753. 旅立ちの前の晩
消した人間について、事も無げに流すビルガメス。それで納得せずに真向かうイーアン。
「彼らを消したのは、龍の愛であることは理解出来ます。
でも。以前、この話をした際に、タムズも言っていたではありませんか。『触れ合ったら最後、どこかが消える。なのに交わり始めた』と」
「説教をするのか。俺に」
「そうではありません。簡単に言いましょう。ああした人々は、中間の地に山ほどいるでしょう。出会うたびに消していたら、今、旅を通して別の種族が交わった意味を、今後自分たちの在り方を見つけるべき・・・それを考える機会を逃していることになりませんか」
ビルガメスは目が怖くなる。イーアンは負けない。おじいちゃんにこんなことを言うのは、自分だって怖いけれど。あの行為が続けば、旅の期間で相当な人口が減りかねないのだ。
呟かれたら最後。『ポン』と数人いなくなりました・・・で、済まないのだ。『それが愛だ』と言われたって、その愛、よそでやって下さいよと思う本音(※よそもダメだけど)。
いくら、手伝って支えてくれるとは言え。地上に男龍が降りてくる度に、人間がワサワサ消えていたら、それは何か違うだろうと思う。精霊はそうした方向を示している気がしない。
「それで。俺に消したその意味を訊いているのか」
「そうです。命を取ることも、教えるための愛の範囲なのは知りました。でも今後も繰り返すなら、教える相手さえ消えましょう。あまりに大きなその力の範囲に、誰一人残れる気がしません」
「イーアン。ズィーリーなら絶対にないと言い切れる時間を、お前は作るな」
ビルガメスの金色の瞳はイーアンを捉えたまま、睨んでいるわけではないにしても、厳しく光る。イーアンは間違えている気がしない。何かが、自分にそれを言えと鼓舞する。それを信じた。
「お前の言葉で。俺がお前をどうかするとは思わないか」
「ビルガメスはそうされません。私が、無知からこれを話しているとは思っていらっしゃいません」
「つくづく。俺はお前に会えて嬉しいよ」
頬杖を付いた男龍はフフンと笑った。
それからイーアンに『お前の質問への答えは、俺は今は言わないことにする。お前の手に入れた知識と、この世界での知識にどうもズレがあるようだから』と、これを以って答えとした。
美しく大きな男龍は、一呼吸置いて『ドルドレンにも伝えると良い。彼も確認を求めるなら、連れてくると良い』と言った。その理由は訊かなかったが、イーアンにはまるで『彼なら理解出来る』と言っているように聞こえた。
外を見れば夕方も半分過ぎた様子。イーアンは、回復したし、もうお暇を告げた。『馬車に戻ります。もしかすると出発しているかもしれない』と言い。質問に答えてくれたことにお礼を言った。
「俺も行こう」
「大丈夫です。ミンティンと一緒に行きます」
ビルガメスの同行を即答で断ったイーアンは、赤ちゃんのおでこにちゅーっとして『また来ますよ』と微笑み、畳んでおいた洗った服を腕に抱え、外へ出た。
ついて来たビルガメスは、イーアンをミンティンの場所まで送ると言ったが、それもイーアンは断った。
「何でだ。嫌がっているように聞こえるぞ」
「一人で考えるためです」
表情に出さないイーアンは、さっと翼を出し、『待て』と腕を掴んだビルガメスをちょっと見て、ゆっくり腕を引き抜くと、そのまま夕方の空に飛んで消えた。
ビルガメス。赤ちゃんを片腕に考える。もしかして。もしかして、俺は嫌われたのか(※それはイヤ)。
降りたがってもぞもぞする赤ちゃんを抱え直し、顔を見て『お前。どう思う』と訊ねると、赤ちゃんはアハハと笑って終わった(※赤ちゃんに訊くのが間違い)。
笑う赤ちゃんを見つめ。おじいちゃんは自分が何をやらかしたのかを考えた。が、別におかしなことは言っていない・・・これは。何だろう。あいつは俺の何かで怒ったわけではないと思うが(※自分のせいではないと思うタイプ)。でも、怒っているような龍気に感じたが。
