732. 昼下がりの馬車で ~魂の話
二人が支部に戻ったのは昼前。お昼に差し掛かる頃で、馬車の近くに龍を降ろし、職人たちに挨拶して午前の様子を聞いた。
「特に何も。帰ってきてから、私の話でもしようかなって思ってはいたけど」
ミレイオが、馬車の荷台に出てきて返事をする。『ほら。私の話って、そのままになっちゃってるでしょ』一応話しておこうと思う・・・と、リボンの付いたイーアンの角を見て、少し笑う。イーアン苦笑い。
「それもそうだ。ミレイオの話は聞かないままだった。昼を食べたら、話をしてもらえるか」
「そうしましょ。もうお昼の時間でしょうから・・・支部で食べるの?」
支部で、とイーアンが答える。タンクラッドとオーリンにも声をかけて、5人は一緒に支部へ入った。
広間の席に座り、イーアンとドルドレンで配給。食堂へ行って5人分の食事を持ってくる。
漏れなく、トゥートリクスも付いてくる。フォラヴも一緒で、シャンガマックもこっちへ来た。話していたのか、アティクも一緒。スウィーニーもやって来て、ギアッチとザッカリアも加わった。
「ロゼールは多分、腹一杯だから(※屋台で買い食いと見越す)。昼は戻らないと思う」
ドルドレンは彼らにそれを伝え、食事を始めようと言った。銘々、好きに話しながらの昼食の時間。
イーアンはアティクに、自分が留守中は、工房の皮を管理してほしいと頼んだ。長期放置だとひび割れたりカビが生えるかもと懸念を話し、地下にある、塩漬けの目玉や腸や毒袋などの内臓も、様子を見てとお願いする。
横で話を聞いているドルドレン他。細切れに、耳に飛び込んでくる『塩漬け目玉』『腸』『毒袋』の言葉にちょっとずつ会話が減る(※食欲も減る)。
イーアンとアティクは気にしないので、何がどのくらいで、どんな状態かと詳しく話しこんでいた。
「マブスパールのヘビの魔物。あれの腸はオーリンに渡しましたが、まだあるのです。もし水が出ていたら塩を替えて下さい。毒袋と毒腺は、塩漬けではありませんが、袋は薄いから溶けるかも知れません。扱いは気をつけて」
工房の鍵を渡し、骨の粉とイオライの石には、くれぐれも気をつけるようにと注意する。アティクは大体、理解してくれているので、了解して鍵を受け取る。二人は食べながら、国外から魔物を送る時の部位別配送も話し合った。
それを聞きながら、少し食事の手がゆっくりになる他の男たち。会話が小さめになり、気にしないように食事を頑張った。
ヒソヒソ話に変わった会話では、ミレイオがぼそっと『そうよね、あの子。解体してたのよね』嫌なことを思い出して呟く。親方がすぐに遮って『止めろ。今、食べてるんだから』と注意した。
「だって。まさか食べちゃうとは思わなかったし。でもあの子からすれば、普通なのか」
「普通なわけないだろう。集めたって食べないぞ」
親方とパンクの会話が聞き捨てならない内容で、そのヒソヒソに視線が集まる。ミレイオと目が合ったギアッチは『あなた方も食べたんですか』と恐る恐る訊ねた。二人は頷く。
『食べさせられた』と親方が言うと、フォラヴもシャンガマックも、眉をぎゅっと寄せて目を見開いた(※我が身に起こる危険を感じる)。
トゥートリクスとザッカリアは顔を見合わせ、トゥートリクスが心配そうに『旅で出されても食べちゃダメだよ』と言い聞かせていた。
スウィーニーは苦笑い(※イーアンが食べても不思議じゃない)。オーリンも声に出さずに笑っている。
ドルドレンは小刻みに素早く首を振り『もうそんなことさせないから大丈夫だ』と話題終了を告げた。
