表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
76/2939

75. 慰労会の夜

 

 広間に人が集まっている間に、イーアンは寝室へ行って着替えを取り、ドルドレンと一緒に風呂へ行った。ドルドレンが番をしてくれている間にさっさと入って、さっさと出る。


 着替えに関しては『広間は暖炉を焚いているから、上着は不要』と言われていたので、さっきまで着ていた透かし模様のブラウスに、細いプリーツと裾に花柄の刺繍フリルが入ったスモーキィ・ベージュのスカート、コルクブラウンの胸をわずかに覆うターンオーバードレスを着た。ターンオーバードレスの膨らみはあるものの、ブラウスだけだと胸が丸見えになるので、さすがに何かを被せておかないとならず、上着ではない、2重のスカート状態にした。


 着替えを用意する時、イーアンは『食事はチュニックの方が良いのでは』と話したが、ドルドレンが『いつでも着てもらいたい』と言ったため風呂上りも着用した。番をしていたドルドレンの反応は、前回同様である(固まる⇒感嘆の吐息⇒抱きつく)。大変、有難い反応に、いつか慣れるのだろうかと悩むイーアン。



 ドルドレンは、夕食が済んでから風呂に入るということで、広間へ向かった。

 帰還部隊には慰労会があり、今回の10名が一つの机に着いて酒と料理が振舞われた。全体慰労会ではないので品数は少なめだが、量はたっぷりあった。

 イーアンが広間を通ると、トゥートリクスがどこからともなく走ってきて、真横の席に座りたがった。ドルドレンは、トゥートリクスとロゼールには若干甘いので、トゥートリクスが横に来ることに何も言わなかった。

 全員が着席した時、ドルドレンが『援護遠征ご苦労だった。全員無事、無傷で帰還したことを感謝して。好きなだけ食べて飲むと良い』と無骨な挨拶をして、一斉に食事が始まった。


 イオライの慰労会を思い出していたイーアンは、ドルドレンに『お酒はお部屋で』と耳打ちした。頬を赤くして眉根を寄せたドルドレンが頷きながら吐息をつき、一呼吸置いて『それが良い。そうしよう』と微笑んだ。その時、ドルドレンは何か思い出したように目が動いた。


「イーアン。ちょっと席を外すが、すぐ戻る。ポドリックに酒を渡す約束を果たしていない」


 そして斜め向いに座っているロゼールに、イーアンの横に座るように(防御の駒)言い、自分が戻るまで決してアホどもを近づけるな、席を立つな、と固く命じた。ロゼールは『力の限り努力します』と答えた。


 ポドリックは普段の夕食を離れた机で食べていたので、ドルドレンは声をかけて、厨房へ一緒に向かった。



 食事も始まった矢先だったので、イーアンは皿に幾らかの料理を取る。トゥートリクスが辛い料理ばかり食べているのを見て『おなか痛くならない?』と訊くと『辛いのが得意』と返ってきた。


「イーアンも食べてみて下さい。辛いのは嫌ではないですよね」


 どちらかというと好きだけど、トゥートリクスの場合は皿が赤い気がする。赤い(唐辛子)料理ばかりのように見える。ちょっとどうぞ、と自分の皿を差し出したので、イーアンは匙で少しもらって食べた。


「結構辛いわ。これ、こんなにたくさん食べるの?」


 驚いて緑の目を覗き込むと、へへへと笑って頷く。『このくらい辛くないと美味しくない』と言うので笑ってしまった。イーアンは野菜の少ないトゥートリクスの皿に、余計なことかもと思いながら訊いてみた。


「野菜は嫌い?食べられますか?」


 うーん、と唸って『食べるけど好きじゃない。遠征でいつも食べるから』と答えた。

 多分。それは味付けによる・・・と思ったイーアンは、近くにあった蒸し野菜を取って、別の料理の薄切り燻し肉で巻いてから匙に乗っけ、トゥートリクスの皿の赤いソースに浸した。


「口を開けて下さい。野菜もこうすると、きっと好きになると思います」


 はい、と匙を口の前に運んで、あーんをさせる。トゥートリクスが目を丸くして、褐色の肌が真っ赤になる。ほら、と口を開けるようにもう一度言うと、目を瞑って口を開けたので食べさせた。


「そんなに必死にならなくても。野菜もちゃんと食べたほうが、体には良いと思いますよ」


 うん、うん、と頷くトゥートリクスは真っ赤なまま俯いている。『ちゃんと食べて偉いわ』とイーアンは誉めた。美味しい?と訊くと、とても困ったようにもぐもぐしながら頷いた。


