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魔物資源活用機構  作者: Ichen
変化の風
754/2955

754. 始祖の龍の想いを運んで・巡る、時の剣

 

 馬車の中で、ぐっすり眠る旅の仲間。


 深夜を過ぎた頃に、タンクラッドは目を覚ました。ぼんやりとだが、意識が目覚め、瞼を開けないまま、自分が起きたことを知る。


 薄目を開けるとまだ真っ暗で、これは寝直そうと寝返りを打った。横を向いた顔に、キラッと小さな光が撥ねて、ぼうっとしながら少し目を開けた。ベッドの脇にある机代わりの木箱に置いた、小さな金属・・・・・


「香炉か」


 呟いて、再び目を閉じた。暫く目を閉じたままいたが、なぜか寝付けない。おかしいなと思うが、寝付けないことを意識して、もっと眠れなくなった。


「はぁ・・・体がだるいのに。変な時間に寝たからかな」


 独り言を布団の中でぼやき、夕方に眠ったツケを悔やむ。眠れなきゃ眠れないで、明日が辛い。今から、げんなりするタンクラッドは、ゆっくりベッドに上体を起こして項垂れた。


 髪をかき上げて、時間は何時かと考える。月も見えない馬車の中。窓は上の階だけ。暗い個室なので、ランタンを灯す。

 ランタンを使う時は、横の壁の小窓を開けろと、ミレイオが言っていたのを思い出し、壁に手を伸ばす。ホントに小さい・・・何だこれ、とぼやく親方は、手の平大の小窓を探り当て、塞いでいる板をずらして窓を開けた。



 外の空気が忍び込み、ランタンの明かりと外の夜の明かりで、少し個室が見やすくなる。親方は首を回し、肩を揉んで、ぼけーっと夜の空気を感じていた。


 ふと、さっき目に付いた香炉に気が向いて、木箱の上に置いた香炉を手に取る。イーアンが海に潜って拾ってきた香炉。


「これも。あのジジイの香炉みたいに、何か見えるのかな」


 呟いて、悩む。この狭い個室で、煙が充満したらと思うと、それはマズイ。煙に何かあるならと思えば、やってみたいが。上も隣もいる馬車の中。何事かと騒がれるのがオチだ。


 でも、一度見たいと思うと、どうにかしたくなるのがタンクラッド。とりあえず、外へ出ることにして靴を履き、香炉とランタンを持って、そっと馬車を降りる。

 他の3人は泥のように眠っているのか。全く気が付く気配もない。起こさなかったことに感謝して、外に出た親方は、香炉を使えそうな場所を考えた。


 そして目に入った、家の屋根の下。『煙が逃げるにしても。まぁ分かりきったことだから』風もない夜だし、やるだけやろうと、イーアンたちの家の軒下へ歩いた。屋根が大きく張り出しているので、もしかすると好都合かと、タンクラッドは屋根の下に座る。


 その辺の枯れ草を集め、揉んで千切って、小さな香炉に入れると、ランタンの油と火を少し移して蓋を閉じた。



 待つこと5分。少しずつ上がる白い煙は、夜空の星の隙間を縫うように、細く緩やかに立ち上る。イーアンは、この青白い煙が好きだと言っていたなと思い出し、すぐそこの馬車に彼女が眠る状況に苦笑いする。


「俺はいつまで。こんななんだか」


 やれやれと頭を掻いて、地面に座ったその背中を壁に寄りかけた。ゆっくり星空を見て、昨日の出来事を思いながら、(おもむろ)に上を向いたタンクラッドは息が止まる。



 屋根の下に煙は溜まり、ゆったりと屋根を伝って更に上へと進むものの。溜まる煙の中には、イーアンがいた。


「イーアン・・・・・ 」


 だが、すぐに気がつく、それが始祖の龍であることに。理由は()()()()自分が横にいるから。


「あ。俺、俺だ。過去の・・・だよな」


 タンクラッドは煙の中を瞬きも惜しく見つめる。二人は一緒にいて、楽しそうに嬉しそうに。話したり、肩を組んだり、寄り添ったり。どうして、なぜ、と思うが、煙る世界に声は届かない。


 彼女は手に小さな何かを持っていて、時の剣を持つ男がそれを覗き込んで指差すと、彼女は喜んだ顔を向けて、彼の胸に頭を付けた。それを見つめるタンクラッドは、そんな場面が夢のようだった。


 何の戸惑いもない。何も躊躇っていない。始祖の龍は、時の剣を持つ男の両腕を背中から回されて、寄り添う二人は恋人のように見える。そこに、あのアホな勇者の存在は一切なかった。


 男が時々、彼女の顔を覗き込み、微笑んで頬に口付けすると、彼女は笑って彼に向いて唇を重ねた。


 タンクラッドの心が・・・壊れそうになる。食い入るように見ながら、真実なのかどうかを必死に考える。これが現実にあったのか。本当に。本当に――?