皆で、そっと。無表情のアティクと話し続ける、くるくる髪の女を見る。角の先っちょに水色のリボンが結ばれて(※ちょっとプードルチック)真面目に、工房の材料管理について語っている姿。
目も垂れていて、よく笑って、無害そうなのに。魔物を食べた女(※他人にも食べさせる)・・・・・
ドルドレンは身震いして『ないない。今後はさせない。大丈夫だ。安心しろ』と、もう一度しっかり断言した。
旅に行く面々は、その言葉が実現するように祈り、黙って食事を続けた。支部に残るダヴァート隊は、その面だけは有難く思った(※食わされる危機はない)。
皆で集う和やかな昼食も終え、それじゃあねと旅組は、支部待機組に挨拶して、表へ出る。
ギアッチは他の人の授業があるからと、ザッカリアを送り出した。ザッカリアは、これからはこんな感じなんだろうなと思いながら、手を振ってギアッチが建物に戻るのを見送った。
馬車に移動し、ミレイオに誘導され、荷馬車の方へ全員で入ってみる。ミレイオは、雨の日などに皆が集まれる場所を用意していたので、どんな具合か実際の様子を見たがっていた。
体の小さい軽い者は上の方と指示をもらい、イーアンとザッカリア、フォラヴは、壁沿いに張り出した高い腰掛け板に上がる(※子供は喜ぶ)。
「私も平気かも。シャンガマックはどうかな。体重どれくらいあるの?」
185を超えるシャンガマックは、体重77~78kg。細身だが筋肉はあるので、重さもそこそこ。『俺は下の方が』ご本人もそう言うので、ミレイオが上に行く。イーアンに体重を訊かれ、ミレイオはちょっと考える。
「私。今、何kgだろ。70kgあるかな?年取ったから、痩せてきたかも」
「俺も平気じゃないの?俺、多分シャンガマックより軽いぜ」
オーリンが上がる。ミレイオは嫌そう。『えー・・・下で良いんじゃないの、あんた。絶対私より重いわよ』あからさまに嫌そうな顔を向けられて、オーリンはちょっと睨んで『これ。そんな耐久力ないの?』と腰掛け板を叩く。
「変なケチつけないでよ。私が作ったのよ、丈夫に決まってるでしょ。でもあんた、軽くなさそうなんだもの」
シャンガマックは誘ったくせに・・・ぼやきながら上に来るオーリン。じーっと見ているミレイオの横は避けて、イーアンの横に座った。
『龍は上じゃないとね』仲間意識で笑顔の確認。笑うイーアンも頷いて『そうですね。龍だから』と同意しておいた。
重めな伴侶、親方、シャンガマックは下に座る。がたいの良い3人が座ると、もう確かに。馬車の後部は一杯になる。それを上から見下ろすオーリンは、ミレイオを見て『ほら。俺が座るところないだろ』と念を押した。
「う。そうね。意外に場所取るわね、この3人(※場所取りキャラ)。狭。スゴイ狭く見える」
「場所取るって言うな!」
ミレイオに怒る親方を無視して、ミレイオは眉を寄せ、顎に手を添えながら『もうちょっと隙間がほしいよね』と、ムサイ男の密集具合に、何やら思案していた。
「イーアンは俺の上でも良いんだぞ」
タンクラッドは思いつきを提案として、イケメンスマイルでイーアンを見上げ、うっかり口走る。
上から見ていたリボン付きおばちゃんは、無表情で首を降った(※反応早い)。親方のこの続きは、ドルドレンに睨まれ、ミレイオに頭を蹴られ(※靴がゴツイやつ)わぁわぁ怒る羽目になった。
ザッカリアは少し考えて、タンクラッドおじさんは寂しいんだと判断する。そして何も言わずに下へ降りると、剣職人の胡坐の中に納まって座った(※優しさ)。驚いても顔に出ず、ただただ子供を見つめる親方。
振り向き見上げ、ザッカリアは『俺。ここでも良いよ』と微笑んだ。目の前のドルドレンは可笑しくて、下を向いて笑った。フォラヴもシャンガマックも笑わないように頑張る。
