759. 地下でコルステインとお話
「お湯たまるの待ってる間。寝室も見る?」
見たい見たい、と喜んでついて行くイーアン。『客なんか来ないでしょ。だから自分用。ホントに自分だけ』そう言って笑顔のまま、ミレイオは扉をゆっくりと押し開ける。
そこは、小さなホテルの豪華な一室。1900年代初頭の客船一等室・・・みたいに見えた。雑誌で見たオリエント急行の一等席のよう。あれこれ思い出す『似てるあんな感じ!』。
使われている材料も、置かれた小物も、ベッドも布も、何もかもがオールド・クラシックな雰囲気。赤と金色がこの部屋の基調色。その色に合わせて、マロンレッドの寄木細工の家具。落ち着いた乳白色の豪華な織物が、部屋の装飾を統一している。
机と棚に置かれた古いガラス瓶は、曲線に筋が入り、柔らかさを光らせ、真鍮色のベッドは、穏やかな金色の光を、壁に埋め込まれた石に投げていた。
「 ・・・・ミレイオの部屋。そのものという感じです。何て落ち着いた豪華さ。何て素敵なんでしょうか」
「ハハハ。地上の家の方が、私らしい感じもするんだけど。見る人から見れば、こっちの方が私っぽいのか。来て」
きちんと整えられて、クッションが沢山転がるベッドに座ったミレイオは、自分の横に座るように言う。イーアンは嬉しくて座ろうとしたが、土が付いている(※さっき馬車から落ちた)服を見て躊躇った。
「いいの。平気よ。すぐ綺麗になっちゃうから気にしないで」
ほれ、と腕を引っ張られて、恐縮しながら腰を下ろす。どこも飾られている印象だけど、飾りのない部分は大きなシルエットで空間を調整され、調和が取れたその寝室はあまりにも綺麗で、イーアンは映画のセットみたいに思えた。
そして気が付かなかったままのことを、横にいるミレイオが呟く。『窓。ないでしょ』そう言って、イーアンを見た。
「そうですね・・・言われてみれば。気にならなかったけれど」
「そう?気にならない?私はここで育ったから、窓がないことが嫌でさ。でも開けても、真っ暗じゃ意味ないし。
この家を作ったって言うか・・・建てたのとは違うんだけど、暗さが嫌で。炎とね、炎の明かりを幾つも増やす、そういう宝物を集めたのよ」
ミレイオはちょっと立ち上がって、花びらの入り込んだ蝋燭に火を灯す。小さな炎は揺らぎながら、甘い香りを部屋に贈る。
毛足の長い真っ赤な絨毯の毛先はキラキラして、その上に敷かれた焦げ茶色の毛皮は、艶やかに光を波打たせていた。ミレイオは部屋を見渡して『嫌いじゃないんだけどね』と呟いた。
イーアンは、この暗闇のサブパメントゥで、ミレイオがどんなに光を求めたのか、ひしひしと心に感じた。
「サブパメントゥ。光がないでしょ。だから花も咲かないし、当たり前だけど木なんかもさ・・・枯れ木って言うかな。生きてるには生きてるけど、葉っぱ付いてるわけでもないし。色もないわけ。たまにあっても『色』で何かしようと思うヤツなんていないのね。
変な話だけど、自分の姿を知らないで生きてるヤツもいっぱい、いるんだよね。そういう場所なのよ」
蝋燭を乗せた美しい燭台を、ベッドの側の棚に置いて、ミレイオは光の撥ねる壁や天井を見つめる。その目は金色の瞳。
「タムズはさ。私がサブパメントゥなのに、どうして光が平気なのか・・・一つ一つ丁寧に知ろうとしたの。ニヌルタは一発で『その模様だろう』って決めたけど。
性格かな。タムズだって気が付いていたと思うけど、彼の方が理解しようとしてくれる感じがする。
光の中にいると、光って分からないじゃない。でもね。闇の中にいると、光の魅力って胸が苦しくなるくらい分かるのよ」
タムズはそれを知ろうとしてくれているのかも、とミレイオは微笑む。『それ。あんたもそうだよね』続いた言葉に、イーアンは明るい金色の瞳を見つめた。
「あんたもじゃない。女龍が皆そうなのか分からないけど。前の世界で、闇の中に心が住んでいたわけで。光が見えると顔が向くのに、自分はそっちへ行って良いのか、って悩む。そうじゃなかった?
