725. 休息の日の午後 ~思う時間
荷積みが済んだ後、最初は人が乗らずに馬に引かせて様子を見て、その後に乗り込んだ状態で、馬を歩かせた。
引かせ始めだけは少し重そうだったが、元々、住居馬車を一頭でも引ける馬なので、体躯も大きくしっかりした足を持つ馬は、何度かぐるぐる歩かせると調子を掴んだようだった。
センはフォラヴたちの馬車。ヴェリミルはドルドレンたちの馬車を引く。どちらも茶色い馬で、鬣が長く、四肢に房毛が多く、尾の毛も量が多い。
とても優雅な毛のうねりで、ガッチリした体と長い波打つ毛は『ビルガメスみたい』イーアンはちょろっと口にした。聞かれたら何を言われるか分からないが、思うことはビルガメスだった。よしよしと撫でて、宜しくお願いしますと挨拶。お馬も、うん、と頷いた(※多分)。
この後、昼食は支部で食べた。
支部で摂る昼食の時間。トゥートリクスやギアッチ、ロゼール、たまーにしか会わなくなった、スウィーニーやアティクも来て、事情は聞かないものの、総長たちと一緒に食べる時間を楽しんだ。
食事中にヘイズとブローガンも来てくれて、その机だけ、何となくミニ慰労会の雰囲気。
総長たちも彼らの気持ちが分かるし、自分たちも同じなので、出発するまでは出来るだけ広間で食べようと思った。
イーアンは、留守の間の家の管理を、厨房担当のヘイズと話した。
購入した食料はいくらか馬車に積むけれど、積みきれない分が傷んだら勿体ない。もし自分たちが出発したら、支部で使ってほしいと伝えた後。
ヘイズは、留守中の台所の、虫や衛生のことを気にして、週に一度でも様子を見てあげたいと言ってくれた。
ロゼールとも話して、二人で交代しながら、家の中を定期的に管理するのはどうかとまで、提案してくれた。ブローガンも木工職人の息子なので、家の傷みがないように、雨の多い時期は注意して見てあげると言う。
イーアンの話を横で聞いていたドルドレンは、イーアンと一緒に彼らに管理を頼んだ。そしてくれぐれも、クローハルたちを中に入れないでくれと(※酒場にされる恐れあり)頼んだ。
こうして昼食時間が過ぎ、それぞれは午後の用事に分かれる。職人たちは外へ行き、イーアンも針仕事。
若い騎士たちも、思い出したものを取りに戻っては、馬車の荷物に入れるなどで往復する。ドルドレンは忙しそうに、外へ来たり中へ入ったりでウロウロしていた。
タンクラッドは一人になると、ビルガメスの話が過ぎっていた。それは、自分への焚き付けのようでもあり、自分に意味を持って与えられた情報にも感じた。
「俺を。俺じゃないけど。でも当時の俺に会いに、彼女は通ったのか。そして俺が死んだ後は空へ連れて」
少しじーんとしてしまう親方47才(※今年48)。ちらっと馬車の荷台に腰掛けるイーアンを見て、はぁっ・・・切ない溜め息をつく。
親方には分かっていた。当時、勇者がバカヤロウだったこと。二代目勇者ギデオンも、クソヤロウだったこと。
だが、ドルドレンは違う。彼だけはまともで、心が広く、勇者の器にもってこいの好人物。そんな男が相手では、俺がどうにかなる気がしない。ビルガメスの同情を含んだ眼差しが痛かった(※自覚あり)。
運命的横恋慕。何て過酷な人生なんだと、タンクラッドは目を瞑る。やり切れない思いで一杯になる。
家具も終わったし、することもないタンクラッドは、塀の近くへ行って寄りかかり、少しの間、空を見上げていた。
可能性がありそうなのになぁと思う。始祖の龍は初代アホ(※もうアホ呼ばわり)に恋される側で、もしかすると、そこまで相手が好きじゃなかったのかもしれない(※アホだとは知っていたはず)。
ズィーリーの話だって。彼女は空で卵を孵した後、地上に降りてギデオンと添い遂げたようなことが、馬車歌に残っていたが、あれだって真相は分からない。
イーアンの話では、その後、ルガルバンダはズィーリーに何度も会いに行ったらしいが、彼女が空に行く気がないと知って諦めたとか。うう、同じ男として、惨敗するに無念な相手であることを同情するっ(※相手がギデオン)。
