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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅路 ~テイワグナ入国
761/2955

761. 旅の二日目 ~ドルドレンの解釈

 

 朝起きて、ドルドレンは少し考えた。


 寝惚け眼で起きたドルドレンは、ぐっすり眠る愛妻を抱き寄せる。温もりに幸せを感じながら、手の平を背中や腰に当てていると、ムラムラしてきた。気にならないくらいの力で、むにょっとお尻を掴んでみる。愛妻は起きない。


 少し様子を見てから、そーっと手を動かして服の中に手を忍ばせ、そーっとそーっと、さわさわしたが、無事に難関を突破と知る。徐々に勢いがついて、ドルドレンのムラムラが熱を持ってグラグラに変わった時、ダイレクトに触り過ぎて目覚めさせてしまった。


「お。は。よう。おはよう。イーアン」


「おはようございます。ドルドレン」


 イーアンは疲れていないと滅法、目覚めが良い。目をパッと開けると、じっと布団の中の、ドルドレンの手のある場所を見つめる。ドルドレンはそーっと手を引っ込めて『つい』と呟いた。

 イーアンは小さく何度か頷いて、よっこらせと起き上がると『朝食を作ります』ニッコリ笑って、何事もなかったようにベッドを出てしまった。


 叱られなかった分だけ、マシと思うべきなのか。


 恐ろしいほどに徹底している『明るいときはするな』の鉄則違反を、咎められずに許されたこと・・・残念過ぎるけれど、これで良かったんだと自分を慰めるドルドレン。



 ふと。イーアンの着替えを見ていて、昨晩と寝巻きが違うことに気が付いた。『あれ。その服だったっけ』意識を変えて訊ねると、イーアンは首を振った。


「違います。夜中にコルステインが来て、贈り物を下さったの。それで着替えて」


「え。コルステイン?夜に来たのか。贈り物で着替えるって何」


 俺の知らない間に、もしや愛妻はコルステインと。コルステインはアレも付いているし、何だかお互い気に入ったみたいな雰囲気だったし・・・あっさり話しているけど、この人、あっさり受け入れそう(※いつでも『俺は捨てられるかも』の恐れを持つドルドレン)。


 眉を寄せて目を見開く伴侶に、イーアンは『何を想像しているの』と笑い、濡れた寝巻を見せる。


「グィードの皮をね。コルステインは貰って来て下さったのです。それは勿論、海水で濡れていますから、受け取ったら寝巻きが濡れました。で、着替えたの」



 何だかよく分からないが、とりあえず『グィードの皮をもらった』ことだけは理解した。


 それが贈り物なの?と確認すると、愛妻が言うには、お互いが触れるようにしたいと相談したら、グィードに皮をもらったらしい・・・とのこと。


「グィードの皮があれば、イーアンとコルステインは触れるのか?そういう意味か?」


「恐らくそうです。どうすれば良いのかまでは分かりませんが、とりあえず干します。濡れているし」


「着物にするの?でもそんなの着たら、コルステインだけじゃなくて、他のサブパメントゥも、イーアンに触れてしまうぞ。それは危ないのではなかったか」


「そこら辺も懸念はあるので、ミレイオと相談しながらです。手袋が良いのか、羽織りものが良いのか。使う時を決めた方が良いのか。

 こんなことですのでね。今は朝食を作りますから、あなたはゆっくりいらして下さい」


 じゃあね、とイーアンは伴侶にちゅーっとして、馬車を下りた。扉を開けたところから朝日が入り、馬車の外からミレイオの挨拶が聞こえた。ドルドレンは2階に自分一人であることを知る。


「そうなのか。コルステインがそこまでして。しかしまぁ。出発してすぐに、こんなアレコレ起こるものとは。貴重な旅になると思うが・・・勿体ないくらい、殆ど覚えておけない気がする」


 頭を掻きながら、今後の展開に記録係もいるなと呟いたドルドレンは、一人でここにいても仕方ナシと、自分も着替え始めた。



 朝と夜はしっかり作るのか。ミレイオとイーアンは、豆と野菜の煮込みに、平焼き生地をごっそり作っていた。焚き火横の皿には削ぎ切りの炙った肉があり、ドルドレンが行く頃には、イーアンの横に親方とザッカリアが待機していた。