他の男龍に知られたくないので、ビルガメスは特に何もなかったように、家に入り、その夜は赤ちゃんと遊んで過ごした。でも何となく。嫌われていたらと思うと、落ち着かなかった。
*****
北西支部に戻ったイーアン。ミンティンと一緒に戻る間、終始無言だった。上空から馬車が見えたので、まだいると分かり、着いてすぐにミンティンを空に戻した。
馬車へ近寄ると、荷物入れの馬車には誰もおらず、もう一台の馬車には、扉も開いたままで親方とミレイオが寝ているようだった。騎士たちはいない。はて?と思い、おうちにも行ったが、おうちも鍵が掛かっているから違う。
とりあえず、洗った衣服を着直さないといけないので、荷馬車に入って中で着替えてから、他の皆を探しに行った。
支部かと思い、執務室へまず行ったが、伴侶はいなかった。伴侶の行方を訊ねようとしたが、執務の騎士が旅立つイーアンを見て、先に挨拶をし『明日から出発だと。本当に気をつけて』頑張ってと励ましてくれた。
イーアンも彼らの無事を祈り、何かあったら、ギアッチがザッカリアと連絡が取れることを伝えておいた。彼らは了解し、イーアンは執務の騎士たちと、長いお別れの挨拶を終えて、部屋を出た。
明日。出発なんだ、とイーアンは改めて理解する。支部に戻る日が、一日でも早くなるように頑張らなきゃと、心に誓う。
広間へ入ると、フォラヴたちの姿が見えた。壁際の鎧の辺りにいて、イーアンが行くと笑顔で立ち上がった。『もう大丈夫ですか』『元気になったか』フォラヴとシャンガマックが挨拶してくれて、イーアンは元気になったと話した。
ドルドレンはどこかを訊くと、『総長はザッカリアと一緒に子供たちを案内している』とのこと。イーアンは了解して、今夜はここで食事を摂るのかと別の質問。二人の騎士は、そうしようと思うことを話した。
「今は。鎧の手入れを。イーアンも、鎧とマスクは持って行った方が良いですよ」
彼らは、海にこそ浸らなかったが、潮風も霧も鎧に受けているので、乾かしてから手入れをしているところだった。盾は平気そうで、『ミレイオの盾だからね』と笑っていた。
今後。鎧の世話は、自分が担当しないといけないかもと、イーアンは思う。盾と剣は、作り手が一緒だけど、鎧はいない。弓は使わないにしてもオーリンがいる。鎧・・・そうだなぁと新しい役目を感じた。
三人は鎧の側で手入れを続けながら、今日の出来事を話し合った。30分も経つと、ドルドレンたちが広間へ戻り、イーアンの帰りを喜んでくれた。子供たちと一緒にギアッチもいて、新しい子育てを引き受けたギアッチは、ザッカリアとの別れに寂しそうな顔をするものの、ちょっと救われていそうだった。
それから間もなく、夕食の時間。早めの夕食ということで、フォラヴとザッカリアは馬車へ職人を起こしに行った。
彼らが戻る前に、ロゼールが来て『夕食を一緒に』と皆を誘った。ロゼールの後ろにポドリックが現れ、総長に一緒に食べるよう言う。
「明日。早くに出るって聞いたぞ。夕食は一緒に食べよう」
ポドリックに留守の間の代行を任せたドルドレンは、ちょっと笑って了承した。ロゼールは総長に『いつ戦うか分からないから』の前置きをして、酒は出さないつもりだが、今夜は皆と一緒に食べてはと話す。
ポドリックもそのつもりでいる、と言い、ブラスケッドがやって来て『夕食は食べるんだろ』と総長の背中を押し、近くの椅子に座らせた。クローハルとコーニス、パドリックやヨドクスも入って来て『今夜が最後と聞いた』と近くに座った。
「最後なんて、縁起でもないことを言うな。俺たちは戻るから、送別会など要らないと言ったのだ」
怒る総長に笑って、新しく入った子供たちとギアッチ、イーアンとシャンガマックを、着席に促す騎士たち。彼らも順々に近い場所へ落ち着く。ドルドレンが見渡すと、広間は全体慰労会のように騎士が集まっていた。
慰労会と違い、ご馳走でもなく、酒もないが、いつもの夕食を、一緒に戦ってきた全員と同じ場所で食べる時間。この思いがけない送り出しに、ドルドレンは何て言えば良いのか分からず、少し微笑み、皆の思いと、そこに感じる嬉しさを噛みしめた。
