756. 初日のそれぞれ
道が決まり、西に向かう馬車。街道手前で見えた民家に、ドルドレンはおトイレ休憩を丁寧に交渉。
ハイザンジェルの騎士修道会は、この国の中では有利なので、農家は快く、送り出す皆さんに休憩をさせてくれた。
「もう、ハイザンジェルは魔物出ないって。本当?」
農家のおじさんに質問されて、総長はそうだろうと答える。次にテイワグナに出ると知ったから、自分たちはテイワグナへ手伝いにと話すと、農家のおじさんはドルドレンの背中を叩いて首を振る。
「何て勇敢で正義に溢れた人たちだ。総長、頑張ってね。でもあんまり体に鞭打つなよ。たまに帰りな」
同情しているのか、励ましているのか。おじさんはドルドレンたちが頑張っていると、何度も感謝の言葉を伝えてから、ちょっと待っててと家に入り、脱穀した穀物を持ってきて、袋に分けてくれた。
「食料はいくらあっても良いからね。これくらいしかないけど」
いいのだ、と断ろうとして、おじさんがイーアンに袋を持たせる。イーアンはニッコリ笑って、お礼を言った。
愛妻(※未婚)は断らない・・・・・ これがもらうコツなのか。ドルドレンはじーっと見ていたが、イーアンが嬉しがると、おじさんはまた中に取りに戻り、帰ってきてなぜか腸詰もくれた(※棚ぼた!)。イーアン小躍り大喜び。
「それ。角だろう?龍に乗る女って、有名だもんな。国から龍がいなくなったら困るっちゃ困るし、早く帰っておいでね」
「はい。魔物を倒して、皆さんが安全に暮らせるようにしたら、必ず戻ります」
うんうん、と頷いて、おじさんはイーアンの角をちょっと触りたがり、摘まんで『硬いね』と感想を言っていた。笑うイーアンは、腸詰と穀物のお礼をもう一度言い、出発する馬車の後ろからずっと手を振ってお別れした。
「イーアンがいると。いろいろ貰えるのだ」
「・・・・・あいつと何度か。俺は市場へ行っただろう?あいつは何だか庶民的なんだ。だから買う店で、必ずまけてもらう気がする。何か多めにもらったり」
「思えばだが。イーアンがこの世界に来た初日に、俺は彼女と出会っている。それだって考えてみれば、彼女はその日のうちに、普通の食事にありつけているのだ」
親方とドルドレンは御者台に並んで座り、『イーアンは食べ物に困らない運命』と話していた。きっと今後も、行く先々で食べ物を得るのでは、と言うドルドレンに、タンクラッドも、同じように思うと答えた。
イーアンは後ろの荷台の中で、ミレイオと一緒に縫い物中。
「ちょっと思ったんだけど」
ミレイオに話しかけられて、イーアンは『はい』と返事をする。ミレイオは顔を上げて『さっきの休憩のとき』と話し始める。何かなと思ったイーアン。すぐに納得する。
「あのさ。龍が呼べれば。別に団体で、休憩しなくても良いって思わない?トイレだって、馬車から出てさ。近場の町とか、店とか当たれば」
「本当ですね。私たち、すっかり馬車旅気分です。言われてみればそうでした。個人行動可」
「ね?だって、あんただって、ちょっとの時間ならムリしないで飛べるわけでしょ?そこまで休憩場所にこだわらなくてもなーって。あれ、何で?タンクラッドが決めたみたいだけど。そう?」
多分そうだと思う、とイーアンが言うと、ミレイオは視線を縫い物を進める手元に戻し、ふんふん頷く。
「そういうところあるのよね~・・・あいつさ。昔。結婚してたじゃない。これ、ここだけの話だから言わないでね。私あまり行き来はなかったけど、たまーに用事で訪ねると、奥さん子供と」
「あの、それ私が聞いても良いのでしょうか」
