744. テイワグナ大津波戦 ~仲間の意識
コルステインとその家族は気が付いた。グィードが動いたことを。
同じ海にいる。この先に、自分たちが対面する大津波の向こうに、あの大きな龍はいる。海を動いていたのはもっと前に気が付いたが、止まらないので場所が分からなかった。しかし今は分かる。
『グィード。波。飲む』
波の勢いが変わったと感じたコルステインは、家族に語りかける。マースが答え『戻る。水が戻る。もっと戻る』と続けた。
『龍。龍が来る。まだだけど。龍が二つ。グィードの前に』
女の体のリリューが、龍2頭は自分の範囲にいると教える。コルステインは、それがイーアンだと分かり『イーアン。グィード。起こす。した。来る。イーアン』家族に、グィードを呼び覚ました女龍であることを伝えた。
獣の四肢を持つ、ゴールスメィが『水が下がる。グィードが戻す。女龍の声を聞いたグィード』そう呟く。コルステインもそう思う。ドルドレンにも教えてあげたかった。
5人の前には依然として、津波の壁はあるのだが、勢いは少しずつ弱まり、延々と涌いて出ていた魔物も、奥の方のものは、後方に連れて行かれているようだった。
手前の魔物は相変わらず、焼かれ弾かれては消え、消えると後ろの魔物が出て、それを繰り返していた。
その数など、このサブパメントゥの5人は気にもしないので、数えるはずもなかったが、彼らが守り始めた頃から現時点まで、9時間ほどとしても、消えた魔物は無数。それは陸も同じだった。
「総長。もう、ちょっと。きついです」
シャンガマックが上から弱音を言う。声が笑っているが、そんなことを言う彼は珍しい。本当に疲労が激しいのかと思う。ドルドレンもきつくなってきたが、疲れ過ぎるとなぜか麻痺することがあり、疲れているのに無意識に動き続ける自分がいた。とはいえ、部下は部下なので、どうにかしなければと悩んだ。
思うのはタムズ。
こんな時、彼に頼れたら。タムズなら助けてくれる。でもそれは出来なかった。コルステインたちがいるのに、イーアンが風を起こしただけで嫌がった彼らに、男龍を呼ぶなんて出来るわけなかった。
「タムズ。人間は何て無力なのだろう。俺はあなたの、欠片にさえ届かない」
マスクの中で呟きながら、ドルドレンは悲しい気持ちを押さえ込み、部下の分まで戦えないかと考える。
下のフォラヴも、緑色の光が少しずつ弱くなっている。あれの意味は、彼の精神力ではなかったか。フォラヴの状態も心配でならない。
部下たちを休ませて、一人でこの濃霧の夜にどこまで出来るのか。光も頼れず、全ては勘で斬り続ける時間。ザッカリアは、龍の背中に乗せて眠らせている。浮かばせていれば、魔物にやられることはない。
ドルドレンは決めた。
シャンガマックとフォラヴに、龍で上がれと言い付け『高い場所で休め』と命じた。二人の部下は驚いたような反応をしたが、すぐに従い『少し休みます』とそれぞれ答えて動いた。
「よし。ショレイヤ。ここから先は、俺とお前の二人だけだ。この道の先も内陸も。魔物は別の場所から移動し、もはやテイワグナは手遅れかも知れん。だが、預かったこの場所だけは、イーアンたちが戻るまで守るぞ」
ショレイヤも心得る。龍気を増やせないと言われているため、本領発揮できないショレイヤたち、龍。
それでもドルドレンの自由に付き合おうと、ドルドレンの意思を敏感に組めるように、感覚を研ぎ澄ます。
ドルドレンの気迫が背中で増した時、ショレイヤは、浜の波打ち際から丘の上の道まで、猛烈な速度で飛んだ。その動きが霧をかき乱すとしても、魔物を留めることが先だとショレイヤは判断した。
駆け抜ける龍の背から剣を振るい、ドルドレンは夜闇の濃霧の中を一人、蠢き止まない魔物を相手に切り刻み続けた。
*****
「行きたい」
呟くファドゥ。悲しそうな顔を両手で覆いながら、イーアンの手伝いに行ければと繰り返す。