「総長。おはよう。見て、イーアンが作るの。面白いよ」


 子供に言われて、イーアンの背中から覗き込むと、ちょっと振り返ってニコッと笑うイーアン。

 はー、可愛い。早く食べないと・・・いや。そっちではなかった。うっかり、頭が夜に走るドルドレンは、咳払いして笑顔を返す。


「何をしているの」


「焼くところがね。面白いとザッカリアが楽しんでいます」


 イーアンは、練った生地を両手で不定形の円状に伸ばし、焼けた平たい石の上にぺたっと置く。見る間にぷーっと膨れ、それをすぐに摘まんで裏返し、またぷーっと膨らむと、イーアンは皿に取る。


 丸めた生地を手に取っては、ぴっぴ・ぴっぴと伸ばし、焼け石にぺたっと置いては、ぷーっ・ぷーっ(←膨らむところ)で皿に取る・・・ほほう、なるほど。お子様向けに楽しいのも分かる。


「俺はよく、これを作ってもらったが。旅でこの調理は難しいと思っていた。だが、手で伸ばして、平たい石があれば、それを焼けば良いんだもんな。イーアンは器用だ」


 胡坐をかいた膝に片肘をついた親方も、生地の膨らむ様子を見つめて微笑みながら言う。ドルドレン。ちょっと負けた気分(※愛妻料理回数:親方の方が多い)。


「私、こういうの作らないけど。これ便利よね。すぐ焼けるし、包んで食べられる」


 味見にもらった焼き生地を千切って、男たちにも分けながらミレイオは言う。もぐもぐしながら、煮込みにちょっと浸けて、口に放り込み、美味い美味いと満足げ。


 ミレイオが、煮込み鍋に浸した様子を見た親方は、自分も真似する。

 ザッカリアも手を伸ばしたので、親方は彼にも同じようにしてやる。『美味しい!』喜ぶ子供に、親方も笑顔で頷いて『美味いな』と返す、ほのぼの家庭的な朝。総長は何となく、蚊帳の外気分。


 ゆっくり来た、フォラヴとシャンガマックも、挨拶を交わしてすぐ『味見』と渡された生地を食べ、全員が揃ったところで朝食の配給となる。


 一人に3枚の大きい平焼き生地と、椀にたっぷりの煮込み。炙った肉を生地で巻いて、煮込みに浸けて食べるので、手掴みの食事。

 親方とドルドレンから、生地が足りないのではと意見が出たが、それ以外は満足な料理だった。


 洗い物をして、片付けて、荷馬車の溜まり場に綱を張り、そこにグィードの皮を干してから、今日も出発。



 イーアンはドルドレンに相談で、手綱を取るドルドレンの横に座った。


「うん。あれ美味しいのだ。ブレズやペンとも違う。前もあれに包んだようなものを作ってくれた」


「そう。もっと作りたいのですが、さすがに一人ですと時間の限界が。作り溜めします」


「苦労をかけてすまないね。でもそうしてもらうと、俺はとても嬉しい。嫌だけど、タンクラッドも嬉しいだろう。どうしても体が大きい分、自分たちは量がね・・・それではいけないのだろうが」


 背もあれば、筋肉もがっしり付いた成人男性なのだから、当たり前ですよとイーアンは言い、町に着いたら粉をもっと買いましょう、と答えた。


「それで。話って何なの。昨日も何か言いかけて、違う話題になってしまった気がする」


「はい。ビルガメスのことです。一昨日、空でこの話をしたのですが。

 彼は神殿で、悪人消しましたでしょう。あれを『どこへ行ったのか』問いましたら、『それが何』という感じでした。だから『それマズイでしょう』と私が理由を伝えたら、彼は『今は答えない』って」


「イーアンは、何て理由を伝えたの」


「普通のことですよ。あんなふうに、何でもかんでも『龍の愛』でぽんぽん消されては・・・そのうち誰もいなくなる、と言いました。旅の手伝いに降りて下さるのは嬉しいですけれど、その都度、誰かしら消えるなど、おかしいです。精霊は望んでいるわけないでしょう、って思って」


