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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅路 ~テイワグナ入国
755/2953

755. 旅立ちの朝

 

 翌朝4時。イーアンは早起きする。眠る伴侶に布団をかけ直し、そーっと着替えて馬車を出た。


 向かった先は支部の厨房。大忙しの時間に突入前の厨房前で挨拶すると、料理担当は驚いて、すぐに来てくれた。


「イーアン。もう出発ですよね。今日行くんでしょ」


 そうです、と返事をして、新しく来た子供たちにお菓子を作ってから行きたいと相談する。ヘイズがそれを聞いて困り『朝、焼き釜を使うんです』と言うので、イーアンは頷いて『そうだと思います。だから、お手間をかけてすまないのですが』と、後で焼いてやってくれないかとお願いした。


 ヘイズたちは『それなら、大丈夫』と了解してくれた。イーアンは生地だけを作り、焼き釜を使える時間になったら焼いてと頼んだ。


「忙しい時間にごめんなさい。本当に無計画で(※親方に無計画女と過去に言われた)」


「いいんです。焼くだけなら別に何も問題ないです。生地を型に入れておいて下さい。6時になったら窯の一段が空くので、そうしたら焼いておきます」


 ヘイズはそう言うと、ちょっと黙ってイーアンを見つめてから、ゆっくり抱き寄せ『どうぞ。無事で』と別れの挨拶をした。イーアンも抱き返して『有難う。あなたたちも、どうぞ無事で元気でね』と答えた。


「絶対に。帰って来て下さい。絶対。何年掛かっても良いから、必ず総長たちと一緒に、無事に戻って下さい。

 家は、私とブローガンとロゼールで管理します。待っています。いつまでも待っています。無事で」


「勿論です。絶対に戻ります。戻ったら、私ここで働かせて頂くのです。待っていて下さい」


 二人は力を籠めてぎゅーっと抱き締め合うと、体を起こしてお互いを見て、力強く頷く。


『そうです。イーアンは厨房のおばさんとして、仕事して下さい。支部にいる時は、厨房のおばさんです。皆、厨房のおばさんを待っていますから!』おばさんフレーズをヘイズに連呼され、イーアンは感動も少し引いて、真顔でもう一度頷いた(※自覚はあるが他人に言われると悩む)。


 それからいそいそ、イーアンは厨房の邪魔にならない場所で、ザッカリアの好物のパウンドケーキ生地を作る(※今回はザッカリア用ではないが、子供は好きなはずと)。


 新しく入った子供たちのためのお菓子、と知っているヘイズらは『暫く食べれないです。もう少し多く作っておいて』とイーアンの混ぜるボウルの中身を覗いて頼んだ。イーアンは了解し、もう一度作った(※時間が倍)。


「そう言えば。ロゼールが、その分量を知りたがっていました。私は見当が付きますが、手紙が出せたら、大事にしている材料やコツを彼に教えてやって下さい」


 ふと、イーアンは再び思い出す。ギアッチがザッカリアと連絡を取れるのだけど、と言うと。ヘイズは『ああ、そうか。そんなことも昨日言っていましたね』ぽんと手を打って頷いた。


 ということで、ギアッチに連絡球を渡したのは、どうやらとても・・・大正解だったとイーアンは知る。


 支部の何人かは、彼を通して旅する自分たちと連絡出来る。連絡が取れると分かれば、音信不通設定の涙のお別れも一時的。何かあったら連絡する、と言えるわけで、遠距離は近距離感に変わるのだ。


 型に生地を流し込み、6台分のパウンドケーキが焼成待ちで終了。ヘイズたちに後をお願いし、もう一度、厨房の皆さんと抱き合って、互いの無事を祈り、お別れを告げてから、イーアンは手を振り振り、支部を後にした。