 そんな二人の幸せそうな場面は、突然に終わる。ハッとして、もう草がないのかと、急いで側の草を千切って香炉に入れようとすると、再び煙は形を作り、別の場面が映った。


 次の場面はすぐに終わる。それは過去の自分が死んだと分かる場面だった。始祖の龍は男の家の中なのか。涙を流して彼に覆い被さり、その体を両腕に抱え、扉を開けて空へと飛んだ。


 煙の場面はまた変わり、広い丘の上に始祖の龍は彼を葬っていた。その丘は見覚えがあるが、この前見た丘にあった、大木はなかった。


 それから始祖の龍が、龍と一緒に水辺にいる場面が映る。

 男が死んでから時が流れたのかどうか。始祖の龍はもう涙もなく、小柄な龍に微笑んでいる。小さいとは言え、小型の龍程度の大きさなのだが、なぜかその龍は首に金具の付いた綱を付け、始祖の龍の手に綱が握られていた。


 金具は回転金具と輪で・・・『え。あれ。これ、グィードか?』どこかで見た、と思って目を見開いて観察する()()は、昨日のこの時間に自分とイーアンが手にした道具と理解する。


 始祖の龍は、すぐに綱を引っ張る龍に笑いながら、その龍を紐で引き寄せては撫でていた。彼女は龍の金具を見つめた後、綱と回転金具の間の輪を触り、ふと思いついたように顔を上げた。



 ここで煙は消えた。我に返ったタンクラッドは、急いで草を入れた。草が燃え尽きると、それ以上の場面がないとも判断出来る。あれで終わりなのか?と焦る自分に、煙の中から声が聞こえた。


『グィードを呼ぶ時だけでも。私たちが一緒に動けたら』


 耳に届いた、始祖の龍の声。タンクラッドの目に涙が溢れた。彼女の声だと知っている自分がいる。イーアンの声と似ているが、少し掠れたような声。優しい、愛の籠もったその声を。『俺は知っている』タンクラッドは涙を流し、彼女の言葉に理解した。



「俺達の腕輪が二つだったのは。・・・・・そうだったのか。あなたの想いで。俺を最後に愛してくれた、その願いで」


 そこまで呟いて、グィードの言葉を思い出す。『それが願いだったからだ』大きな龍は、そう言った。

 繰り返す、勇者と女龍の繋がりに、始祖の龍は時の剣を持つ男を愛した人生を、何かの形で続く伝説に組み込みたかったのか。


「そこまで。俺のことを。愛してくれたのか」


 止まらない涙を何度も大きな手で拭いながら、ビルガメスの話も頭の中に一杯になる。彼女の声と、思いと、この香炉を『一つはお前が』と教えたグィードの言葉と。全てが、タンクラッドの溢れる喜びとなって押し寄せた。


「俺に。知らせたくて。俺を起こしたのか。時を越えて、俺をまた・・・あなたは」



『私を呼ぶ時。笛を吹き、綱を水に打ちなさい。二人で』


 グィードはそう言った。自分を呼ぶ時は『二人で』と。それはグィードに託された、始祖の龍の愛の想い。


 彼女は知っていたんだ。何度生まれ変わっても、その立ち位置が()()()()()ことを。だから、せめてグィードを呼ぶ時だけでも、と・・・そう思って、もう一つ気が付いた。


「最初の場面で彼女が持っていた、小さなものは。あれがもしや、グィードの輪だったか。そうすると、あれを作ったのは過去の俺。時の剣を持つ男が」


 自分が腕輪を作ったのは。アオファの冠の余りで、イーアンに何かを持たせたかったからだった。


 王の指輪を預かったとイーアンが話していたから、指輪じゃダメだと思って。彼女の手は何度も握ったから、腕輪を作るのは難しくなかった。言葉を刻もうと思って、白い棒の言葉と、馬車歌の言葉を刻んだ。

 それは、自分とイーアンを示した言葉で・・・・・ 『俺はあの時まだ。始祖の龍の存在を知らなかった。だが、始祖の龍は俺を()()()()()()()のか』それとも。


 彼女を愛し、最後に彼女に愛された時の剣を持つ男が、俺を導いたのか。二人が引き寄せられるようにと、俺に作らせたのか。



 様々な物事が、タンクラッドの中で繋がる。幾つもあった、一見、関係なさそうな出来事。そんなつもりもなく、何も知らないままに、取っていた行動。ただ、出来ることをしようと取り組んだだけの物。思いつきで試した数々のことが、この一つの為に生まれていたと知る。


