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魔物資源活用機構  作者: Ichen
変化の風
726/2953

726. 休息の日 ~オーリンとシオスルン

 

 オーリンはドルドレンと一緒にパヴェルの家に向かう。


 あまり気が進まないものの、ドルドレン一人で行くのも違うと言われ、同行した。でも行ったら面倒そうだなとも思う。


「あの人のところ、俺はあんまり」


「俺だって複雑なのだ。だが、これは個人的なことではないから」


 理由は連絡の伝。ギアッチが連絡球を所有していて、ザッカリアと交信することが、もしもの時に非常手段で使えるのではと総長は言う。


 特別、言い返すような内容でもないので、オーリンは黙っていた。貴族に頼るようなことが起こらないとは限らないが、それでもあまり頼る気にならない。その相手に繋がりを増やすことはないような。


 あれこれ考えているうちに、パヴェルの邸宅へ到着し、ドルドレンとオーリンは芝生に降り立った。


「さて。来訪の知らせもなしに押しかけている。取り次がれるかどうか。また、彼が家にいるかどうか。その辺で帰る時間も決まりそうだ」


 総長はオーリンに笑いかけると、一緒にパヴェルの家の扉まで歩いた。オーリンは横を歩く背の高い男を見る。やっぱ総長なんだよなと。俺はこうした部分、ないな。それは毎度何かにつけ思う。



 扉の前に立ち、大きな金属の吊り具を持って叩く。中に響いているのか、外にだけなのか。少しして扉が開き、清潔な身なりの老人に、丁寧に名前と用事を訊ねられた。


「急な訪問の失礼を先にお詫びする。俺は騎士修道会総長のドルドレン・ダヴァート。こちらはオーリン・マスガムハイン」


 そこまで名乗ると老人の目つきが驚きに変わり、扉は大きく開かれて『失礼をしました』を最初に、中へ入るように言われた。ドルドレンはオーリンに顔を向けてニコッと笑う。オーリンは小さく首を振り『でもね』とだけ呟いた。


 老人はすぐに、玄関から入った右にある部屋へ来客を通し、豪奢な部屋の中の椅子にかけるように促した。


「大旦那様をお呼びします。少々お待ち下さい」


 それから彼が部屋を出て行くと、入れ替わりで召使いの女性が二人、お茶を運んできた。ドルドレンとオーリンはお礼を言って、そのまま黙る。躾けの行き届いた召使いさんはささ~っと退散し、二人で目を見合わせて笑った。


「おい。息が詰まるよ」


「そうだな。イヌァエル・テレンは呼吸が楽だった」


 冗談を言うものの、緊張はこれからかなと総長はオーリンを見た。あの時のパヴェルの話では、オーリンを家に呼びたそうだった。


 出されたお茶を一口飲んだのと同時くらいに、階段から声が聞こえ、すぐにパヴェルの姿が見えた。彼はひらひら服の軽装版で、ガラス扉越しに見えた来客に手を振って笑顔を向けた。



「総長。オーリン。よくいらっしゃいました。今日は急ですね。何も用意がなくて」


「良いのだ、パヴェル。こちらこそ突然で申し訳ない。オーリンを連れてきたが、実の所、彼は関係ない話だ。それも二重に謝ろう」


 何を仰るんですかと笑うパヴェルは、向かいの椅子に座って、お茶のお代わりは、お菓子は食べたかと機嫌良く訊いてくる。


「すぐに戻る。大切なことだけを伝えに来た」


 総長の笑みの消えない顔に、灰色の瞳だけが真面目そうに輝くのを見て、パヴェルも背中を伸ばして『はい。では伺います』とすぐに応じる。


「俺たちはもうじき。きっと旅に出るだろう。いつかは分からない。一ヵ月後とは思えないが。旅に出た後、連絡を取る方法が一つだけある。それを教えたいと思う」


「何ですって?連絡。連絡は手紙ではなく?」


「そうだ。北西支部に、ヴェリミル・ギアッチという男がいる。彼は、俺たちの仲間の一人と、意思で連絡を取り合う術を持つ。

 万が一、もしも、何か今こそと思う連絡が必要な時。彼のことを思い出してほしい。その連絡の速さは何よりも早い。飛ぶ鳥よりも」


 信じられないと言った様子で、パヴェルは口を少し開けて驚く。オーリンを見たので、オーリンも頷いた。


「なまじ。信じられないだろうな。でもそうなんだ。ギアッチの力じゃない。そういう方法を知っているってこと。どうしても早く伝えなければ、とかさ。そんな時に思い出してよ」


