733. 昼下がりの馬車で ~地震と情報交換
不思議なザッカリア・タイムを終えて。少しの間、8人の間に静寂が訪れる。
ザッカリアは用が終わると、親方の胡坐に戻ってまた座り(※親方複雑)ちょっと寄りかかって、目の合ったイーアンやオーリンに微笑みかけた。上に座る二人も微笑み返すが、非常に重要そうな予言が、ちっとも分からないので困っていた。
「オーリンもイーアンと2個同じ。だから仲良しだ」
「そうなの?有難う」
よく分からないけど、短めの言葉だから覚えておこうとオーリンは笑って答えた(※さっきの長くて忘れる)。イーアンは微笑み『ザッカリアはいろんなことを教えて下さいます』と誉めた。
「イーアンとオーリンは今、龍で一緒でしょ。もう一つは、イーアンとミレイオが龍の民の」
ハッとして二人が彼を見た時、外で音がしてザッカリアの言葉は止まった。
音は奇妙な空気の振動を伴い、地響きのような、うんと低い音だった。全員が緊張して馬車の外に顔を向ける。
数秒後。グラッと揺れたと思ったら、次の瞬間、突き上げられるような地震が起こった。『掴まれ!!』ドルドレンが上に座る4人に急いで言い、グラグラグラ・・・と、上下に動く地震に、8人は固まる。
親方はザッカリアの頭を抱え込み、体の内側に隠す。オーリンがイーアンの頭を引っ張って抱え、同じようにミレイオも、すぐ横のフォラヴの頭と肩を抱き寄せて包んだ。
地震は暫く続き、徐々に動きが遅くなり、そして落ち着いた。揺れが収まってからも少しの間、8人はそのまま警戒していたが、地震が終わってから3分後、もう揺れないと判断してようやく緊張を解いた。
「地震?ハイザンジェルは少ないのに」
ミレイオの言葉に、皆が不安そうな目を向ける。『私。ヨライデにいた時は地震、結構あったのよ。あっち海近いから』でもこっちで地震なんて、と眉を寄せる。
「そうだな。ハイザンジェルは周囲が山に囲まれているが、海からも遠いし、地震なんて数えるくらいだ」
ドルドレンが続け、タンクラッドも思い出したことを加える。『昔な。旅した時は他の国であったが』珍しいと言う。
「そうですね。俺も旅したことありますが。アイエラダハッドは火山帯があるから、地震というか。揺れは時々出くわしましたね。でも今みたいな揺れじゃなかったですけど」
シャンガマックは、地震の種類が違うと指摘した。『今の、上下でしたよね。大体は横に揺れる印象でした』何か変だと気が付いたその声に、ドルドレンは褐色の騎士を見る。
「どう思う。お前の知識に何かないか」
「俺。覚えてるよ」
シャンガマックの代わりに、ザッカリアが口を開いた。ドルドレンはハッとする。その『覚えている』の言葉の意味に、子供の恐ろしい記憶が含まれていると思い出す。
「ザッカリア。もしかしてそれは」
「うん。俺が小さい頃。もっともっと小さかった頃だよ。皆で集まった。怖かった」
ザッカリアの目が悲しそうに変わったのを見て、ドルドレンは急いで手を伸ばして頬を支えた。『良いんだ。言うな、話さなくて良い』泣きそうな子供の顔に、もう話すなと頼む。
その様子から、見ていた親方は何かあると理解して、ザッカリアに回していた両腕をぐっと寄せ、頭を下げて彼の耳元で『大丈夫だ。今は俺たちがいるから』と囁いた。
「何があったか知らん。だが今度は俺たちがいる。皆がお前を守るだろう。怖くないぞ」
うん、と頷く子供の顔に、恐怖と悲しみが一杯になる。イーアンも見ていて可哀相になり、ザッカリアに『お母さんがいます。守りますよ。絶対に怖くありません』ちゃんと目を見て伝える。
うん、うん、悲しみの顔のままに頷き続けるザッカリア。
親方は思い出す。イーアンが、ザッカリアの経緯を話してくれたことを。彼は確か、幼少時にどこからか連れ去られて人攫いの家で働かされていたのではなかったか・・・その連れ去られたきっかけが、もしや地震か。
背こそ伸びたが、ザッカリアはまだ11~12歳前後のような話。というと遡れば、大地震の恐怖と言えるのは。テイワグナ南沖のあの地震。あれが7年前なら。
「お前。お前はテイワグナの地震に」
タンクラッドが言いかけて、ドルドレンが痛ましそうに目を細めて、さっと首を振る。親方もすぐに口を噤んだが、ザッカリアはもっと悲しそうに項垂れた。
悪いことをしたと親方がザッカリアを横向きに抱え直して、自分の顔を見せる。レモン色の瞳が、少し涙の膜に潤んでいた。
「ごめんな。もう言わん。でもな、大丈夫だぞ。本当だ。俺が守ってやる。お前がどんなに怖くても、もう二度と繰り返しはしない。
総長もお前を守る。イーアンも守る。シャンガマックも、フォラヴも、ミレイオもオーリンも。皆がお前を必ず守るから、何も怖くない」
そこまで言って、親方は大きな手でザッカリアの頭を胸に押し付け、くせっ毛の髪を撫でてやった。ザッカリアは親方の心臓の音を聞きながら、少しずつ怖さが消えていくのを感じる。『有難う』小さな声で答え、撫でてもらうままに大人しくしていた。