そう、そこ。そこなんだ。ギデオン相手にルガルバンダが負けるなんておかしい。おかしいだろう、どうやって考えても。
ズィーリーは我慢の人のように思えるが、空で卵を孵した理由だって、ギデオンがクソッタレ過ぎてなかなか打ち解けられなかったとか、そんな話も聞いた。そのキビシイ相手に、添い遂げる気が起きるだろうか?あの時代にいた時の剣を持つ男は、その後どうしたのか――
「もしかすると。ズィーリーは、ギデオンじゃなくて俺と(※代名詞は俺?)」
親方は、少し悲しい微笑みを浮かべる。そうだったら良いなと思うこと。
ルガルバンダが見に行かなくなった、それ以降。もしかしたら、用済み(←魔王倒したから)のギデオンは、罰でも当たって死んだかもしれない(※願望)。
そこへ俺が(※俺が大事)立ち寄るなり何なりして、二人は愛し合ったとか。馬車の民は、それは受け入れにくいから、歌に残さなくて・・・・・
「ある。在り得る。絶対にそっちだ(※願掛け)」
うん、と力強く拳を握るタンクラッド。きっと、残り物には福がある!俺が残り物なら、福は舞い込むはずだ(※自らを残り物設定にしていることに違和感がない)。
でもな~~~ 親方は現実を見つめる。馬車の荷台に座るイーアンの横、総長が来て二人で楽しそうに話す姿。あいつに。邪な心が働くとは思えない。
どうやら、男色の傾向はありそうだが(※大当)イーアンには無害と来たもんだ。イーアンは、彼の相手が女じゃなければ、ドルドレンが男龍といちゃつこうが、何しようが(※ここで『おえっ』と言う)笑って済ませている。
ドルドレンもまた、好きなら好きで彼女に赤裸々に話してでもいるのか。堂々とタムズに抱きついたり(※おえ×2)惚れた眼差しを、人目憚らずに送っている。
う~ん、と額に手を当てて、悩む親方。『男色なんてイヤよ!』とイーアンが困っているなら、俺に引き込めるのに。
『アッハッハ』で済んでいるって・・・イーアンもたまに、男同士が抱き合うのを見て、赤くなっているから、本能的にマズイ傾向があるのかも知れんが(※当)。
うーんうーん、悩む親方の午後。頭もまだ痛むし(※調理ベラ・チョップ)。疲れ始めた親方は、昨日の疲れも残っていて、その場で昼寝することにした。
オーリンも、考え事に耽る時間が度々訪れる。ドルドレンに『後でパヴェルの家に行こう』と言われているので、それまでの時間はぶらぶらしていた。
男龍と一緒に動いた昨日。自分よりも遥かに強い種族が、イーアンを手伝う姿を目の当たりに見て、自分が手伝い役であることへの、一抹の不安が生じた。それが正しい不安なのかどうなのか。オーリンには分からなかったが、不安の種を探そうとは思った。
手伝い役が、龍の民である必要。体の条件、地上での条件以外で、自分が必要であると知ることは、オーリンには課題のようだった。
「俺が出来ることって。男龍も出来るんだよな。ファドゥが最初に話していた男龍の『手伝わない』印象は、今は微塵もない気がする。6人に増えた男龍は全員、イーアンの味方だ。全員が仲が良く見える。龍族7人か」
結束も固い彼ら。人知を超えた存在でもあり、急に身近にも踏み込む自由な彼らを、オーリンは苦手意識でしか見れない。
自分が手伝い役を降ろされかけた時(※結婚話による)既にビルガメスが候補に出てきていた。
「あのビルガメスが。滅多に動かない、一番得体が知れないと言われている彼だったのに。昨日の様子なんて、正反対だ。
快活で力強くて、威厳に満ち溢れて、余裕で一杯だった。彼の言葉で他の男龍が動く。皆が対等に語り合う男龍だが、それでもビルガメスは一目置かれている。
それに彼はイーアンを気に入っていて、側から離そうとしなかった(※自慢のMyインコ)」
あんなの相手に、自分がどう立ち回れば良いのか。
