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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅路 ~テイワグナ入国
763/2956

763. 様々な『一途』

 

「縫い物か。変わった素材だ。ここに少し居ても良いか」


「どうぞどうぞ。この皮は、グィードの皮だそうです。ミレイオに聞きましたか」



 グィード?そこまでは知らなかったタンクラッドは、足元の青黒い皮を撫でて『こんな皮なのか』と感触に驚く。


「皮と言われれば、そう見えなくもないが。鱗もないし、ぬらりと濡れたように見えるな。裏は・・・何だこれは。毛が生えているみたいだ」


「そうなのです。私も驚いて。コルステインが貰ってきて下さって、それを乾かして脂を入れたらこんな具合に変わりました。硬くなりそうにないので、揉んでそのまま使おうと思います」


「これは。何に使うんだ?お前、これ。クロークだろう。そっちは手袋か?」


 この皮を受け取るまでに経緯を話したイーアンは、目を丸くする親方に笑って『コルステインが一生懸命です』と嬉しそうに伝えた。


「コルステインと抱き合うためとはな。そうか、あいつも嬉しいのか」


「あの方は優しい方です。私はあの方が、ギデオンを求めて、長い長い歳月を過ごされたことを知った時も、何て一途なんだろうと思いました。

 コルステインと何度かお会いして、いつでも自分に確認しますが、どこも。あの方を好きになれない要素がなくて。変な言い方ですが」


「分かるぞ。ギデオンを慕ってドルドレンに行き着いた、女の形をした相手だからだろ?自分が嫉妬すると思っていたんだな?でも、お前はそう思えないと」


 イーアンは頷く。こういう時の親方は、何となく女心を知っているような。いや、男心?どっちでも良いが、心の動きに繊細な発言をする。


「親方は。私の心を見抜く」


 ぼそっと言うイーアンに、タンクラッドは笑って『お前のことは手に取るように分かる』と自慢げに言い、イーアンにちらっと見られて真顔になる。


「手に取るように分かるのですか。怒られるけど」


「分かる時も多い、という意味だ。分からん時だってある。話を戻すぞ。コルステインがお前を好きなように、お前もあいつが好きなんだな」


 フフッと笑って、そうだとイーアンは答える。『最初から。変な感じでした。あの方だけは・・・悔しいとか嫌だとか。ドルドレンを大好きだろうと知っても、私は思えなかったのです』不思議、というイーアンに親方も首を傾げた。


「特殊な繋がりだからかな。コルステインは俺も平気だ。

 この前少し話した時・・・昔の俺は、あいつを嫌いじゃなかったと、教えてくれてな。今の俺はどうなんだろう、と気にしていたから、俺も大丈夫だと答えておいた。そうしたらあいつは、俺が好きだと言ったんだ。俺を守ってくれるそうだ」


 アハハハと笑うタンクラッド。イーアンも笑って『コルステインは嬉しかったのです』と添える。



 それから親方は、縫い物を見つめてから、イーアンに『聞いてほしいことがある』と言う。


「お前に話すかどうか。考えていたんだが。一応、お前にだけは言おうと決めた。大事なことだが、誤解はするな。話をそのまま、そういうものとして受け入れてくれ」


「話の内容によります」


「簡単に言うと、お前自体は関係ない。俺と()()の話だ」


 不思議な表現に、イーアンは特別な内容と理解して頷いた。『分かりました。お話下さい』そう言うと、タンクラッドは壁に寄りかかって、香炉を腰袋から出し、手の平に乗せて見せる。


