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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
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73. 援護遠征報告会議

 

 フォラヴもダビも鎧のままなので、椅子には腰かけないで立っていた。フォラヴがイーアンに椅子を引いて座らせ、ドルドレンの帰りを待つ。


「あなたの立場は確立していますから、仕事場がこの支部の中に出来れば、きっと服装も自由でいられると思います。是非そうであって欲しい」


 うっとりした艶っぽい眼差しで、座るイーアンをフォラヴが見つめた。ダビが笑いながら『イーアンの服が変わっただけなんだけど、大した効果です』やっぱり素材だなぁ、と妙な部分で感心している。


「でも衣服の効果というか、結局は素材の良さを引き出しているわけですから、何でもそうですが、一番効率的な引き出し方が素材の価値を高めますからね」


 その誉め方は。その効率的というのは。イーアンは笑いそうになるのだが、一生懸命堪えた。武器大好きな人に褒めてもらうとこうなるのだ。



 突然、扉がノックされて廊下から声が聞こえた。『ロゼールです。荷物を持ってきました』と言うので、フォラヴが扉を開けた。ロゼールとギアッチは何往復かして運んだようで、ちょっと息切れしていた。扉を開け放つと、素早く荷物を運び込む。


「粉の袋2つと、ディアンタの塩袋2つ。それと服の箱4つと、これが・・・魔物のアレです」


 その場の全員が最後の袋で、目を逸らしながらくすっと笑った。イーアンは重ね重ねお礼を伝えた。


「では俺たちは一旦馬車へ戻ります。中を片付けてから、報告会議ですよね?」


 ロゼールがダビに訊ねると、ダビは首を振って『総長が何やら駆けずり回っているから、まだ分からない。しばし待機だ』と話した。ロゼールとギアッチは了解し、片付けたら広間に出ている、と伝えて出て行った。



 入れ違いでドルドレンが戻ってきて、ダビとフォラヴに礼を言い、二人に鎧を脱いでくるように指示した。ドルドレンも鎧は外していた。二人を送り出して扉を閉めたドルドレンが、イーアンに向き直る。


「俺たちが遠征に出ている間に、イーアンの作業する部屋を用意した、と執務室の連中が言っていた。見てきたが、棚が作り付けで付いていて、大型の机がある。広さは・・・そうだな、書庫と同じくらいだ。場所が1階の会議室の向かいで、しばらく物置だった。元々は勉強室だったと思う。それも俺が来る前の話だ」


 イーアンの顔が輝く。ドルドレンもその顔を見て微笑む。そして運び込まれた荷物を見て『服以外を後で運ぼう』と言った。イーアンはドルドレンに抱きついて喜んだ。――これが正しい喜びの使い方だ。とドルドレンはイーアンを優しく抱き締めて頷く。


「それでだ。早速会議だ」


 ちょっと残念な顔で告げるドルドレン。黒い螺旋の髪を耳にかけてやりながら、『イーアンの快適な生活のために、その格好で挑もう』と苦笑した。


「こうした一部遠征の報告会議に参加するのは、遠征に出た部隊と、いつもの執務と経理の者、他は()()()()()だ」


 だから心配なんだ、とドルドレンはぼやいた。その心配とはあの人(クローハル)ですね、とイーアンの脳裏にも過ぎった。あの人はドルドレンをからかうのが大好きみたいだから。

 大きく溜息をついたドルドレンは、諦めてイーアンの肩を抱き『では行こう』と部屋を出た。



 二人が階段を下りた時、まだ裏庭に多くの騎士たちがいる様子で、特に誰ともすれ違わなかった。会議室に入ると、執務と経理の騎士たちは席に着いていた。集合の声がかかったので、今回の遠征に出た騎士たちも間もなく会議室に入り、最後に部隊長たちが揃った。結構な人数だが、もともと席は多いのでしっかり納まる。


