736. テイワグナ大津波戦 ~序盤
「綱。綱!そうでした。はい、持って行きます」
イーアンはそそくさ馬車に戻り、自分の荷物の中から古い綱を出した。何重にか巻いた綱を腰のベルトに引っ掛けて、アオファの冠を首に下げると、馬車から出る。他の騎士たちも、自分たちの寝床の馬車で、鎧を装着中。
「私。もう行けます。ミンティンを・・・じゃなかった。コルステインに影響してはいけません。オーリンがいるから、オーリンとガルホブラフだけにお願いして飛びます」
「無理するなよ。俺たちも後から行く」
親方はイーアンの頭を撫でて『絶対に無理をするな』と頼んだ。イーアンは力強く頷く。そして伴侶を見ると、伴侶は困惑中。『お。俺は。コルステインに乗るのか』それが怖いのか、眉が寄っている。
「そうなると思うのですが・・・しかし」
イーアンも頭を掻いて、コルステインを見てから、空を見上げる。快晴の夕方。地震が起きてから3時間は経っているが、まだ日が沈むまである。
『コルステイン。あなたは光の中で移動が辛いのでは』
『光。ダメ。光。消す。出来る?』
『ごめんなさい。私はその力がないです。どうしましょう。ドルドレンは後で来てもらいますか?』
『嫌。行く。一緒。乗る。ギデオ・・・ドルドレン。コルステイン。乗る』
一緒に行きたいのか~ 悩むイーアン。コルステインはでも、この光でも辛そうなのだ。馬車の影から動かない。ミレイオに相談すると、ミレイオも頭を振って、説得に入ってくれた。
少しの間。お互いの頭の中だけで会話していたようで、向かい合ったまま首が動いたり手が揺れたり。その後にミレイオが勝ったようで(※頭脳戦)頷いた。コルステインはがっかりしていた。
「コルステインとイーアンが先に行きなさい。コルステインは陰の中を移動して、テイワグナまで出るでしょう。イーアンは真っ直ぐ・・・あ、オーリンもいるのか。じゃ、二人でテイワグナの沖に向かって」
「俺は?龍で行くのか?ショレイヤで」
「そうなるわね。テイワグナに入ったら、コルステインが迎えに来るかもしれないけど」
え~~~ 嫌そうなドルドレン。そら、そんな悪いヤツって感じはしないけど。女の胸がある時点で、何だか浮気してると思われそう(※男龍なら何の問題もない)で、出来れば避けたかった。
イーアンは伴侶のそんな気持ちを察する。そっと腕を撫でると、ドルドレンは困った顔で『俺はイーアンだけだよ』と最期の言葉のように呟いた。
「大丈夫です。分かっています。コルステインはアレもありますから。そこ安心」
「そこ安心って。胸あるんだよ。困るだろう」
「私ありません」
そうじゃないんだよ~~~!! 危機に立ち向かう手前で、愛妻の機嫌を損ねたドルドレンは、慌てて機嫌を取る。むすっとしたイーアンに『俺は君が好きなんだよ』と必死に縋りついて、許しを請う。
「夫婦喧嘩なんか、後になさいっ 緊急なんだから」
ほら、行けと追い払われたドルドレンは、泣く泣く鎧を着けに馬車へ戻った。そんなつもりじゃなかった、と落ち込みかけるのを、頑張って支度する。ちらっと鎧の中を見て『あ。花びらも持っていくか』使うかもと、小さな革袋に入れたままの、夜明けの色の花びらを、鎧の内側に引っ掛けた。
ミレイオはイーアンの頬を両手に挟んで覗き込む。『気をつけるのよ。コルステインの家族も来るかもしれない。あんた、得体が知れないから、何してくるか分からないの。私が行くまで、頑張って』最初の懸念は、コルステインの身内。ミレイオは無事を祈って、お礼を言うイーアンの頭にキスしてから送り出した。
コルステインは既に、陰に解けて消えていた。イーアンはオーリンの側で翼を出す。オーリンとガルホブラフから白い空気が流れた後、イーアンとオーリンと龍は飛び立った。
その速度。これまでで初の、流れ星のような速度で、あっという間に南の空に消えた。
「出来るのね。やっぱり。タムズたちも龍と一緒だと、凄い勢いで飛ぶけれど。あの子も、もう」
見送ったミレイオも、馬車に積んだ荷物から、龍の上着を出して羽織る。『私もこっちか』フフッと笑って、自分の立場に『ヘンなの』と首を傾げ、タンクラッドが待つ龍に走った。
ドルドレンたちも全員が武装した後、各自、龍を呼び、一斉に南へ。ザッカリアを固めるように周りを囲み、騎士たち4人はテイワグナへ急いだ。