 『これ食べて』と、ヘイズに持たせてもらった茹で肉串、7本。

 馬車に持ち帰る前に、イーアンは袋から一本頂戴し、むちゃむちゃ食べながら馬車に入った(※我慢しない)。

 肉の匂いで起きた伴侶に、ちゅーっとキスすると『イーアンは美味しそうな匂い』と言われて、笑った。


 伴侶にも起きてすぐ、肉串を渡す。『待っていて。お水汲みます。これ。ヘイズが下さいました』一本を起き掛けの伴侶に持たせ、ベッド脇の水を容器に注いで渡す。


「起きたと同時に肉がある。これも新鮮である」


 とりあえず水ね・・・と、まずは水を飲んだドルドレンは、湯気の立つ肉を齧る。イーアンはザッカリアたちにも渡すといって、寝台車へ行った。


 ドルドレンは思う。愛妻(※未婚)は今後も旅路できっと、肉をもらうだろうと。いつも何かしらもらっているが、肉も加わる。

 彼女が肉が好きだと知ったら、好意的な相手は、必ず肉をくれる気がする。『食事は困らないかも』うんうん頷きながら、ドルドレンはお相伴に預かれることを頼もしく思った(※主に肉)。



 一本はミレイオの分に取っておき、寝台車の扉をノックをしたイーアンは、出てきたシャンガマックに『皆さんに』と串を渡す。朝一番で肉串を運んだイーアンに、シャンガマックが笑いながら受け取ってくれた。


 それから伴侶のいる馬車へ戻ると、伴侶は服を着て(※肉を食べた時は全裸だった)肉の串を(くわ)え、下に降りてくるところだった。


 寝台車の扉も間もなく開いて、声がし始める。ザッカリアが喜んでいる声が聞こえ、フォラヴとタンクラッドが馬車から出てきた。着替えた二人は、肉を食べながらドルドレンたちに挨拶し『朝食はこれ?』と笑顔で訊ねる。


「そんなところだ。食料は積んだが、調理は昼からだな。今ここで調理しても、支部で食べるのと変わらない」


 それもそうだ、と笑い合いながら、茹で肉と水で朝食を終える面々。時刻は6時前。


「イーアン。ミレイオとオーリンに連絡して、彼らに道だけ伝えておいてくれ。馬車だから、ハイザンジェルを抜けるまでも結構掛かる。もう出発しなければ」


 それを聞いて、すぐに御者台に回ったフォラヴ。馬に挨拶し『最初の日です。これからもお世話になります』と微笑み、手綱を取った。


「私はもう動かせます。そちらは?」


 あっさり出発にかかったので、ドルドレンは戸惑いながら『こっちは自分が』と御者台に上がる。

 シャンガマックは、地図を確かめると言って中へ戻り、親方は、慌しい出発に、細かい幾つかを質問するため、ドルドレンの御者台に上がった。

 イーアンも馬車の中へ入って連絡。ザッカリアはフォラヴの横に座って、一緒に御者台。


「では。旅に出るぞ。今日から魔物を追って移動する。お互いを守れ。お互いを愛せ。共に高めよ。いざ」


 ドルドレンは大きな声で出発の挨拶をすると、寝台車のフォラヴたちも頷いた。そして2台の馬車は、長い旅に向けて動き出した。



 ザッカリアは、フォラヴに聴かせるために楽器を持ってきていて、馬車が動き出してすぐ『弾いても良い?』と訊ねた。妖精の騎士に『是非』と返事をもらって、高まる思いを胸に、楽器を奏で始める。


 その音色は、朝の澄んだ空気に乗って、支部の窓を開けていたギアッチの耳に届く。

 新しく来た子供たちが眠っている横に、もう一台のベッドを置いて休んだギアッチは、窓の外から聞こえるザッカリアの楽器の音色を聴いて起き上がる。


 茶色い瞳に涙を湛え、『気をつけるんだよ。神様、あの子の無事をお守り下さい』そう呟いた。

 窓辺に立ったギアッチは、目頭を押さえて肩を震わせ、ひたすら、大切な息子の旅立ちの無事を祈る。毎晩聴いたその音色が聴こえなくなるまで、先生はずーっと窓の側に立っていた。