イヌァエル・テレンでも、オリチェルザムが動いたのは感じ取られていた。その様子をずっと確認していたが、ビルガメスは若手を止めるのみ。
「ファドゥ。だからな。お前が行けば、コルステインたちが動けないぞ。お前だけじゃないけど」
ビルガメスは赤ちゃんをあやしながら、行くわけにいかない理由を言い続ける。この日。ずっと、これの繰り返しだった。
「私は?中間の地で力の加減は出来る・・・さっきも言ったけれど。ドルドレンが私を呼んでいる。彼が苦しんでいるよ」
「タムズ。ドルドレンの声が届いたか。お前はドルドレンに甘いから(※自分もイーアンに甘いのは置いておく)。
しかし、お前は分かりそうなもんだ。コルステインは一人じゃないし、家族と一緒に津波を留めている。そこに俺たちの一人でも行ってみろ。問題が魔物以外に移るぞ。
・・・・・イーアンが辿り着いて、既にグィードが動いた。もう時間の問題だと思えないのか」
落ち着かないタムズに、赤ちゃんを抱っこしたビルガメスは言い聞かせる。ビルガメスだって、赤ちゃんを預けて降りられたらと、そんな気持ちにはなったが、今はまだその場面ではない。
グィードが登場するのも早いが、これもまた今回の流れなのだろう。そうであれば、ここはグィードだ。自分たちが降りる場面ではない。
「あの津波。コルステインたちなら、破壊出来そうなもんだな。何でやらないんだ」
ニヌルタは、暫く疑問だったことをビルガメスに訊いた。おじいちゃんは眉を寄せて『お前までそんなことを』と、ぼやく。ニヌルタはハハッと笑って『俺ならそうするけどな』と言う。ビルガメスは溜め息と一緒に、教えた。
「あのなぁ。壊せば良いというものでもない。海は人間の糧だ。壊して減ったり、状態が変われば、糧がどうなるやも知れん。彼らは奪いながら生きるんだから、海の糧が減れば後が困る」
「それで留めてるのか?あいつらがそんなに、知恵が回るとは思えないけどな」
「誰かが教えたんだよ。精霊が言えば、コルステインは守る。精霊が上手い言い方をしたんだろう」
シムの横槍に、おじいちゃんは面倒そうに答える。
行けば釣り合いが崩れるのだ。
龍に地下の力は効かないが、自分たちが撥ね返した彼らの力の届く先は、間違いなく中間の地に被害を齎す。それは不要な行為だ。
手伝いに行きたそうな、ノリの良いニヌルタやシムを押さえ、情で動こうとするタムズとファドゥに言い聞かせる長い時間。ルガルバンダだけが、意外にも静かで、ビルガメスは助かった。
ルガルバンダも、手伝いに行こうとは思ったが。グィードが出てきたらもう、何もすることはないと、それは知っていた。
過去もそうだった。あの龍が動けば、大海に関する問題は大体片付く。
水からは出られないが、能力も高く、唯一サブパメントゥと共存できる空の者として、任せるのみだった。
「可哀相なドルドレン。自分を無力だと言っている。私は彼の悲しみを知っていて、止めることもせずに苦しませて」
タムズは気の毒そうに、自分に届いた彼の声に同情した。何か手助けしてやりたかったが、自分たちの性質上、時が揃わなければ身動き取れないこともあると、自分に言うより他ない。
横でファドゥもハラハラしている。『イーアンが龍に変われたら良いのに。それも出来ないとは』せめて自分が代わりにと、言い続ける銀色の男龍に、ビルガメスは何度も何度も、同じことを言い聞かせるしかなかった。
グィードが解決するまでは、自分はここで彼らを止める役目だなと理解して。
*****
陸で龍が一頭、素早く動き続けていることを気にした、コルステインの家族の一人・マース。『龍。霧を消す。止めるか』気に障って仕方ない様子でコルステインに伝える。
『ダメ。ドルドレン。一人。ドルドレン。龍。一緒。戦う。止める。ダメ』