 ドルドレンはイーアンの横にどかっと座り込み、決して誰とも目を合わせようとしなかった。イーアンの横にささっとトゥートリクスが来て座ったので、イーアンはちょっと嬉しかった(彼は安全で可愛い)。笑いかけると、大きな目をくりっと向けてトゥートリクスも笑い返した。


 イーアンも他の誰と目を合わせることなく、目の前の机をただじっと見ていた。全員が着席した時点で、進行役の執務の騎士が『援護遠征報告会議を始めます』と全員に伝えた。



 会議は着々と必要事項を述べながら進む。出向人数は10人で、遠征期間中に行きと帰りで民宿の利用があったことや、北の支部の遠征状況など。特筆事項を先に説明し、その後に普段の報告が続く。

 対面した魔物の種類と場所、出現状況の説明が終わり、民間の被害報告と照らし合わせるところまで進むと、最後に魔物の対処方法報告になった。


 部隊長たちはこれが楽しみだった様子で、面々に笑みが浮かんでいる。ドルドレンが簡潔に、最初の森の道の魔物は自分たちが、谷の魔物はイーアンが中心となったことを話した。

 イーアンに話が振られるまで、各部隊長はイーアンには一切話しかけなかったが、雰囲気が異なるイーアンには、会議室に入ったときからずっと視線を注いでいた。――特に()()()が。


「谷の魔物については、北の支部部隊と戦闘状況が異なる。彼らは肉弾戦だったが、それは死傷者が出る危険な戦い方だったため、方法を変えて」


 そこまで話すとドルドレンは、言葉に詰まって天井を見た。そして横にいるイーアンに『どう説明したら良い?』と小声で質問した。出来ればイーアンに解説させたくない配慮だったが、やはりどうも難しい。


 するとギアッチが挙手し、『私の解説で宜しければ』と助け舟を出した。部隊長たちはつまらなさそうだったが、とりあえずギアッチに報告させた。



「この度の戦闘方法は、最初から最後までイーアンによる戦法であることを最初にお伝えします。


 まず魔物が川の中に潜んでいるため ――それは先ほどの総長の報告のままです―― 彼女は魔物の体組織を壊すことを目的に作戦を計画しました。北の支部の負傷者の話によると、傷つけても死なず、倒したと思えば生き返るという話でしたから、武器による攻撃は効かないとした判断からです。


 トゥートリクスに魔物の頭数と範囲を確認させた上で、彼女は川を堰き止めるように言いました。範囲を限定し、集中的に効率的に、魔物に損傷を与えるためでした。我々は木を切り倒し、堰を造りました。


 その後、ダビとロゼールに塩を滝つぼ付近に撒いてもらいました。前日の大雨の影響による、上流の倒木で水が止まっていたので、滝も谷川も水量が減っていました。この塩は、淡水に生息する魔物の体の組織に損傷の影響を与える目論見からの使用です。


 しかし塩を撒くだけでは退治出来ないということで、イーアンと総長、フォラヴとシャンガマックの4名が上流へ移動し、上流の川を堰き止めていた倒木を総長が壊し、一気に溢れ出た水と同時に、フォラヴと共にイーアンは滝つぼへ飛び込みました。この時、総長とシャンガマックは決壊による増水から、一時避難しています。我々も、決壊予定前に北の支部全員と共に、川の影響が及ばない岩の上へ避難していました」


「ちょっと待て。質問だ。滝つぼに飛び込んだと言ったか?」


 クローハルが話を遮った。遠征に参加していない騎士たちの間で、ざわめきが起こっていた。ドルドレンの部隊は苦笑していた。


「そうです。イーアンはフォラヴの力を借り、流れ落ちる水と共に滝つぼへ飛びました。そして何かを投入し、滝つぼに落ちる水の威力にさらに輪をかけて爆発を起こしました。


 解説を続けます。滝つぼの爆発は、猛烈な勢いで谷川を氾濫させ、堰で止められた短い区間にいた魔物32頭は、掻き回された塩水に翻弄されました。イーアンは堰を造る際に、水底を空けるように指示していたので、一気に押し寄せた水流は、堰の開いた箇所である水底からさらに水を引き込み、逆流した津波となって水流は滝つぼへ返りました。川幅は膨れ上がり、我々が避難していた木立までが水に浸かりました」


