757. ベデレ神殿・津波の推測話
シャンガマックは、ザッカリアと話しながらの午後の道。
昼前にフォラヴに聞いた話で、気持ちが不安定になったが、横に座る今のザッカリアには、全くそうした気配はなく。
お腹が一杯になって眠くなったのか。ザッカリアは、シャンガマックと馬の話をしている最中に、うつらうつらし始め、褐色の騎士に寄りかかって眠ってしまった。
シャンガマックは微笑んで、片手で彼をそっと倒し、自分の膝の上に頭を乗せてやる。落ちないように片手を添えたまま、もう片手で手綱を取りながら、のんびりと前の馬車の後を付いて行った。
漆黒の瞳が見つめる、前を行く馬車では。荷台の扉が開けられて、鉤で留められているので、後ろに座る3人の姿が見えていた。
タンクラッドは嫌そうに顔を歪めて、髪をかき上げた。ドルドレンも目元を手で覆って黙る。
「お前の・・・聞いた話。俺が思うことを付け足しても良いのか、どうか」
剣職人の呻き声に、妖精の騎士は寂しそうな目を向けて『私の解釈を付け足しても、きっと、あなたの解釈をつけた話と変わりません』と答えた。
「そうだろうな。そうか・・・・・ 実に胸糞悪い話だ。
ザッカリアたちは、要は金稼ぎの道具だったわけだ。いつから始まっていたか知らんが。
予言を出来る子供は、予言。他の力を使える子供も、それに添う品目別にあてがわれて、僧侶の金稼ぎに使われていたとしか思えない。で、あの帳簿か。
地震の日だって、僧侶の様子を聞いてると、地震がきっかけで悪事がバレるのを必死に対処、って感じだ。大地震で神殿が壊れでもしたら、稼ぎの品が露呈すると思ったんだろう。
子供たちが力を使って、自分たちの何かをうっかり知ろうものなら、それもマズイと。で、津波が来ると知っていて、逃げる振りして子供を始末しようとしたわけだ。失敗したらしいが」
ふーっと大きく息を吐いた親方は、目を瞑って頭を振る。『何が僧侶だ』吐き捨てて、胡坐をかいた膝に両肘を乗せた。話の続きを、ドルドレンは呟くように引き取る。
「ザッカリアは、中庭にいた時に『大人が誰かと話している』のを見て、その『誰かは人攫い』だと直後に知った。
打診があったのかもしれない。帳簿にあった日付を思い出せば、地震の手前だ。
大方、地震のお告げの後に、悪事がバレる前に子供を手放せと強請られていたのだろう。地震が、思ったよりも小さければ、手放すのは嫌だろうし・・・大きければ、怯えた子供が何を言い出すか分からない。
そして、地震は大きく、子供は怯え、子供を手放すことにしたのか。『売るなら今』といったところか」
「地震の後。神殿は壊れなかったようだが・・・恐らく、やって来た住民たちから、避難場所として開放を願われたりしたのかもな。『被災人数と状態を確認』みたいな言い訳で、神殿から急いで引き離して。
開放しても、問題ない場所に徹底するには。僧侶たちも当時は初めてのことで、うろたえたろう。手っ取り早く、問題を片付ける方法は一つ」
「人攫いは。待ち構えていたのですね」
ドルドレンの推測に、親方が加えて、フォラヴが話を閉じた。3人は沈黙の中に落ち込む。
「神殿に避難民を入れれば、人数が多いほど。隠した物が見つかる可能性が高くなります。一日二日で、退去してくれる避難場所ではありませんし。
都合良く使っていた子供たちの能力も、非常事態となれば何を見つけるか。自分たちを犯罪者とするに充分ないろいろを、子供たちが口にするかもと思った時。
波に連れ去られた事故に、見せかけようとしたのが、一度目」
「助かってしまったものだから、人任せに手放すのが、二度目」
フォラヴの言葉を繋いだ、ドルドレンの言葉は怒りに震える。『そんなヤツらの為に。ザッカリアは』歯軋りをする総長の腕に、フォラヴはそっと手を置き『終わったのです。龍の裁きが下りました』総長を宥め、男龍の取った行動に、改めて畏怖を感じた。
重いため息をついた3人は、この話をテイワグナの警護団に話すことにした。『俺たちが知っていても何もならない。繰り返さないよう、もしかしたら他にもあるかもしれない、そんな場所を止めねば』悔しそうな総長に、タンクラッドも同意した。フォラヴも頷く。
「本部まで。まだまだ遠いです。私たちがテイワグナで魔物退治を始めたら、風の噂で向こうから来るかも」
「そうだな。もう一つ、俺の情報だ。聞いておけ。魔物が神殿に来たぞ。
シゾヴァは『魔物の王に見つかりたくないから』とザッカリアとの会話でその存在を出している。魔物の王が、子供たちに目を付けていたかも」
え、と親方を見る騎士の二人。親方は、自分が倒した人数は5人だったと教える。4人は見てのとおりの人間だったが、残る一人は女の形をした魔物だったと言う。
「俺の剣が反応していた。その女は服を脱いで、裸で交渉だ。好きにしろと言われたから、斬り捨てた。子供たちは見ていない。僅かな間で灰になって消えた」