白い光の塊となって、テイワグナへ向かう、イーアンとオーリン。『辛くないか。足りてる?』オーリンに訊かれ、イーアンは大丈夫と答える。『あなたはどうです。相当な速度です』冷たいのではないかと心配するイーアンに、オーリンは苦笑い。
「ちょっとはね。でも上着もらったから、普通の服より全然。それと龍気の中にいるからかな。思ったよりは無事」
「良かった。私たちには合っているのです。もうすぐですよ、テイワグナ。オーリンも、コルステインの家族に気をつけて下さい。先ほど、ミレイオが忠告されました」
「何?さっきのデカイのの家族?あれだろ?あの女みたいなのに、チン○付いたヤツ」
「そうです。えー・・・両性具有と言いましょうか。その方です。あのコルステインに家族がいるのです。全員似ていると話だけは聞いていますが。
もしかすると、私たち龍族は、彼らに快く思われていないかもです」
何で?眉をひそめるオーリンに、イーアンは始祖の龍の話を少しした。『ですので、地下から天を目指した時の、積年の恨みとか。ありそうですから』分からないけど、と付け加える。ミレイオが気をつけろと言った意味は、イーアンにはそれくらいしか思い当たらなかった。
「根に持つんだな。まぁ良いよ。わかった。気をつけよう」
イーアンは少しの間なら、一人でも翼と爪は出せることを伝え、離れても大丈夫であることも教える。オーリンは了解し、『出来るだけ側にいる』と言って前方に顔を向けた。
「入るぞ。すげぇ霧だな。何にも見えないよ、テイワグナだ」
イーアンとオーリンは龍気を高める。白いぼんやりとした厚い霧の中に突入し、二人は速度を落とした。二人の龍気は、白の中でも粒子が煌くような白。見失いようのない龍の空気に包まれて、山を越えて海へ飛ぶ。
山を抜けたすぐに、目に飛び込んできたのは。『あれですか。シャムラマートの予言です』イーアンの凝らした目の先を見たオーリンも『うえ。ホントだ。津波が固まってるよ』あんなの来たら壊滅だぞ、と呟いた。
白い霧に阻まれて、視界は殆ど利かない中、大きな壁のような物が目の前にあり、その手前には沿岸の町と、戦う人々の声がする。大きな壁は異様で、近づいて知ったのは、青黒い炎と海が競合う様子だった。
『イーアン』
頭の中に声が響く。ハッとして気配を探すと、コルステインが近くに現れた。オーリンはギョッとして龍をずらす。コルステインも近づきにくいようで、少し距離を取った。
『人間。魔物。戦う。コルステイン。ダメ。人間。イーアン。人間。助ける』
『分かりました。私はでは、下へ降ります。後からドルドレンたちが来ます。案内をして下さい』
『分かる。する』
コルステインは答えると、すっと消えて大きな壁に向かった。青い炎の壁が揺らぎ、揺れ方が激しくなったが、イーアンたちは急いで下へ降りて、すぐに町の人たちに加勢した。
砂浜に降りる一歩前で、イーアンもオーリンも、間に合わなかったと、苦痛の表情に変わる。もう何名かが倒れている。それに魔物がやけに多い。砂浜と思っていた半分以上が、魔物のひしめく群れだった。
男の人たちが剣で殺しているが、殺しきれていないのか、魔物に迫られて追い詰めれらている。オーリンが弓で上から、『俺は少し遠くにいるのを片付ける』と射掛け始めたので、イーアンも剣で戦う人々の側へ行って『手伝います』と叫んだ。
「誰だ!え、女?誰だ、その背中のは」
「ハイザンジェルの騎士修道会です。そして私は龍です(※微妙だけどこれしか言い様ない)。私が戦いますから、皆さんを逃がして下さい」
「何言ってるんだ。こいつは何だ」
次々に出てくる異常な事態に、男の人たちは騒ぎ立てる。そうだろうな、とイーアンも困る。緊迫の状況で、突然来た変な女が『私は龍なの。後は任せろ』と。理解なんて無理だよねぇ~ すまない気持ちで一杯だが、自分がとっ捕まりそうな様子なので、すぐに爪を出した。
「離れて下さい。あなた方を守ります」
「あんた、えっ ホントにあんた!もしかして、龍って。あの」
視界の利かない海霧の中、煌く白い湾曲した爪を両腕に出したイーアン。背中には6枚の白い翼。青白く輝く龍の鱗の上着。僅かな明かりと龍気で、特別な存在を現したその姿に、驚いた男の人が叫びそうになった時。
イーアンの大鎌のような腕が、砂浜に向かって振り上げられた。体を伸ばした魔物の殆どが二つに切れ、もう片手で振るわれた爪に掛かって、さらに細かく切れて散る。
「下がって。皆さんと遠くへ逃げて下さい」