イーアンは遮って、個人のことだからとミレイオをやんわり止める。ミレイオは顔を上げて首を振り『ええ?いいの、いいの。だって別に、あんたが言うわけじゃないし』気にしなくて平気よ、と続ける。
「そう、それで。奥さんと子供と一緒に、家には居るんだけど。家族の会話ないわけ。
私が訊ねて、挨拶するでしょ?まぁ、奥さんも私のこと、何か避けてたからそれもあるのかもだけど、タンクラッドは奥さんの反応無視よ。真っ直ぐ玄関に来て『ミレイオ入れ』で、工房連れてって話すの。
私もすぐに帰る用事じゃない時もあるし、少し長居することもあったの。でもぜーんぜん。会話ナシよ、家族と。子供とはちょっと話してたけどさ」
ミレイオの話す内容は、何が言いたいのかなと中心の部分を探すイーアン。ミレイオはそのまま話す。
「でね。多分、タンクラッドって、ずっとそうだったのかも知れないんだけど。よーく考えてみればね。奥さんと子供。家から出してないって気が付くわけ。
何回か行ったけど、確実に家にいるんだよ。子供だったら遊びに行くとか、ありそうじゃない?奥さんも友達に会うとか。なさそうだったんだよね」
イーアンはピンと来る。『それは』と言いかけて、ミレイオは縫いながら頷いた。
「でしょ?あいつなりに、多分守ってたんだと思う。
あんたにもそうじゃない?あんたがどこかに一人で行くって言うと、付いて来たりさ。何かあると俺がやるって言うとか。迎えも来るでしょ?動けるから、あんたの場合は呼ばれたりもするし。
すっごい押し付けとか拘束に感じるけど、あいつはそうするしか、一番確かな方法を知らないんじゃないかなって、思う」
家族に嫌われたけどね、と笑うミレイオ。『だってさ、結局。会話もないのに拘束したって。肝心の仲の良さがなきゃねぇ。あいつらしいって言えば、あいつらしいけど』アハハと笑うミレイオに、イーアンは苦笑いだった。
親方は。自分が守らなきゃと思うと、引っくるめて管理下に置くのか(※これを一網打尽とも言う)。何て不器用な・・・そう思うと、苦笑いも可笑しくなって、ミレイオと目を見合わせて一緒に笑った。
「タンクラッドらしいです。分かりにくいけど、愛情なのですね」
「そう。そうだと思う。ホントに、分かりにくいし、嫌がられても怒っちゃって、本人分かってないんだけどさ。あれで多分、愛情一杯なのよ」
馬鹿でカワイイやつよねぇと、ミレイオが可笑しそうに言うのを見て、イーアンは、ミレイオが親方と友達なのが分かる気がした。
だから、馬車も、皆で一緒に動こうとするのかもとミレイオは解説し、そうするとイーアンやザッカリアの体調とかが気になって、こんな道順になったのかもよ・・・という話。言われるとそうだなぁと、イーアンも頷いた。
「これからずっと煩いわよ。適度に抜け出しなさい」
二人は縫い物をしながら、この後も『タンクラッド雑談』を続け、笑いながら過ごした(※親方笑われっ放し)。
寝台車でも、フォラヴとザッカリアは話を続ける。楽器を鳴らし、手を休め、これを繰り返しながら、ザッカリアはフォラヴの手綱の横で、のんびり話す。優しい表情で話を聞くフォラヴは、少し考える内容。
最初の会話は『楽器の扱いがとても素敵だ』と誉めたところから、ザッカリアの音楽の話になり、クズネツォワ兄弟の話に移り、新年夜会での演奏を目指しているというザッカリアの目標まで続いた。
それから、家族について話す。クズネツォワ兄弟が『いつも一緒だ』と家族の約束をしてくれた話、だから、支部には沢山家族がいると思っている話、昨日の子供たちも家族が出来て嬉しいと思う、その話。
ここまでは良かったのだが。
ザッカリアは、弦を何本か奏で、ゆっくりと。何処かを見つめるぼんやりした眼差しで、神殿の話を聞かせた。フォラヴは、話の内容がと眉を寄せて彼を見たが、彼は宙を見つめていた。その内容。
