743. テイワグナ大津波戦 ~グィードの方法と二つの宝
白い光の玉となって飛ぶ、イーアンとタンクラッドの前に、巨大な影が見えていた。
それは波頭一つ立てず、不思議なくらいに不自然に、海面に首と背中の鰭だけを出して進んでいる姿。海の中を移動しているはずなのに、夜の海に浮かぶグィードの黒い影は、波紋の一つも動かさない。
どうなっているのだろうと思うのは、二人とも同じ。どうしても、実体ではないようにも思えないし、しかし実体なら、なぜ海に影響していないのかも理解が難しかった。
飛びながらの疑問は尽きない。霧の端の方を横目に、海岸からどれほどの距離があるかとイーアンは思った。
霧はテイワグナの沿岸を覆い、立ち上がる津波のずっと後ろに自分たちは来ていて、津波の背中を見ている状態。おかしな壁が長く左右に張り巡らされたような、尋常ではない津波の大きさに、改めて恐怖を持つ。
それに、蜃気楼でも出ているのか。うんと離れていると津波の背中までの間に、部分的だが大きな半円が見える気がした。虹のような形の半円は揺れ、水が中を通っているような。これも海の不思議か、目の錯覚なのかと、イーアンは思った。
前を進むグィードに意識を戻す。こんなに離れた場所から、グィードに何か思いつく方法があるのか。津波を止め、魔物を倒すつもりなのだろうが、グィードにしか出来ない方法だろうか・・・・・
黒い大きな大きな龍が、滑るように波間を移動する後を付く、イーアンとタンクラッドは、とにかくこのグィードに頼るしかない。
アオファの時もそうだった。イオライでアオファが出てきてくれて、あの谷の中の魔物を終わらせてくれたのだ。あれ以降、アオファは溶岩を吐き出すような戦いに出たことはないが、ここぞという時しか、彼らを動かせないとも理解したのを、今、思い出す。グィードもそうだろう。
考えていると、ふと、グィードの進行方向に、薄っすらと陸地が見えることに気が付いた二人。目を凝らして見える夜ではないが、それはどこの大陸の端なのか、長く先へ伸びていると分かった。
「あれは。グィードはあの場所を目指して」
津波を振り返れば、もうずっとずっと向こう。小さくさえ見える位置までに離れた。ここはどこなのか。
その時、頭の中に声が響く。
『イーアン。時の剣を持つ男よ。私が支えよう。私が潜るとすぐに飛び出すものがある。それを時の剣で切りなさい。イーアンは落ちてくるものを受け取りなさい』
ハッとしてイーアンはタンクラッドを振り返る。タンクラッドもイーアンを見た。二人の頭に響いたと知って、急いでグィードに『分かった』と返事を戻す。黒い龍の頭が沈み、続いて背鰭も順々に海の中に沈んだ。
「イーアン。始まるぞ。どこだか知らんが、向かいにある陸地から、そう離れていない。この場所に何かあるんだ」
「位置だけ覚えておきましょう。後で地図で確認」
イーアンが言いかけて、それは遮られた。体の奥を揺さぶる振動を二人は受け、ビックリしている暇もなく、陸地と自分たちのいる場所の中間辺りの海面に、突如立ち上がる水柱が出た。
水柱は天を突くかと思うほどに及び、イーアンは、上の方に何かいるとタンクラッドに急いで伝える。
タンクラッドは剣を抜き払い、バーハラーに『倒すぞ』の一声をかけると共に、急上昇して水柱に突っ込んだ。イーアンもすぐに後を追い、タンクラッドの補佐に付く。
直径20mはありそうな、水柱に突っ込んだ、親方とバーハラー。イーアンがハラハラしながら、水柱の外を飛んで待っていると、水柱の中で何かが鋭く黄金色に光った。
時の剣の刃が振るわれた光と、すぐに気づいたイーアン。光が上下に、すぱんと水柱を斬った直後、中のタンクラッドと相手が見えた。
それは、人の体のような本体に、節足動物の足が何十本も付いている大きな魔物だった。顔はなく、肩から上にいきなり大きな複眼のような目が付いていた。暗い海の夜に、タンクラッドの剣だけが光り、照らされたその不気味な姿は、龍から飛んだタンクラッドの次の一振りで、真っ二つに割られて崩れた。
タンクラッドが剣を振り切った最後、バーハラーがすぐに彼を背中に乗せて水柱から飛び出る。
イーアンは自分の番だと思い出し、勢いを失って落ちてくる水柱の中、切られた場所からぼろぼろ崩れる、魔物の体の回りを、何が出てくるのかと探して飛び回る。
ずぶ濡れになりながら、目にも顔にも塩水が入るのを払いながら、必死になって探すと『あった!』半身が崩れ去る時に、何かが別の形に変わって落ちてきた。大急ぎで落下するそれを受け止めに飛び、右手で掴んで、ぐるんと体を回し、落ちてくる滝のような水の中から飛び出た。
