737. テイワグナ大津波戦 ~勇者と仲間の到着
メドロッドがいなくなってから、オーリンはすぐにイーアンの元へ降りた。『大丈夫か?』何されたと訊くオーリンに、イーアンは無事を答えた。
「私がいけませんでした。ここで風を起こして、魔物をいっぺんに片付けようとしたから。風で霧が散っては、彼らにとって不利なのです。それを、自分たちへの攻撃と捉えたようで」
「そうなのか?霧って、これ。あいつらが作ったのか。光を遮るために」
そうだと思うと頷いたイーアンは、それで攻撃を仕掛けたと勘違いされたらしいこと、自分がコルステインの仲間の龍だと知ったら、許してもらえたことを急いで話す。
「あの方は凄い力です。この場所から丘へ向かう魔物、何百だかの数を、一瞬で塵にしてしまいました」
オーリンもぎゅっと眉を寄せて『一瞬』と繰り返した。丘へ上がる斜面への距離は、思うに、近くても500mはある。『怖いな』そう言ってイーアンを見た。
「一時的に魔物がここから減ったけど。上から見るとまだ、全然。この脇の川や、港の入った部分にもウジャウジャしている。
イーアンは、町の人たちが上がった、この道付近全体を守り抜いてくれ。倒れていた人は連れて行ったようだし、ここに人間はいないと思う。
おれも上から続けるが・・・とてもじゃないが、射掛けてどうにかなるような数じゃない。早く総長たちが来ると良いけど」
了解し合って、オーリンはまた浮上する。龍気の呼応を止めないようにして、あまり離れない場所で、二人は退治を続けた。それは実に、終わりのないままに続く時間だった。
メドロッドが戻ったのを感じたコルステイン。憎しみの雰囲気が消えていることに、イーアンに何があったのかを心配した。
『イーアン。何も。悪い。しない。メドロッド。何』
『コルステインの仲間。女の龍。角がある。光を出すなと教えた。分かった』
メドロッドの言葉は、コルステインの他にも全員に伝わる。コルステインはホッとした。それから5人揃って、新たに炎の衝立を強固にしたところで、再び別の状態が起こる。
『来た。ドルドレン。仲間。来る。龍。沢山・・・コルステイン。皆。教える。行く』
龍が沢山来ることと、自分の仲間が来ることを告げた言葉で、家族の間に僅かな緊迫感が生まれた。だがコルステインは、懸念一つ話さず、すんなり炎を抜けたので、自分たちへの影響を避けるつもりと了解し、残る4人は津波を抑えるに徹した。この津波。この魔物。全員が感じていた。何か。おかしいことを。
ドルドレンたちは、霧の立ち込める境に突入するところだった。かなり飛ばして来たつもりだが、ミレイオの指摘のように、龍たちの速度に乗り手の自分たちが合わないようで、最高速度からは遠かった。
「来たぞ。テイワグナだ。凄まじい量の霧が出てるが、見えるんだろうか」
タンクラッドは真っ白い雲の中に入るような状況に、お互いの姿が見えないことを心配する。自分は龍を見付けるが・・・と言いながら、皆の龍たちは霧に突っ込む。
「こうしておかないと。コルステインたち、光があると動けないのよ。多分、自分たちで作ったんでしょ」
ミレイオが親方の後ろで教える。タンクラッドは理解したようで『そうか。光は罰と』うっかり呟いて、慌てて口を噤んだ。ミレイオはちらっと見たが、特に気にしておらず、前を向く。
「気をつけなさい。ここまで霧が深いと、よっぽど明るくなきゃ見えないもの。私は見えるけど。あんたたちは龍から降りちゃダメよ」
「俺は降りることになるのか」
不安そうなドルドレンの声が、前から聞こえる。コルステインが来そうだな~と思うと、愛妻を怒らせた(※胸があるかどうかの話)辛さが、頭を悩ませる。ミレイオは気の毒そうに溜め息をついた。
「そうね。もう来るわよ」
え。ドルドレンが反応した時、頭の中で『ドルドレン』と呼ぶ声がした。うへ~と思うものの。ドルドレンは不思議だった。なんでビルガメスの贈り物があるのに、頭の中に話しかけているのか。
しかしそんな質問。今はそれどころではないので、後でミレイオに聞いてみようと片付けて、頭の中でコルステインに返事をする。
