740. テイワグナ大津波戦 ~中盤・グィードを探しに
テイワグナを抜けるくらいの頃。ヨライデとの境に入る手前まで来ると、海霧は薄れ始め、徐々に暗闇に星の明かりが浮かび始めていた。
「もう少しよ。飛ぶと速い。私に合わせてくれてごめん」
ミレイオはお皿ちゃん。お皿ちゃんは、龍と同じ速度が出せる代物だが、ミレイオに龍気は纏えないから、ガルホブラフとイーアンの最高速度は使えない。少し龍気を出している自分たちの、すぐ後ろについて飛んでもらっていた。
「気にされないで。寒くありませんか」
「龍の皮の上着だからかな。よく分かんないけど、今の所は平気よ」
ミレイオも微笑んで返す。暗い夜空の下、真っ黒に見える海の上を3人は飛ぶ。イーアンとオーリンは龍気の白い光に包まれているが、周囲が見えるかと言うと、それはまた別。この暗さでも相手が見える目は、ガルホブラフとミレイオだけ。
「もうちょっと。後もう少し。この前、来たの。地図でも確かめたし。海だからさ、絶対ここって断言出来るかっつーと、ウソだけど」
「ミレイオ。訊きたいことがあります」
イーアンはミレイオに確認。何かと返されて、イーアンは頷き、近くに立ち岩がなかったか、と訊いた。刺青パンクは、え?といった表情でイーアンを見た。
「そうよ。どうして?知ってるの?」
「知らないのです。ですので、訊きました。私が綱を手に入れた場所。そこが断崖絶壁の海しか見えない場所でした。もしやそこから綱を使うのかと、親方と話して」
「ん。ん?何か聞いたっけか。その話。記憶が散漫だわ。何か聞いた気もする。
そうなのね、とりあえず、合ってる。少しデカめの岩が立っててさ。離れた所にもあるんだけど、それは目印よ」
イーアンはお礼を言った。やっぱりそうだったのだ。
治癒場から治癒場へ移ったのは、あの一度きりだったが、あの治癒場は、グィードを呼ぶ海へ繋がる治癒場だったのだ。とすれば。あの岩場の裂け目から、海を綱で打つのだ。裂け目は狭かった。体一つ分程度。つまり、縄で打つならその方向しかない。
「あそこ。見えるかな。まだ見えないか。少しずつ海に岩の影が出てるのよ。その中の、この真ん前よ。あの、変な形してるヤツ」
ミレイオが顔を向けた方向に、薄っすらと立ち岩が見える。周囲も広い範囲を見渡すとあるが、岩は密集していなかった。『ここ、どこなんだ。まだテイワグナなのか?』オーリンが、テイワグナのぼんやりした影を遠くに見ながら訊いた。
「ヨライデとも言えるし。テイワグナとも言えるし。間くらいかしらね。もう、この辺は遠洋でしょ。どっちの国境かなんて、誰も気にしてないわよ」
「ヨライデまで来たのか」
驚いたように頷いて、オーリンは『飛ぶと速いよね』と笑った。3人はその後すぐ、岩の側まで来た。『これ。この下くらいに地下の扉があるのよ』ミレイオは、海面から突き出た岩の塔に片手を添えて、イーアンに教える。
「周り。無人島の大きさも結構あるの。この岩も大きく見えるだろうけど、明るくなって全体が目に入ると、小さい方って思うかもね。とにかくこの岩なんだけど。この辺りで『海を打つ』のかな」
ミレイオが岩に手を当てたまま、オーリンとイーアンに聞く。イーアンは頷いて、『私もどうすれば良いのか。分かっていません』と前置きしてから、腰のベルトに付けていた綱を出した。
「方向は、何となく見当を付けているのですが。この岩の少し上を飛んで見ます」
イーアンはそう言うと、以前に見た高さを思い出しながら、そのくらいまで上がり、岩をゆっくり一周してみた。暗くてよく分からない。ミレイオに来てもらい、亀裂がないか探してもらった。『これじゃないの。人一人分くらいの、ちょっと人工的ねぇ』変な亀裂、とミレイオは中を覗きこむ。
「ねぇ・・・中は空洞よ。ここ。何かあるんじゃないの」