「イーアン!大丈夫か」
親方が出てきたイーアンに近寄る。親方もびっしょり。二人でずぶ濡れの状態で、イーアンは手に持った輪っかを見せた。
「これ。これは?」
暗い夜空の中、僅かな星明りに色彩は分からないものの、小さな宝石がはめ込まれた煌きと、その形に『冠では』二人の言葉は重なる。どう見ても、形状は冠だった。しかし王冠とも違う。額にあたる部分だけが少し印象的で、他の部分は小さな宝石と模様が刻まれている、質素なもの。
「とにかく。これで良いはずだ。他にはないのだろ?」
「これを見つけてすぐに飛びましたから、他の部分は見ていません。でも多分。これだけのような」
二人とも、これは何だか見たことがあるような気がしたが、今はこれではなく。冠は親方が預かり、グィードの動きを待つ。
「寒くないか」
親方は濡れているイーアンを気遣う。イーアンは大丈夫と答え、タンクラッドはどうかと訊く。『俺は問題ない。お前は寒がりだから』ニコッと笑う剣職人。優しいなぁと思いながら、有難くお礼を言って、イーアンは『自分は龍の服だから、寒さをあまり感じていない』と話した。
海が何も動かないまま、時間は経つ。水柱の魔物を倒してから、もうそろそろ10分くらい経過すると、親方が口にした時。
水面が突然に波打ち、大きく揺さぶられるように動いた。グィードが動き出したと分かった2人は、何が起こるのかと気になる。この揺れでまた津波が起きては、とそれが心配だったが、すぐに現れた龍の頭に更に驚かされた。
波打つ揺れが続いた後、テイワグナ寄りに10㎞ほど離れたくらいの海面から、グィードの首がぬっと立ち上がり、それはテイワグナの国に向いたまま、顔を海面に浸した。
次の瞬間。二人は口が開く。
グイードの顔が付いたと分かる影に向かって、波が逆に動き始めた。星明りに照らされた、僅かな水の光りは、グイードの顔に引き寄せられていく波紋を見せる。
「あれ。あれ、あれ。もしかして」
「そう。そう、そうだな。の。飲んでるんだ・・・海水を吸い寄せて」
グィードが水を飲み込んでいる。そうとしか見えなかった。その水はどこへ行くのかと、イーアンは不思議だったが、龍の顔からこちら側、つまり背中側の水面が、少しずつ輪を描いて動いていることに気が付き、眉を寄せた。
「タンクラッド。あの、手前のあれ、出ているのでしょうか。もしや吸い込んだ水が」
「う。あの量の海水だぞ。体から水を出しているのか。だって、何だ・・・何がしたいんだ」
二人は上から見ていたが、グィードは顔を浸したらしき状態で、どう見ても水を引き寄せている。イーアンもタンクラッドも、じっとその様子を眺め、自分たちはこのままどうすれば良いのかと考え始めた。
グィードは何か手を打ってくれているのだ。
水を引き寄せているということは、単純に考えて、あの津波をちゅーっと吸っていると・・・そうしたことなのかも知れない。そして体から排出されて。
それで何とかなるの・・・・・? 不安な眼差しで見つめるイーアンとタンクラッドは、言葉にしないものの、思うことは一緒だった。だがグィードは本当に、嘘みたいな大きさなので、もしかするとそれも可能なのか。
イーアンが感じたあの大津波のやたら長い幅、やたらに波高のある姿。あれは現実的ではない。絶対にあんなの嘘だ、と目の前にしても信じられなかった。あの波高を作り出すには、条件がないと無理だと思ったのが最初。
でもここは、魔物の王が攻撃のために、魔法ともまた異なるのか・・・異質な力で、信じられないことも実現するから、そうなるともう、条件だ何だと言えなくなるのも知っている。自然現象は自然現象。魔物の力は魔物の力。別物だ。
『現実的じゃない』とちっぽけなイーアンの知識で、抵抗してどうにかなる話ではない。それがここの現実なのだ。
だって。自分が龍になるのも、男龍やサブパメントゥの力も。慣れてきたけれど、以前の意識で見てみれば、ちっとも普通じゃない現象である。
タンクラッドとイーアンは、それぞれの頭の中で、目の前の状態に翻弄されながらも、自分たちの解釈を続けていた。その状態は何分続いたか。またグィードが語りかけてきて、二人の意識は引き戻される。
『行きなさい。私が波を抑える。波は静まるだろう。イーアンと時の剣を持つ男は、仲間の元に戻ると良い』
『グィード。あなたに感謝します。でもどうして静まりますか。地震の理由が片付いていません。あの波を作る水はどこへ消えるのです。魔物が中に沢山いました。海底には魔物の王の目があると』
『イーアン』