タンクラッドたちも広間へ入り、やけに人数が多い広間に驚きながら、手を上げた総長の側へ行って座った。『今日、何かの日なのか』総長の向かいに座ったタンクラッドが訊ねると、ミレイオはその横で『やぁね。分かりなさいよ』と笑った。
「いないのはオーリンだけか。まぁ、あいつは仕方ないな。龍と一緒みたいだから」
親方の言葉に、イーアンはオーリンがどうしたのかを訊く。イーアン以外の仲間は、ああそうかと思い出し、自分たちの龍を帰していることと、オーリンはガルホブラフに付き添っていると教えた。
「あ。それで。何でビルガメスとミンティンで運ぶのかと、あの時も思いましたが」
「そうか。イーアンは間の部分は聞かされていなかったな。そうなのだ。イーアン同様で龍たちも戻り、オーリンも一緒だ。明日にでも来ると思うが」
伴侶は、オーリンと連絡を取っておくようにとイーアンに言い、イーアンもそうすると答えた。
着席して、方々で、近い席に自由な話が沸き始めた頃。厨房から料理が運ばれてきた。
それは本当に。普段のままの夕食。ブレズと汁物と、焼き釜で焼いた料理、酢漬けの野菜の皿が、長机に並ぶ。とはいえ、ダヴァート隊の騎士も同じ机にいて、広間は全員が集まり、本当に慰労会のようだった。
ポドリックは『挨拶するか』と総長に聞いた。ドルドレンは苦笑いで首を傾げ『帰ってくると言っている』と答えた。
「そうか。じゃ、俺からな」
笑って立ち上がったポドリックは、両手を天井に向け、ぱんぱんと二回打ち合わせた。ポドリックを見た全員の騎士に、大柄な騎士は挨拶をする。
「明日からだ。魔物を追いかけて、俺たちの総長が、仲間を連れて世界へ出る。いつでも俺たちを守り続け、ひたすら戦った男が、今日を境に外国でも立ち向かう。
総長と彼らにメーデ神の加護を祈れ。そして彼らが戻るその日まで、騎士修道会を守ると今新たに誓え!」
ドルドレンは目を瞑って下を向く。泣かない・・・・・俺は泣かない・・・・・泣かないのだ。感動しちゃうけど、泣かない。
一生懸命、自分に言い聞かせる総長の胸中を知らず、騎士たちはポドリックの挨拶に『おうっ』と叫んだ。
「時を新たに集う日まで。聖なる力に導かれた御身の無事を祈る!」
ブラスケッドが続けた言葉を、広間にいる騎士の皆が復唱し、その声は重なって広間に響く。わーっと場が沸いたのを合図に、騎士たちは一斉に夕食を始めた。
イーアンは、伴侶の灰色の瞳が潤んでいるのを見て、微笑んで『良かったですね』と囁いた。ドルドレンも微笑み、うん、と頷く。『泣くかと思った』小さい声で打ち明けるドルドレンに、イーアンはちょっと笑って『感動的でした』と答えた。
この挨拶の後。夕食の席で、昨日の午後から今日に至るまでの出来事や、テイワグナで何があったかの話を、7人は、周囲の騎士に訊かれては答えと続けた。新しく来た子供たちには辛い部分もあるので、それは伏せておいた。
オビとチディの二人は、ギアッチの並びに座り、食事の違いや明日からの説明を受けていた。
イーアンも後ろに座ったショーリに、あれこれ話しかけられながら、ようやく・・・自分が空腹であったことを思い出し、詰め込むように食べる。
ショーリはその様子を見て、自分の肉を分けてあげた。イーアンはお礼を言い、それもばくばくと胃に収める。巨漢の騎士は、この小さな角のある女が、旅路で肉に困らないと良いなと思った。
親方を慕う騎士たちも、知らない間に席を交換して側に座っていて、親方の無事を大真面目に祈り捧げてくれた。戸惑うタンクラッドは丁寧にお礼を伝え、剣に困ったらダビを訊ねるようにと、関係ない話題で取り巻きを誤魔化した。
ミレイオはロゼールを呼んで『盾のことで何かあったら、サンジェイに。サンジェイから私に何かあれば、ギアッチに頼んで、ザッカリアと連絡を取ってもらって』と教えた。
ザッカリアがギアッチと連絡が取れることを知ったロゼールは、情報に感謝して『何かあったら知らせます』と返事をした。