そして言われる。龍から飛び下りろと・・・『無理だ。コルステインは大きいが、もっと大きくないと、俺を支えられない』ドルドレン、ちょっと抵抗。
『大きい。出来る。龍。近い。ダメ。落ちろ』
命令だ。これは、俺の命の相棒ショレイヤから落ちて、浮気しろと(※違う)。ドルドレンは嫌がる。よく見えないから困るとか、もうじき海だから結構とか、頑張って粘ったが。
『大きい。コルステイン。大きい。ドルドレン。すぐ。下。落ちろ』
コルステインは聞かなかった。ミレイオは会話が聞こえているので、諦めるように言い、この場はコルステインの方が有利かもしれないとも教えた。
嫌々、渋々。コルステインは仲間とも言われているし、怒らせても後が怖いので、ドルドレンはショレイヤの首に縋りついて『すまない。ちょっと行ってくるが、お前は大事だ』と伝えてから、意を決して飛び下りた。
ドルドレンはひゅーっと落ちてすぐに、何かの上に着地した。それは黒い両翼の中心で、月光色の髪の毛が広がる大きな背中だった。
『コルステインの背中か』
『ドルドレン。大丈夫。一緒。飛ぶ。お前。落ちる。もう。しない。コルステイン。一緒』
コルステインはどうやら。自分のことは名前で呼ぶらしい。そして相手には、お前とか名前を呼ぶのか。一つずつ区切る言葉は、慣れないと勘違いもありそうだが、一生懸命話しているのかと思えば、頑張っている気がした。
ドルドレンはコルステインに、自分が戦う時は龍に乗ると言うと、コルステインに却下された。
『ダメ。一緒。龍。違う』
最初に見た背丈も3m近かったのに、今は倍くらいもあるコルステインは振り返り、ニコッと笑う。ドルドレンは戦う前から少し疲労を感じたが、大人しく従うことにして『それなら絶対に落とすなよ』と頼んだ。
そしてイーアンのいる場所へ連れて行ってもらうことにして、ミレイオにもそう伝えてもらうように言うと、コルステインは応じてくれた。
『ミレイオ。サブパメントゥ。仲間?』
『仲間だ。コルステインと同じだな』
うん、と頷いた嬉しそうなコルステイン。あの金色の目の男はサブパメントゥだと思ったが、仲間だったのだ。精霊は『彼は優しい』と言っていた。コルステインもそう思ったから、新しい仲間が優しいのが嬉しかった。
それからすぐにイーアンの戦う浜へ降りた。それに従って、龍たちも続いて浜へ降りた。
イーアンはコルステインの気配を感じて、一度攻撃をやめる。やめた直後に、さっきよりも大きくなったコルステインが降り立った。そして、片腕に回された伴侶が、申し訳なさそうな顔でそこに立つ。
「ドルドレン。コルステインに乗せて頂いたのですか」
「悪く思わないでくれ。決して浮気ではない」
「ぶり返さないで下さい。忘れていたのに。浮気なんて思っていませんよ」
苦笑いするイーアンは、ドルドレンを乗せたコルステインに微笑みかける。青い瞳がこっちを見つめて、ドルドレンを乗せた腕を降ろした。
『龍。笑う。龍。優しい』
『有難う。あなたが優しいからです』
優しいと言われたことは、どれくらいぶりなのか。遥か昔にもあったような。コルステインは、イーアンにドルドレンを渡す。そうした方が良い気がした。
「イーアン。どうなのだ。魔物は」
「オーリンが近くにいます。彼は上から攻撃してくれていますが、おかしいです。減っている気がしません」
「その意味は」
質問した親方が降りてきて、コルステインと距離を取った龍が後ろに並び、その背中から一度全員が降りて集まった。
「タンクラッド。変です。恐らく20,000頭なんて、とっくに片付けています。私だけではなく、あの青い炎の壁が見えますか?コルステインの家族が、あれで津波を堰き止めて下さっていますが、あの中にも思うに魔物がいるのです」
イーアンがコルステインを見上げると、青い瞳は瞬きして肯定した。親方は巨大になったコルステインに驚きながらも、いつからなのかを訊ねた。
答えは『知る。しない』だった。ミレイオ曰く、彼らに時間の感覚がないことから、時間はあまり分からないかもと。
「でも。結構な時間をこうしています。見えますか、そこにいる。えいっ」