少し水が流れるような音が聞こえ、必死に質問するイーアンをグィードは笑っているようだった。イーアンは急く気持ちを恥じて黙る。
『ズィーリーと違うイーアン。教えよう。
私が波を吸い込み、凪いだ海に戻すのだ。水は消えない。
地震はその剣で倒した魔物が、後ろの陸で地滑りを起こしていた。地滑りはもう固めた。
波の中にいる魔物は、私に吸い込まれて無に帰る。海底の目は、コルステインに焼かせなさい。
そしてイーアンたちは、テイワグナに散った魔物を追いなさい。目を持つものが数の全てではない。ここで倒された分、ハイザンジェルより少ないが、その数はまだ続く。行きなさい』
『グィード。待ってくれ。俺にも答えてくれ。なぜ俺を呼んだんだ。勇者ではなく』
グィードの話が終わりそうになった時、親方は慌てて聞きたかったことを訊ねた。地震も何も関係ないが、特別な気がして理由を訊きたかった。龍はまた水が流れる音を立てる。
『それが願いだったからだ。魔物の体から、二つのものを手に入れたなら、その一つは勇者に。一つはお前が持つように。どちらも隠された宝だ』
タンクラッドは小刻みに首を振り、何度か瞬きして理解出来なさそうに戸惑う。グィードの声はもう一度『私を呼ぶ時。笛を吹き、綱を水に打ちなさい。二人で』そう響いて消えた。
イーアンは少し考えてから、げっ!と、一声上げる。大慌てで龍気を発して照らし、急いで水柱のあった場所に飛んだ。
イーアンの唐突な行動に驚いた親方は、彼女が何をしているのか分からない。
どうしたかと思って、側へ行ったが、イーアンは海面をウロウロしながら、とうとう龍気を光の玉のように厚くして、水の中に飛び込んだ。
「おい。イーアン」
何で入ってしまったのか。こんな暗い海の中でどうする気か。驚き続ける親方は、とにかく早く上がってこいと、ジリジリしながら海面で待つ。全然出てこないし、ぼんやり見えていた海中の白い光が薄くなるのが心配で、『イーアン。大丈夫か』とバーハラーに訊いた。龍は無反応で海中を見ている。
「お前が反応していないってことは、多分大丈夫なんだよな?」
そうであってくれと祈りながら、息が続かないくらいの間を沈んだままのイーアンを親方は待った。
間もなくして、海中に白い光が増え、どんどん近づいてきてザバッと上がった。龍気はあるものの、びっしょり濡れているイーアンは、手に何かを持っていた。
「お前!何て突拍子もないことを」
「私、一つしか持って来ませんでした。これがもう一つです。これのことです、私が求めたら龍気が出ていますから、きっとこれ」
イーアンは濡れた髪の毛をかき上げて、親方にそれを手渡す。受け取りながら、心配で一杯だったタンクラッドは、イーアンの頭を抱き寄せて髪を拭いながら『もう勝手に入るな。いきなり危ないことをするな』と叱った。
ちっちゃく『ごめんなさい』を言いながら、縮こまるイーアンを自分の片膝に乗せて座らせ、一緒に持ち帰ったものを見る。それは小さな香炉。蓋は蝶番で付いていて、古い古いものだった。
「香炉・・・・・ 」
呟くタンクラッドに、イーアンはグィードの話で『二つのもの』が水柱の魔物から落とされたと気が付いたことを話す。『だから。私、もう一つ落としてしまった、と』それで探したと言う。
親方は呆れて。そして、嬉しいような複雑な想いで。引っ張り寄せたイーアンが嫌がるのも無視して、でこに長々ちゅーっとしておいた(※イーアンは嫌がる)。
「俺のために」
「どちらのためか分かりませんでしょう。二個あって、一個がドルドレン、一個が親方ですもの」
「そういう嫌なことを言うな。浸ってるんだから」
びしっと叱るおやかた。『とにかく大事そうだから拾いに行ったのです』と、据わった目で伝えると、イーアンは親方・膝の上を脱出し、パタパタ飛びながら『戻りましょう。グィードが行くようにと言ってくれたのです。次は海底の目を焼かねば』次の行動を促す。
「そうだった。感動に浸っている場合じゃないな。飛びながら浸るか」
「あっちで皆さんが必死なのです。感動なんて後にして下さい」
「お前、最近。ミレイオに感化されたな。前はそんなに冷たくなかったのに!」
良いから行こうよ~ イーアンは面倒臭い。行きますよと、くさくさしながら龍気を出して、テイワグナ沿岸へ飛ぶ。
一瞬で星のように飛んだイーアンに、親方も急いでバーハラーに追いかけさせ、戻る道であれこれケチをつけてはイーアンに絡んだ。
二人がコルステインたちと離れてから、実に5時間以上が経過。もうすぐ日付が変わる、真夜中に差し掛かっていた。
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