 ふーむ。ドルドレンも灰色の瞳を奥さんに向けて、頷く。『俺も。いきなり消したから驚いたが。あれ、死んでいるのか?』そこじゃないの、と思うことを質問。愛妻は目が据わる。


「そのこと私も訊いたのです。でも流されています。彼らがどこか別の場所と言うか、別の世界で生きていると言われれば、まぁ。ここまで言わないかもですが。

本当に消滅されていたら、それ違うだろうと思うからこそ。ビルガメスを怒らせる気はありませんけれど、私が今後、黙認するのは無理です。


 混ざり合う世界のあるべき姿を考えると。そこが問われているのではないのかとね、訊きましたの。そうしたら『ドルドレンにこの話をしろ。彼は分かるかも』って来ました」


 イーアンは少しむくれていた。ドルドレンは愛妻に片腕を回して引き寄せ、頭にちゅーっとしてから『怒ってはいけない』と教える。


「それで。イーアンは暫く一人で解釈を進めていたのか?でも分からないから、俺に話を」


 ドルドレンの質問に、鳶色の瞳がきょろっと上を向く。顔が。ちょっと怒っているような。


「あのね。俺もイーアンと同じことを思う。ビルガメスは、俺が分かるようなことを言ったかも知れないが、理解を広げることは出来るにしても。抵抗がある。

 ただね。何か少し・・・俺が知らないものがあるようにも感じるのだ。彼らの考え方や、立場的な存在への忠誠を理解しているつもりだが、それでもまだ。俺は知らないのかもしれない」


「それ。どのような意味ですの」


「うーむ。上手く言えれば良いのだが。生命への解釈が異なるのかも、とした意味だな。俺たちは『死んだら最後』と捉えている。イーアンの前の世界もそうだっただろう。

 しかし男龍から・・・いや、違うのか。オーリンも似たようなことを話していたし、ミレイオもそんな感じだったから。地上の『生命と死』の観念は、ここだけのものと。それをまず考えた方が早いような」


 ドルドレンは考えながら話す。少し黙ってから、息を吸い込んで空を見つめて、また口を開いた。


「つまりね。これは想像なのだが。この場合、男龍の『消す』は、生きていることと死んでいることが、あまり区別がないようにも聞こえるのだ。『命』の存在と『生き死に』は、別の事とさえ感じる。分かる?」


「分かりません。生き死にに区別がないって。区別ありますでしょう。死んでしまっては、存在しないのだから」


「そこなのだ。彼らからすれば『存在が()()()()()()()』が、もしかすると観点なのではないだろうか。

 俺たちの言う『殺す』『死ぬ』などの表現は、命が消えることだけを示す。終了、という意味だな。


 しかし、男龍たちは・・・ほら。ファドゥも最初に龍の子の時、イーアンに話したと言っていただろう。地上で『人間が知るべきは、()()()()()()だけ』と。あれが引っ掛かるのだ。ようは同じ形ではなく、別の形でどこに存在しているのか、とそうした意味のような」


 ドルドレンの見解に、イーアンは理解し始めるが受け入れるのは拒否が生まれる。『そんな。それを言ったら、逆手に取る悪い人たちが、何をするか』遮ったイーアンの言葉に、ドルドレンは頷いて答える。



「そうなのだ。人間にはそう解釈するには難しい。意味もよく考えずに、この()だけを()()()()()で使おうとするのは、大変に危険だ。愚かとも言えるのか。そもそも、この解釈自体が、()()()()()()()()のだ。

 だから、気がつけない方が良い場合もあるだろう。移ろいやすい不安定な心を、成長させるために生きる俺たち人間が・・・その不安定さに負け、愚かな言い訳として、この考え方を使ってはいけないからだ。


 とはいえ。そういうことを、彼らは言いたいのではないかとも思う。


 どこに存在しているのか。きっとそこなのだ、男龍の感覚は。

 考えてみてくれ。ティグラスは地上にいない。一度消滅している。なのに、生き返っているようにしてイヌァエル・テレンにいるのだ。今も、この先も。これはどう解釈する?」


「待って下さい。ティグラスは確かに目の前で散りました。でも、もう一度命を与えられて。それは生き返ったわけではなく、新しい命を受け取った、と彼らは話しています。

 でも実際に、記憶も何もかもが、ティグラスが散る前と何ら変わりないでしょう。それに失敗して死んでしまった時のことも話していました。それっきりで、新しい命をイヌァエル・テレンで受け取れないと」