「俺が神殿にいた頃。シゾヴァや俺の話は、大人が聞きたがったよ。お昼の神様の時だけじゃなくて、別の部屋でも訊くんだ。
その部屋は、違う大人がいつもいたよ。近くの家の人もいたし、知らない場所の人もいた。教えてあげると、俺たちは戻された。それで、大人は『これは大事だから誰にも言わないで』って、いつも注意した。
俺もお兄ちゃんも、地震が来るのが怖くて、大人にずっと話した。大人も困っていた。地震の日はいつ?って何度も訊かれた。
大人がね。地震の日が近くなると、いつも一緒じゃなくなった。誰も居ない日もあった。皆、不安そうで、荷物を片付けるから部屋に入らないでって、言われた。俺たちは部屋から出られないで地震が来たの。
大人たちは、俺たちに暫く、力を使うなって命令した。
地震の日。俺もお兄ちゃんも、津波が来るって分かってたから、凄く怖かった。大人は地震が止まったら、皆で逃げるって外に出た。俺は津波が来るって何度も言った。
でも大人は聞かないの。俺たちを外に出した時、海が。海がね。掛かった。大人は先に行っちゃったから、俺たちに波が掛かった。でも水が多くなくて、倒れただけだった。
大人が来て、子供が皆倒れてるから心配した。それでまた神殿に入れって言われた。
神殿の中庭で、俺たちは待てって。大きいお兄ちゃんは、悪い人が来たら他の子を守るように、大人に言われたよ。
俺たちは怖くて、中庭で皆で一緒にいたの。大人は他の人たちを助けに行くから、いなくなって。俺たちだけで待った。そうしたらね。来たんだよ。人攫いが」
ザッカリアは弦を少し奏でて、その手を止めないまま、話を再開した。
「俺。思い出したんだ。神殿の大人が、人攫いと話しているの。俺には見えた。俺とお兄ちゃんたちで中庭にいた時、大人が誰かと話してて。それが人攫いだった・・・大人たちは家族じゃなかったんだよ」
フォラヴは何も言わずに、彼の話を穏やかな表情で聴いていたが、自分だけが知って良かったのかと考えていた。
ザッカリアは話し終わると、ニコリと笑って妖精の騎士を見た。その目は、いつもの無邪気なザッカリアの目。
「今度は助かった。俺、良かった。行って」
「それは。あなたが助けたんですよ。ザッカリアが彼らを助けたのです。あんなに疲れた戦いの後でも、ザッカリアは『行こう』と言いました。
あなたは疲れも怖さも越えて、子供たちを勇敢に守ったのです。素晴らしい騎士です」
沢山誉めてもらって、ザッカリアは恥ずかしがる。フォラヴの肩に寄りかかって、お礼を言った。微笑んだフォラヴは、彼の黒い艶のある髪を撫でてやり、『もうすぐお昼ですよ』と話を切り替えた。
子供は、うん、と頷いて『イーアンとミレイオに、何作るのって訊く』と嬉しそうに馬車を降りた。その姿を見送ってから、フォラヴは中にいるシャンガマックを呼んだ。
その1時間後。昼休憩に入り、西の街道を進んだ先で馬車は停まる。
ミレイオとイーアンで食事の支度だが、昼は簡素に。時間は夜に使おうと決まり、1時間の休憩に。火を熾してもらい、鍋に穀物・乾燥豆・干しキノコ・塩漬け肉を段にして入れ、水を注いで蓋をしてから火に掛ける。
「一品料理ね。でもまぁ。戦わなければ、夜までお腹は持つかな」
段々にして鍋で蒸すのは、ミレイオがよく作る料理。『放り込むだけ』笑うミレイオに、イーアン出番ナシなので、側で片付け。塩漬け肉を切ったナイフを拭いてしまい、まな板に灰と水をかけて洗った。
火加減だけ、鍋を支える石の大きさを調整しながらの、見張り作業。『焦げても美味しいんだけど。鍋洗う時、水があんまり使えないからね』ミレイオは鍋から聞こえる音を頼りに、料理の出来上がりを待つ。
