741. テイワグナ大津波戦 ~3頭目の龍グィード
「ここからは、私とイーアンだけね」
そう言うとミレイオは、イーアンの肩を掴んでいる、親方の手をぺしっと引っ叩いて、イーアンを取り返す。『ここで待ってなさい。入り用ならまた呼ぶ』いいわねと強引に言い聞かせ、二人で海の穴に下りた。
「イーアン。私が抱えるから、翼をしまって」
はい、と返事してイーアンは翼を畳み、消した。ミレイオがイーアンの胴体に腕を回し、お皿ちゃんで一緒に海底へ下りる。
そこには円を描いた奇妙な線。これが扉だと言うミレイオは、円の縁に立って『ヒョルドの渡した鍵をさしてみて』と場所を示した。指差されたものは、円を組んで置かれている、大小形の違う石。
腰袋から古い鍵を取り出し、イーアンはどきどきしながらも、ミレイオと一緒だから大丈夫と自分に言い、そっと鍵穴に鍵を差し込む。が、入らない。『あれ。入らないです』どうしてかなと、イーアンは困る。
「どれ。貸してみな」
ミレイオが鍵を持って、もう一度ぐっと押す。『あ、ダメだこれ。詰まってるよ』理由は穴に物が詰まっていること・・・やれやれ、と笑って、ミレイオは鍵をイーアンに戻し、鍵穴に指を置いて『消滅』と囁いた。
鍵穴から煙のようなものが細く伸び、ミレイオの違う力を見たイーアンは驚いた。『すごい。ミレイオは力で綺麗にするのですか』掃除が出来るなんて、と驚くイーアンに、ミレイオは笑いながら背中を押す。
「そう。掃除にも使えるわね(※実際使った)。はい、じゃもう一度やってご覧」
今度こそとイーアンは、緊張しつつ、円を組んだ石の中心に鍵を差し込む。すんなり入った鍵は半分ほど沈み、そこで止まった。『回して』どっちでも良いらしいので、ミレイオの指示に従って鍵を回した。
すると鍵穴から煙が出てきて、イーアンは驚く。ミレイオがすぐに、イーアンの鍵を持った手を掴んで引き寄せた。ミレイオはイーアンをしっかり腕の内側に守り、二人で様子を見守る。シュウシュウと立ち上がる煙は、海の穴をどんどん上がり、徐々に形が変わっていく。
『何これ。こんな仕掛けあんの?』唖然と見つめるミレイオは、ぼそっと呟く。地下の国から見た時には、こんなものなかったと言う。イーアンも、煙の形が変わる様子に、鼓動が早くなって緊張する。
煙はようやく、用意されたその姿に落ち着いた。
「これ。これ、グィードなんじゃないの」
「そうかも知れません。夢で見た黒い龍です。小さいけど、グィード・・・・・ 」
煙は海面のずっと上まで立ち上がり、長い首を持った龍の姿を現した。しかし煙であることに違いはなく、これが何を意味しているのか。グィードへ近づいたことは理解出来るものの、分からなかった。
煙の龍は何かを探すように、下にいるイーアンたちを見てから、頭部を戻して首を動かす。それはすぐに止まり、ふっと突然伸びた。上から聞こえた『わっ』の声と共に、煙の龍の口に親方が銜えられているのが見え、イーアンとミレイオは慌てる。
「タンクラッド!!」
焦るイーアンが翼を出そうとすると、煙の龍は、親方を銜えたまま、シューッと下がってきた。
連れて来られた親方も、相当驚いたようで、目がまん丸になっている。『何、何だ?何なんだ、これ』煙に時の剣のベルトを掴まれて、海底に下ろされた親方は、はーはー荒い息をしながらミレイオに訊く。
「知らない。こんなこと分かんないわよ」
ミレイオが首を振ると、上からオーリンが『大丈夫かよ~』と声をかけた。ミレイオは大丈夫だと大声で返事をし、とりあえず行って来るから待っててと伝えた。オーリンは『了解』の返答を戻した。
「どうも、あんた付きみたいね。あんたも入って良いなんて、何がどうなってるのやら」
ミレイオは、煙の龍が円を組んだ石の鍵穴に戻るのを見ながら、そう言った。全部すっぽり煙が消えたと同時に、鍵穴から砂が奥へ流れ込み、それはあっという間に、3人の足元も崩して地下へ引き込んだ。
叫びながら落ちる2人に、ミレイオは大急ぎで飛んで、イーアンを片腕にキャッチ。タンクラッドはそのまま落ちた。『すみません。翼はダメだと思って』落ちたタンクラッドにイーアンが謝る。
