764. コルステインと親方
二日目の野営地域に入り、夕方になる頃。山の影になる道で、馬車を止める。
「この先は寄せられる場所が見えないわ。ここで泊まった方が良いかも」
お皿ちゃんで見に行ってくれたミレイオは、続く道の先から戻ってきて、ドルドレンに伝える。ドルドレンも了解し、傾斜を少し気にした。
「ここから上りだろうか。上り坂に入ると、馬が少し気の毒だな」
「まぁ。ちょっとは上がる感じだけど。急でもないわよ。馬が重そうなら、歩ける間は歩いちゃえば?まだ戦うことなさそうだし」
それが良いか、と。明日晴れていれば、馬車を降りて歩くことに決まる。
馬車を下りた皆はそれぞれ自由時間で、ミレイオとイーアンが食事作り。ザッカリアは、楽器を側で奏でてくれる。馬も草を食べさせるので、近くに繋いで自由にした。
調理しながら、ザッカリアは味見をちょくちょくもらって喜び、イーアンに『お菓子作らないの』と喜び序の思い出のお菓子を訊ねる。
「お菓子は。そうですね、ザッカリアが好きなお菓子は、旅では作れないですね。どうしようかしら。何かあると良いのだけど」
「いいよ。作れる時でも良いの。でもたまに思い出す。また作って」
ザッカリアはイーアンの横に座り直して、頭をイーアンの肩に乗せた。『俺。お風呂も一緒じゃないでしょ。もう入れなくなっちゃうの?』ザッカリアのお風呂発言に、ミレイオがちらっと見た。
「ん?あんた。イーアンとお風呂入るの?」
訊ねるミレイオに、イーアンはちょっと目が据わって頷き、ザッカリアは満面の笑みで元気良く頷く。
「何回かしか入ってないけど、でもお母さんと入ったんだ。旅に出たら大きくなっちゃうから、入れないけど」
少し寂しそうなレモン色の大きな目に、ミレイオはなるほどと理解する。この子。体が少し大きいけれど、そうか、まだ子供なんだと。イーアンは了承しているようだが、複雑そうでもある。それも分かる。
「そうかー・・・お風呂。そうだねぇ。旅に出たら、お風呂一緒に入れないもんね。少し可哀相かな」
「大きくなると駄目なんでしょ。俺が男だから。女だったら平気なのに」
それはどうにもならないので、ミレイオも腕を伸ばしてよしよし撫でてやる。『そうね。男の子だから、お母さんと一緒に入るのは、もうじき終わりかな(※普通はもう終わってると思うけど)』しょうがないねと同情。
ミレイオの地下の家。ザッカリアは空の系列と知っては、連れて行くわけにいかない。
人間じゃないから大丈夫かなと思ったら、そう甘くなかったのをお皿ちゃんで理解した最近。お皿ちゃん一枚で、過剰反応する地下の住人に、ザッカリアまで連れて行けない。
どこかに温泉でもあると良いねと、温泉の存在を植え込んでおいた。ザッカリアは温泉を知らないので、詳しく聞きたがり、ミレイオは少し教えてやる。
『テイワグナは、タンクラッドも知っているから訊いてご覧』と言うと、可能性を発見して喜ぶザッカリアは、すぐにタンクラッドに聞きに行った。
そして、イーアンとミレイオが見ている向こうで、タンクラッドがザッカリアの質問に、素っ頓狂な声を出すのを聞き、二人で笑った。
「あいつも絶対、温泉で一緒に入りたがるわよ。私がいるからムリだけど」
「そうですね。ムリですよ。ザッカリアだって、ぎりぎりですもの」
ドルドレンが側にいるから大丈夫でしょう、と言うイーアンに、ミレイオもそう思うことを答えた。でも。魔物に神経をすり減らされる前に、そんな和んだ時間があると良いけどと祈った。
料理が出来て、皆で夕食の時間。穀物と野菜の詰め物を焼いた料理と、煮込んだ肉の汁物。いつもどおり好評で、いつもどおり、お代わりする人は決まっていて、早々完食。
灰と水で洗い物をして片付けると、水の残りを見てミレイオが『体を拭けば』と提案する。汗をかくような運動もしていないし、暑い日でもないが、体を拭くのは大事だろうと男たちに言う。
「私とイーアンはお風呂入るけど。あんたたち、後2日は入れないでしょ。拭いておきなさい。地下で洗ってあげるから、服預かっても良いし」
地下で洗って、あの暗さで干せるのかと親方がミレイオに言う。『馬鹿ね。あんなところで干さないわよ。持って帰ってきて干すの』馬鹿と言われた親方。黙って服を脱いだ。
