わん。俺が悪いみたいに思われる」
タムズはそう思うわけはないのだが、しかしイーアンの言い方が気になる。
理解を深めようとするタムズに、どう映るか分からない以上、自分が先にイーアンとあの話を終えておかないといけない。ビルガメスは波打つ長い髪を風になびかせ、金色に輝く目を閉じた。
「明日。迎えに行くか。『行かない』と言いそうな気がしないでもないが」
困ったヤツだと呟いて、おじいちゃんはベッドへ戻った。待つことを苦しく思うなんて、ビルガメスの長い長い人生で、とうに消えていた気持ちだった。
それを久しぶりに心に味わう不思議に、少し笑った。
お読み頂き有難うございます。




