742. テイワグナ大津波戦 ~動き出す龍と待つ身
暗闇から少しずつ近づく、その大きな体。青い星のような二つの目は、ずっと向こうにあったことを知る二人と、ミレイオ。
「ちょっと・・・ちょっと。ちょっと!こっち来なさい!一緒にいなきゃ」
若干、怯えが入るミレイオ。その声の様子に気づいたイーアンは、タンクラッドに、下りるようにお願いし、二人はすぐにミレイオのいる場所へ下りた。
「どうするの。出てくるわよ。こっち来る」
「落ち着いて下さい。大丈夫です、あの仔は私たちを待っていたのです」
「だって」
ミレイオの唇が震えている。本当に怖いんだと分かって、イーアンは急いでミレイオを抱き締めた。『大丈夫です。グィードは私の3番目のお友達です。絶対に怖くありません』大丈夫、大丈夫とミレイオをぎゅ―っと抱き締めて落ち着かせる。
ミレイオは、話に聞いていたものの、自分たちのサブパメントゥから現れた、最後の龍のとてつもない迫力に気圧されていた。
「イーアン。ミレイオは俺が看る。お前は行け、グィードと話すんだ」
イーアンにしがみ付くミレイオの両腕を取って、自分に引っ張り寄せた親方は、震えるミレイオをがっしり抱き締めてから、イーアンに龍の側へ行けと急かした。『綱、綱をちゃんと持って話せよ』龍に歩き出したイーアンに大声で言う。
「ミレイオ。しっかりしろ。お前が怯えるなんて。相手は聖獣だ。アオファの時に俺も驚いたが、イーアンは彼らを決して恐れない。彼女が頂点だからだ。一緒にいれば何も恐れることはない。お前だって、空で光りをもらったんだろ?」
「無理よ。何て大きさなの。アオファだって異様な大きさなのに。これ、もう。生き物じゃないわよ」
「聖獣だ。空が与えた命なんだ。俺たちに何もしない。津波を止めるんだ。分かるか、しっかりしろって」
震えるミレイオ。凝視する、遠くに見える青い光。
サブパメントゥの奥。そんな場所はないと思っていた。この『グィードの壁』の続きは、どこからも入れないとされていた。その理由が分かる。
この巨大な龍が居る場所はサブパメントゥの奥。この先は全て、この龍のためだけにあったのだ。広いサブパメントゥの、一体どのくらいを・・・この龍は占めていたのか。
この龍の居る場所にだけは、コルステインの家族たちも入れなかった。入らなかったのだ。なぜなら、この龍を超えられないから。そんな強さの存在がここにいるなんて――
息の荒いミレイオに、親方は何度も『ミレイオ。イーアンを信じろ』と言い聞かせる。ミレイオの動揺が落ち着くまでの間、親方は側にいてやらないといけなかった。
イーアンは進む。グィードがどこにいるのか分からない。暗過ぎて、青い星のような目を頼りに歩くだけ。ふと、ここで止まらないといけないと、そんな気がした。イーアンは立ち止まる。
青い星は少しずつ近づき、立ち止まったイーアンのすぐ側まで来たらしいことが分かった。ただ、星は依然として、その距離に変化はさほどなかった。
『照らしなさい』
イーアンの脳裏に、夢で聞いた声が響く。グィードだと思って、頷き、イーアンは従おうとしたが。どうやって照らせば良いのか。ここは龍気なのかなと思いつつ、サブパメントゥに気遣いながら龍気を高めた。
龍気を高めるイーアンに、呼応が返ってくる。あ、と顔を上げて前を見た。イーアンは叫んでしまうかと思った。
自分の前に口の先があると、初めて理解した、その大きさ。アオファの比ではない。アオファも鼻の高さまで3m以上ありそうな大きさだが、グィードは全く桁違いと気づく。
鼻の高さまでが1㎞くらいはありそうだった。そのずっとずっと奥。何㎞も先に、あの青い星が輝いていたのだ。
『何て。何て大きいのでしょう。何て荘厳なの。グィード、あなたに会えて私はどれほど心強いか』
イーアンは嬉しくて頬を涙が伝う。こんなに頼もしい龍が、最後のお友達なのかと思ったら。何が何でも頑張らなきゃ、と心の中で自分を励ます。大津波を止める、その手段をグィードに相談しなければ。
イーアンの言葉を聞いたグィードは、少し嬉しそうに動いた。
『飛びなさい。イーアン。その自由な翼でここを出て、津波のさらに先へ。時の剣を持つ男と共に。私も向かい、波を止めよう』
『グィード。どう止めますか。あなたが動いたら、海は揺さぶられませんか』
グィードは笑うような音を出した。その音は水が流れる音に似て、不思議にも心地良い音だった。イーアンもつられて笑う。『きっとあなたは、何も知らない私を可笑しいと思いましたね』えへへと笑うイーアンに、巨大な龍は答える代わりにその頭を持ち上げた。