「下が砂地だったから、良いようなものの。これが針とか溶岩だったら、死んでも恨むからな」
憎々しそうに歯軋りするタンクラッドに、ミレイオは首を振って『砂で良かったじゃないの』と軽くあしらった。イーアンはここがどんな場所か、見回す。でも見えない。タンクラッドも同じらしく、暗過ぎると怒っている。
「いちいち怒らないで。鬱陶しい。私から離れないで歩きなさい。イーアン、手を繋いで。タンクラッド、その辺にいて」
「どんな場所ですか。水の音がします」
ミレイオに手を繋いでもらって、イーアンは夜道のようなその場所を歩く。ミレイオは左を見て『あっちに川があるの。今、川沿いに上流に向かって歩いているのよ』それから、この場所自体は洞穴みたいな場所だと教えた。
その説明でイーアンは、夢と同じだと思った。川をずっと上に行くと、あのチムニーのような、溶岩が溢れている大きな壁に出るのだ。
思い出していると、イーアンの片手を誰かが握った。親方かなと思ったが、何か濡れている。『タンクラッドはどこですか』気になって訊ねると、ミレイオを挟んだ向こうから『こっちだ』と返事が。
え。じゃ、これは。イーアンがびくっとしたのをミレイオが気づいて『あっ!』と叫んだかと思ったら、ボウッと音がした。ミレイオが顔を寄せて、イーアンを覗き込む。『大丈夫?』心配そうにイーアンの濡れた片手を取って、自分の手で拭った。
「今のは」
「地下のヤツら。この辺にも、いるにはいるの。追い払ったけど、何も変じゃない?」
大丈夫です、と手を近くで見て、何ともないことを確認した。『あんた、龍だけど。ちょっと触るくらいなら、平気なヤツも結構いるのよ。コルステインたちみたいに実体がないと、龍は嫌がるけど』ミレイオは困ったように言い、タンクラッドに、イーアンのもう片手を繋ぐように命令した。
「嫌だけど、背に腹は変えられないわ。ちゃんと守ってあげて」
「最初からこうすれば良かったんだ」
「あんたのがマシってだけよ。調子に乗るな」
「あのなぁ。大体、何でお前がイーアンをいつもそう」
親方とミレイオが言い合っている間。イーアンは両手を繋がれて、地下版FBIに連れられた、宇宙人状態になっていた。二人は、男龍ほど大きくないから、自分が小さ過ぎる気はしないが、何だかこの構図はそれを思う。
そして、さっき誰かが触った時、相手は大丈夫だったんだなとも思った。ヒョルドみたいな感じなのか。ヒョルドも肩を組んだくらいだと、何ともなかった。いろんなタイプがいる。初めて入ったサブパメントゥは、今後もまた入る機会が来るだろうか。
何も見えない暗い夜のような世界を、イーアンは、目がおかしくなりそうだと思いながら歩いた。目を開けているのに、殆ど見えない。それは奇妙な感覚だった。
それからひたすら。暫く歩き、3人は少しずつ傾斜の出てきた地面を進む。タンクラッドとミレイオは歩き慣れているのか、歩調が変わらず、すたすたと歩く。イーアンは一人、彼らの歩幅と差が出る上、両手を繋がれているので、急ぎ足だった。
「ん。お前、少し小走りか」
「あらやだ。大変」
二人は、イーアンがちょこちょこしていることに気が付いて、ちょっと腕を引っ張り持ち上げてやる。両親に両方の腕を持たれた子供のように、イーアンぷらーん。
『浮いてて良いわよ』可笑しそうに言うミレイオの声と、『ずっとこれでも良いから』と微笑んでいそうな親方の声。
さすがに恥ずかしいので(※44♀)やめてもらって、頑張って早めに歩くと伝えた。ミレイオは笑って『もうすぐだと思う』と教えてくれた。
「海底から来たからさ。グィードのいる壁までは早いわよ。サブパメントゥの中から回ったら、とてもじゃないけど、一日でなんか辿り着かないけど」
「 ・・・・・あの煙は何だったんだろうな」
タンクラッドは、煙の龍のことを考えていたようで、徐にそう言った。イーアンもミレイオも答えられない。3人は煙の龍がグィードに似ていたことと、タンクラッドを見つけて連れて来たことを話し合う。