無表情で語る剣職人の話に、ドルドレンとフォラヴは眉を寄せる。『女だったのだろ?躊躇わなかったのか』ドルドレンは、相手が人型と分かっても斬れるのはイーアンくらい(※最強の妻)と思っていた。フォラヴも、人間の形をした相手は斬れない。
「女の形をした、魔物だ。間違えるな。人間じゃない」
「その。人間だったら、どうする。悪党でも、人間の女で同じことを」
「うん?引っ叩いて縛って外に連れて行くだけだ。あの僧侶たちと同じだ」
二人の騎士は固まる。容赦ない親方に、騎士道精神は全く使えないが、女相手にも容赦しないのは、いざという時、自分たちに真似出来るか不安になった。
「不安そうだな。お前たちは出来ないか。俺は関係ない。胸だ尻だ、で相手を見ないからな。
お前たちはそんな程度に反応するだろうが、どうでも良いことだ・・・はて。イーアンも確か、総長の面影の魔物を斬り捨てたっけな。イオライセオダを守るために。あいつも俺と同じだ。相手が魔物なら割り切る」
ぐったりするドルドレン。同情する妖精の騎士。二人の騎士には強烈。
少し口端を上げて、タンクラッドは首を傾げ『相手を見抜けば、自分のちんけな抵抗と、抱える目的の天秤なんか要らないもんだぞ。イーアンはそれを知ってるんだ。あいつはそんな過去を生きてきたから』お前たちより、よっぽど頼もしいなと笑って、タンクラッドは立ち上がる。
「これから。女の顔の魔物も出てくるぞ。丸ごと女、ってのもな。それでも戦えよ」
無理なら、代わってやるが・・・・・ フフンと笑って『しっかりしろ。騎士よ』総長の肩をポンと叩くと、親方は馬車を降りて行ってしまった。
嫌なことを思い出したドルドレンは(※自分の顔の魔物、愛妻に斬られた過去)うーんうーん悩んでいた。フォラヴは総長の背中を撫でてあげて『私だって無理です。誰にでも得手不得手があります』と一生懸命、慰め続けた。
タンクラッドが降りた時。それを見たシャンガマックは、後ろの馬車の御者台から手を上げた。
自分を呼んだ騎士に何かと、後ろの馬車へ行き、呼ばれた理由を知って親方は微笑む。御者台に眠る子供を抱え上げると『ベッドに』と褐色の騎士に伝えた。彼も微笑んでお願いする。
馬車の後ろに回り、足台に乗って扉を開け、中へ運んでザッカリアのベッドに寝かせてやると、タンクラッドは前の馬車の御者台へ行った。
親方が来たのを見たミレイオは『ここ狭いのよ。あんた、あっち行って』情け容赦なく追い払う。親方は首を振りながら乗り、イーアンを真ん中にして横に座った。
「俺が代わる。お前はバニザットの横へ行け」
「何であんたが決めるのよ。あんた、行きなさい。狭い!窮屈!私たち先に話してるのよっ。大体、あんたたちが3人で話すからって」
「分かった分かった、煩くするな。怒るな、おい。話は、お前たちが聞かない方が良い話だったんだ。後から知るかも知れないけど」
何それ、あっち行け! しっしっ!と追い払うミレイオに、イーアンは可笑しくて笑う。ミレイオは男の人なんだけれど、どうやっても女の人みたいに思える時がある・・・笑うイーアンに釣られて、ミレイオも笑う。
「笑わないでよ。こいつ、だってさ。しつっこいんだもの。デカイし、場所取るし」
場所取るって言うな! 親方の怒る発言も可笑しくて、イーアンはゲラゲラ笑った。結局3人で笑い続け、ミレイオに『あっち行け』と事ある毎に言われながらも、親方は御者台に居座った。
「何の話をしてたんだ。聞いても良いか」
一頻り笑って、親方がイーアンに聞く。イーアンは頷いて『津波の話でした』と答えた。『津波』親方が聞き返すので、イーアンは最初から話した。
「あの津波が。異常な大きさでしたでしょう?あれは、私の世界では異常どころか、在り得ない大きさです。いや、条件が揃えば発生しそうですが、その時はあらゆる場所が壊れていると思われるほどの出来事です」
「確かにとんでもない津波だったが。そうなのか。お前は何を思ったんだ」
「条件です。でも。信じられなくて、ずっと固定観念の『条件』が頭の中に回っていましたが、ここは魔物の王が操る力の存在もあるのです。私の言う『条件』なんて、当て嵌まるわけはないと思って、あの夜を過ごしたのですが」
「うん。何か見つけたんだな?」
親方はこういう話は大好き。イーアンは、自分の知らないことを教えてくれる。それは彼女の言う『知恵の閉ざされたこの世界』において、非常に貴重な、探究心の拠り所。
はい、と答えたイーアンは、それでもちょっと考えて『絶対ではありません』と前置き。親方が促すと、横でミレイオが『面白いわよ』と微笑んだ。イーアンは話し出す。
「親方も見たと思います。私たちがグィードの後をついて行った時。テイワグナに向かう津波の背中を見ましたね。あの・・・こちら側と言いましょうか。私たちと津波の間に、輪のようなものがありませんでしたか?」
親方は思い出す。あった。欠けた輪のような物が幾つも見えた気がする。頷くと、イーアンも人差し指を立てて『それ』と言う。
