731. ラクトナ・キンキートとドルドレンの会話
「貴族というのはね。確かパヴェル・アリジェンも話していたと思うが、一握りの良いものを知るからこそ、それを使って助けたり潤したりの、人助けが出来る存在なのだよ」
お爺ちゃんは、横に座る大人しいお婆ちゃんを見て微笑み『そうだよね』と同意を求める。お婆ちゃんは、うんと頷く(※合いの手)。
「この場合の『一握りの良いもの』は、君を守りやすくする態勢だった。ここまでは分かるだろうね。ではもう少し詳しく説明するよ。
まずね。キンキートと登録しておけば、君に何か援助をする時に早い。議会にも通しやすいし、勿論資金を動かすことも早い。私の姓が出来ることは、実質社会において多岐に渡る。
これから外国へ行くだろう?その間に何があるか分からない。君が名乗ってくれたらそれはそれで良い。
だが、それだけでは力不足の場合。私がこのハイザンジェルにいながら、物事を掌握するには、君が私と同じ姓を持っているかどうかで、速度が変わる。威力も変わる。影響力も幅が違う。
想像しづらい話だろうが、これは本当だ。他国での影響にも、大きくこの名前が物を言うんだよ」
それとね、とお爺ちゃんは、一度お茶を飲んで口を湿してから、続ける。
「この名前。君は私と、何の縁もないね?そこを繋げるということは、とても大掛かりなんだよ。
これを、どのくらいの重さとして受け止めているか。それは分からないが、この前会ったばかりの君と、私たちが親族の繋がりを家系に残す。
これ自体が既に、私の誠意と真剣に臨んでいることを現している。
嘘ではないことを。本気であることを。赤の他人である君を通して、厳格に国を守ろうとする意志を見える形で現したのだよ。これだけで充分な助力を、見せることが出来るくらいだ」
老貴族はそこまでを説明とし、口を閉じる。自分を見据えるドルドレンの目に視線を合わせ、『次は君の番だ』と促した。
「あなたの行動の早さ、大きさに心から感謝を伝えよう。まずは感謝だ。その上でもう一度言う。俺の理解は、誤解だったのか。
夕食の席で進んだ内容には、今回のような件は入っていなかった。今思い起こして、一つも、ここまでは食い込んでいなかったと思い出す。俺の言いたいことはもう分かると思うが、俺たちは会話をするべきだったのだ。
お互いが知らない部分を、知っているかのように動かしたことを、まず振り返り、それを見直す時間がたった今とするなら。
見直した以上は、絡んだ紐を解く必要があることを知るはずだ。あなたの誠意や厳格な姿勢は、俺に何も言うことはない。それと同じ重さで、俺の名前であるダヴァートを。陰に隠してくれるなと伝える俺にも、あなたは何もいうことはないだろう。違うか」
「ドルドレン。理解をしたと思ったが。違うのは君の方のように感じるね」
「そうだろうか。俺はそう思わん。国を守る意志は結構だ。俺も守りたい。だが、協力してくれと頼んだ覚えが、ただの一度も俺たちにないことを、あなた方は忘れていないだろうか。
パヴェルの話を聞いていても最初から感じていたが、俺たちは駒ではないんだ。俺たちには俺たちの使命がある。そこに乗りかかるつもりなら、それなりに話も聞こうものだが。悪いようにはしない、名乗りを使えと。それだけの要望ならと解釈し、こちらが聞き入れた」
「では。なぜあの場で言わなかったのかね。それを言う時間はあったと思うよ」
「あったな。俺は最初に言った。話し合う必要があると。その後、2度目の援護話題に入り『責任を取るから大丈夫だ』と先に言ったのは誰だろうか。俺が盾突いていると思うそれも、責任を取る場面そのものではないだろうか。