私思うけど。そんな女龍だから、あの光の空に生きる、男龍とか龍族に必要なんじゃないかな。頂点の女龍がそういうの、分かっている。それが大切のような気がする」
イーアンは何も言えなかった。上手く言葉が見つからなくて、すぐに答えられなかったが、ミレイオの話は真っ直ぐに自分に届く。この人は、暗闇の中で光を見つけた人なんだと、じんわり温まる心を感じながら、ミレイオに微笑んで頷いた。
「そろそろ、お風呂入れるかも。入っておいで」
微笑み返したミレイオは、話を切り上げてイーアンを風呂場へ連れて行った。体を拭く布と、着替えを用意したイーアンは、きらきらするミレイオ邸で、至福のお風呂タイムに感謝した。
イーアンがお風呂を出ると、ミレイオは『自分も』と交代で風呂へ入った。寝室で待つイーアンは、時間が分からないことに気が付いた。
「そうでした。ここは地下です。だから時間が・・・示すものがないのかも」
太陽もない、月もない。日の入りも月の満ち干きも知ることは出来ない。ここで一日暮らしたら、いろんな違いを知るんだろうなと、改めて思う。
ふと。コルステインたちはどうしてるのかと気になった。彼らはこのサブパメントゥのどこかにいる。見えないけれど、どこかにあの家族はいるのだ。『それにグィード』気になるあの大きさ。あの仔は海にいるのだろうか。
そんなことを考えていると、ミレイオが寝室に戻ってきて『やっぱり毎日お風呂って必要よ』と満足そうにベッドに腰掛けた。
「着替えたら戻ろうか。時間分からないけど。まだそんな遅くないし」
「ここから出る方が時間が掛かると言いましたが、それは距離があるのですか」
「そう。近くまで行って、上がるの。でも何て言うかな・・・前も話したけど、サブパメントゥって玉の内側みたいな感じだから、距離がちょっと感覚違うと思う。地上を動くよりは早い」
上手く説明できない、とミレイオは首を捻る。出身者で頭の良いミレイオが首を捻るのだから、自分は捻る必要もないと、丸ごと受け入れるイーアン(※考えても分からない気がする)。
「まぁ良いや。そういうことだから。私着替えちゃう。ちょっと待ってて」
寝室の横に続く扉を開け、ミレイオは服を選び始め『もっとこっちに置いておこう』とぶつぶつ言いながら、シャツとズボンとベスト的上着を選ぶ。イーアンは違う方向を向いて、着替えを見ないようにする。
「見ても良いんだよ。私は平気」
「いえ。止めておきます。親しき仲に、こういうの大事」
アハハと笑うミレイオは『そのうち平気になるって』と危ない発言をしながら、さっさと着替えを済ませた。
「じゃ。行きましょう。ドルドレンがやきもきしてるわよ、きっと」
間違いないと思い、そそくさイーアンも立ち上がり、お風呂とトイレのお礼を言う。それから二人は外へ出て、また暗闇の中へ。『離れないで。この前みたいに手を掴まれるとかあったら、すぐ言って』ミレイオは緊張気味に、イーアンの胴に腕を回し、自分の腕に両手を掛けろと言った。
「危ないからさ。アホが多いの」
アホって。笑いそうになるが、ここは咳払いをして頷き、全く視力の役に立たない暗闇を、ミレイオに誘導を任せて歩き始めた。
歩きながら、コルステインたちはここにいるのかと訊く。『いるわよ』ミレイオは普通に答える。
「別の地域でしょ。って、あんたに言っても分からないよね。棲み分けしてるの。会わないわ」
「男龍たちみたいです。彼らの住まいは離れています。呼べば来るけれど」
「ああ。そうか。そういう感じかな。コルステインたちも呼べば来るでしょうね。このサブパメントゥなら。・・・・・うーん」
話しながら唸るミレイオ。どうしたのかと思っていると、『遅い』と呟く。目を開けても見えないため、イーアンは目を瞑って歩いているが、道でも間違えたのかと思ったら。
「朝も思ったんだよね。朝はだからさ。足使ったんだけど~・・・あんたがムリだからなぁ」
ミレイオの気持ちとしては、もう少し早く移動したい。それをイーアンに話し、でもイーアンが触ると危ない移動手段しか、地下にはないとの説明。それはどっちが危ないのかと、ちなみに教えてもらうと。
「こっち。あんたがこっちを崩す感じ」
ぬはぁっ! それはいけませんよ!慌てるイーアン。『そんなご迷惑をかけるわけに行きません。申し訳ない、私の為に』イーアンが謝ると、ミレイオはちょっと笑って『謝ることじゃないわよ』と言ってくれた。
「そうなんだよねぇ。あんた、龍だからさ。さすがに触れないんだよね、皆。ちょっとくらいなら良いけど『ずっと』ってわけには」
「ミレイオ。そのことも解決出来たら良いのに、と思いました。私はコルステインに触りたいのです。コルステインも私に触りたいでしょう」