「ちゃんと一口食べたのだから、無理強いはいけないわね」


 そう言うと、大きな澄んだ緑の瞳を上目遣いに向けて『美味しかった』と小さな声で言った。イーアンは『少しずつ好きになると良いわね』と微笑んだ。このやり取りを見ていた周囲は、何も言わずに黙々と食べ、淡々と飲んだ。――自分も『アレ嫌い』『コレ好きじゃない』と言えばああなるだろうか、と考えながら。



「そんな優しく食べさせるのは、トゥートリクスだけかい?」


 真後ろから危険な甘い声が響いた。イーアンの向いに座っていたフォラヴが、その姿を見ながら溜息をついた。


「クローハル隊長。この前、隊長は、イーアンの席でひと悶着起こされませんでしたか」


「何て誤解を生むような言い方をするんだ。フォラヴ。あれはブラスケッドが火種で、弓部隊の小僧が元凶だ。しかし、あの時はすまなかった。イーアン」


 君のためなら何度だって謝るよ、とクローハルはイーアンの肩越しに顔を覗き込む。横に誰も居ないように。さすがにクローハルは隊長なので、ロゼールもトゥートリクスも何も言えない。しかしこの人物が問題児であることはよく理解していた。


「ドルドレンは留守か。君を放ってどこへ行ったんだ。イーアン、こっちに座らないか?」


「いいえ。今日は慰労会ですから、ここに。クローハルさんは」


「イーアン。シンリグと呼んでほしい、と頼んだろう?それに俺は、君にトゥートリクスと同じように、俺にも好き嫌いを直してほしいと思ったんだけど」


「クローハルさんは、何でもお食べになりますでしょう」


 クローハルはイーアンの鳶色の瞳を覗き込んで、黒い髪の毛をくるくると指に絡みつけて囁く。


「シンリグ、と。何でも食べるというなら、イーアンも食べたい。こんなに美しいんだ」


 フォラヴが立ち上がり『クローハル隊長。イーアンは遠征で、力を振るって私たちを助けた人です。その方に失礼はお控え下さい』と空色の瞳に若干の怒りをこめて窘めた。


 スウィーニーも席を立って、クローハルの横へ行き『隊長ほど女性に困らない方が。イーアンだけに構うと、町の数多の女性が嘆きますよ』とイーアンに触るクローハルの手をそっと、しかし力強くどかした。


「やってくれるな、スウィーニー。フォラヴ、彼女に命を預けたのは俺も一緒だ。異国の女神に恋しただけだろう」


「一体、あなた、恋何百回しているんですか。四六時中、女性が絶えないのに」


 ギアッチが苦笑してクローハルを見た。ギアッチはクローハルより年が上なので、言い返せないクローハルは少し嫌そうな顔をした。


「イーアンから離れろ」


 クローハルの耳に一番聞きたくない低い声が聞こえた。黒い髪を目深にかけて、怒りの形相で近づいたドルドレンは、クローハルを見下ろし片手を『しっしっ』と振って、イーアンの背中からどかした。


「お前は性懲りもなく邪魔しに来たのか。諸君らご苦労だった。よく害虫からイーアンを守ってくれた」


 ドルドレンがイーアンの椅子の後ろに立ち、立っていたフォラヴとスウィーニーに礼を言う。ロゼールが席を移動したので、ドルドレンはイーアンの横に座った。


「先ほどイーアンに『食べたい』と失礼なことを仰っていましたので、僭越ながら注意させて頂きました」


 フォラヴの一言にドルドレンが殺気立つ。クローハルは『壁が増えたな』と笑って、その場からいなくなった。



 ドルドレンは改めて食事を始め、周りもぼそぼそと会話を再開し、慰労会は徐々に楽しい時間に変わった。


 途中でイーアンに、トゥートリクスに野菜を食べさせたと聞いて、ドルドレンは頭を振りながら『イーアン。甘やかしてはいけない』と溜息をついた。目を離す=こういうことが起きているとは・・・・・



「ちゃんと野菜を食べられたのだから、そこを誉めてあげないと」


 彼は辛い肉ばかりなんですもの、とイーアンは笑う。トゥートリクスが縮こまっているのを、他の者は同情の目で見ていた。ドルドレンもどうぞ、とイーアンが同じものを匙に載せて差し出すと、ドルドレンはあっさり口を開けてぱくっと食べた(よく見る光景だけど周囲ドン引き)。