 この。大きな大きな、時を越えた愛の為に。生まれていた、無意識の行動。



「時の剣。時の剣だってそうだ。

 俺はヨライデへ旅して。鉱石を探し、遺跡を巡って、朽ちた遺跡の中であの剣は待っていた。錆も何もない剣身に、いつの物なのかと不思議に思ったから、持ち帰ったんだ」


 思い出す当時のこと。ヨライデへ足を伸ばした若い頃の、忘れもしない、一本の古風な剣との出会い。


「だが次の船で、俺は全部を失った。嵐に見舞われて、剣はベルトもなかったから足元の荷に携えていて・・・それがまずかった」


 転覆した船から出るので精一杯だった。命からがら、どうにかティヤーで金を作れたものの、俺は旅で集めた全てが消えたと思った。


 なのに、剣は俺を待っていた。


 船はどうなったかと思って翌日見に行けば、中は荒らされた後。

 転覆した船は浜に引き揚げられていたが、積荷や乗客の荷物なんか売っ払われていた。無理もないかと諦めた、骨折り損のくたびれ儲け、そのものの俺に。


 剣は姿を見せた。綱で引かれた船よりも手前の岩礁に、何かが光って・・・それが剣の柄だった。誰かが見つけても良さそうなものなのに、剣は俺の手に戻った。


 だから。自分の剣だと思った。年代物の不思議な剣は、剣職人の自分が作った剣ではないにしても、なぜか自分の一番の剣と、それ以降ずっと感じた。


 遺跡で見つけた時も、まるで待っていたかのように見えた。よく誰も手を出さなかったもんだと思うくらい、普通に、隠されることもなく置かれていた。


  あれが正邪眼の剣と思い始めたのは、持ち帰ってからだ。古い話を読んでいて、前にも気持ち悪い剣があるなと感じたのを思い出した。

  もしやその剣が、自分の家にあるんじゃないかと。伝説では『正邪の剣』とあった。


 イーアンが黒い石を持ってくるまでは、断定出来なかったし、聖別を受けるまでは尚のこと想像の域。『時の剣』と呼んだのは、最近だ。恐らくそのことだろうと思ったが、未だに時の剣の云われは、分からないことが多く推測ばかり。

 しかし間違いない、あれが『時の剣』それ、その存在と、俺は心のどこかで知っている・・・・・



 煙の薄れた屋根の下。タンクラッドは、時の剣を持つ男として、自分が選ばれたことを考えていた。見つめる星空は遠く、しかし今や、行こうと思えば入れる場所さえある、自分の行き先の一つになった。


 それも。自分は呼ばれていたのかと。偶然に、時の剣を手に入れたわけではなかったのか。


 偶然、ハイザンジェルで剣職人を始めたわけでもなかった。偶然、イーアンの委託先の候補になったわけでも。偶然、彼女に恋をしたわけでもない。


「俺じゃなければ。いけなかった・・・そうだったのか」


 呟いて、タンクラッドが少し滲んだ涙を拭き、香炉の中の灰を空けて、自分の服の裾で丁寧に拭った。

 もしも、あの一回しか見れなかったとしても。始祖の龍と過去の自分が、愛し合った時間があったことを教えてもらえたそのことに、タンクラッドは大きな贈り物を受け取った気持ちだった。



 イーアンにも見せたかった。でも、見せても。『全否定されそうだ』ハハハと笑って、香炉を片手にすっぽり包むと、タンクラッドは立ち上がって馬車へ戻った。


 いつでも、イーアンと結ばれたい自分がいる。


 だが、これを知った今は。かつて自分を愛してくれた始祖の龍の、長く続く、大きな強い愛のために、この人生を捧げようとタンクラッドは思えた。『あなたの愛は、今も俺の中に生きている』

お読み頂き有難うございます。

本日と明日は、仕事の都合により朝と夕方の2回の投稿です。お昼の投稿はありません。

いつもお立ち寄り下さいます皆様に、心から感謝して。どうぞ宜しくお願い致します。


この回に非常によく合う一曲が。『The Name Of Love』(~Martin Garrix and Bebe Rexha)この曲の歌詞が。素晴らしくそのまんまと言いましょうか。

『愛の名において、自分を呼んでくれるか?』とか『愛の名において、全てやれる?その全てが愛の名の中に』と・・・うへ~愛すごい~・・・という。愛連発です。愛ありき。

始祖の龍と、かつての彼。タンクラッド。でも、タンクラッドまでも始祖の龍は見つめます。そう、知っている彼女だからという・・・愛なのですね~ 

素敵な曲です。ご関心がありましたら是非。




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