746. ベデレの神殿
ドルドレンたちが全員龍に乗り、ヘロヘロミレイオも『誰か乗せて』と頼んでフォラヴに乗せてもらい、8人はザッカリアのいた神殿へ飛ぶ。
神殿は、先ほどの浜辺からやや離れていて、上から見ると岬の突端にあると分かった。だが、分かった所で、龍が下降し始める。
「どうした。なにかあるのか」
何事かとドルドレンがショレイヤに訊くが、6頭の龍は神殿よりも手前で下降する。驚いた皆が自分の龍に話しかけるが、龍は下がるのを止めない。
『何だ。一体、何が起こったんだ』シャンガマックは龍の首をさすって異変を知ろうとする。ザッカリアもどうしてなのかと龍に訊ね『変なの。危ないの』と神殿に何かあるのか、それが理由かと言ってみるが、龍は振り向かずに下がる一方。
とうとう、神殿よりも手前1㎞ほどで、6頭の龍は降りてしまった。そして動かない。
「どうしたのだ。この先には近づけないのか」
ドルドレンは背中を降りて、ショレイヤの前に急いで回り、その顔を両手で挟んで急な事態を尋ねるが、藍色の龍は目を閉じてだんまり。
イーアンを背中から下ろし、草地に寝かせると、突然ショレイヤは浮かび上がって、空へ戻ってしまった。
「あ!待て。どうしてだ。ショレイヤ、ショレイヤ!」
慌てる総長と帰る龍の姿に目を丸くした全員は、降りかけた足を戻し、自分の龍も帰ってしまうのかと焦る。
すると藍色の龍と入れ違いで、空が白く光り、光はぐんぐん近付いて、あっという間に光の玉が降り立った。
「タムズ」
ドルドレンは、現れたタムズとミンティンに驚く。微笑むタムズはゆっくり近付いて、まずはドルドレンの顔に触れて『こんなに疲れて』と頬を撫でた。嬉しいドルドレン。ちょっと涙ぐむ。
「タムズ。呼びたかったのだ。でもサブパメントゥに手伝ってもらっていて」
「知っているよ。君の声が届いた。私も手伝いたかったが、コルステインたちのいる場へは動けない。ドルドレンが可哀相で仕方なかった。君は充分、戦った。充分、強い」
タムズの優しい言葉に、うるうるするドルドレンは、両腕を伸ばしてよよよっと彼に抱きつく。総長がベタ惚れしている様子を、部下3名と職人たちは無言で見守る。
笑みを深める男龍は、抱きついたドルドレンの背中と頭を撫でて『よく頑張ったね』と誉めてあげた。ドルドレン感無量。ぴっとり抱きついて目を閉じ、お礼を囁くのみ。やっと幸せ。やっと安心。やっとほんわか(←愛妻は草地に倒れてる)。
ドルドレンを労い、落ち着かせてから、タムズは仲間の騎士と職人に顔を向けた(※ドルドレンは貼り付いているまま)。
「龍を帰しなさい。彼らは疲れている。オーリン。ガルホブラフもだ。それとイーアンも一度連れて行く。グィードがいたとは言え、穏やかに使えるわけでもない状態で、よく翼と爪を出し続けたものだ。
さすがと言って良いか分からないが、中間の地では回復に時間がかかる。イヌァエル・テレンに戻す」
ハッとしたドルドレンは顔を上げて『イーアンはまた何日も戻らないのか』と訊ねる。タムズは金色の瞳を向け、首を振った。
「以前と状況が異なるから、何日も必要ないと思うが。しかし、ここにいたら何日も眠るだろうね。私が彼女を連れてミンティンと戻ったら、もう一度来てあげよう。君たちはハイザンジェルに戻るだろう?」
「そうよ。馬車を持ってこないと。テイワグナに。テイワグナから、どこへ向かえば良いのかまでは、ちょっと分からないけど」
ミレイオの声にそちらを向いたタムズは微笑む。『君もよく頑張ったね』低い優しい声で労うと、ミレイオはちょびっと赤くなって『有難う。でも当然のことだから』と控え目に答えた。
「行き先について悩むのは、後でにしなさい。今は君たちも疲れている。何か用がある様子だが、その用が済んだら、ミンティンを呼ぶと良い。私もミンティンと一緒に来て、君たちを運ぶ」