「あんたが人間でも大丈夫、ってことでしょ?龍の皮の服も着てて。イーアンはまぁ、この子がグィードを呼ぶんだから、入るのも分かるけどね。どうしてだろうね」
「人間だと、そんなに変なのか?入るって」
「当たり前でしょ。あんた、たった今。ここで私とはぐれたらどうする気よ。出口どころか、一寸先も見えないでしょうに。身動き取れないだけじゃないわよ。操られて廃人よ、廃人」
親方は言い返そうとしたが、自分がいる別世界を思い出して止めた。二度と日の光なんか見れないと、ミレイオは言った。
イーアンもそうだろうなと思う。サブパメントゥはサブパメントゥなのだ。ここの常識が存在する。何も知らない人間が入って無事かどうかよりも、問題がある行為かどうかの方が先に問われそうだと思った。
黙る2人を導きながら、ミレイオはさくさく歩き『来たわよ、もうそこよ』と教える。
前方に気配を感じたイーアンの、小さな角が白く柔らかに光り始めた。タンクラッドが驚き『お前、何で』と訊くと、ミレイオも『反応してるの?』急いで訊いた。本人は角が光っているとは分からない。少し目の前が明るくなった気がしたから、気配を感じると話した。
「気配なら。ずっと、ここの川沿いを歩いている間中、俺は感じていたが」
「それ言ったら、私だってそうよ。グィードの気配なんか滲んでるもの」
そうなんだ。イーアンも薄々そうかなと思っていたが、全部がグィード域なのか、そこまで感じていなかった自分に少し情けなくなる。
「見える?よーく見てみな。白っぽい壁があるでしょ」
情けながっているイーアンの手を引っ張り、ミレイオは壁がある場所で立ち止まった。『触って平気よ。ここよ』傾斜した地面を上がり、とうとう辿り着いた白い壁。
ボコボコとした表面で、壁の奥にぐっと煙突状に突き出た部分がある。それがチムニーかと思っていたイーアン。溶岩のように見えたのは、煙なのか。赤い煙がひっきりなしに出ている。煙は手に取れそうなほど、形がはっきりしていた。
そうなのだ。ここは水の中ではない。空気のある場所なので、チムニーの煙のように見えるのも不思議だった。
タンクラッドは、イーアンの角で、ぼうっとした明るさの中に現れた壁を見上げる。『これか』少し黙ってから、イーアンの手をぎゅっと握った。
「覚えてるか。『地の奥、水の中。息する岩。命が宿る、千切れた碇の綱』」
「はい。白い棒の言葉ですね。『国を繋ぐ大海の穴より臨む地中の国。魂の泉を震わせ湧き出る流れの源に。主を待つ碇に結われた綱を引く』これが馬車歌です」
ミレイオ、二人の記憶力にちょっと感動。謎々向きの二人なのね、と真剣に壁を見つめる二人を眺める。
「そうだ。大当たりってところだな。なるほどな、地の奥で、水の中だ。息するように見える岩。千切れた碇の綱・・・それ、だろうな。その綱」
「でしょうね。『国を繋ぐ大海の穴』とはさっきの穴だったのでしょう。魂の泉を震わせる・・・これは、そこですね。これも見てみれば納得します。この壁の向こうから水が溢れていて、流れ落ちたそこは泉です。生き物がいるのでしょう。
そして大事な部分。『主を待つ碇に結われた綱を引く』のです。私の夢では、あの煙突状の部分に金具がありましたが」
親方は煙突状の場所に近寄る。足元を濡らす壁を伝う水の場所を歩き、煙突状の噴出孔側まで来て見上げる。『もう少し明るくないと見えないか』どこか分からなさそうに呟いた。
「ちょっとなら、明るくしても大丈夫じゃないの。もう、グィード出すんだし」
ちらっと周囲を見て、ミレイオがイーアンに少しだけ明るくするように言った。イーアンもちょびーっとだけ、頑張って少なめに明るくする(←角)。イーアンの角がふんわり白くなった後、親方は見上げていた顔を静かに頷かせた。
「あれだ。あそこに金属がある。あの高さ・・・この壁だけでも結構な高さだが、あの煙突までは更に上がるな」
「ね。あれ、取るの?めり込んでない?」