ミレイオもイーアンも声に出さないように堪えて笑い、オーリンは遠慮なく笑っていた。タンクラッドは困りながらも、背は170近くあるとはいえザッカリアは子供だからと思うことにし『分かった』と了解した。
上から見ているイーアンは、絶世の美男子のお子たまが、イケメン職人の胡坐に納まっている構図に目が離せない。指摘されない程度にチラ見を続け、隠し撮りが出来れば良いのに!と、心の中で悔しがった(※カメラ欲しい写真欲しい)。
「はい。じゃ、このまま話そうか。ちょっと・・・意外な感じに落ち着いたけど」
睨む親方を見て、上から笑うミレイオは、空で自分に起こった出来事を話し始めた。
「フォラヴとシャンガマックとザッカリア。あなたたちには最初からの方が良いのか。ちょっと端折るけど、この前の空の異変。あれは龍の住む空が、開放された時だったの。
開放は凄まじい出来事と一緒に起きて、それまで龍族以外が入れなかった空に、他の種族が入れるようになったわけ。
それで私も連れて行ってもらいました、と。ここからね。私の話。
私は地下の住人なのよ。皆には話しているわね。その地下の住人が空に上がるなんて、普通に考えたら、とんでもないことなのね。人間が入るよりもずっと、ずっと大変な意味があること。
そしてね。地下の住人は光に弱いのよ。だから、私を連れて行った男龍は、それを心配してくれたの。だけど彼は、私が光を求めていると知っていたから、私を連れて行ってあげたかったわけ。
で、私はお願いして、彼とイーアンに付き添ってもらいながら、空に向かったんだけど」
ミレイオは少し考える。話の続きを聞きたい皆を見渡して、うんと小さく頷く。
「彼が・・・タムズが『イヌァエル・テレンに入る』って教えてくれたところまでは覚えてる。イヌァエル・テレンって、龍の空ね。
その後すぐよ。意識が飛んだというか。ぽんと違う場所に移動した感じだった。そこは真っ白だった。柔らかい光の中で、私は歩き始めて。体はふわふわしているけど、足や手は動いてるから感覚はあるの。
なーんにも考えないで歩き続けて・・・真っ白な世界をただ歩くだけ歩いた。
ふと、私死んだのかなと思ったのよ。でもすぐに違うって分かったの。死んでいたら、もっと何かこう、上手く言えないけど分かりそうなもんじゃない。そういうの、なくてさ。
それで歩いているところも、道は見えないんだけど、道があるってどこかで分かってるわけ。右行こう、とか、左行こうとか思わない。それにね、誰かがずっと話しかけているのよ。頭の中・・・心の中かな。に、響くだけで、耳で聞いているわけではないの、これも。
誰かが自分を呼んでいるんだと、それ分かっていた。だからここを歩くのねって。このまま進めば、私を待つ誰かが待っている。それだけで、ひたすら歩いたわ。何を考えるわけでもなく歩いて、歩いて。ふと、誰かがいるって気が付いたら名前を呼ばれたの。
『ミレイオ』って呼んだ誰かは、私の目の前にいた。でも姿は分からない。見えるって表現が違う。感じるだけなのよ。
その人が、フォラヴの話していた妖精の女王なのかもしれない。輝きが。眩しいんじゃないけど、輝きがあってはっきり見えないのね。
声も頭の中に届いて、初めて聞くんだけど・・・落ち着く響きだった。その人が触れた時、体中に優しい温もりが満ちたのよ。その人は私の意味について話したわ。
私を読む者は一人。私を求める人は数知れず。でも誰も私を知らない。私自身も私を知らない、って。
私は呼ばれて・・・深い核から外、外から光へ。そして私は3つの世界を通ると、言うの。