こうしたことで、少ない水の入った桶、体を拭く布を渡された男たち。馬車の中でそれぞれ体を拭き、新しい服に着替えて、洗濯物を篭に詰めた。
ミレイオは篭を預かり『今日。コルステイン来るから』イーアンに早く行こうと言う。二人はいそいそ、地下へ移動することにした。
「コルステインが来たら待っていてもらって。すれ違うかも知れない」
ミレイオはイーアンの体をがっちり両腕に抱き締めてから、そう言うと地下へズブズブ沈んで行った。イーアンも普通の顔で『行ってきます』と手を振って消えた。
「慣れるのが早いのだ。うちの奥さんはなぜ、あんなに肝っ玉が座っているのか」
呟くドルドレンに、親方も頷いて『イーアンは。怖がらないよな。大体、すぐ慣れる』と同意した。
ちらっと親方を見るドルドレン。親方に料理を作るのも撫でられるのも、地下へ行くのと同じ感覚で慣れたんだろうなと思うと、イーアンに抵抗があるものって何があるんだろう、と今更ながら不思議だった。
地下に着いたミレイオとイーアンは、そそくさ家に入り、そそくさ風呂を沸かす。イーアンは隠れるようにおトイレへ。
「洗濯しちゃおう。って言っても。汚れだけなら、排除出来る・・・こんなことに力を使うのもな」
時間短縮が優先かなと、苦笑いしながら。ミレイオは一枚一枚の服を手に取っては、『消滅』の言葉と共に、繊維以外の汚れを分解(※ミレイオ洗剤)。シミも黄ばみも、色落ちの心配ナシで、汚れ物は綺麗になる。
『あら。やだ、シミ付いてる~ 股にこのパリパリシミってあれよねえ』やだやだ、と誰のパンツか分からないパンツ(※36才♂)を摘まんで『消滅!』。
襟と脇がおっさん臭い黄ばみに(※47才♂)眉を寄せながら『消滅!』。ふんわりフォラヴっぽい香りに微笑みながら『消滅・・・』。
ズボンのお尻と膝に付いた土埃にちょっと笑って(※10~11才♂)『消滅』。草や樹液のシミが残る袖を見て(※33才♂)丁寧に『消滅』・・・を繰り返すミレイオ。
「若い子のは安全な感じだけど(※洗濯物で年齢を見抜く)。おっさんはやっぱりちょっとね~」
ドルドレンのかと見当を付けたパンツ。ありゃヤバイのではと(←パリパリシミ)イーアンにそっと話しておこうと決めた。イーアンはトイレから戻り、すっきりした笑顔。
洗濯が済んだと言われ、その力の効果を聞き、イーアンは頭を振り振りミレイオを絶賛した(※『その力は家庭向きです』『素晴らしい力』『綺麗で早い』)。
ミレイオは、もうお風呂に入れるとイーアンを風呂へ促し、ドルパンツの話もちょびっとした。
「そうですか・・・こんなご心配を、ミレイオに頂くとは思いませんでした。ここは夫婦の危機かも知れませんから、ちょっと頑張ります」
「頑張らないでも良いんだけどさ。私は今日、地下で寝るから。馬車ね、二人で夜過ごしなさい」
お気遣い有難う・・・イーアンは会釈してお風呂へ。ミレイオは笑いながら寝室へ行った。
その頃。
馬車で過ごす面々は、近付いてくる気配に気が付かずにいた。ふと荷馬車で道具を見ていた親方が、勘で夜空を見上げる。
「あれ。何か降りてきたぞ」
荷物の上の階にいる総長に、コルステインじゃないかと声をかける。ベッドで本を読んでいたドルドレンは、頭を上げて『コルステイン?』名前を繰り返して起き上がる。
二人が見ていると、少し離れた場所から徐々に姿が浮かび上がり、それは黒い翼の人型に変わった。『コルステインだ』登場の仕方も印象的。親方は、さっと自分の体を見渡してから、龍の牙の首飾りを外した。
『コルステイン。来た。イーアン。どこ?』
『イーアンは今、少し出かけているが、もうじき戻るだろう。ミレイオとサブパメントゥに行った』
『サブパメントゥ。行く。会う。する?』
『いや。ここで待ってほしいと言っていた。待てるか。コルステイン』
うん、と頷いたコルステインは、馬車の明かりを少し避けて、ドルドレンに腕を伸ばす。
これはそういうもの・・・仕方ないねと、諦めて近付くドルドレンを馬車から下ろし、嬉しいコルステインはそっと抱き寄せる。
お胸が当たると、見た目、非常に誤解を受けるので、ドルドレンは背中から貼り付いてもらうことにした。