 テイワグナ方面へ進み始めた荷馬車の御者台に、並んで座る総長と親方は。


 途中で『用足し』休憩を取るようにとか、水の供給場の目安とか、洗濯物とか。子供もいるし女もいるんだと、あれやこれや親方に煩く決めるよう言われるドルドレン。


 初めて知ったが。親方は意外に、家庭向きである。ちっともそんなことなさそうな話だったけれど、守る相手が出来ると、途端に父親っぽくなると思った。


 神殿の子供たちを連れてきた時もそんな感じだったし・・・イーアンに纏わりついてからは、やたらベタベタする心配性だと苛立ったが、あれは子煩悩の延長線か。ナデナデは、彼の基本形の愛情表現だし。

 そう言えば。ザッカリアとも手を繋いでいた。おぶってやろうとまで言う場面もあった。


 この人。 ・・・・・実は家庭を守るお父さんなんではないの、とドルドレンはイケメン職人の『チクチク・あれこれ攻撃』を聞きながら思った。

 意外な側面だが、これが行き過ぎて、家族に嫌われる気がしないでもないとさえ感じる(※拘束する性質)。


 横で、うんうん頷きながら、生活の主導権は親方に任せた方が、自分の精神的衰弱の心配がなさそうと判断し、ドルドレンは彼に託した(←『タンクラッドが決めてくれ』)。


 総長のやんわりした表情から、丸投げであることを理解したタンクラッドは、まぁそれならそれで預かったと伝え、暫く黙り込んだ後に『じゃあな。もう少ししたら一度休憩だぞ。朝が早くて、ザッカリアやイーアンの腹が痛くなっては敵わん』と、出発後30分以内に休憩を命じられた。


 ドルドレン。黙って了解する。確かに朝のトイレ休憩はなかった・・・反省するが、それは言わないでおいた。

 支部の皆も、旅に出た俺たちが、まさか30分後にその辺で休んでいるとは思わないだろう・・・・・



 続いて『道はどこを通る』と訊かれ、ドルドレンは、馬車の家族の道を通っているから、地図で確認した方が良いと親方に教えた。

 ドルドレン的には。馬車の道なら地図を見なくても進めるので、それが一番と思っていたのだが。親方から再びダメ出し。


「それもどうなんだ。俺たちはまぁ、なんとでもなるが。女子供は茂みで用足し(※露骨)となれば嫌だろう。気にしてやらんとならん」


「え。俺も嫌なのだ。茂みで頑張るのは避けたい。遠征はそうだったが、あれは全体が多かったから良いようなもので」


「だから。道もそうしたことを考えて進まないと。茂みが嫌だ何だの前に、その茂みさえない、イオライみたいな荒地も出てくるぞ。丸見えだろう」



 そう。イーアンは遠征時。よくぞ、男の中で耐えたと一番感心したのは、絶対に口にはしなかったが、その部分。ひっそりとどこかへ出かけ、ひっそりと帰って来ていた(※隠れる場所まで移動)。


 ちなみにタンクラッドは、採石で出た時、どうしていたのかと訊いてみたら。『俺か。俺は採石に出ると、ほぼ食べない。小便くらいだ』と・・・凄まじい答えが返ってきた。

 老廃物はどうなっているのか。それは便秘ではないのか。凝視しながら、このストイックな職人のスタイルに驚くドルドレン。


 驚く総長の視線をちらっと見て『普通だ。だが今は俺の話じゃないぞ。道を変えるなら、早めにしておけ』タンクラッドはさくっと切る。


 『時には、集落の公共の用足し場を借りることもあるだろうから、その交渉の代金も用意しろ』と言われ、ドルドレンは手綱を親方に任せると、馬車を降りて、シャンガマックのいる寝台車へ乗った(※素直に従う)。


 今更だが。考えてみれば。馬車の家族は停留場が決まっていたのだ。そこは大体、町の壁の外や、旧道に近い場所で、用足しは大人が決めた場所で済ませた。

 衛生の問題から、肥溜め付近に別場所を用意されたり、町の近くだと、公共の場や店屋の手洗いを借りるなど。移動中は人のない道を通るのが普通で、移動中の用足しはその辺だった。


 ドルドレンは、自分が馬車の家族から離れて生活した年月の影響を、今になってしみじみ感じる。


 地図を見るシャンガマックと、親方に言われたことも交えて道順を話し合いながら、テイワグナのどの辺から回るかも、大方の目安を付ける。


「あれですよね。タンクラッドさんが重視する部分と、テイワグナの立ち寄り場所を、繋いで通った方が良いという・・・ええっと。その道すがらでは小さな集落も寄りますよね?