「本当ですか・・・あなた方は底知れない。次から次に・・・いや、私の人生が終わっていなくて良かった。こんなに驚くことが連続するとは」


 初老の貴族の正直な言葉に総長とオーリンは少し笑い、自分たちも同じだよと伝える。『ただ、俺たちが旅立つと。しばらくは平穏だろう』総長がそう言うと、パヴェルは反応した。


「そうですね。ハイザンジェルは静かになるのですね。別の国が危険に晒されていると思うのも、辛いです」


「うむ。そのとおりだ。だからこそ、行かねば」



 ちょっとの間、静かな空気に変わる3人のいる部屋。外から声が響いてその部屋の空気は変わった。『お父さん、オーリンが来ているんですか』どこからともなく名前を呼ばれ、眉を寄せたオーリン。


「来ているよ。でも静かにしなさい。そんな大声を出して」


 こっちだよと笑うパヴェルは、窓の外に見えた男に手招きした。パヴェルをそのまま若くしたような、誠実そうな青い目の青年が、笑顔で頷いて玄関を回って部屋に入った。


「お邪魔して申し訳ありません。私はシオスルン・・・」


「それだけで良いよ。彼らが呼ぶ時は、その名前だけなんだし」


 父親に自己紹介を止められて、息子は挨拶をしてから父親の横に座る。突然、登場した息子に、総長とオーリンはビックリしたものの。オーリンは居心地悪そうに顔を斜めに動かした。


「紹介させて下さい。シオスルン、こちらは騎士修道会総長のドルドレン・ダヴァート。こっちがオーリンだよ。オーリン・マスガムハイン」


 躾けの良いシオスルン。爽やかな笑顔で総長に握手を求め、隣のオーリンにも握手を求めた。ドルドレンは普通に握手して挨拶を交わし、オーリンはさっと目を逸らして『やあ』とだけ。


「オーリンに会いたかったんですよ。どんな人かは父に聞いていましたが、実際に会いたかったので、今はとても嬉しいです」


「そう。有難うな」


 短い言葉で目を合わせないオーリンに、シオスルンは笑顔が少し戸惑い気味。ドルドレンは声を出さずに笑って、シオスルンに首を振った。パヴェルも苦笑いで、机を挟んで立っているシオスルンを座らせる。


「オーリンは緊張しているんだよ。それにこうした場所は好きじゃないかもしれない。この野性味を感じるだろう。彼は一人で生き抜いていた男だから、窮屈な場所ではない、もっと大らかな場で会うべきだったかな」


 パヴェルの誉め言葉に、オーリンは頭を掻く。そんなこと思いつかないよと、すらすら口をついて出る貴族の言葉に、ぎこちなく頷いて答えた。


「そうか。そうですね。彼はとても力強い手をしています。目つきも鋭くて」


「もう良いよ。あんまり誉められても困るからさ。総長、行こうぜ」


 困ったオーリンは立ち上がろうとする。慌てたパヴェルは急いで『まだもう少し』そう言って、召使いさんに指を鳴らす(※帰らせない方法その1)。


 召使いさんたちは一秒もかからずに動き、その手には菓子の乗ったトロリー。ガラララララと音も派手に(※指鳴らしは急ぎを意味)直進で突っ込んで、停止と共にお菓子が慣性の法則で飛び出すのを、慣れた感じで押さえた。