「えっ。あんた何言ってるの。触るって。コルステイン、消えちゃうわよ」
「だから解決したいのです。コルステインは優しい心の持ち主です。私を撫でようとして下さいました。私もそう出来たら良いのに」
「あれ~・・・そう~・・・・・ あんたってそういうの、本当に抵抗ないわよね。あれに触ろうと思うかね。空の頂点が、地下の頂点に触るのー・・・ムリに思うけど」
ミレイオは信じられなさそうに、何度もおばちゃんみたいに繰り返す(※オカマ51~52才)。イーアンは溜め息。『変ではありません。コルステインは良い方です』だから普通に接したいと思うことを伝えた。
「でもねぇ。どうなんだろ。見たでしょ?あんたに触ろうとして、指が空気に崩れたの。ああなっちゃうんだって。
私はホンットに特別なのよ。ここまで一緒にいられるサブパメントゥなんて、他にいない・・・うぉっ」
急にミレイオの声が変わり、男の声で驚いた。
回されていた手も力が籠もり、ミレイオが発光したので何事かとイーアンもビックリする。『ミレイオ、どうしましたか』イーアンがミレイオの腕を掴んで訊ねた。しかしすぐに、その答えをミレイオではない者から得た。
上から青黒い靄が降りてきて、それは見る見るうちに姿を現した。『呼ぶ。した?コルステイン。来た』頭の中に響く声。
『あんたさぁ!驚かすんじゃないわよっ。何かと思ったじゃないの』
『驚く。何。呼ぶ。した。コルステイン。何度も。呼ぶ。聞く。来た』
イーアンは笑った。そうか、名前を何度か繰り返していたから、呼ばれたと思って・・・可愛いなぁと思い、イーアンは『はい。呼びました。有難う。あなたの話をしていました』と答えた。
コルステインはぼんやりした青い影を揺らがせながら、ニッコリ笑う。『龍。サブパメントゥ。来た。触る。する?』話の内容を知っている様子で、質問してくる。
『まだムリです。でも、そうしたいと思います。方法が知りたいです。コルステインに触れたら良いのに』
『コルステイン。龍。好き。触る。したい。でも。ダメ。どうして』
『それを考えてるんだっつーの。知ってたら、使うわよ』
ミレイオも困ったように笑う。コルステインは笑われている理由が分からないので、カクンカクンと首を傾げ『ミレイオ。知る。使う。しない。どうして?』とまた訊いた。
仕草が可愛いコルステイン。イーアンはコルステインをとても好きになる。
ドルドレンのことが大好きなコルステインは、本当に純情で優しい心の持ち主。一生懸命、気に入られようとするところや、自分の力を怖がらないように気をつける気遣いが、本当に微笑ましいというか。
だから思う。自分もコルステインに良くしたい。撫でたり、抱き締めたり、寄りかかったり。一緒に過ごせたら良いのに、と思うようになった。
なぜか。コルステインが女性だとしても、イーアンは気にならないような・・・そんな気さえする。これは、ファドゥと自分に似ているからなのかも、と最初から思うことだった。
そんな気持ちを見透かすように、コルステインは背を屈めてイーアンを覗き込む。
『イーアン。触る。いつ。大丈夫。まだ。まだだけど。ダメ。いつ。大丈夫。知る。する?」
『早く見つけます。誰かに訊いてみましょう。そうですね・・・グィードにでも、今度会ったら。あの仔はサブパメントゥが平気ですから、何か知っているかも』
『グィード。いる。海。中。遠い。いる。聞く?グィード。触る。分かる。する?』
『訊いてみないと分からないのよ。コルステイン、これから訊くの。私たち、まだここから出ないと訊けないでしょ?分かる?』
コルステインは考える。それから『グィード。いる。コルステイン。訊く』そう言うと青い炎に変わってすぐ、消えてしまった。
「行っちゃったわ。大丈夫かしら」
ミレイオは思い出したように、イーアンを引き寄せ『歩きながらね』と再び先へ進む。二人は、コルステインはグィードに会いに行ったのかもと話した。
「あいつが聞いても、分からないと思うんだけど」
ちょっと笑ったミレイオは『コルステインが分かるような内容は少ない』と言う。イーアンは、コルステインは一生懸命理解しようとするから、そこまで不安な感じもないのでは、と思うことを話した。
「コルステインなりに、解釈をすると思います。それは私たちの感覚よりも、根本的な部分だけかもしれませんが、間違ってもいない気がします」
「あんたはコルステインが好きなのね。私も嫌いじゃないけど。そうね、そう思えば良いか」
フフッと笑ったミレイオは、この話題を変えてイーアンとまた雑談を始め、話ながら歩いていると、気がついた頃には目的地の下にいた。
長話しながら、地下は移動するのが一番かと、二人で笑い合いながら、星の瞬く地上へ上がった。
お読み頂き有難うございます。