 花びらの鱗。お礼じゃないですけれど、集落や小さい村で休憩させてもらう時、もう魔物の被害が出ているでしょうし、あれを配っても良いかも知れません」


「お。シャンガマック、気が利くな。それは良いことだ。アオファの鱗はまだあるのだ。そうすると・・・もっと要るな。聖別してくれば良かった。人里離れた地域には、金品よりも安全。礼にもなれば、彼らを守ることも出来る。一石二鳥だし、鱗を配ろう」


 きっと喜ばれると思う、とシャンガマックも頷いて、アオファの鱗の確保は、イーアンに相談しようとなった。


 それから、出来るだけ希望に沿う道順を組んでみると。


「西だな。このまま進んで、西の街道から、テイワグナ。地図で見れば、直進すると一気にヨライデのように見えるが。そうは上手く行かないだろうな」


「ですね。それならあっという間に帰ってこれますけれど。そうは・・・行かないんでしょう」


 ハハハと苦笑いするシャンガマックに、ドルドレンは困り顔で笑う。『目的地に近い方面から入るなんて。長旅必須の雲行きだ』出発し立てで突然、長い旅路の無言宣告を受けた気分。



「おはよう。お邪魔するわよ」


 いきなりミレイオの声が背後から響き、驚いて振り返った二人の目に、馬車の扉を開けて乗り込んでくる刺青パンクが映る。


「タンクラッドが、ドルドレンはこっちだって言うからさ。

 どれ。道、決めてんだって?どうするのか、決まったの?見せてご覧」


 龍の皮の上着の下は、上半身裸で、膝下までの黒い分厚い生地のズボンを穿き、脛の中頃まであるゴツイ革の靴を履いたパンクは、よっこらせと二人の間に割って入り、小狭い空間に立ったまま、地図を眺めた。


「今、この辺りか。んー・・・と。この点が、何か経過地点なの?これを廻るわけか。

 ふん、ふん。ふーん。そう。うーん・・・これ、何が目安なの?」


 地図に指を置いてなぞるミレイオに訊かれたドルドレンは、目安は、休憩地点と水の確保であることを教え、昨晩に話した警護団の本部へ向かう、道のりのつもりであることも話した。


「あー。そうか。そう言ってたもんね。道順、出発前に決めとくもんだけど、ちょっと時間なかったしね。皆、疲れてたし。

 あのさぁ。昔、動いた時にちょっとこの辺は通ってんのよ、私。こっちに進んだら?集落じゃなくて、小さい町みたいのある。なんだろ、あの町。でも水が豊富だった印象でさ。地図に乗ってないから、時期的に使う町場かも」


 ミレイオの話では。染色や織物の町ではないかと。地方で請け負っていると、氷が溶けた時期から利用される町もあるという。『もう春だから。多分、誰かはいるわよ。山道抜けるけど、馬車がすれ違うくらいの広さはあったわよ』とのことで。


「じゃ、こっちだ。この上を通るのが一般的かと思っていたが」


「そうかもしれないけど、それは目的地がヨライデの場合でしょ?下りてテイワグナの中に入るんだから、一本下の道の方が都合も良いでしょうよ」


 町までの距離を訊くと、4日目には入るんじゃないかとミレイオは答えた。『国境だもの。この辺までハイザンジェルよ。この次の道でテイワグナ』指差された場所を見て、騎士の二人はふむふむ納得。



「ではこれで。とりあえずタンクラッドに見せることにしよう。行き先はこのままだな」


 ドルドレンはミレイオにも確認してもらった地図を持って、親方が手綱を取る御者台へ戻った。馬車は少し減速していて、そろそろ最初のトイレ休憩に入る頃だった。

お読み頂き有難うございます。


本日に続き、明日も朝と夕方2回の投稿です。お昼の投稿はありません。

いつもお立ち寄り頂いています皆様に感謝して。


良い週末をお迎え下さい。

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