わぁっと驚くイーアン。動き出したグィードはもう一度『飛びなさい。仲間を連れて』と語りかけた。イーアンは頷き、すぐに親方とミレイオのいる場所へ戻った。
戻ると親方に守られたミレイオが、イーアンを見つけて走り寄って抱き締めた。
「どうしたかと思った。一人で行くなんて!」
離れちゃダメでしょ、とミレイオが泣きそうな顔で叱る。イーアンは何度も頷いて、落ち着くようにミレイオの顔を撫で、それから今すぐここを出ることを伝えた。ミレイオは首を振る。親方も理由を訊ねる。
「グィードと話しました。あの仔は私に、飛んで、津波より先の沖に向かえと言いました。私は行きます。あの仔は必ず、津波を止めてくれます。
ミレイオ、グィードは既に動き出しました。振動一つ起こっていないから、分からないかも知れませんが、もうそこにいません。安心して下さい。どうかオーリンと一緒に、ドルドレンたちのいる場所まで戻って下さい」
「お前は?お前は一人で行くのか」
ミレイオに『オーリンと迎え』と言ったイーアンに、親方は確認する。イーアンは彼を見て『あなたは私と一緒に向かうようです』と答えた。親方、幸せ。
「よし。それなら早く行くぞ(※やる気)。なぜかグィードは俺を指名した。ミレイオ、オーリンと戻れ」
不安そうなミレイオを励ましながら、イーアンとタンクラッドは来た道を戻る。だがこれでは時間が掛かり過ぎると思ったイーアン。『飛びます』一言伝える。驚くミレイオに、丁寧にはっきり言う。
「緊急事態です。コルステインたちがもう彼是、何時間。戦って下さっているか。このサブパメントゥで頂点と言われるあの方々が、戦って下さっているのです。
そしてここにいたグィードも解放しました。私は急がねばいけません。サブパメントゥの方々に光の迷惑をかけるのはいけませんが、どうにか上がらないと」
それを聞いたミレイオは、ちょっと考えてから『どこでも良いなら。入り口の近場で良いなら。この上からでも行ける』と教える。それなら早くと急かす二人に、ミレイオは了解した。
「私と一緒に出るわよ。こっち・・・こっちの上からヨライデの海岸に出る。時間と距離は、地上とあんまり合ってなくて曖昧なの」
ミレイオはそこまで連れて行って、二人の胴体に両腕を回した。それから『こんなことするの、初めてだからさ。頭打ったらごめん』と先に謝り、お皿ちゃんで一気に真上へ飛んだ。
ミレイオの心配は無用だった。お皿ちゃんを使うのさえ躊躇う地下の国で、ミレイオは使った。規則違反だな~とは思うものの。イーアンが翼を出すよりは全然良いと思った。
地盤をすり抜けた3人は、海岸の岩場に出て、暗い夜の海を見た。『オーリンを呼びます』イーアンはすぐに腰袋の珠を取り出して、オーリンに自分を見つけるように頼んだ。『良いよ。近いかな。ちょっと待ってろ』オーリンが応答し、それから10分後。オーリンの乗ったガルホブラフと、バーハラーが来た。
「かなーり飛ばしたぞ。待った?」
真っ白な龍気の中で、オーリンが笑う。イーアンは笑顔で『全く問題ない』と答えた。そして、ミレイオと一緒に戻ってと頼み、グィードに言われたから、自分とタンクラッドは津波を止めに行くと話した。
「事情ありだな。俺が居ないってことは。グィードが頼みの綱か」
分かったと潔く了解したオーリン。ミレイオに振り返り『戻ろう。俺の後ろについて』そう言って、すぐに飛んだ。ミレイオは返事をする間もなく、戸惑いながらもお皿ちゃんに乗って、イーアンたちを振り向いて『後でね』と言うと、オーリンについて出た。
「俺たちも行くぞ。津波の向こうへ」
親方はバーハラーに乗り、イーアンに言う。イーアンは6翼を出し、頷いた。『飛ばしますよ。バーハラー、タンクラッドを守って下さい』目つきの変わったイーアンに、タンクラッドはぞくっとする。龍は一瞬で龍気を増やし、イーアンも白い光の固まりになった。
「私が龍になるわけに行きません。しかしこの状態での最高速で飛びます。タンクラッド、バーハラーに掴まって下さい」
イーアンはそう言うと、6翼で宙を叩き、目にも止まらぬ勢いで白い星となって南東の海に飛んだ。目を丸くする親方は、バーハラーの加速に慌てて首にしがみ付いた。またか、と思うものの。イーアンの力を目の当たりにする、その高揚感に全身の血が騒ぐ。