イーアンは波打ち際から出てきた魔物を、飛び石でも投げるように腕を振って爪で斬った。『こんな具合で、終わりがないのです。退治したら、呆気なく灰なのか。砂浜に消えていきますけれど、如何せん、数が多過ぎます』本体が別なのかもと、イーアンはドルドレンに言った。
「そうだな。そう考える方が自然だ。退治したものも別段、幻というわけではなさそうだが。しかし本体を倒さなければ、延々と増えていくのかもしれない。あの・・・イオライ戦の獣頭人体のように」
ドルドレンがイオライの嫌な記憶を思い出すと、騎士たちも同様に表情を歪め、シャンガマックが訊ねる。
「石ですか。頭に光っていた赤い石。探しますか。どうやって探せば良いのかは、分からないですが」
「探せるぞ。俺の剣が告げている。さっきから、魔物の王の気配に武者震いしっぱなしだ」
タンクラッドが答えた。皆がタンクラッドを見ると、背中に背負った大剣の柄を握り、ゆっくり引き抜いて柄頭の黒い石を見せた。その石はやんわり赤く光り瞬き、握られた柄は揺れている。
「アオファの時もそうだった。お前たちが戦っていた、あの場所の上を通過した時、この剣は『魔物の王の気配はそこにあり』と教えたんだ。今もそうだろう」
そう言うと、親方はイーアンを見た。『行くか。イーアン。まずは見つけてからだ』剣を鞘に戻した親方はイーアンに号令。イーアンも頷いた。
・・・・・それを。イーアンだけに言うのはどうなの、とドルドレンは思ったが。この二人が組むと、謎解きが早いのも、嫌になるくらいよく知っている・・・仕方なし。黙って見守ることにした。
「そう。じゃ、フォラヴとシャンガマックと、ザッカリア。イーアンが守っていたここを代わりに守ったら。
武器の扱いで範囲分け。道を上がった所を、シャンガマックとザッカリアで止めて。フォラヴは、武器の行き届く範囲が広いから、この砂浜にしなさい。
龍を使うにしても、陸から出ないで。サブパメントゥは、光も空の存在も苦手なの。場所を守らないと、折角のお互いの力が活かせないから、それは意識して」
イーアンは、さっきそれで誤解をされたかもと、付け加えた。『風を起こしてはいけません。霧が晴れるとコルステインたちは、光に敏感ですから気にします』気をつけて、と騎士たちにお願いした。
ミレイオは、危なくなかったのかと、これを聞いて少し気になったが、彼女がそれ以上言わないので、きっとコルステインの家族とモメはしなかったのかもと、解釈した。
「よし。じゃ、行くぞイーアン。お前は、俺とバーハラーと一緒で大丈夫か。飛べるか?」
「オーリンにもお願いします。バーハラーも返してくれますが、龍気はオーリンがいる方が」
あ、そう。親方はちょっとつまんない。でも緊急事態だし、大人なので頷く。イーアンは、一人空中で戦ってくれているオーリンを呼び、親方と一緒に本体を探すと話した。オーリン了承。
「コルステインの家族から距離を取って。で、コルステイン」
彼らが動く前に、ミレイオはコルステインに話しかける。『魔物を調べるの。もしかすると家族の攻撃も変わるかも。だから、イーアンたちから少し離れて』流れが分かるかな~と、気掛かりそうに見上げるミレイオ。
『何。攻撃。どこ』
やっぱり分からないかー。ミレイオは了解して、一緒に行くから、自分の言葉を家族にも伝えるように言った。『教えるから。出来る?』確認すると、コルステインは頷いた。
「はい。じゃ、行くわよ。私、お皿ちゃんで行く。シャンガマック、ザッカリアを守って。フォラヴはここよ。イーアンは翼でしょ。ドルドレンはコルステインに連れて行かれなさい(※諦め)。タンクラッドとオーリンはイーアンの横ね」
てきぱき決めて、ミレイオはお皿ちゃんに乗り換える。『無事でね。何かあったらすぐに連絡するのよ』そう言うと津波に向かって飛んだ。騎士たちもすぐに自分の龍に走り、その背に乗って戦闘体制に臨む。
ドルドレンはコルステインの腕に乗せられて(※イーアン&ビルガメスの地下版)津波へ向かった。親方とオーリン、イーアンもその後に続いた。
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