「龍だ。本当に、龍の女が来たんだ。『龍の島の女』だ!」
誰それ、と思いながらも、ざっばざっばと斬り続けるイーアンは必死。『早く!逃げて下さい!』いいから逃げてーっ 頑張って叫ぶイーアンの声に、ハッとした男の人たちは、今のうちだと、後ろを向いて大声で命じた。
逃げ始めた人間を追い、突進する魔物も、イーアンは叩き斬る。6翼全開で移動を繰り返し、気配で探しながら、見えない霧の中を魔物相手に爪を振るう。爪の範囲ではない場所は、オーリンが倒してくれている。
出来るだけ地表に近い場所で、魔物の気配100%の状態を秒速感知しつつ、イーアンはその白い爪で戦う。着地した足元から襲ってくる魔物も急いで斬りつけ、砂地に足を置いた勢いで、6翼を宙に叩きつけて大きな長い爪を振り回した。
イーアンの回転ゴマのような動きで、両腕の爪が円を描き、その範囲の魔物を全て切り刻む。
刃物付きの回転ゴマから巻き起こる風。旋風が、霧を晴らし、その場所の視界だけを少し明るくした。この行為が、コルステインの家族に目を付けられる。
『何・・・空の者がいる』
『コルステイン。空の者だ。動いてる。攻撃してる』
反応した声がコルステインの頭に届いた。コルステインたちは炎の壁となって、一度は後退した大津波が、再び勢いを増して押し寄せてくるのを止めている最中。
『あれが。光を運ぶ。光。攻撃』
『違う。イーアン。仲間。悪い。しない。魔物。殺すだけ』
コルステインは、家族の憎しみに近い声が増えたのを知って、イーアンは違うと教えたが、家族の一人はそれを無視して、炎の壁から抜けてしまった。
『ダメ。イーアン。何も。メドロッド。戻れ』
メドロッドと呼ばれた、男女の別のない体に、腕代わりの大翅が付いた者が、光を作ったイーアンのいる砂浜へ滑り込む。あっという間に砂浜に降り立った、夜空色の体の大きな人に、イーアンはビックリして振り返る。
『あなたは』
『お前は誰だ。名前を言え』
イーアンは名前を言おうとして、ハッとする。こういう時、名乗るとマズイんではなかったか。コルステインに似ているから、ご家族だと分かるが、何だかとても怒っていそう。
黙るイーアンに、メドロッドは近づく。腕の変わりに棘の生えた甲虫の翅が、鎧のように付いているその人は、白い龍気を放つイーアンの側まで来て立ち止まる。
『空の者。お前の名は』
どうしよう、イーアンは困る。魔物がまだ出てくるが、爪を振るうわけにいかない。オーリンの龍気が、こっちに向いているのも分かる。でもオーリンも、手を出してはいけないと気が付いたか、動きが停止している。
『魔物を倒さないといけません。ここを守らねば』
『空の者。光を運ぶ。サブパメントゥを退けるお前』
『しません。そんなこと・・・あ、さっきの?風が。ごめんなさい。もうしないです』
イーアンは気が付いた。自分が起こした旋風が霧を払ってしまったことを。自然発生ではなく、光を嫌う彼らが作った霧だったのかと、ようやく気がつき、急いで謝る。
『しない?なぜ来た。お前は・・・ん。それは、龍の角か?』
謝ったイーアンは頭を下げて、角が見えた。龍の角と聞かれて顔を上げ『そうです』と頷いた。その返事に、メドロッドは怒った顔を戻した。
『龍。龍?女の。コルステインの仲間の』
ハッとしたイーアンは、自分はコルステインの旅の仲間だと、すぐに伝えた。『コルステインに呼ばれました。ここを守りませんと。魔物が』焦るイーアンは、魔物が地を這いながら丘に向かうのを、ハラハラして見る。
早くしなければと不安で一杯の、小さな龍の顔を見て、メドロッドは大きく頷いた。
『分かった。お前は仲間の龍』
サブパメントゥに光を投げて、攻撃しようとしていたわけではないと、理解したメドロッドは、イーアンの顔が向いた先の魔物に片方の翅を動かした。それは少し傾けただけだったが、ぞろぞろと這っていた魔物は一瞬で塵となった。
イーアンは唖然とする。目を丸くして唾を飲み、その攻撃に心底怯えた。
青なのか黒なのか、深海のような大きな瞳で、白目の殆どない目は、白い角を生やした小さな龍に視線を戻し『光はやめろ。力の使い方が違う』と注意すると、腕を広げて海へ戻って行った。
イーアンはへたり込みそうだった。あんな力の持ち主が、コルステインの家族なのかと思うと。その頂点にいるコルステインは―― 自分なんて、如何ほどのものかと思わざるを得なかった。
お読み頂き有難うございます。