イーアンと燻し黄金色の龍は、白い光の塊となって、遠洋を目指した。
*****
数時間前から、霧の浜で待ち続けるドルドレンと騎士たち。
待機の状況で、一旦コルステインから降ろしてもらったドルドレンは、フォラヴとシャンガマック、ザッカリアの側へ行き、状況を確認した後、町の人々が避難した道の始めを魔物から守っていた。
魔物は増え続け、自分たちが斬り捨てても何をしても、数が減ることもなければ、別の場所から陸地へ進んでいる気がする。イーアンがキリがないと話していた、その状況は変わらず、4人はひたすらその場で自分の出来ることを続けるしかなかった。
フォラヴが見える範囲の浜を、シャンガマックとザッカリアは道を上がった場所、その途中の傾斜をドルドレンが担当して、気が付けば、霧の深い中で夜を迎えていた。
ドルドレンは半日戦い続けることが出来るし、フォラヴとシャンガマックは遠征慣れもあって、6時間くらい連続して動いても疲れを表さないが。
ザッカリアは遠征回数も数えるほどで、鎧も実戦も慣れず、剣を振るう手にも疲労が出て、辛そうな動きを見たシャンガマックは、彼を総長の側で休ませることにした。龍のマスクを額に上げたザッカリアは、同じように龍のマスクを着けたままのシャンガマックに、すまなそうな目を向ける。
「ごめんね。俺、まだ」
「頑張ったな。こんなの遠征でも、まず起こらない状況なんだ。お前はよくやった」
「だけど」
いいから、とシャンガマックはザッカリアを誉め、総長に連絡球で、ザッカリアを保護してもらうように伝えた。総長はすぐに来て、自分の龍の上で剣を鞘に戻して息切れする子供を引き取る。
「見えないし。大変だったのに。お前は最初っから猛者でも難しい戦闘を。ザッカリア、休むのだ」
「まだ頑張りたかった」
「その気持ちがいつか、実現する。今は頑張り尽くしたのだ。自分を認めることも、力を育てるのに大切だ。俺の側を離れるな。お前の龍から降りてはいけない」
頷くザッカリアに、ドルドレンは頭を撫でて、子供の様子が感じられる範囲で戦闘を開始した。
イーアンたちが戻るまで、どうにか耐えられるようにと祈る。霧の中で、剣が届く範囲は限られているので、ドルドレンも龍に乗り降りを繰り返して、ショレイヤと共に魔物を斬り続けた。
いつまで繰り返すのか。ミレイオ、タンクラッド、オーリン。そしてイーアン。彼らがグィードを見つけたかどうか。そして、グィードに形勢逆転する動きが出来るのかどうか。全部がまだ、ドルドレンたちには不安なままだった。
ザッカリアの胸中も不安で一杯だった。この町の向こう側に、神殿があることを思い出す。自分がそこにいた、その時のことが蘇っていた。神殿には、今も違う子供たちがいると思うと、ザッカリアは気になって、どうにか彼らの様子を知りたかった。
度々、見えてくるのは、地震の後に避難準備をしている人々や、同じ服を着た子供たちと大人が一つ所に集まっている様子。それが今なのか、前なのか。彼らは逃げたのか分からないのが、ザッカリアは苦しかった。
コルステインは、ドルドレンを浜に戻したすぐ、炎の壁に加わり、家族と共に津波と魔物を止めている。それは全く終わる気配がないものだったが、コルステインも家族も、これ以上に何が出来るのかを思いつかなかった。
自分たちは、波と魔物を留める。『留めなさい』と精霊に言われた。それを続けるだけだった。
霧が遮り、夜が来て、コルステインたちに好都合の状況である分、膨大な気力を使い続けても問題ないこの時間。これがもし。霧が晴れて、朝が来たら。疲れらしい疲れも言葉としては知らないが、体が動きにくくなる事態は生じる。
コルステインは、朝が来る前に、イーアンがグィードを起こすと良いなと思った。グィードを起こせるのは女龍だけ。それは昔もそうだった。女龍が呼んだらグィードは出てくる。
「グィード。強い。必ず。強い。海。グィード。直す」
炎の壁の中で、コルステインは海龍が出てくるのを願った。そしてここを直してドルドレンと早く旅に出たかった。今度の旅は、好きなことが多くなった気もして、それを感じると、早くそうしたい気持ちが募るコルステインに。
『吹き飛ばすか』
メドロッドが話しかける。コルステインはその理由を訊く。『何で。これ。壊す。する。何で』吹き飛ばすとどうなるのか。コルステインが想像し始める同時に、別の声も入る。
『波。全部消す。魔物消す。海減らす。終わる』