「それにタムズ。彼は地上に長居出来る。自らそれを選んで、繰り返しやって来るなんて。数時間もいられる上に、龍にも変化して戦えるようになっちまったら、俺なんてホント」
オーリンは『お手伝い役』の足元が、薄く脆い板にでも変わってしまったように感じる。俺はいてもいなくても良い・・・それが過ぎった時、頭をぶんっと振った。
「そんなわけあるか。俺は俺だ。男龍と比べられたら、そりゃ・・・あれだけど。でも俺は俺だ。イーアンは俺と一緒に旅するのを望んでいる。それは分かる。だから、俺が手伝いで良いんだ」
同じ男でも。男龍と龍の民というだけで、これほど差がある。種族が違うから、能力も体も違う。存在の意味も、及ぼす影響力も違う。同じ男なのに――
ふと。ルガルバンダが自分に言った言葉を思い出した。薄っすらと緑色がかかる綺麗な皮膚と、4本の捻れた角を持つ、挑戦的な眼差しのルガルバンダ。
彼は俺に『お前は他の龍の民より、俺たちを恐れない』そう言った。
あれは、認めてくれている言葉なんだろうか。龍の民なんてと思われていそうなのに、俺にはそう言わない。龍の民でも、それなりに頑張っていると認めているのか。
オーリンはこれまでを思い出す。自分は、誰の評価も気にしないで生きてきた。少しは気になる時もあったけれど、その正体が『自分を信じない弱さ』と気づいてから、『気になる』全てを無視することにした。
自分が他の人間と違うこと。事ある毎に感じていたから、そのことについて、数え切れないくらい考えた。それは相手に合わせることではなく、自分の所在についてだった。
自分はたった一人しかいない。二人も三人もいないのに、どうして別の誰かの放つものに、動かされる必要があるのか。ここに存在した以上、俺じゃなきゃダメなんだ。その俺を、どうして誰かの色に染める理由があるのか。オーリンは、他人と違うことに恐れは元からなかった。
自分は違うんだ、とそれだけはどこかで知っていた。だから、評価から派生する様々な他人の影響には、何の意味もない。別の誰かを頭の中に入れる必要なんて。
それは、俺には要らないと思った時から、オーリンは自分がどう行動するも、自分の存在を常に頭に置いて動いた。
それが今。龍の民と知った後で、男龍と比べる自分がいる。それは何でなのか。何が理由なのか。自分の中に理由があるのか。それとも自分の意識に呼びかける、何か・誰かを通した投影なのか――
「投影か。そうって可能性もある」
イーアンと離れたくない理由は、自分の中にある。彼女に向ける気持ちではなく、自分が彼女を通した時に、自由や新鮮さに出くわす、その昂ぶりを得る機会が多いからだ。それは彼女が齎しているんじゃなく、彼女を通した俺の視点で、俺の感覚なんだ。
「この辺に。不安の種がありそうだな。もうちょっと探ってみるか」
ふーっと静かに息を吐いて、オーリンは空を見た。俺じゃなきゃ、ダメ。そういうのってあるだろと、自分に言うと笑えた。
ミレイオの目。ザッカリアは、ずっとちらちら見ていて、感じていることをミレイオに聞きたかった。話せるようにはなったけれど、まだ少し、腰が引けるザッカリア。
フォラヴやシャンガマックも気がついていて、ミレイオの印象的だった片目ずつ違う色の瞳が、透き通った明るい金色に変わった理由を考えていた。それには昨日の空の異変が関係している。それだけは思っていたが。
「知りたいのね。訊きなさい」
ミレイオは彼らの側で、寝台車の扉の取り付けを手がけていたが、あまりにも分かりやすい視線の動きに笑った。
「気になっちゃうでしょう。訊いてよ、答えるから」
「あのね。目がね。俺と同じでしょ」
ザッカリアは2階の自分のベッドから顔を出して訊く。ミレイオがそっちを見て『そうね。あんたの方が明るい色かな』と微笑む。
「俺、ミレイオが俺と同じだと思うんだよ。そう?」
「どうかしら。昨日、そうした話は少し聞いたけど。私も詳しいことは知らないのよね」
「でも。イーアンの龍たちの色とは、また異なりますね」