「イーアン。そういうことだ。『イヌァエル・テレンで受け取れない』なら、()()()()()()()()()とされる。恐らく。ビルガメスはそれを言っているのだ」



 ドルドレンの灰色の瞳を、見つめるイーアン。伴侶まで何を言うのだ、と驚く一方、自分の中でも解釈しようとする動きがあることに戸惑う。そんなイーアンを見て、ドルドレンはゆっくりともう一度言う。


「ビルガメスは。イーアンが違う世界から来ているから、そっちでどれくらい刷り込まれているのか分からない分、おいそれと理解しないと思ったのだろう。

 だから、答えなかったのだ。今。俺の言葉に戸惑うイーアンを、彼は自分の前で見ることを選ばなかった。

 それはビルガメスの優しさだ。あの場所で、男龍の彼が伝えたとしても、きっと平行線だ。男龍の言葉で伝える限界があると、彼は知っていて俺に託したのだ。そのために、俺を空に招こうとしていたのだから」


 イーアン。黙る。分かる気がするが。伴侶の説明は、理解出来ないことはないが。でも、受けれ入れるのは別だ。

 だって、どうすれば良いのか。ビルガメスたちが来たら、多くの人間が、彼らの気に障るようなことしかしないだろう。発言、行動、既に行われている行為。どれか一つに反応されたら、その人は呆気なく消えるのだ。


 悪人だって、何人かに一人は、後悔して、一生を懺悔と共に生きる人もいるだろう。その可能性さえ消してしまうことが『混ざる世界の意味』ではないだろう、とイーアンは悩む。



 考え込むイーアンを横で見ながら、ドルドレンは小さな溜め息をついた。


「俺だって。さっきも言ったが、人間の中で適用されて良いとは、決して思わない感覚だ。だが理解はせねば。そしてビルガメスが俺に託した続きも、俺は何となく思う。


 それは、女龍のイーアンが、龍たちの感覚である『存在』これを理解した上で、どう、龍族(自分たち)に指示を出すのか。そこまで繋がっている気がする。

 感覚が違うなら、違う。それならどのように動くのかと。遮るわけではなく、我慢させるのでもなく、混じる世界に挑戦するなら、何を目指す気なのか。それを求めているのではないか」


 じっとしているイーアンに、ドルドレンは肩に回した手を少し強めて『俺の見解が合っているかどうか分からない。だが、一つの角度として見ることは出来る』と教える。



「覚えているだろうか。親父とタムズが初めて会った時のことを。親父はタムズが怖くて、家族を守るために剣を抜いただろう?あの剣を、タムズは息を吹きかけて消してしまった。あれを見た時、俺は驚いたし、剣が消滅したと思った。


 しかし、あの後。俺は親父と一緒に、馬車の家族に安全であることを伝えに行き、親父の馬車の中に剣があるのを見た。息をかけられて消えた剣、そのものだった。

 タムズの力だけか、それは分からないが。ティグラスの家が建った時も、同じように思う。どこからともなく材料が運ばれて、それが突然家を造るものに変わっていた。俺たちの家もそうだろう。


 イーアン。この話を重ねてご覧。もう一つ付け加えるなら。イーアンは一体今。どこにいると思う?


 前の世界のイーアンは、もう前の世界にいない。前の世界で、イーアンは『生きている』と扱われているだろうか。ここに俺と一緒にいて、元気に生きているにも拘らず、以前の世界のイーアンは『死んで』いる扱いになっているかも知れない。

 男龍のいう存在は、掻き消した塵となっても、別の存在として、どこかには存在していること。それではないのか」



 ドルドレンはそこまで話すと、暫く黙った。イーアンも黙って考えた。青空の上で、誰かが呼んでいる気がしたが、上を見上げたくなかった。

 のどかな土の道をガタゴト揺れながら、西へ向かって馬車が進む午前。

お読み頂き有難うございます。

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