タムズ龍に乗れる・・・・・
それに気づいた全員は、ミンティンよりも、タムズに乗りたかった。全員が、期待を籠めた視線をタムズに送ったので、ミンティンはちょっと不機嫌になる(※理解する龍)。
タムズはニコリと笑って『では後でね。龍も連れて行くよ』と頷き、彼らを龍から降ろすと、次々に飛び立つ龍の合間を縫って、倒れるイーアンに近寄り、その体を抱えると自身も白く光を放って飛んで行った。
ガルホブラフは、飛び立つ前にオーリンを見る。オーリンもその目を見つめて『一緒に行こうか』と言うと、ガルホブラフは何となく頷き、友達を背中に乗せた。
「悪いな。ガルホブラフが俺と一緒に行くって。俺は一度空へ上がるよ」
後でな、とオーリンが皆に声をかけると、ガルホブラフはさっさと空へ上がり、帰る仲間の後を追った。
最後に残ったミンティンは、じろっと全員を見てから、くるっと顔を背け、ぴゅーっと空へ戻った(※ふんって感じ)。
「龍も疲れていたとは。総長の龍、あっという間に戻ってしまいましたね」
「シャンガマックの龍は、そう言えば時々、目を閉じていたな」
「私の龍も、一緒に休んでいる時に何度か落ち着かなくなりました」
「俺の龍。空をよく見ていた。疲れていたんだね」
総長と部下たちが話している間。タンクラッドとミレイオは思い出していた。イヌァエル・テレンで、龍の島に彼らが眠っていた様子。今回、相当に龍気が失われていたのかもしれないことに気が付く。
ミレイオは、自分たちサブパメントゥと同じように、龍やイーアンは彼らの領域に戻らないと、地上では疲労するだけ・・・と、よく理解した。そして自分も。
「私。ちょっと・・・一旦、休む。すぐ戻るから」
え?タンクラッドが振り向いた時、ミレイオの足元が黒く削れ、目を閉じたミレイオは、足元から地面に呑まれる様に消えて行った。全員がその光景を見て固まる。『ミレイオ』名前を呟いても、その相手はもういない。地面も消える前と何も変わらない。
「今の。ミレイオは・・・地下へ?」
目を丸くしたシャンガマック。初めて見た、ミレイオの消え方に皆が黙った。『多分。そうなんだろう』親方もゆっくり頷いて、褐色の騎士に答える。
「ミレイオは、いつもは自分の力を使うのを嫌うんだ。そんなことを言っていられない状況だったから、戦う時は使いっ放しで動いていた。イーアンや龍と同じように、かなり疲れたんだろう」
それから親方は、空色の瞳の男を見た。彼は困ったように微笑み返す。『あなたは私も心配されていますね』ちょっと頷いて、否定しないフォラヴ。
ドルドレンは妖精の騎士を見て、お前はどう休むのかと訊ねた。フォラヴは少し黙ってから、周囲を見渡し『ここでも』と答える。
「神殿へご一緒したいと思いました。しかし、龍もイーアンもミレイオも。早い回復を目的に今、休憩するなら。私もここでお待ちした方が良いかも知れません。私は木々があれば、回復します」
ザッカリアは?とドルドレンが振り向くが、彼は『俺は大丈夫』とすぐに返事をした。『俺。普通に戦っていたから、大丈夫』そう言い切る。神殿に急ぎたい方が先で、休むなんてザッカリアはしたくなかった。
ドルドレンとシャンガマック、ザッカリアとタンクラッドの4人で、神殿へ向かうことにし、何かあったら連絡球を使うようにと言われたフォラヴは了解して、大きな木々のある場所で待つことになった。
「神殿へは14~15分だろう。中を調べて戻っても1時間程度だ。それ以上かかりそうなら、俺から連絡をする」
ドルドレンは妖精の騎士に伝え、彼を残して他の3人と一緒に岬へ向かった。4人を見送るフォラヴは、大きな木の幹に寄りかかり、『少し眠りますよ』と囁いた。木の幹はゆっくり開き始め、妖精の騎士を少しずつ中に引き入れて、最後にすっぽりと包み込むと、キラキラと小さな光を撥ねて元の状態に戻った。