俺が理解したことは・・・いや、あの場にいた俺たち5人が理解したと頷いたのは、あの場所で動いた言葉についてだけだ。それ以外のことを求められていたなら、それはその場であなた方が言う必要がある。
暗黙の了解も、貴族の誇りも精神も、国への貢献による手段としての俺たちへの協力も。実際は全く、俺たちには無縁だ。
タンクラッド・ジョズリンは『それ相応の覚悟は、あなた方にこそ必要だ』と言った。彼は正しい。そのまま、今その言葉を俺も繰り返そう。
俺が盾突いたわけではなく。また理解が不足なわけでもない。では俺は何を言いたいのだろう?」
お爺ちゃんは真剣な表情で、背の高い男の灰色の瞳を見つめる。
「そこまでして撥ね付けて。利点があるかもしれない未来に想像はしないかね?」
「あなたの考えた利点は何だろう。もう一つ、大事なことを伝えよう。あの席にいたあなた方は、俺たちが知る、批判されるべき貴族とは異なる人物だけだったと思う。それは今もそう思う。
そしてここからだ。
俺とイーアンは王城で何があったのか。誰に何をされたのか。俺たちは何に対して動いたのか。
パヴェルもセドウィナ・ホーションも、高潔な貴族だろうが、話の途中から、俺たち抜きの話になっていることに気が付いていたのだろうか。俺たちへの協力がと言いながら、求めたものは、俺たちが駒でしかないと知っていただろうか。
謝罪の席だと言われて、俺たちは応じた。しかし行ってみればどうだ。それ以上のものが存在しなくて良いはずの席に、『謝罪を通して』と前置きされ、『俺たちへの協力』とは疑問も残る駒扱いは、本当に謝罪の範囲だろうか。
別枠に踏み込んではいなかったか。その別枠は、良かれと思ってのこととして、しかし、俺たちを王城で襲った輩の意識と似ていないものだったのだろうか。それに気が付いた者は、あなた方のうちにいただろうか。
俺があれ以上を言わなかったのは、『いるのだろう』と思ったからだ。だが、どうも違ったと今日知ることになった次第。
はっきりと手短に言おう。俺の名を戻してくれ。俺はキンキート家ではない。
俺は、自由と精霊に愛された太陽の民・馬車の家族、ドルドレン・ダヴァートだ。そして騎士修道会総長、ドルドレン・ダヴァート。他の誰でもない。まして利点で命や存在を請うような精神もない。
俺の命は、イーアンが守る。精霊が守る、龍が守る。利点など関係もなく、崇高な愛を持って守る者たちに俺は守られている」
ドルドレンは席を立った。イーアンの手を引いて、一緒に立ち上がらせる。
「ということだ。あなた方は王城の愚か者とは全く違うだろう。しかし貴族であるために、その身に付いた手法で俺たちのためと、俺が望みもしないことを押し付けては。俺には同じに見える」
「ドルドレン。君は実に無礼だ。ここまで無礼な男も珍しい」
静かなお爺ちゃんの言葉に、イーアンが振り返った。目を見開き、僅かに開いた唇から、ゆっくりと自分を落ち着かせるための息が吐き出される。
ドルドレンはイーアンの龍気が増えたと知り、イーアンを片腕に抱き締める。『良いんだ、イーアン』大丈夫だ、と宥める。
「イーアン、君も怒るのか」
「あなたは。何に対して仰っていますか。ドルドレンがなぜ無礼ですか。彼は礼儀は欠いていません。もし彼を無礼と罵るのでしたら、あなたは彼に何をされたか、一切の理由を受け入れずにいるそれは、いかがなものでしょう」
ドルドレンの腕をゆっくり解き、イーアンはお爺ちゃんに面と向かって立つ。その顔に表情が消え、大きくゆっくり肩で息をする。