20分後。少し蒸らしている時から、鍋の周りに集まる男たちに笑って、ミレイオは蓋を外した鍋から、料理を皿によそう。『あんたたち。大食いだからちょっと遠慮して』ドルドレンとタンクラッドに注意して、ミレイオは少し多めに盛ってやった皿を渡した。
皆で美味しい昼食の時間。オーリンがまだなので、タンクラッドはお代わりして、余った分を食べていた。
ドルドレンもイーアンに食べさせてもらいながら、美味い美味いと笑顔。そして注意を受ける。
「ちょっと。美味しいのは良いんだけど。あんた、さっきからこの子の分まで食べてるでしょ。自分の食べたんでしょ?」
ミレイオは見ていて途中から眉を寄せていたが、何も考えていなさそうに口を開けるドルドレンに聞く。支部で食べている時は気にならなかったけれど。
ドルドレンは、もぐっとして固まり、さっと愛妻の皿を見た。見れば、空の皿が一枚下にあり、愛妻はもう一枚の皿を手にしている。
「総長。いつもイーアンの分も食べるよ。並んで食べさせてもらうと、イーアンの食事も食べちゃうの」
お子たまの告げ口(※真実)も加わって、ミレイオの目がきつくなる。慌てるドルドレンは『そんなつもりは』と言いかけ、イーアンも『大丈夫です。朝もお肉食べました』自分が好きでしていると言うが、ミレイオは叱った。
「仲が良いのは良いのよ。でもね。旅だと一度に食べれる量、決まってるんだから。健康に影響するようなことは止めなさい。
ドルドレンは甘えてないで自分で食べて。イーアンも自分の量をちゃんとお食べ。そんなのでお腹鳴っても、何もあげないわよ」
自覚が足りないと怒られた二人は、しょんぼりして謝り、ドルドレンはイーアンにも謝った(※毎回食べてるけど気が付かない)。イーアンは自分が良くないと謝りながら、お皿に残った分を伴侶に遠慮しながら食べた。
それを見ていた他の4人は、ミレイオがいて良かったと、心から思った(※よく言った!の気分)。
小気味良い親方は、早々お代わりしていたので、イーアンにちょっと分けてあげた(※親方は分けてくれる人)。その行為は、ミレイオに『甘やかさないで』の注意を受けたが、親方は無視した。
そんな昼食後。洗い物を済ませ、お腹の具合の有無で用足しはどうするとなり、『その辺で済む場合は、その辺』と人気のない道の脇をドルドレンは示す。
タンクラッドはちらっと総長を見てから、イーアンとザッカリアに『大丈夫か』と訊ね、二人が何となく頷くのを見て了解する。
「ミレイオがお皿ちゃんで飛べる。どうしても行きたくなったら、ミレイオに頼んで連れて行ってもらえ」
ミレイオ・おトイレ担当・・・イーアンは頼みにくいと思った。それはザッカリアもそうで、少し恥ずかしそうに頷く。
横で聞いていたミレイオは笑うのを堪え、皆が馬車に乗って動き始めてから、二人に『行きたかったら、お皿ちゃんを貸してあげる』とそっと伝える。お礼を言う二人に『タンクラッドなりの気配りよ』と添えておいた。
2台の馬車はトコトコと、午後の日差しの中を西へ向かう。ミレイオとシャンガマックに御者を代わってもらった、フォラヴとドルドレンは、タンクラッドと3人で、荷馬車の相談場に集まって話をした。
この間、イーアンはミレイオ、ザッカリアはシャンガマックと一緒に御者台に移っていた。集まった3人は、何やら深刻な話をするということで。
お読み頂き有難うございます。
本日は朝と夕方の2回の投稿です。お昼の投稿はありません。
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