フォラヴが話に入って、階段を下りてきた。扉の手伝いを買って出て、ミレイオの指示に従う。『うーん。そう言われれば、そうかな。昨日いろいろあったけど、正直言ってちゃんと理解してない』聞いてと言った割には、答えられないことに気がついたミレイオ。
工具をフォラヴに渡してもらいながら、どう話そうかと暫く考える。そんなミレイオの横顔を見つめていたシャンガマックが、遠慮がちにミレイオに訊ねた。
「あのう。俺、ずっと思っていたんですけれど。俺は見たことないですが、その・・・絵。体にある絵は、ヨライデの前の国のですか?」
急に話が変わった上に、まさか自分の模様のことに気が付いた騎士がいるなんて、と驚くミレイオ。さっと褐色の騎士を見て『どうしてそう思うの』と訊ね返す。
「あ、いや。そうした遺跡の文字を読むのが俺の、何て言うか。役目です。遺跡以外も使えます。
その、資料は2つくらいしか似たようなものないですが、多分そうだろうと思って」
「シャンガマックの役目?そうなのか。あんた、可愛い顔してると思ってたけど、いや、皆可愛いわよ。あんたもあんたも(※子供と妖精)。そんなことが出来るなんて。凄い知識ね」
シャンガマック、ちょびっと照れる。もじもじし始めたので、ミレイオは驚きながらも、少し笑って『話が出来る時、いろいろ教えて頂戴。この絵はそうね、伝説なの』とだけ答えた。彼は固まるので、やんわり接することにする。
「ミレイオ。もしかして、そうしたことも全てが繋がっているのでしょうか」
「そうみたいね。きっと私たちが思うよりも、遥かに大きなことが繋がっているのよ。今見えている部分を無理やり繋いでも、答えには届かないでしょうね」
フォラヴは瞳の色の変わったミレイオを見つめ、その体にある絵を見つめ。少し間を開けて『ミレイオ』と呼びかけた。刺青パンクは顔を向けて『どうした』と微笑んだ。
「あなたから。私と同じ、気配と言うか。感じます。あなたはもしかして、私の知る大いなる存在に会いませんでしたか」
「誰?どんな人?」
ミレイオは、妖精の騎士の言葉に何かを感じた。ミレイオもフォラヴと同じ空気を、あの光の道で感じていた。
「妖精の女王です。白く輝き、私たちの何もかもを癒す方」
フォラヴの空色の瞳に、その誰かと同じ温もりが見えた。ミレイオは頷き『私。その人を見たかも』と控え目に伝える。妖精の騎士は微笑み、ミレイオにゆっくり話をした。
「そうではないかと思いました。あの方の温度があなたにあります。あの方の触れた心があなたに流れているのです。
イーアンもそうでした。彼女が北西の支部で倒れた時です。彼女が来て、まだ月日も浅い頃。彼女は精霊たちに出会った夢を見たと言いました。イーアンは今は龍ですが、その夢の中で、妖精の女王に出会い祝福を受けたのです」
「俺の精霊ナシャウニットにも、イーアンは会った。ミレイオは、まだ会っていませんね」
こんなに身近に、聖なる存在を知る者たちがいることに、不思議が止まらないミレイオ。まだハイザンジェルを出る前だと言うのに、もう沢山の不思議に包まれている。
矢継ぎ早で起こる出来事が、自分にも腕を伸ばし、その後にすぐ、謎を解く鍵が吊られる。ミレイオは理解する。自分たちそれぞれに、謎解きが待ち構えていて。それはどんどん加速して投げ込まれている。
取り残すわけに行かない、謎。受け損じるわけに行かない、答え。
「そうなの。あんたたちと、今更こんな凄い話をし始めたってことは、これも引き金なのね。オーリンの弓じゃないけど」
ふふふと笑ったミレイオの意味深な言葉に、フォラヴとシャンガマックは顔を見合わせて微笑んだ。ザッカリアは答えがないことをずっと指摘して、最終的にはミレイオにちゅーっとされて黙った(※『俺、子供じゃないんだ』と仏頂面になる)。
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