神殿へ向かう道のり。ドルドレンたちは、馬車の通った轍が続く、黄土色の土を踏みながら進む。濃霧で包まれていたテイワグナ海岸沿いは、木々も草葉も土も石も露を付け、しっとりと水を含む。
ドルドレンの横を歩くザッカリアは、疲れているからか歩調が安定せず、少し進んでは遅くなるのを繰り返していた。
親方がそれを気にかけ、ザッカリアの側へ行き『おぶってやろうか』と言うと、ザッカリアは首を勢い良く振って『自分で歩けるから』と抵抗した。
大人3人。フフフと笑いながら、それならそれでとザッカリアに合わせて少しゆっくり歩く。
両側に森があり、平たく広く取られた道の先にある神殿。見えている分、遠さは感じないが、歩けばそれなりに時間も掛かった。
会話も少なく、疲労を癒す間もなく歩いた4人は、ようやく重い足取りで神殿の前まで来た。
そこは風変わりな神殿で、大きな箱型の印象。四角く窓穴の開いた壁がぐるりと囲っており、森の道側には出入り口は一つもなく、海に面した方に、入り口へ続く階段と柱が数本並んでいた。
ザッカリアは躊躇う様子もなく、幅の広い階段を上がり、地表よりも1mほど高い神殿の中へ入る。ドルドレンたちも顔を見合わせたものの、付いて行くのが自然だから・・・と、後に続いた。
階段を上がった神殿は柱の奥に壁があり、柱と壁までの間が屋根のあるホールの状態。壁にぽかりと空いた長方形の入り口をくぐると、薄暗い中にザッカリアの姿が見えた。彼は更に奥へ進もうとしている所で、タンクラッドが指を鳴らして振り向かせた。
「ザッカリア。一緒に。一人で行くな」
もう魔物がいるかもしれないと教えると、子供はすぐに戻ってきて、タンクラッドの手を握った。『急ぐの。誰かいるんだよ』レモン色の瞳が不安そうに震える。親方は頷いて、彼の手を掴んだまま『俺から離れるな』と言うと、一緒に奥へ進んだ。
ドルドレンとシャンガマックも剣を抜いて、後ろを歩く。人がいるのか誰がいるのか。危険な気配はないようなと、二人の騎士は目を見合わせ、小さく首を傾げた。
神殿は全体が切り出した石で造られていて、広い廊下を挟んで両脇に伸びる細い廊下から、各室へ入るように見える。細い廊下沿いの壁には部屋に入るための入り口があり、どれも扉はなかった。
外観はそれほど大きく見えなかった神殿だが、中は物がないためか広々として、ザッカリアが進む廊下の先に、下へ降りる階段が出てきた。彼が言うには、この下へ行ったその先に、皆で隠れた場所があると言う。
「お前。そこに隠れていたのか」
「そう。でも覚えているんじゃなくて。この前も今日も、見たから思い出したんだよ」
何とも可哀相になる親方。3~4才の小さな子供だった頃の恐怖。怖くて思い出せなくなったことを、彼はもう一度見たのかと思うと、ザッカリアと繋いだ手をしっかり握り直して『今は俺がいる。総長もバニザットもいる』そう、しっかりと教えた。
「タンクラッドおじさん。もし俺と同じような子がいたら、助けてあげて」
「当たり前だろう」
約束しながら、親方とザッカリアは階段を下り、暗い階段が二度に分けて曲がった先へ着いた。そこは一層暗がりの地下で、光がほとんど無いように思えた。僅かな明り取りの小窓は、恐らく地表に少し掛かる天井部分なのだ。
ザッカリアに導かれて、親方と騎士2人は歩く。自分たちの足音が反響し、これだけでも誰かがいたら知られていると、それは少し不利に思えた。
突然、歩く足を止めたザッカリアは、タンクラッドを引っ張って後ろに寄せた。何かと思えば。