「表面を。削ってご覧下さい。奥底にあるものは削れないのです。私たちは、決して削れないものだけを信じて生きています」
「イーアン。もう、いいよ。有難う。行こう」
ドルドレンは分かっていた。イーアンの警告の時間だと。彼女は確認と警告が同時なのだ。この続きで、イーアンが怒るか鎮まるかが決まる。どう考えても、キンキートが怒らせないとは思えなかった。
「ドルドレンとイーアンに言っておこう」
「よせ。キンキート。彼女を怒らせるな。彼女は龍だ。存在が違うのだ。人間の尺で並べてはいけない」
ドルドレンは急いで老貴族の言葉を遮った。イーアンは容赦はしてくれるだろうが、それでも怒ってしまっては簡単に止められない。何かが失われるのは確かだと思った。
そんなドルドレンの言葉に、一度は口を閉じたものの、隣の奥さんに、そっと手を握られたラクトナは、少しだけ頷いて再び口を開いた。
「聞きなさい。責任を取ると言っただろう。二言はないんだ。
私は君たちを守ろうと思ったんだ。名前を外すなら、外すと約束する。親族扱いも取り消そう。
無礼なドルドレンの物言い。私が責めたと思ったのか?無礼だと言っただけだ。違うかね、イーアン」
「何を仰っているのか」
「私は『無礼が嫌だ』とは言わなかった。歯に布着せて喋る貴族とは違う。それだけだよ。
あの王城の、呆けた若者たちと同じと言われて、悔しくないかと言われれば、それはこちらも腹は立つ。
だがその意味を理解出来ないほど、私は呆けて生きてこなかったことに、今感謝する」
イーアンはちょっと元に戻る。何度か瞬きして、じーっとお爺ちゃんを見つめ、それから伴侶を見上げると、伴侶もじーっとお爺ちゃんを見つめていた。もう一度お爺ちゃんをみると、横のお婆ちゃんが微笑んで話しかけた。
「ラクトナは認めました。この人の言い方は劇的なの(※お婆ちゃん解説者)」
「そういうことだ。もうちょっと落ち着いて、怒るなら最後まで聞いてから怒りなさい」
注意されたイーアン、目が据わる。ドルドレンは、怒らなくて良かったと思うものの、何か上から目線がイヤだった。そんな若造二人の態度の変わり方を見て、お爺ちゃんは、うんと頷く(※勝ち!)。
「ドルドレン。騎士修道会の騎士を守り、死線を潜り抜けた男と聞いている。気迫も落ち着き方も意志の強さも、本当だな。
そして、馬車の彼らの一員だったか。どうりで、調べても続きが分からなかったわけだ。動いている彼らに記録はない。
君と折角、縁が出来たんだ。この時代にこそ必要な男と、この死に損ないが、今に巡り会ったのも意味があるだろう。名乗る時はいつでも使いなさい。好きに使えば良い。私との関わりを断ち切らないでくれ」
お爺ちゃんのまさかの逆転に、ドルドレンは何も言わなくなる。言葉が見つからない。謝るのも違うし、お礼を言うのも微妙な感じ。
イーアンも、じっとしている。ちらっとお婆ちゃんと目が合うと、ニコッと笑ったお婆ちゃんが、自分の横をぽんぽん叩いたので、イーアンはひょこひょこそっちへ行って座った(※合図に従うパブロフの犬)。
お婆ちゃんの横に、あっさり移動して座った愛妻に、ドルドレンは少し驚く。お婆ちゃんはイーアンの頭をナデナデして『角があるのね。立派ねぇ』と誉めていた。イーアンは無言で頷く(※自分でも、多分立派だと思う)。
ナデナデしながら何かを思いついたお婆ちゃんは、服に飾りで付いていた細いリボンを一本出して、イーアンの角に結んでくれた(※龍の角にリボン)。『この方が可愛い』と誉めるので、イーアンは再び、無表情で頷いておいた(※どうすりゃ良いのか分からない展開に戸惑う)。