コルステインはそれでも良いらしく、胡坐をかいて座った地面に、ドルドレンを引っ張り寄せると、自分の胡坐の上に座らせてから(※アレの上)鳥の腕で包み込んだ。
だが、頭を寄せようとして、ビックリしたように、さっと顔を離す。その動きが大きくて、ドルドレンも気が付いた。
「あ、ダメだ。コルステイン。そうだった。俺の首にはビルガ・・・龍の毛があるのだ。顔は気をつけなさい」
言葉で話しても分からないコルステイン。困ったように眉を寄せて、どうしてなのか、大きな青い目でドルドレンを見つめる。
「総長。頭の中だろ。もう一度言ってやれ」
親方に言われて、ドルドレンはそうかと思い、同じことを頭の中で教える。コルステインはとても困っていた。
それでこの前も、何か変だったのかと分かった。龍の毛が付いていると、コルステインには少し辛い。触れようものなら崩れてしまう。
悲しそうな顔を見て可哀相に思った親方は、コルステインに近寄り『痛かったら離れろ』と言う。コルステインは残念そうに、ドルドレンを抱えた腕を解いた。
ドルドレンもちょっと気の毒に思うものの。ビルガメスがくれた贈り物を外したくもない。すまないな、と腕を撫でて謝った。
『ヘルレンドフ。触る。する。大丈夫?』
コルステインはタンクラッドを見て、ちょっと気になるように訊く。そうしても良いように、龍の牙を外しておいた親方は頷いて『俺は大丈夫だ』と微笑む。
親方を上から下まで見て、コルステインは鳥の腕を伸ばす。そーっと胸を撫でてみて、問題ないと分かり、親方の鳶色の瞳を見てニッコリ笑った。親方も微笑み返す。
『ヘルレンドフ。座る。コルステイン。掴む』
掴むとは、さっきの総長の状態か。それってどうなんだろう、と一瞬固まるタンクラッドに、コルステインはドルドレンの代わりとばかり、嬉しそうにタンクラッドの腕を引っ張って、自分が座った胡坐の上に(※再びアレの上)親方を座らせた。
恥ずかしいような、困るような。複雑な親方だが、相手があまり、細かいことを分かっていないと知っているので断りにくい。
コルステインは嬉しいので、鳥の両腕をタンクラッドに回してぎゅうっと抱き締めた。親方の頭に頬も乗せて目を閉じる。ホッとする嬉しさに、コルステインは大人しくなった。
親方は困りながらも苦笑いで『嬉しいんだな』と、前に回された腕をナデナデしてやった。
困惑するのはドルドレン。・・・・・俺は。俺は一体。
目の前で、自分の代わりに選ばれてしまった親方が、背中からコルステインに貼り付かれている。コルステインは確か、ギデオンが大好きで、俺を探して、どうにか生き延びて。そんな純愛さんだったはず・・・・・だが。
俺じゃダメだったから、似たような背格好のタンクラッドって。そうも見えない、あの幸せそうな顔。
ありゃどう見ても『タンクラッドも好き』だろう、あれ。どうなの、そういうの。俺はどうするの(※自分じゃないことへの困惑)。
立ち尽くすドルドレン。目が合って苦笑いのタンクラッド。幸せな安堵を感じるコルステイン。
『ヘルレンドフ。お前。好き。コルステイン。お前。守る。する』
『あのな。俺はタンクラッドだ。ヘルレンドフじゃないぞ』
『うん。タンクラッド。コルステイン。お前。守る。お前。好き』
ハハハと笑った親方は、顔を覗き込む大きな青い目のコルステインに、笑顔を向けて『俺もお前を守ろう』と答える。とっても嬉しいコルステイン。ニコーっと笑って頬ずりした。
ドルドレン。複雑。せっせと頬ずりして愛情表現をするコルステインに『ハハハ。やめろよ~ 恥ずかしいだろ~』・・・と。明らかに喜んでいる親方を見つめる。
そうなのだ。タンクラッドは、イーアンを愛犬と言っていたくらいだ。動物も好きなはず。
コルステインも女性の顔と体の一部を持つとは言え、タンクラッドにはきっと、可愛い愛犬チックな印象でしかない。これを見ていると、そんな気がする・・・・・
この人も抵抗ないよねとドルドレンは心の中で呟く。心で呟くと、コルステインが聞こえるはずなのに、コルステインはちっともドルドレンを見なかった。
これもまた複雑。もう俺は用済みってことかと理解した(※乗り換え済み)。