「これだ。お前に見せたかったが、それは話してからにする。お前が見ないと言えば、それまで。俺はこれをお前以外に見せる気はない」


「水柱の魔物の・・・宝ですね」


 そう、と答えたタンクラッドは、大きく息を吸いこみ、ゆっくり話し出した。


「あのな。俺は馬車で寝た最初の晩に、寝付けなくて起きたんだ。ふと、香炉が目に入り、起きた(ついで)に焚いてみるかと、外へ出て煙を出した。お前の家の屋根の下だ。

 ジジイの香炉と同じ効果があるのか、それを確認するつもりだったが。見たのはそれ以上のことだった。


 ・・・・・始祖の龍が出てきて。時の剣を持つ男と彼女は一緒だった。二人の様子は、とても親しげで恋人のように寄り添って幸せそうだった。

 彼女は彼に、何かをもらったのか。それを見ながら、二人は寄り添い、嬉しそうに話していた。


 そして次の場面では、男が死んでいた。彼女は彼の亡骸に被さって泣いていて、彼を抱き上げて空へ飛んだ。そして丘に彼を弔った。それは本当に、本当に辛そうだった。


 また場面が変わり、月日が流れたのか。彼女は一頭の小さな龍と水辺で遊んでいた。笑顔で楽しそうに龍といる姿は、男の死の悲しみから抜けたように見えた。


 その龍には、綱と金具と輪が付いていてな。俺はそれが過去のグィードではと思った。すると、俺が思った瞬間、始祖の龍が輪を触りながら、何か思いついたような顔をした」


 親方は一度、黙ってからイーアンを見つめた。イーアンも自分を見ていた。何も訊かず、何も言わずにただ見つめていていた。


「そこで煙が消えた。俺は慌てて燃やす草を追加した。だが次は煙じゃなかった。俺に届いたのは、彼女の声だった。

『グィードを呼ぶ時だけでも。私たちが一緒に動けたら』その声を聞いて、俺は全てを悟り、泣いた」



 話を終えたタンクラッドの目元に、少しだけ光が見えた。イーアンは黙っていた。イーアンも理解した。『あの腕輪は』二つに分かれた理由は、彼女の想いではと言いかける。鳶色の瞳同士が視線を合わせ、剣職人も頷く。


「そうだと思う。煙と、声と。俺の中で一度に何もかもが繋がった。・・・・・俺がこの話をお前にしようと思ったのは『だからこうだ、こうして欲しい』というわけじゃない。


 俺は今も。彼女に愛されていると知ったことだ。お前じゃない。始祖の龍に、俺は愛されている。時を越えて、永遠に俺を愛している彼女を知った。そこで気持ちが少しな。いや、大分かな。変わった」



 イーアンは分かる気がする。ずーっとずーっと昔に消えているはずの、生まれ変わっても出逢う相手。その一番初めの相手が、永遠の愛を誓って、それを実行してくれたと分かれば。タンクラッドの心に響いたのは、とても素晴らしいことだと思った。


 タンクラッドはちょっと顔に笑みを浮かべて、下を向いてから、大きく息を吐いた。


「そういうことでな。総長にもさっき。香炉を焚いたかどうか、何が見えたかと訊かれたが、俺は言わなかった。彼には分からないと思うし、分からないなら余計な心配もさせたくない。


 今回。お前たちは結ばれるんだろう。初代とギデオンのような男じゃない総長だから。それが分かっている分、側にいる俺にはやるせなかったが、でもな。

 あれを見てから・・・始祖の龍の声を聞いてからは。()()()腑に落ちた。()()は、まだ言葉にならないが。


 イーアン。俺はお前を支えて、その側でお前を守りながら生きるだろう。それは変わらない。だが俺の愛の向かう先が、お前を通した誰かではなく、始祖の龍に向けて良いと、気が付いた今。彼女の愛に答える」


 微笑んだ親方に、イーアンもニッコリ笑った。イーアンは、始祖の龍が初代勇者が好きじゃなかったんだなと、ちゃんと分かった。それはそれで良いことだと思える(※勇者イメージ=パパ&ジジ)。


 真面目な、親方みたいな男の人に落ち着いて、その人を愛したなら。それは彼女にとって、とても素晴らしい人生だったのだ。想いが溢れて、時を越えて・・・本当に永遠の愛を叶える彼女の一途さに、胸を打たれた。


 そして始祖の龍は。自分たちの死後。自分と同じ立ち位置になる女性の側で、再び現れる愛した男の人が、一緒にいられるようにと願ったのだ。もしかするとそれは・・・相思相愛だったのだし、男の人の想いもあるかもしれないけれど。

 そう思うと、すごく強い愛情の絡んだドラマに自分たちは生きているんだなと、イーアンはしみじみ感じる。



「良かったと思います。月並みな言葉しか言えないですが。タンクラッドの大きな愛情は、始祖の龍がちゃんと待っていたのだと分かります。私は、彼女の愛する人を守りましょう。あなたが私を守るように」