「疲れていました。目の錯覚か、海上の現象かと、その時は思っただけでした。でも中で・・・あの。あの輪の中に水が通っていたような印象が忘れられず。
よーく考えてみたのです。幾つも並ぶように見えた、あの透明な奇妙な輪の意味。あれがあったから、あの大きさの津波が出来たのかと」
イーアンは両手で輪を作る。両手の親指と人差し指と中指の先端を合わせ、輪を作って見せてから、一度右手を離して水平に切るように動かした。『あの輪の。半分は海の中』それから、ともう一度輪を作り見せて、再び右手を外し、上半分をくるっと指で弧を描いて見せる。
「水が。例えばこの輪の上半分をくぐるとします。大量に、一度に。凄い量がこの中を抜けるとします。すると」
「あの高さか。抜けた水が連続すれば」
「そう思いました。あの輪は、波高を大きくするために必要だったのかも知れません。だって」
そう言ってイーアンは、親方に思い出してもらう。『グィードは言いました。後ろの陸地で削られた地滑りが津波の原因のようなことを』言われれば、親方も思い出す。『そうだ。言っていた』親方の返事に、うん、と頷くイーアンは続ける。
「海中にある陸地が削れ、海底に滑り込むだけでも大変な海の振動です。それが岸壁ごと連続したと考えれば。その距離、その重さ、その滑り落ちた量。
あの、大陸に近い影のどこが、そうなったのかは定かではありませんが、もしもあの津波の大きさを作るに必要な量とした場合。それもあれだけの長時間です。とんでもない陸地が削れていることになります」
イーアンが言うには、それだけでは被害が済んでいないと。『地震と津波が発生しただけに留まらない被害はテイワグナを今、苦しめているかも』と言う。
「膨大な量の地滑りが、海に何をしたのか。暫く魚も獲れませんでしょう。グィードが戻したのは海の穏やかさです。その他の影響も抑えてくれた可能性はあるものの、確認していません。
もし、穏やかさだけであった場合。津波で生じた他の作用が、被害を及ぼしている状況もあるのです」
それからイーアンは話を戻して、先ほどの輪に続ける。
「輪に気が付いた話があります。私がいた世界で、過去に大きな津波がありました。その津波は人の住まない地域で起こったので、発生時に近くに停泊していた船乗りのお二方が亡くなられました。
非常に有名な津波で、私の記憶にありましたが、あれと似ています。誰もその津波を見てはいないと思いますが、後の調査で分かった津波の高さは、今回の二倍以上でした」
ミレイオは目を閉じてぶるっと震えた。『いや。無理』ミレイオの言葉に、親方も唾を飲んで眉を寄せる。『二倍以上』恐ろしさにそれ以上言えない。イーアンは頷き、それは条件があると言った。
「その条件こそ。今回のことに連想します。その津波の起こった地域の形は、駆け上がるような岸壁が、左右にあったことです。被害を受け、波が流れ込んだそこは湾でした。続きは河。
手前には大きな壁のように岸壁があり、その岸壁の一部が崩れて海に落ちたのです。崩落により、氷塊も土砂も恐ろしい量が動きました。
そして、テイワグナはどんな津波だったでしょう。湾でもなく、近くの岸壁から崩れたわけでもありません。流れ込んだ先が河口でもなかったのです」
「輪・・・そういう意味か。今回はあの輪が連結して」
イーアンは親方の飲み込みの早さに、いつも感心する。そうかもと思う、と言うと、親方は暫く小さな頷きを繰り返した後、イーアンの頭を抱えて頭にキスした。そしてミレイオに引っ叩かれた。
「そうだったのか(※ミレイオ無視)。お前の説明を聞けば、なるほどと思うものの。あれだけ見ても何かとしか思わん。・・・・・いつか。ディアンタの知恵の封じられた理由も分かると良いな」
ミレイオの片腕に抱え込まれたイーアン(※保護者付き44才)も、神妙な面持ちで頷いて『そうであってほしい』と答えた。
「ね。面白いでしょ?言われりゃそうかな、って思うようなさ。どこか日常の一場面で見てるじゃない、そういうの。思い出せないだけで、それの尺が広がった場合って言うのかな。そんなのが起こっちゃうと」
「大災害か。魔物の力も、現象を利用しているとはいえ、条件を作り出すのが。敵ながら・・・いや、『不足なし』としておくか。誉める気にはなれん」
ミレイオもタンクラッドも。イーアンがこの世界に来た理由が何だか分かる気がした。誰でもこうならない。同じ知識を携えていても、同じ見解を持っても。道を切り開くかどうかは、その人物次第と思えた。
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急遽、明日12日も仕事の影響により、本日と同様に朝・夕2回の投稿です。お昼の投稿はありません。これについては、少々活動報告に書こうと思います。
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