イーアンにはよく見えないが、二人は金具を見つけたらしく、眉を寄せてどうしたものかと考える。『上がるだけなら、お皿ちゃん使うけど。あのめり込み方って、取れそうになくない?』どうするのとミレイオは言う。
もう一つ。イーアンは思い出した。シャンガマックが読んでくれた、この腕輪の言葉。
「『地の奥に待つ海龍、錨鐶に輪と綱を繋ぐ。碇引き抜かんとすれば母の声に応える』腕輪の言葉です。私たちの。これを参考にしますと」
親方は振り向く。イーアンの腕輪を見て、『お前も俺と同じか』と訊ねた。イーアンは言いたいことが分かり、頷く。
「二人で上がりましょう。どうすると繋げられるのか。分かりませんが。側まで行けば何かあるかも」
タンクラッドはイーアンの翼を考えたが、サブパメントゥで、それはダメだとミレイオに言われたので、お皿ちゃんを借りた。『傷つけないでよ』嫌そうに貸してくれたミレイオを無視し、タンクラッドはイーアンを右腕に抱える。
「行くぞ。あれが、錨鐶かも知れん。碇は何のことやらだが、とにかく綱と輪と、錨鐶までは揃った」
ニヤッと笑った剣職人に、イーアンは一瞬、カッコ良いのでクラッとしかけたが、ふざけている場合ではないので真面目に了解した。親方もカッコ良いのです・・・神様に、美しいものを見れる世界で頑張れることを感謝した。
なぜか両手を組んで祈るイーアンに不思議に思いながらも、親方はお皿ちゃんで浮かび上がる。煙突の相当、上。壁を越えてその上に伸びる煙突に食い込んだ、古い金属の近くへ寄った。
長い年月をかけて、持ち上げられてここまで動いたのか。
煙突の表面に、半分以上入っている様子の古い金具に、タンクラッドは考える。そして、イーアンの腕輪のある腕と、自分の腕輪のある腕を重ねて『同時に触ってみるか』と伝え、一緒に腕を伸ばす。
親方の大きな手に重ねられて、イーアンの手は古びた金具の一部に触れた。親方の指も金具に触れ、二人は冷たい金具を感じながら、何かが起こるのを待った。
「変化。あるか?」
「まだ何も。どうなのでしょう、引っ張ってみましょうか」
「うーん。ちょっと待てよ、綱。綱はいつ使うんだったか」
親方独り言。金具に触れたまま考えて『これが、錨鐶なら。輪がここに付いて、輪に綱が結ばれるわけだから』イーアンの頭の上でぶつぶつ呟きながら、イーアンに綱を右手に持つように言った。
「もしかして。全部持っていた方が良いかもしれない」
イーアンもハッとした。夢の中で自分は綱を持っていたのだ。はい、と答えてすぐに綱をベルトから外し、それを右手に持った。
「もう一度だ。一緒に触るんだ」
イーアンとタンクラッドは手を重ね、腕輪が触れ合うくらいの状態でゆっくりと、めり込んでいる金具に触った。
その途端、金具が『ビシッ』と音を立てる。音に驚く二人の腕輪が光り、腕輪は二人の手をすり抜けて、金具にカチンと素早くはまった。『イーアン、綱だ。綱を結べ』急げ!と親方が急かし、イーアンは急いで綱の端を腕輪にくぐらせて結んだ。
光り輝く腕輪はもう、2本ではなく、一つの腕輪として金具に入っていた。金具が震え始める。先ほどの音は、金具の音ではないと気がついた二人。
「これ、崩れませんか?もしかしてさっきの音は」
「当たりだな。これが外れるんだ。引け、イーアン!『碇引き抜かんとすれば母の声に応える』今がその場面だ」
うん、と頷いたイーアンは目一杯、綱を引っ張った。タンクラッドも、綱を引くイーアンの拳の上から手を重ねて、力を貸す。
「動いている!下がるぞ、引っ張れ!」
親方がイーアンの胴を片腕でぐっと締め、後ろへ勢い良く下がった。下がる勢いで引き抜け始める金具を見て、イーアンは両手で綱を握り締め『グィード!!』一声、その名を呼んだ。
その声と共に、壁は崩壊した。金具が引かれて煙突は折れ、壁はあっという間に、煙突からドミノ倒しのように崩れ落ち、一帯を囲んでいた壁は全てガラガラと壊れる。
その壁の暗い奥から、二つの青く瞬く、1等星のような光が見えた。親方はぞくぞくしながら、ニヤッと笑い、右腕に抱えたイーアンに囁く。
「碇は壊れたらしい。イーアン、船出だぞ」
お読み頂き有難うございます。