 イーアンがそう言うと、親方は角の生えた女を見つめ、そっと手を伸ばしてその頬に触れた。


「お前。今、お前を愛せたら。そう思った。だが、そうだな。うん」


 微笑んだ親方は、何かを丁寧に心に仕舞うように、ゆっくり目を閉じた。イーアンも頬に添えられた手をそのままに頷いた。


「そのうち。煙が溜まる場所を決めたら。私にも見せて下さい」


「そうか。分かった。一緒に見ような。きっと始祖の龍もお前に伝えたいだろう」


 同じ色の瞳が少しの間、お互いを見つめ、二人は微笑んだ。それは現在の二人に、新しい関係を築く最初の一歩のような印象があった。

 親方の手は、柔らかなイーアンの頬をちょっと温め、手放すことを名残惜しむように留まる。イーアンは、親方が自分の意識を確認していると分かっていて、じっとしていた。


 そして、その場面を見ていたミレイオが、後ろから怒鳴り込んできた。笑う二人の間に割って入り、ミレイオは『触るな!やらしいヤツ!』『ちょっと目ぇ離すと、何するんだか!』とわぁわぁ言いながら、イーアンの頭をガッと抱き寄せて、親方を睨む。


 タンクラッドは苦笑いして『ミレイオは本当に』そこまで言って、頭を振りながら立ち上がると、後ろの馬車の、微笑み待つフォラヴの横へ移動した。



 ここからはイーアン、ミレイオと一緒。ミレイオは手伝おうかと言ってくれて、イーアンはフードもあった方が良い気がすることを話すと『私作ってあげる』うん、と頷いてちょきちょきフード用に切り始めた。


 ミレイオはちらっとイーアンを見て『さっき。あいつ何か話してたけど』と明るい金色の瞳を向けた。イーアンは微笑んで『彼の心に変化がありました』少し遠回しに答える。


「どんな」


「彼が、私に向けていた気持ちに整理をつけた、と。そんなところでしょうか」


「諦めたの?粘るの?」


「どちらでもないです。そこの部分から一旦、引き上げて視点を広げたような話でした」


 へぇ~ ミレイオは面白そうに顔に笑みを浮かべて『内容は言えないのね?』と言う。イーアンもちょっと笑った顔で頷いて『それは控えます』と答える。

 ちょきちょき切り出した皮を重ねて大きさを合わせ、ミレイオは何度かうんうん首を揺らし『そっか』ぼそっと一言。


「横恋慕も、意外に早めに終わりそうで良かったわね。まー。あんたたち・・・あんたとドルドレンよ。仲良いから、隙間に入れる気はしないでしょうね。ギデオンとか初代みたいに杜撰(ずさん)なヤツなら、あっさりだろうけど」


「私もそれ、以前思いました。これはタンクラッドが話していたのですが、もしもドルドレンの父親かお祖父さんが、私の相手だった場合。私は若くして呼ばれていることでしょうから、そうしたら彼らの性癖に耐えられないで、殺しかねないって」


「そう・・・ね。話だけ聞いてると、色ボケどころじゃなさそうな人たちだもんね。そんなヤツ相手で、あんたが我慢するとは思えない。若い頃のあんたなら、勇者殺すかも(※伝説変わる)」


 他の人を好きになる可能性があるとした前提で話していたのに、なぜか勇者を殺す話に展開し、二人はドルドレンで本当に良かったと心底、彼を誉めた(※ドルドレン、セーフ)。



「話し変わるけど。私だってさ。あんたは好きなのよ。でもほら、恋愛的な意味じゃないし。あんたも私が好きって知ってるけど、それも同じでしょ?