何があったのか。それがどれほど怖い思いをさせたのか。それは、当人以外が知ることはないので、見ている大人は、何も出来ないことにすまなく思う。タンクラッドが約束したように、彼を守ることだけは徹底しようと心に誓うのみ。
重い空気の中、イーアンは話を変える。同じ系統の話だが、シャムラマートが教えてくれた話をこの場で伝えようと思った。
「この前。私とドルドレンは占い師の方に、この先に何があるかを教わりました。すぐ先の出来事であろうと思います。
それは『旅の始まり』が、次の魔物を迎える時と。彼女の占いには、どこかの国の海・・・大津波が起こり、そこに魔物がいたようです。立ち向かう誰かの姿が見えたと言うので、彼女はそれが私たちだと思うことを話していました」
「どこかの国って、場所は分からないんだろ」
オーリンが訊ねる。イーアンも『場所までは』と首を振った。
「出かけた先で、津波があるのかしら。それとも津波があってから、私たちが向かうのかしら」
「それもはっきりは。占い師が見た場面は、巨大な津波と魔物が来る場面だったようです。それを点のような影が立ち向かうって」
「点・・・私たちが点に見えるとしますと。それは勝てる気がしません」
フォラヴが苦笑いする。ミレイオは横を見て『いきなり弱気にならないの』と笑って背中を叩く。『頑張るのよ。どうにかなるから、続きがあるんじゃないの』大丈夫と言いながら、フォラヴの頭を抱き寄せて笑った。
「思うに。合図があるんですよね。きっと。何か出発する、その魔物の絡みで。そうした合図」
少し頭の中を整理し、シャンガマックは確認する。それが津波の前でも後でも、確実に魔物が出た情報が入ってからだろうと言う。親方も頷いて『それはそうだろうな。津波と同時って可能性もあるだろうが』と答えた。
「津波と同時。え、イーアン。あんた。ほら、夢で見た。あれ何て言われたか、詳しく覚えてる?」
「ええ。あの夢ですね。でも津波とか、そうした言葉はなく」
皆にも話して頂戴、とミレイオに促され、イーアンは以前に見た夢の話をした。
黒い大きな龍が夜空を背景に見えた最初。次に、洞窟の中に川が流れていて、川の先に大きな壁のような物が見え、そこから溶岩が溢れている場所を見たこと。
壁には金具がめり込んでいて、それは何だろうと思っていると、声が聞こえ『海を打ち、扉を開け、迎えに来なさい。探しなさい。次の国が滅びる前に』そう言われたと話した。
「夢はここで終わりです。それ以後、この夢にまつわるものは見ていません」
親方がじっとイーアンを見つめる。『海を打つ』一言繰り返したので、イーアンは親方の言いたいことがわかり、頷いた。
「扉を開けるって。それこそ鍵よ」
次の国の滅びの予言を、脱線がてら、ミレイオは鍵の言葉を呟く。イーアンも腰袋から鍵を取り出し、全員に見せる。『それは何ですか。何か触れてはいけない気がします』フォラヴが心配そうに言う。
ミレイオは彼を見て『地下の鍵よ』とだけ教えた。フォラヴの空色の瞳が向けられる。
「あんたは妖精の子だからかな。何か危険を感じるのね。正しいっちゃ正しい。安全な道具じゃないわ。人間が使っちゃいけないものよ。でも私がいる」
「イーアンは触っています。彼女が人間ではないから大丈夫なのですか」
「触るくらいなら平気よ。でも、使うのは止めた方が良いでしょうね。これが一番怖いから、私は同行しようと思ったんだもの。
経緯付きでね。イーアンがもらっちゃったのよ・・・交換にも来ないし」
ヒョルドの話が仄めかされて、ドルドレンとイーアンは少し笑う。『仕方ありません。この状況も意味ありき』そう思いますと答えると、ミレイオも笑みを浮かべたまま、頷いた。
ドルドレンはここで『あ』と一声出して、イーアンを見る。イーアンも視線が向いたので、何かと思って伴侶を見た。
「海が割れたら魔物が来る・・・ティグラスはそう言っていたような。そうだそうだ、言っていた。だから、同時の可能性が高い」
ドルドレンが思い出し、話を戻す。『海が割れると魔物が沢山出ると、彼は話していたぞ』そうだよねぇと愛妻を見る。愛妻、『そうでした。魔物が沢山出たら、人が沢山死ぬから大変、って』早々、と続ける。
「そりゃそうだろう。当たり前のことを」
親方が眉を寄せて、ティグラスの言い方そのままの言葉に少し笑う。ミレイオも、ティグラスらしいと思って笑ったが、笑える内容じゃないなとも思い、すぐに真顔に戻った。
「ってことはだ。今の感じだと、大津波が起きた時には魔物付きで、俺たちも津波が陸にかかる前にそこにいる、って解釈で合ってる?」
静かに聞いていたオーリンは、話を繋いでまとめた。『思うにだけど。いや願いかな。その状況ってまだ、民間人死んでない、とも取れるよな?』違う?と続ける。
イーアンは、こういう時のオーリンが『意外~』と感心する場面。毎度、彼はそうなのだが。一件落着オーリン(※キャラ)。
それは他の者も度々思うらしく、少し驚いた感じで彼を見て『そういうことだね』と同意した。
オーリンは黄色い瞳を外に向けて、少し黙り、それから再び口を開いた。
「さっきの地震。そうなんじゃないの」
お読み頂き有難うございます。