目の前に、少年が刃物を両手で握り締めている姿を見た。暗過ぎて分からなかったのか。疲れているからか、そこに人がいるなんて気づかなかった親方は、驚いて『いつ現れた』と少年に訊ねた。
ドルドレンとシャンガマックも一瞬構えそうになったものの、子供と分かって、手にしていた剣を戻す。
「来るな。誰も入れない」
「お前だけなのか?なぜこんな場所に」
痩せた少年の手が震えて、大きな男の質問にどうして良いのか戸惑っている。ザッカリアはじっと彼を見つめて、眉を寄せた。『あの時と同じだ。俺たちを守ろうとしてくれた、大きいお兄ちゃんと同じ』と呟いた。
その声に、緊張して横まで気を配っていなかった少年は、ハッとしてザッカリアを見た。『誰。あの時って』何かを感じ取ったように彼は、ザッカリアに聞き返す。少年から見た来訪者は、向かい合う姿が影になり、顔がよく見えない。
対してザッカリアたちは、向かい合った少年の姿が、少しずつ慣れてきた目で確認出来ていた。丈が長く、袖の短い粗布の上着に、簡素な靴を履き、深い茶色の肌を持つ、明るい瞳の少年。
親方も、ドルドレンもシャンガマックも。ザッカリアがもう一人いるような状況に、胸を痛めた。彼もまた、異能を理由に連れて来られた子供なのだろうと分かった。
ザッカリアは、影となった暗さから、相手をはっきり知ろうと見つめる少年に静かに話す。
「俺ね。ザッカリア。子供の時にここにいたの。あの時も地震で俺たちは怖かった。この奥の部屋に集まって大人を待っていた。でも来たのは、神殿の大人じゃなくて、俺たちを連れて行く変な男だった。
俺たちは捕まって、ばらばらに連れて行かれちゃった。今、俺は助けに来たんだよ。また地震があったから、ここが心配だった」
「ザッカリア?そんな名前の子の話は知らない」
「ここの名前じゃないもの。俺は今、ハイザンジェルの騎士修道会のザッカリアだ」
「ハイザンジェルの騎士修道会・・・ 証拠なんかあるの?大人たちはここで待てって。7年前の地震の時、人攫いが。あ、人攫い。ザッカリアは人攫いに連れて行かれて」
話を反芻して、落ち着きを取り戻し始めた少年は、両手に握った刃物を少し下ろした。そして真向かいにいる4人を見つめ『そんな。あの津波と戦ったの?』と。信じられないような表情で呟く。
親方も後ろの騎士2人も、驚いてお互いの顔を見合わせた。この少年は、自分たちを通して何かを見たのだと分かった。ザッカリアは驚かずに頷いて『そう。津波はもう終わったよ』と彼に答えた。
「見えたの。見えるんだね。俺も見える。だからここにいた・・・それで連れて行かれたんだ。もう、誰もあんな怖い目に遭わせたくないから、助けに来たかった」
大きなレモン色の瞳に涙が浮かぶ。少年はその言葉に、躊躇いがちに刃物を床に置いてから、一歩前に出た。
少年は、自分より少し低いくらいの背のザッカリアをじーっと見て、ゆっくり手を伸ばす。その手は顔に触れ、静かに立ったまま、自分を見つめるザッカリアの頬をなぞった。そしてごくっと唾を飲む音がした。
「オルフェミ。シゾヴァだよ、分かるか。オルフェミ、僕はお前のお兄さんだ。思い出せる?」
震える声でそう言うと、少年はザッカリアの頬をなぞった指を止め、目を閉じた。閉じた目から涙が落ちる。大きく息を吸って『神様が引き合わせて下さった』と呟いた。
ザッカリアは口が開く。『俺の名前。俺の。名前だ。オルフェミ。・・・シゾヴァ。お兄ちゃん』ザッカリアの声が暗い廊下に木霊する。二人は互いの目を見つめ、溢れる涙を流しながら笑った。そしてどちらからともなく、腕を伸ばしてお互いの体を抱き合った。
親方。びっくり。この二人が兄弟だったとは。ゆっくり後ろを振り向くと、総長もバニザットも目を丸くして、同じように驚いて固まっていた。
お読み頂き有難うございます。