 その動きに驚いた総長とオーリンは目を丸くして、真横に来た召使いさんと、店屋のように隙間なく並んだお菓子を見つめ、立っていた腰をゆっくり下ろす(←座らないといけない気持ちになる)。


「夕食会でとても食べていたでしょう?この時間はお菓子ですけれど、どうぞ遠慮なく食べて下さい」


 さぁ食べろ食べろと、頼んでもないのにちゃかちゃかサーブされる。見る見るうちに二人の前に、一口サイズの小奇麗なお菓子ちゃんたちの団体が出された。


「その、長居は」


「ピート、お茶を持ちなさい。これだけの甘いものは喉が渇くからね。お茶だよ、早く」


 総長の声は、パヴェルに意図的に掻き消されるが、自然体が板につき過ぎて、遮られた感は与えられない(※貴族は対人対応プロフェッショナル)。


「いや。ごめんな、俺甘いもの好きじゃないから」


「えっ。そうでしたか!マルディ、塩漬けの燻製とチーズを持ちなさい。沢山だよ、オーリンは沢山食べるから」


 オーリン固まる。そんなつもりじゃなかったと、パヴェルに言おうとして、向こうから凄い勢いでトロリーが走ってくる音にビビる。パヴェルは満面の笑みで『これは私の好物なんですよ。オーリンも好きだと良いけれど』と召使いさんと阿吽の呼吸で、物も言わせずオーリンの前に並べる。


「う。うん。あのさ、でも」


「私も頂こうかな。総長もどうぞ、まだ手をつけていらっしゃらない。足りるかな?」


 一人で喋るまくる渓流のような清々しい勢いのパヴェル。オーリンがちらっとシオスルンを見ると、彼も笑顔で『嬉しいですね!一緒にこうした場が持てるなんて』と喜んでいる。


 ちょっと皿に目を戻すと、続く勢いでパヴェルが『オーリン、どうぞ食べて。本当に美味しいから!』自分ももぐもぐしながら善良さ全開でお勧めする。


 総長を見ると、彼も諦めたように菓子を食べ始めているので、仕方なし、乗せられるままにオーリンも自分用のおつまみチックなものを口に運ぶ。食べたと同時に『美味しいでしょう?どうかなぁ』と覗き込まれ、一応頷く。


「あ~、良かった!食べ物の趣向が合うって良いですね!今度はこれを沢山注文しておきましょう。旅に出てしまうと、なかなか食事は思うように行きませんしね!」


「旅に出たら、折角注文されても、食べる機会ないんじゃないの?持って行けないだろ、これ」


 パヴェルは笑顔のまま、ちょっとだけ固まり、息子にさっと視線を投げられると『あ、そうか!そうですね』アハハハと笑って誤魔化していた。この時、総長もオーリンも。まさか旅路の先で彼に遭遇するなんて思いもしなかった(※パヴェル暇)。


 この後、シオスルンは父親似の自然体・社交術で、あれよあれよという間に、オーリンの口からあれこれ聞き出し(※イーアンもパヴェルにやられた方法)黙る相手も会話に引き込むという離れ業をこなして、すっかりオーリンが好きになった。


 対してオーリンは、何か洗脳されているような状態で、どうにか頑張ってはぐらかしたり何なりと努力したものの、結局は普段の生活から趣味趣向、作る弓の様子や作業を手伝う先まで、話してしまった。



 ドルドレンは、貴族が恐ろしいとつくづく思った。笑顔で、場を崩さずに、ここまで相手を疲弊させながらも、嫌味ではないと刷り込める訓練とは。相手は疲れ切って抵抗もしなくなる・・・・・


 気をつけねば。どう気をつけて良いか知らないけど。自分もキンキートさんにやられた気がして(※当)再び貴族の手腕になぶられる、横のオーリンを気の毒に思って見ていた。



 ドルドレンとオーリンがアリジェン家にお邪魔して早1時間。ドルドレンはお菓子を残し、これをくれと頼んだ。『イーアンが好きなのだ。食べさせてあげたい』イーアンのことだから、きっとヘイズたちにも分ける。だから少し残して(※一口サイズ50個中20個持ち帰り)パヴェルに言うと。