自分が手伝いに行きたいコルステインだが、波の勢いが手に取るように減り続けていることに、この場を動かないことを選んでいた。波の高さが少しずつ、低くなっているのも確か。
『コルステイン。龍。イーアンじゃない。誰。来る』
別の龍が来ていると、リリューが教える。コルステインはミレイオともう一人の龍かと思い、サブパメントゥの仲間だと答えると、リリューはすぐに『サブパメントゥ。いる。仲間か』と了解した。
コルステインは理解した。ミレイオともう一人。それと、イーアンとタンクラッドが違う方向から戻っている。また別の動きが始まるのかと、それだけ分かれば、今は自分たちがこのまま波を留めるのが良い。
波は僅かな時間で、続いていた勢いを失い、炎の壁よりも低くなっていた。
一方、ドルドレン。ショレイヤと二人で戦い続けて、何が何だか分からない状態に追い込まれていた。
夜戦は厳しい。目が使えないことに疲れが増える。勘を頼りに剣を振るうが、目をたまに開ければ真っ暗だし、霧の中で鎧も自分もびっしょりだしで、体が重い。
ふとすれば、グラグラしてくる頭を振って、気を持ち直してはひたすら剣を振った。何も考えずに戦う今。この前の、イオライを思い出す。あの時はもっと辛かったのだ。仲間が見える場所で倒れるのを防ごうとした。
「それに比べれば。俺はここでは一番弱くて、守られているではないか」
ドルドレンは、ぐっと歯を噛みしめ、自分に出来る範囲があるんだと、自分に言う。自分よりもずっと強い誰かたちが、自分の代わりに、その力を使う相手と戦ってくれている。
「そう。俺は、俺の力の限界で戦うのだ。持ち場がある」
そう言って、さっと顔を上げた時、何かが目の前を掠めた。驚いて掠めたものの来た方を振り向くと、次の何かが飛び、ドルドレンの真横をすり抜けて魔物を連発で倒した。
「疲れただろう。総長。ちょっと遅かった?」
ドルドレンの耳に、一瞬で安堵する声が。『オーリン』疲れた笑顔で呟いた、その名前の主は、ハハハと笑って、暗い霧の中を白い龍気に包まれて爽快にすり抜ける。
明るい龍の民の声が霧に響き、ドルドレンは、助かったと本当に感謝した。続いて聞こえた声にも、ホッとする。
「大丈夫~?」
間延びしたオカマの声が、これほど愛しく聞こえるとは。ドルドレンは嬉しくて、涙が出そうだった。
『あんた、下がってな』ミレイオが横を抜けた時、姿は見えないものの、青く浮かぶ不思議な模様がその体を包み、発光する二つの白い目が、闇を揺らす。ドルドレンの側にいたであろう魔物が、潰れて弾ける音が連続した。
「休んでらっしゃい。もうじき、全部が片付くわよ。イーアンたちはグィードと一緒だから」
ミレイオは、自分とオーリンが代わると言って、ドルドレンとショレイヤを休ませる。疲れ切ったドルドレンはお礼を言って、ショレイヤと一緒にふらふらと上に浮上し、ぐったりその背中に貼り付いた。疲れ切ったが、仲間の心強さに、心底ホッとして嬉しく感じていた。
「やっとだな」
濃霧の中を飛ぶタンクラッドとイーアンも、ようやく津波の上を、かなりの高度で越える。コルステインたちの炎の壁より、波が低いのが見て分かるほど。
「龍気をもっと下げましょう。ここから浜はすぐです」
濃霧に入ってから減速して龍気を控えていたが、津波の近くに来て更に下げていた、イーアンとバーハラー。もっと下げて、通常の速度で炎の壁を越え、下方に龍の気配のする浜辺らしき場所へ降下した。
「もう。見えていませんから、龍気頼みです。龍がいるところを頼って近づくしか出来ません」
「そうだな。暗い上に霧だからな。目がやられそうだ」
降下して、オーリンとミレイオに気が付いた二人。合流してお互いの無事を一先ず喜ぶ。『ドルドレンたちは』イーアンが訊くと、丘の上の空中で休ませているとミレイオが教えてくれた。