私を読む誰かは、私を導いて、いつかその知恵を授けて終える人。私は読まれる立場から、読み解く者になって、正しく読み解けば、世に等しい力を渡せるような。
魂は憧れに留まらないとも言っていた。求めることは受け取るためにあるから、全てが対なんだって。
それで。『行きなさい』とその人は言ったわ。私の魂に宿る光はその人の印で、死んでも奪われることはないって、言ってくれた。
私の光は、この目を通して輝く・・・それでその人は私の瞼にキスしてくれた感じだった。龍の優しさと違うのよ、もっと何て言うか。女性的って言うのか、違うか。何だろう。柔らかい優しさというか。
そう、その後はもう。一気に引き戻された気分よ。あっという間に、白い光の場所は遠ざかって。名前を呼ばれたと思って、目を開けたら」
ミレイオはイーアンを見て微笑んだ。『ね。あんたがいたわ』こんなところよ・・・と、話を終えた。
全員がミレイオを見つめ、その明るい金色の瞳の意味を理解した。ザッカリアは、ミレイオをずっと見ていたが、ミレイオの後ろに、自分と同じ高い空が見える気がしていた。
ミレイオはそんな見つめる視線の一つ、ザッカリアに目を合わせて『あんたと近いのかな。どうだろうね』と笑った。ザッカリアも頷いて大きなレモン色の瞳を真っ直ぐ、上に座るミレイオに向ける。
「俺と同じ・・・と思う。でもミレイオはサブパメントゥの人でしょ。どうしてかな、どうしてだろう。ミレイオの体は空の土」
「え?」
お子たまの言葉に驚くミレイオ。他の者も何かまた別の言葉が出てきたと、急いでザッカリアの方を向いた。ザッカリアはじっと見つめてから、親方胡坐を立ち、上に座るミレイオの垂らした足に、手を伸ばした。
何をするんだろうとミレイオが見ていると、ザッカリアはその足に触れ、ミレイオの膝にそっと頬を付ける。
ミレイオ、『可愛い~』・・・と思う。が、そこではない。思わず撫でたくなるが、萌えている場合ではない。これは何か別の大事なこと(※それだけのはず)だわと様子を伺う。『どうしたの』頬を付けたまま目を閉じるお子たまに、訊ねると。
「ミレイオは空の土から生まれたの。どこから来たの。だからイーアンの約束が叶ったんだ」
ものすごく不思議な言葉に、眉を寄せつつ目を見開くミレイオは、その続きを待つ。イーアンも『イーアンとの約束』と聞き、それは次の何に繋がるのかと集中する。
タンクラッドが質問しようと口を開きかけて、総長が少し手を上げて止めた。話しかけない方が続く。
フォラヴもシャンガマックも、お子たまの言葉を一言一句聞き漏らさないよう、耳を澄ませる。オーリンも、何か自分とも関係があるのかも(?)と様子を伺う。
「俺と似てるのはね。俺も地上で助けるから空の魂をもらった。ミレイオも、皆を助けるから魂をもらったでしょ?空の土と約束して体があるの。でもミレイオを創った人は知らなかったけど。運命だよ。イーアンは魂をもらったからお姉さんに会えたの」
????? ミレイオも皆も、言っている意味が全然分からない。慌てたシャンガマックは、腰袋から紙と炭棒を出して、急いでザッカリアの言葉を書き付けた。
ザッカリアはゆっくりと顔を上げて、自分を困惑の眼差しで見つめる、刺青パンクにニッコリ笑った。
「ミレイオは世界の鍵。読む人は旅で会える。全部読める人はいないけど、ちょっとずつ繋がるよ」
全然。何にも意味が分からない予言。ミレイオはどうにか微妙に頷いて『そうなの』とぎこちなく微笑み返した。
お読み頂き有難うございます。
人名と地名の追加が済みました。古い時代にいた人たちの名前はまだですが、現在の時点では、大方掲載出来ました。度々手を入れ、追加・変更をしようと思います。