「おお、そうですね!ではこれと一緒に、もう少し包みますよ。これじゃイーアンも足りそうにないから」


「いや、大丈夫だ。彼女は味わう。肉はこの前のようにああして齧ったりするが、菓子は少しずつ食べる」


 そうですかとパヴェルは頷き、待機する召使いさんたちに、総長の残した菓子を包むようにと頼み、それからオーリンの皿を見て、完食されたことに満足そうに笑みを深め『オーリンも持ち帰りましょうか』と強制的に決定。召使いさんたちに、オーリンお持ち帰りセットを作るように伝えた。


「オーリンも総長も、龍で帰られるのですか」


 シオスルンは、少年のような眼差しで笑顔を向ける。二人の前に包まれたお土産が出され、それを片手に立ち上がる二人は頷いた。


「見ていても良いですか?私は見たことがないんです。父は乗せてもらったと自慢するけれど」


 困ったように眉を寄せて笑うシオスルンに、パヴェルはニッコリ笑う。こんな仲良し親子を見て、居心地のあまり良くない総長とオーリン(※総長:親父は変態犯罪者&オーリン:親が若過ぎる)。


「まぁ。そのうち時間があれば。今はもう帰らねば。この瞬間に何か起こっていないとも限らない」


 総長の言葉が重く、ハッとした浮かれ気分の貴族二人は表情を戻して、改めて来訪の礼を伝えるとまた握手を交わし、玄関へ一緒に出た。



 彼らに急な訪問をしたことを先に詫び、それから貴重なもてなしのお礼を言うと、総長は笛を吹いた。オーリンも笛を吹く。


 変わった音の笛の音を聞いた貴族の親子は、ふわっと光る空に目を上げた。『昨日は驚いたけど』ぼそっとシオスルンが空を見たまま言う。


「昨日、空が。あれはなんだったのでしょう」


 息子の言葉をパヴェルは拾って、総長たちに何か知っているかと訊ねた。総長は微笑む。『命懸けの奇跡が起きた証だ』と答えると、貴族の親子は目を見開いて喜びの表情に変わった。


「あなた方だったんですか。そうかもしれないと思っていたけれど」


 続きが聞きたい~ 聞こうとして歩み寄ったが、次の瞬間、あっさり龍が降りてきたので貴族は黙る。


 シオスルンは絶句した。それは見事な龍だった。腕は翼、体つきはしっかりしているもののほっそりして、頭部も細く鋭い面をしていた。一頭は藍色、もう一頭は黄色がかる白。


 ドルドレンはショレイヤにひらっと乗り、オーリンもガルホブラフに跨った。その姿にシオスルンは驚きと喜びで胸が熱くなる。心から尊敬の笑顔を向け『素晴らしい。あなたたちは素晴らしい』とゆっくり頷いた。


「それでは失礼する。ではパヴェル、もしもの時はギアッチを思い出してくれ。土産を有難う」


「じゃあね。ご馳走さん」



 二人は挨拶をすると、浮上し、一気に北西へ向かって飛び立った(※逃げ)。見送る貴族の親子はいつまでも空を見上げて立っていた。


「お父さん。良いですね。彼らの後を付いて行くなんて」


「だから、先回りだって言ってるだろう。後じゃないよ」


「私も行ければ良いのに」


「行こうか。結婚はどうするのか分からないけど(※相手の家もあること)」


 どうしましょうね、と頭を掻きながら家に入る息子の背中を、父親は笑って叩いて一緒に中へ戻る。『人生はゲームだ。求めるものが生まれた時、必ず何かを手放す覚悟を試されるものだよ』君の場合は結婚か、と父親は教えた(※洒落にならない)。

お読み頂き有難うございます。


本日は、この朝の回と、夕方の投稿です。お昼の投稿はありません。

いつもここへお立ちより頂きますことに心から感謝して。皆様に良い一日でありますように。

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