イーアンはすぐに、ドルドレンたちの龍の休む方へ飛ぶ。濃霧の中でもショレイヤを発見し、『ドルドレン』と名前を呼ぶと『イーアン?』と返る。
「イーアン。イーアン!やっと帰って来たか。君が来るとどれほど勇気付けられるか」
腕を伸ばして抱きつこうとする伴侶に、イーアンも笑って近寄り、ぎゅっと抱き合う。『よくご無事で。お疲れですね。本当にお疲れだと思います。有難うございました』もっと早く戻れたら、と言いかけて、マスクを上げたドルドレンがちゅーっとキスをする。
「良いのだ。無事に会えて、それが一番だ。もうここにいる。これだけで元気が出る。ザッカリアたちも頑張ってくれたのだ。彼らも側で休んでいるが、きっと眠っているかも知れない。後で労ってやってくれ」
イーアンの顔を両手で挟んで、ドルドレンは間近で、その顔を見つめて微笑む。イーアンも微笑むが、伴侶の疲労した顔がどれほど大変だったのかを物語るので、留守を後悔するくらいだった。
そして、何があったのかを手短に伝える。『どうにかグィードに辿り着き、今、あの仔が津波を吸い込んでいます』時間で言えば、とイーアンも疲れた頭で考える。
「そうね。グィードと分かれて、1時間半かそこらだと思いますから。先ほど津波の上を通りましたが、グィードが動き始めて1時間半として。津波がコルステインたちの炎よりも下にありました。見て分かるくらいに、下です。夜明けまでには消えるかもしれません」
今何時かしら、とイーアンは呟くが、ドルドレンはそれが聞けただけで充分だった。
「そうなのか!コルステインにも教えてあげねば。彼らはずっと、ああして。力の加減もあるのだろう。海を消すと言い始めた時は焦ったが、それをしないように伝えたら、ちゃんと守ってくれて」
「有難いばかりです。それと続きがあります。グィードは波もその中の魔物も吸いこんで無に帰すと言いました。海底の赤い目は、コルステインに焼かせなさい、とも。これを伝えないと」
ドルドレンは了解し、コルステインを頭の中で呼んだ。来るかな~と思いながら、コルステインに何度か呼びかけると、少しして『ドルドレン。何』と聞こえた。
『龍。近い。ダメ。何。呼ぶ』
『コルステインに伝えることがあるのだ。イーアンが戻った。グィードが波を吸い込み、魔物も吸いこんでいる。波が引き、海底に魔物の王の目が見えたら、海底を焼き払ってほしいのだ。それで終わる』
『分かった。水。もう。減る。沢山。減る。する。見る?』
見て確かめるかとコルステインに言われ、ドルドレンは疲れた体を奮い起こし、頷いた。イーアンに送り出されてドルドレンは、ショレイヤに2度目の別れを告げ、飛び下りる。
飛び下りるとすぐにコルステインの背中に着いたが。『あれ。鳥なのだ』人の姿ではなく、大きな黒い羽毛の体。『コルステインは鳥にもなるのか。大きい立派な鳥なのだ』ナデナデすると、コルステインは嬉しそうに一鳴きし、炎の壁に飛んだ。
コルステインと伴侶が確認に行ったので、イーアンはオーリンたちのいる場所へ移動した。彼らには親方が先に話してくれたようで、『後はグィード』で落ち着く。
「では。私がこの場を引き受けます。波が引き、コルステインたちが最後の仕事をするまで。私はここで魔物を倒します」
イーアンはそう言うと、両腕に爪を伸ばし浜辺に降りた。『俺は上に行くか』オーリンも近くを受け持つと言い、ミレイオは道の上を、親方は時の剣が刻んで問題ない範囲まで移動して、そこで魔物を退治する。
銘々が夜明けまでの2時間強。焼け石に水と知っていても、一頭でも多く、片付けようと決めた。
ドルドレンが間もなくして戻り、ミレイオに状況を伝える。ミレイオは了解して『あんたはとにかく休んで良いわよ』と上を指差した。ドルドレンはコルステインに、ショレイヤの上に落としてもらい、龍の背中に移って、暫しの仮眠を取った。