4本腕のマースが説明する。彼もそれの方が面倒がないように、コルステインに勧める。コルステインは待つように良い、それが何か影響があるのではないかと考える。分からないなりに、何かあるような気がして、家族に待ったをかけた。
『待って。待つ。壊す。違う。困る』
コルステインには、海を壊すことが正解に感じられなかった。何か違う方法のように感じ、でもその理由が言えなくて悩んだ。家族にもう少し待つように伝えると、一度炎を抜けて、浜にいるドルドレンに聞きに行った。
『ドルドレン』
霧の中で話しかけると、ドルドレンが気が付いて応じた。『コルステイン。魔物が終わらないのだ。手を休められない』困った様子のドルドレンに、コルステインは、魔物のいる場所全てに紫色の電光を落とした。
それは一瞬明るさを伴ったが、真紫の電光は霧の中から生まれて短く、魔物だけを目的に落ちて消した。
呆気に取られるドルドレンとザッカリア。離れた場所で緑色の光の剣を振るうフォラヴ、大顎の剣で戦っていたシャンガマックもびっくりして、紫色の雷電に止まった。
『少し。話す。良い?』
『い、良い。良いぞ。有難う。何だ。何かあったのか』
恐ろしいながらも、お礼を言って、ドルドレンはコルステインの話を聞く。コルステインは家族が海を消したいと言ったことを伝えた。
『メドロッド。マース。海。吹く。飛ばす。壊す。言う。ダメ?コルステイン。分からない』
『それは・・・マズイだろう。あの量の海の水を消すって。俺もどうなるか分からないが、それはそれで、後から大変なことが起こりそうだ。そりゃ、一発で消したら早いだろうが』
『壊す。何で。ダメ。困る。何?』
うーん、と唸るドルドレン。これは『教えてイーアン』の時間だ。もしくは『教えて親方』・・・そっちはあまり頼りたくないが、多分この二人じゃないと答えられないし、コルステインに説明して分かってもらう答えが出せない気がする。
コルステインに『ちょっと待ちなさい』とお願いし、これは第二の一大事(?)と思い、イーアンの連絡球を使う。
もしメチャメチャ大変な場面だったらごめんね~と思いながら、でもコルステインたちのおっかない方法を止めるのも必死なので、ドルドレンは愛妻に迷惑と思いつつ、連絡を願う。
暫くして『はい。イーアン』と簡潔な声が。安心するドルドレンは手短に、緊急であることと、教えてほしいと伝える。イーアンは、1分以内であれば良いと答えた(※業務的)。
『コルステインの家族が。海を消そうとしている。あの津波を消したがっているのだ。コルステインが躊躇って俺に正否を尋ねたが、俺もいけないと思うものの、答えがちゃんとは』
『分かりました。答え【それは止めておきましょう。】です。
後でまた時間があれば説明しますが、その大量の霧の発生だけでも危険なのです。海水の塩分濃度が心配ですし、一日で発生した蒸発による陸地への影響も各地で生じるかも。
その上、あの量の海水を消すとなったら、塩分濃度もですけれど、その標高の低さでは海面水位降下が地下水流動に与える影響も分かりません。淡水化に移るかもしれないし、堆積した塩水形地下水も・・・こんな感じで、ちょっと今後のテイワグナへの心配が、いろいろありますから【止めておきましょう。】です。
コルステインたちには、その後の皆の生活が大変です、と伝えて下さい』
『有難う。今、どうなの』
『もうじき。もう少しで、グィードと共に津波に対処します。待っててね』
頼もしい言葉に感謝するドルドレン。気をつけるんだよと伝え、連絡を終えた。何て頼もしい奥さんなのだ・・・感動していたが、ハッとしてコルステインに向かい、じーっと自分を見ている青い目にきちんと言う。
『ダメなのだ。波を消すと、テイワグナの皆が、後でとても大変になってしまう』
『皆。大変。困る。ずっと。困る?』
そう、と力強く頷くドルドレンに、コルステインはぎこちない了解の首の動かし方をして『話す。マース。メドロッド。ダメ。言う』そう答えて、ひゅーっと飛んで行った。見送るドルドレンは呟く。
「危なかったのだ。津波を消した方が手っ取り早いと思ったのだろう。しかし、津波を消す発想が出るとは。可能だからこその発言。いやはや、何とも恐ろしい力よ」
ドルドレンは首を振り振り、とんでもない旅の出だしにぶるっと震えた。ザッカリアも紫電の凄さに、暫くの間、コルステインが怖くて仕方なかった。
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