 一度話を切って、静まり返った会議室を見渡してギアッチは続ける。


「塩。そして爆発による気圧の差で生まれる衝撃。これがイーアンの立てた作戦の目的でした。魔物の体が組織から壊滅するように仕組んだのです。これで実に30頭を倒しました。


 しかし翌日。思い出すのも恐ろしい・・・いや、失礼。魔物が2頭、回復していることをトゥートリクスが報告しました。そして更なる手を打つことになりました。

 偶然でしたが、天が味方についたか。前日の午後に、イーアンは対岸にある廃墟の僧院で、使われていない道具や材料を回収していました。

 その中に白い粉があり、それを使うことで魔物を倒す方法を思いついた彼女は、ダビに矢を射かけてもらい、我々が魔物を川から引き揚げたところで、その体に粉を掛け発熱を通して倒しました。2頭は粉により死に、徹底的に復活を防ぐためイーアンはその後に魔物を燃やしました。死者及び負傷者は0名でした。

 これで解説を終わります」



ギアッチの話が終わり、ブラスケッドが『イーアン。何を滝つぼに投入したのか、聞いても良いか』と質問した。


「ブラスケッドさん。あなたの前でご紹介した炎です。イオライのガスを包んだ石です」


イーアンが着席したまま、ご存知でしょう?という微笑で答えた。ブラスケッドは大きく頷いて『ガス』と呟いて口角を上げた。イーアンもニッコリ笑った。質問はこれだけだった。



 最後の2頭の倒し方の部分で、イーアンを除く遠征組みが『うーん』と小さく唸って苦しげにしている様子は、部隊長たちには怪訝に感じたが、どうやら完勝したのは確かだと理解した。


 ポドリックやブラスケッドは顔を見合わせ、面白そうにフフンと笑っていた。コーニスらは『もう想像がつかない』と半ば呆れていた。書記は相変わらず必死になって書き留めていた。全てを聞いて、クローハルは笑顔で頭を振り『イーアン、立ってくれ。賛辞の拍手を贈りたい』と要求した。


 なぜ?!とイーアンがクローハルを見ると、クローハルは笑顔で『さぁさぁ』と両手の平を上にして立つように促している。ドルドレンは苦虫噛み潰し状態で『あいつ』と小声で毒づいた。



 イーアンは諦めて立ち上がり、俯いた。『私を信じてご協力頂いた皆さんに、心から感謝いたします』と遠征部隊に礼を述べて。


 クローハルが拍手した。それに続いて部隊長たちも拍手し、フォラヴが拍手を打つと遠征部隊全員が拍手を贈った。経理と執務の騎士たちは『この人、貴重ですね』と笑っていた。

 恥ずかしいので俯き続けるイーアンの袖を、ドルドレンがそっと引いて座らせた。



「以上だ。それでだ。イーアンは先日に引き続き、北西の支部に多大な貢献をしている。我々は今後もその活躍を後押しする方向で、イーアンの作業部屋に加え、彼女自身のペースで仕事が出来る状況を整えようと思う。異議はあるか」


 会議に参加した者は、特に異論はない様子だった。

 ドルドレンたちが出発してすぐに作業部屋の確保は始まっていたし、帰ってきたら何かしら『魔物土産』でも持って帰るだろう、と思っていた。その辺に置かれるよりは、一つの部屋に押し込めてもらっていたほうが気が楽でもある。


「では満場一致で賛成とする。援護遠征報告会議をこれにて終了する」



 ドルドレンが場を〆た。


 会議室の扉が開かれ、夕食の香りが流れ込んできた。執務の騎士の一人がイーアンに近寄ってきて、鍵を渡し、『どうぞお使い下さい。あなたの今後の力に少しでも役立ちますように』と微笑んだ。イーアンは頭を下げて、有難く鍵を受け取った。




お読み頂き有難うございます。

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