「これは美味いな。なるほど。こうなると、野菜があったほうが良い食べ方のように思える」


『味とか食べ方なんですよ、好き嫌いは』とイーアンは言い、トゥートリクスに『ね』と笑った。

 ドルドレンは渋い顔をしていたが、多分これは自分が『彼らはイーアンを姉だと思っている』と話したせいだ、と感づいていたので何も言わなかった。



 この日の慰労会は、最初こそ若干の問題も起こりかけたものの、その後は穏やかに過ぎた。イーアンも衣服について特別誰にも何も言われなかったので、今回は気楽に過ごせて楽しかった(あの人(クローハル)は除く)。

 遠征で、無傷で、全員が無事に戻れたことと。 ――北の支部の2名は助からなかったが―― 他19名が回復したこと。誰も口にはしなかったが、慰労会の和やかな笑い声の基盤だった。

 ドルドレンはそれを今回もしみじみと感謝した。こんなふうに笑って慰労会が出来るとは。それが殊の外嬉しかった。




 しばらくして食堂からの料理終了の合図に、慰労会はお開きになり、各自労いの言葉をかけ合ってそれぞれの部屋へ下がった。



 ドルドレンは風呂へ行くので、イーアンは鍵をかけて部屋にいた。

 自分の部屋に、大きな箱が4つあるのを見つめた。クローゼットがそれほど大きくないので、衣服が全部掛かるか分からなかった。昨日と今日、着用した服は、とりあえずクローゼットの中に掛けた。膝上までの薄いブラウスのような下着に着替えてから、他の畳まれたたくさんの服を掛ける方法を考えていると、ドルドレンが戻ってきたので扉を開けた。


 ドルドレンに衣服のことを相談すると、しどろもどろで『明日には何とかしよう』と答えた。いろいろ疲れさせたのかも、と思って『お酒は飲みますか。やめて眠りますか?』と言うと『飲む』と即答した。



 ドルドレンの部屋の机で酒を注いで、二人で乾杯をした。


「遠征からの無事な帰還に」 「皆が元気であることに」


 酒を一気に飲み干したドルドレンに、イーアンはちょっと驚いたが、すぐもう一度注いだ。ドルドレンが灰色の瞳を銀色に光らせてイーアンを見ているので、イーアンはどうしたのかと思って、微笑んで首を傾げた。


「イーアンが来てから。いろんなことが変わったと思ったのだ」


 ドルドレンは目を伏せて静かに笑った。注がれた酒をまた一気に飲み干し、大きく息を吐き出した。手に持ったままの容器に、イーアンは黙って酒を注いだ。注いでいる手に、ドルドレンが触れた。イーアンの持つ酒の瓶をそっと取って机に置き、イーアンを引き寄せる。イーアンを自分の膝に座らせて、腰を抱き締めた。


「ずっと一緒にいるみたいだ」


 イーアンの髪に顔を埋めるドルドレン。イーアンもそう思っていた。なぜかずっと前から一緒にいるような気がする、と。


「私もそう感じています。ついこの前、泉に落ちた時からそんなに経っていないのに」


 微笑んで答えると、ドルドレンがイーアンの鳶色の瞳を見つめて、顎に指を添えてゆっくりキスをした。


「最初から好きだった気がする。会った時から」


 唇が触れ合いながら、温かい腕の中で静かな告白が続く。


「俺はイーアンを夢で見た。泉の前の日。王都の宿で転寝(うたたね)した時に見た夢に、森の泉で出会った夢を」


「夢で?」


 ドルドレンの銀色に輝く瞳を間近に見つめて、イーアンが不思議そうな顔をする。柔らかい頬に大きな手を添えて、唇も頬も口付けながらドルドレンが頷く。


「だから翌日に泉を見た時に驚いた。森は何度も通っているのに知らない場所だった。そしてすぐにイーアンを見つけた。まさかと思ったよ」


 イーアンは自分が運命的にここへ来たこと、そして彼と出会う必要があったことを理解した。



「見つけてくれてありがとう・・・・・ 」


 イーアンがドルドレンの頬を両手で包んで、唇を開けて絡めた。絡める唇がどこまでもお互いを求めた。


「でも窓に布をかけていません」 「要らない」


「でも」 「無理。こんな格好で待っていたイーアンに我慢できるわけないだろう」



 キスを続けながらドルドレンはイーアンを抱き上げて、蝋燭を一つずつ消し、ベッドに倒れこんだ。薄いブラウスの中に手を滑らせ、抱き合いながら、二人が一緒にこれからも生きていくことを感じた。



お読み頂き有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