ドルドレンは隊長たちに囲まれて、今後の話をしていた。そして話の合間に必ず『留守中、うちには絶対に入るな』と厳しく何度も約束させた。感動の送り出しのつもりだったのに、クローハルもブラスケッドも目が据わる。ポドリックは可笑しくて、分かった分かったと往なしては、また注意されていた。
夕食の開始は早かったが、こうして誰もが側へ来ては入れ替わり立ち代り、話を続け、夕食の席が終わったのは8時手前だった。
イーアンとドルドレンは、ロゼールやヘイズ、ブローガンに家の鍵を預け、留守の管理をお願いして、お互いの無事を祈った挨拶を交わす。裏庭へ出る出発組を送り出した騎士たちは、口々に無事を祈ってくれた。
出発する7人も皆に無事を祈り、次に会う時を楽しみにしてくれと笑い、馬車へ戻った。
荷馬車の後ろに7人は集まり、ランタンを灯して中へ入る。狭い空間でも、居場所はこの前決まったそこに落ち着き、7人は改めてお互いを労い、明日からの旅の開始を話し合う。
話したいことが、思い出すとどんどん口に上るが、時間が足りない。『睡眠を取らねば。明日以降、旅路で話し合おう』ドルドレンは、今夜は休むのが先決と伝えてから、行き先だけ設定した。
「テイワグナだ。とにかく、一番近い場所から入る。機構の紹介も、しておいて損はないだろう。セダンカも少し気にしていたから、行けそうであれば時間を作って、テイワグナの警護団本部を訪ねたい」
「それは各国、行ったらそうってこと?」
「そうだ。行き先の国で騎士制度がない場合は、それに代わる場へ向かうつもりだ。と言っても・・・騎士制度はあるのか?他の国」
「アイエラダハッドはあるだろう。昔はあった。似たような位置づけは隊商軍じゃないか。貿易産業の傍らで出来た制度だったような」
ミレイオの質問に続き、タンクラッドも情報を添える。アイエラダハッドは、商人頭が始めた護衛の商売が、国に移って・・・とした話。
「随分前の話だからな。最近はどうか知らんが。まぁ、そのうち行けば分かる」
「ヨライデも何かあったわよ。でもあれは・・・国軍だと思うけど。だとしたら、頼れないわよね。ヨライデ王がやばいヤツなんでしょ?」
親方とミレイオは、昔の情報をとりあえず教えておく。とは言え。行き先は、ヨライデでもアイエラダハッドでもない。とにかく、明日から向かうテイワグナ共和国では、警護団を回っておこうということで、今日のところは終了。
「よし。では解散。積もる話は道中だ。これからずっと、嫌でも何でも一緒だ!志を常に保て。宜しく頼むぞ」
ドルドレンの挨拶で、部下は『おう』の声で応え、職人は『そうね』『宜しくな』と普通。イーアンも『宜しくお願いします』の返事。そして、各々の寝場所へ戻り、長い長い出発前日は、就寝の時間を迎えた。
ドルドレンはイーアンと一緒。彼らを出してから、扉を閉めて、外で『変なことするなよ』と叫ぶ親方を無視し、ドルドレンはいそいそと2階に上がる。イーアンも上がって、改めて思う。『結構広く感じますよ』ねぇ?と伴侶に振り向くと、伴侶は脱いでいた。
「脱ぎませんよ」
「え。何で」
「だって。いつ誰が助けを求めるか分からないでしょう。ご用もあるでしょうし」
「今夜はないよ。ないと思う。多分ない」
冷めた目で見られ、きちんと断られたドルドレンは、今日くらいは良いんじゃないのかと交渉。イーアンは『他の人たちは一人で眠るのに、やらしいこと率先なんて出来ませんでしょう』と伴侶を窘めた。
「寝ますよ」
イーアンは、裸の伴侶に早く寝ろとばかり、布団を捲って横を叩く。寂しいドルドレンは仕方なし、近いうちに期待して、イーアンの横に入って布団をかけてもらった。そして、旅に出たらどれくらい出来ないんだろうの不安に一瞬悩んだものの、猛烈な睡魔に襲われて、呆気なく眠りに就いた。
出発前の夜。それぞれ思うことは募るものの。出だしが突拍子もない出来事だったので、思いを続けることもなく、誰もがあっという間に、柔らかな眠りに引き込まれて行った。
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