横で楽しそうな奥さんとイーアン(※楽しいのは奥さんだけ)を微笑ましそうに見て、お爺ちゃんは立ちっ放しのドルドレンに向き直る。
「では。君の用事は終わったのかな。それなら、私は自分の用に取り掛かることにするよ。騎士修道会に使いを出して、君への申請を取り下げないといけないから」
「うむ。頼む。うぬ、手数をかけてすまない。理解に感謝する」
「固いな、ドルドレン。・・・・・テイワグナとティヤーにうちの親戚がいるから、何かあったら頼れるようにしておく。もう少し愛想良くしなさい(※貴族の躾がちょっと出る)。思い出したらで良いから、彼らを頼るように。これ、持って行きなさい」
お爺ちゃんはドルドレンに握り拳を出した。ドルドレンはここまで来ると、何も刃向かう気にならないし、ちょっと頭を掻いてから側へ行って手を差し出す。お爺ちゃんは大きな男の手の平に、何かを置いた。
それは小さな瓶だった。小さな瓶で、木の栓がしてあり、中に小粒の白っぽい石が入っていた。所々、虹色の光が見える石。
「これは」
「私が。このハイザンジェルで鉱山を持った最初の時。鉱山の奥で見つけた鉱石だ。目灰しかないと思っていた鉱山の奥、掘り進んでいったら、その鉱石に出会った。続きの山にはそればかりで。お陰で、低位貴族の端くれがここまで大きくなった」
ドルドレンは小さな石を見つめてから、そっとお爺ちゃんを見た。『大事なのだ。もらうわけには』ドルドレンが首を振ると、お爺ちゃんはニッコリ笑う。
「私はいつ死んでもおかしくない年だろう?後生大事にここまで持っていたが、墓の中まで持っていく気にもなれない。初心はそこにある。ドルドレンが持ちなさい。旅の初心に」
「この人は劇的なのよ」
戸惑うドルドレンに、お婆ちゃんがサポート。横のイーアンは、2本の角にリボンが付いていた(※ちょっと寂しそう)。
「有難う。大事にする」
お礼を言って、ドルドレンは石をもう一度見つめてから、腰袋へ入れた。旅から戻って、この老人が生きているのか。そんなことを思ってしまう。
それではね、と促したお爺ちゃんは立ち上がる。お婆ちゃんも立ち上がり、イーアンが立つ前に頭をナデナデ納めし(※もはや動物)リボンをあげるから付けるようにと言っていた。目を合わせず、イーアンは頷いていた。
こうして二人は目的を果たし、キンキート家の玄関を出る。お爺ちゃんとお婆ちゃんに見送られ、ショレイヤを呼んで、二人は落ち着かない状態でそそくさと龍に乗り、ささ~っと浮上してから『お元気で』と叫んで北西支部に飛んだ。
見送ったお爺ちゃんに、お婆ちゃんは微笑む。
「あの石。差し上げたのですか」
「そう。あれがあれば。国外の親戚は私だと分かるだろうから」
そうですねとお婆ちゃんは自分の指輪を見る。お爺ちゃんの指輪にも同じ石が入っている。『彼は私たちの出会いに等しく、石を持つに相応しかったということ?』お婆ちゃんが指輪を撫でて訊くと、お爺ちゃんはその背中をそっと押して、中に戻りながら『そんな昔のことを。よく覚えていてくれて』と笑う。
「あなたもあのくらい。無礼者でしたね」
ふふふと笑ったお婆ちゃんは、若い頃のお爺ちゃんを思い出していた。お爺ちゃんは首を傾げて、そうでもないと思うと言い返して、また笑った。
お読み頂き有難うございます。
本日は、この朝と夕方の投稿2回です。お昼の投稿はありません。
前日の後書きにも添えましたが、増えてきた人名と地名の整理と追記に時間を使います。
一日で終えるように頑張ります。
いつもお立ち寄り下さる皆様に感謝して。どうぞ良い一日でありますように。