「ミレイオ。ここです。私とドルドレンは、この空洞の中から、外の海を見たのです。それで、この辺りに・・・ここかな、ここだ。見えますか。私は見えませんが、窪みがあります。この窪みだと思いますが、綱が入っていたのです」
不思議そうに、ミレイオは綱と窪みを見て、イーアンに『後で。また聞かせて』と頼み、まずは、この位置から綱を振るってみたらと言った。
オーリンも側に来て、ミレイオとオーリンが見守る中。イーアンは綱を解き、壊れた金具のある方を握り、垂らした綱を海面に向けて振る。
「バシャ」
・・・・・暫く待ったが。何もない。
ミレイオはじーっと綱を見つめて『ホントにこれ?』と確認する。イーアンも首を少し傾げて『これだと思うんですけれど』と呟く。オーリンにもう一度やれば、と言われ、再び手繰り寄せた綱を振るう。
「バチャ」
・・・・・何も起こらない。海は揺れるだけだった。
「おかしいわよ。何か違うんじゃないの?使い方が違うとか。何か他に要るものとか」
ミレイオに指摘され、イーアンもうーんうーん悩む。アオファの時は笛だった。冠を被って笛。もしかして笛かなぁと思い、笛を取り出して吹きながら、綱を振るった。
「バシャ」
・・・・・異変はナシ。何よこれ、とミレイオに呆れられる。オーリンも苦笑いで、腕組みしながら見守るのみ。
え~~~ イーアンは思いつかない。だって、これくらいしかないと思うのに~ 謎は親方任せ・・・『うう。タンクラッドが恋しい』ぼやくイーアンに、ミレイオとオーリンが笑う。
「タンクラッドが聞いたら、胸張って威張りそうな一言ね。どうしようか。呼ぶか」
ここで詰まっても時間勿体ないし、とミレイオは仕方なさそうに言う。『どっちみち。必要になったら呼ぶって言ったんだから、もう呼んじゃいましょう』ちらっとオーリンを見て、『もし地下に入れるようになったら、タンクラッドと二人でここで待ってて』と言った。オーリンは了解する。
そしてイーアンは。早々と親方を呼ぶ羽目になった。呼び出しを、連絡球にしようか少し考えて、グィード相手だから腕輪が良いようなと思い、腕輪で呼ぶことにした。
『三度呼んで三度応じる、知恵の女と龍引く手』腕輪に片手を添えて、龍付きで来てね・・・と思いながら唱える。
「呼びました。暫く待つと思います。私が呼ばれた時も、支部にいた時はミンティン付きで一緒に向かったので。バーハラーと一緒に来るとすれば、少し時間がかかるかも」
「あいつだけすっ飛んできたら、受け止めるの嫌ね」
衝撃がスゴソウ、とミレイオは首を振った。どうか親方とバーハラーが、安全な速度に減速して近づきますようにと祈る。そして3人は、親方を待ちながら、グィードの話を続けた。場所がどんな場所なのか。どのくらいの大きさなのか。出てきて安全なのか。一番の懸念は、ミレイオ的に『出てきて安全かどうか』だった。
「大きいのよ。巨大なんてもんじゃないわ。いる場所だけでしか、見当つけてないけどさ。あの場所にいる・・・ってなったら。噂もあるけど、ホントに洒落にならない大きさよ。
アオファもでかいけど、そういう次元じゃない。そんなの出てきたら、海が大荒れ・・・って、もっと惨劇になりそうな津波が起こる」
それを聞いた龍族二人は、目を見合わせて眉を寄せる。『そんなかよ』『ザッカリアにもそう聞いていますが。でも安全だから、存在しているわけですし』グィードを出す前に、考える必要がありそうだとは全員が感じた。
こうして話していると、向こうから何か白い光が差す。その後、熱い風が吹いた。熱波のような風に体を守った3人は、驚いて近づく光を見つめた。『何、今の。あれのせい?』3人で見ていると、それは少ししてから近づいて来た。
来たのは親方&バーハラー。白い龍気に包まれて、彼らは到着。龍気がしっかりと二人を守り、少しずつ光を和らげて、中の二人は姿を見せた。
「死ぬかと思った」
開口一番、親方は睨みつけるようにイーアンを見た。ビックリするイーアン。バーハラーも睨んでいる。ミレイオがさっと前に出て『威嚇しないでよ』と叱ったが、親方は首を振りながら、『何が起こったか聞かせてやる』と、とりあえず文句を言い始めた。