 会った時からずっとなんだけど、最近は特にかなぁ。一緒にいる時間が増えたから、もうずーっと一緒にいたい感じ。

 最初、馬車で寝ないつもりだったし、食事も別にって感じだったんだけどさ。でも、何か。次の誰か加わるまで、ベッドは空いてるなら、一緒に夜もいようかなぁとか思う(※ドルドレンに悲しい提案)」


 イーアンはミトンを縫い終わって、ミレイオを見る。目が合ったので、イーアンは頷く(※ドルドレン夜が消える)。


「私もなのです。朝起きて、ミレイオがいて。一緒に料理して、一緒に話して。それで夜が来るでしょう?ずっと一緒の時間が自然なのです。喋りっ放しでも飽きないし、こうして作業するのも楽しいだけ。何でだろう?って思うくらい『こういうもの』と認めている自分がいます」


「だよね。私もそうだもの。全然、平気。喋ってて終わらないもの。やっぱり同行して良かった、って本当に思う。ザンディには悪いけど」


 アハハハと笑うミレイオに、イーアンも笑って『時々戻って、お墓を洗ったり報告した方が良い』と言う。頷くミレイオも『そうする。でも基本、あんたと一緒だから』そう笑った。


「ちょっと思ったんだけど・・・・・ 私たち、姉妹だったみたいなこと、言われたじゃない。生まれ変わる前だろうけど。そこに、この居心地の理由あるのかもね」


 切り出して仮止めしたフードを、一旦イーアンの頭にすぽっと被せて、ミレイオは微笑む。『これ、角も隠しちゃうよ』顔を覗き込んで確認すると、イーアンはニコッと笑った。


「あんた。可愛いわよね。子供みたいに見える時ある。だから妹みたいな気がするのか」


 イーアンの笑顔に笑うミレイオは、フードを戻して縫い始めた。イーアンはミレイオが、本当に自分のお姉さんだったらと、想像した。きっとこのまんまだろうなと思う。それがとても嬉しかった。



 二人が馬車の中で楽しく話している間。御者台のドルドレンは悩んでいた。


「どうすれば夜が(※夜の意味は一つ)」



 ――このままでは。俺は干上がる。イーアンはどうやら、全然しなくても平気そうな感じだが・・・年齢が上がると落ち着くのだろうか。それとも呪われた家系だから(←性欲に)俺には厳しいのか。


 横の部屋に、ミレイオが眠るなんて思いもしなかった昨晩。

 眠る前のいちゃいちゃも消えてしまった。仲良し姉妹のお喋りタイムである。あれは強敵だっ 

 四六時中、くっちゃべってるのに寝る前まで喋る。そんなに喋ることないだろうと思うが、あの二人は延々と、無限のように話しまくっている。何がそんなに楽しいのか。気が付けば『喉渇く』と水まで用意して・・・黙れば良いのだ。黙れば。水も節約出来る。


「うぬぅ。このままでは今日も明日も、ミレイオは馬車で休むと言いかねん(※そうなる)。俺は一体どうすれば良いのだ。奥さんとくっ付いて眠っていても、一切何も出来ないなんて地獄のようだ。

 ・・・・・もう股間も痛くて仕方ない(※我慢して一週間未満)。イーアン以外の女など気にもならんから、そんなことではない。ややもすれば、俺は日中に奥さんを襲いかねんのだ。これは嫌われる一歩手前だ。しかし、内容が内容だけに、誰に相談も出来ないときた」


 下半身の痛みは、イーアンと出会う前は無縁だった。そんなものは、精神と自制心のない男の顛末だとさえ、思った(※身内へ贈る言葉)。

 だが、今。俺はどうなんだ! 精神も決してイカレているわけではないし、自制心だって普通の男よりあるというのにっ!! あるから襲わないんだ、あるからっ(※壊れ気味)!!


「これが愛以外の何だと言うのだ!愛してる奥さんが真横にいるんだから、したくて当たり前だ(※露骨でも気づかない)!!」


 ふんふん泣きながら、ドルドレンは股間を片手で押さえて、片手で手綱を取る。『どうしたらイーアンと出来るだろう』ひたすら悩む黒髪の騎士。このままでは白髪が増えると、老ける自分も心配になる。


「これは。交渉である。イーアンは奥さんなのだ。奥さんなんだから、交渉しても良いはずだ(※叱られる覚悟)。夫が大変なのだから、これで魔物退治に集中出来なくなれば、世界も危険だ(※勇者だけど夜が大事)。そこまで言えば、もしかしたら希望が見えるかもしれない」



 ドルドレンは大きく深呼吸して、イーアンに交渉して、是非、前向きに取り組む方法を一緒に考えてもらおうと決めた。

 この夜。コルステインが来ることをすっかり忘れて。

お読み頂き有難うございます。

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