呼ばれた途端、親方が引っ張られ、急いでしがみ付いたバーハラーも一緒に引き寄せられたという。その速度は恐ろしいほどに速く、霧を散らしかけたらしかった。コルステインの家族が反応し、対処したコルステインが霧を増やしたと。
バーハラーは、その速さに龍気を出して自分たちを守ることになり、コルステインの家族たちに触れないように出来たかどうかも分からない、龍気の強さで高速に耐えたんだと、親方は一気に捲くし立てる。
津波の端は、ヨライデよりもかなり手前の、テイワグナ沿岸で終わっていたから、炎の壁もそこまでだがと言いながら、舌打ち。『コルステインたちに恨みを買ったかも』苦々しげな親方。
イーアンは理解した。思うに。仮に、40分であの位置からここまで到達すると、それは音速の早さである。霧の蒸した海上の温度もある。コルステインたちの炎は、実際の炎と同じ効果を与えるようなのに、温度はそうでもないから熱気ムンムンではない。に、しても。蒸されているので、仮に26度くらいだったとしたら、時速1247㎞はイケる。
自分たちだって、1時間半程度だった(※リニア的速度&ミレイオ・スリップストリーム)。1000㎞も離れていないから、親方は音速移動して、この時間で来れたのだ。
音速レベルで空力加熱現象の熱に耐えるとなれば、龍気必須である(=ヒートシールド)。親方の体表耐熱力はそんなにないはず(※火傷で済まない)。バーハラーサマサマだったのだ。
・・・・・ちょっとだけ。何で自分が呼ばれた時は、こんな高速じゃなかったのだろう?とは思ったが。そんなことを呟きでもしたら、話が長くなりそうなので言わないでおいた。
イーアン。親方に深々と頭を垂れて、危険な目に遭わせたことを謝罪をし、後で自分からコルステイン一家に謝ると約束した。親方とバーハラーはまだ機嫌が悪いが、呼んだ理由に話を移してくれた(※緊急時)。
綱で海を打ったし、笛を吹きもしたのに、何も変わらないとイーアンが話し『タンクラッドがいないと、分からないと思った』と言うと。親方は機嫌が直った(※単純横恋慕)。
「そうか。もう一度やってみろ」
イーアンは綱を持って、海をピシャッと打つ。やはりしーんとしている。親方は水を叩いた音を聞き『どっちで叩いた』と訊ねた。イーアンが引き上げて見せると、彼はちょっと見てから、もう片端では試したかと言う。
「こっちですか?でも金具が壊れているから、これを振ったら、外れて落ちてしまいそうです」
「どうせ使い物にならないんだ。そっちで叩いてみろ。それと念のために笛も吹け」
ミレイオとオーリンは外野なので、何も言わずに横で見ているだけ。イーアンはタンクラッドの言うことを聞いて、引っ掛かっている古い金具の付いた方を下に、笛を吹いてから海を打った。
少しの間。沈黙が流れる。何も起こらない。『起こりません。どうしてかしら』イーアンが綱を手繰り寄せ引き上げると、海面におかしな影が見えた。
「あれ。あれ、ちょっと。ねえ!」
ミレイオがイーアンの腕を掴んで、真下の海面を見て叫ぶ。『穴よ、穴が開いてる!』ミレイオの指差した場所の黒い点は、少しずつ広がり、4人が目を丸くして見つめている前で、あれよあれよという間にぽっかり大穴に変わった。
「出てきたな。ミレイオ、どうだ。海底に何か見えるか?」
「見えるわよ。あんたヤナ感じねぇ・・・行くわよ。扉はそこよ」
フフンと口端を吊り上げた親方は、イーアンの肩を抱き寄せて、海に開いた穴の暗がりを見つめて満足そうだった。イーアンはつくづく。この人必要、と思うに至る(※どうして自分は、逆で試さなかったんだろうと、それも思った)。オーリンは笑って『面白い』と頷いた。
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