724. 馬車へ 荷積み
少しして来たシャンガマックたちも、自分たちの荷物を草の上に置いた。鎧や武器は後から持ってくると言うので、まずは私物から積む。
自分の箱を、近くにいた親方の前に出し『昨日。見せてもらった容量にまとめたつもり』と褐色の騎士が言う。『俺の。資料があるから少し多いですか?』書物の類もあるのでと親方に中身を見せた。
「大丈夫だろう。この箱に入る程度なら、暖炉を積むよりも全然軽いぞ」
「私の荷はいかがでしょうか。さほどないとは言え、やはり衣服等は嵩張りまして」
フォラヴは木箱に入れた荷物を見せる。親方、ちょっとビックリ。答えを待つ妖精の騎士を見て『お前はこれで大丈夫なのか?』とりあえず確認。フォラヴは微笑んで『少ないでしょうか』と安心した様子を見せる。
「いや。そうじゃないが。うん、大丈夫だろう。いや、大丈夫だ」
嬉しそうに笑顔を深めたフォラヴは、良かった良かった言いながら、木箱を持って、シャンガマックの後をついて馬車へ進んだ。親方は彼の背中を見つめ、意外だなぁと思った。
フォラヴの荷物は。衣服が殆ど。脇に詰めた本や書、神具や何やらの小さな道具はあるものの。シャンガマックの、乾燥材料と紙ばかりの研究家のような荷箱に比べると、フォラヴは大変に女性的に感じた。
「俺の見て。俺の、これで良い?」
ザッカリアはギアッチ同伴。親方がどれどれと見ると、少ない荷物。イーアンに作ってもらったと分かる白い楽器と、着替え数着、靴の替えが一つ。紙とインクとペン、それから教科書。
「お前はこれだけか?もう少し何か持って行っても」
「俺はもうないよ。これで良いの。ギアッチが勉強を教えてくれるから(※連絡球で授業続行)紙とかインクは町で買ってね」
そうかと頷き、タンクラッドは笑って木箱の蓋を閉める。『俺が運んでやる。一緒に来い』そう言うと、ザッカリアとギアッチは親方について馬車へ歩いた。
知らない間にミレイオも戻っていて、シャンガマックとフォラヴに、寝台車のベッドを選ばせていた。
親方がちらっと見ると、ミレイオもちょっと視線を合わせて『何よ。言いたいことあるの?』と挑戦してきたので、親方は小さく首を降った(※勝てる気がしない)。
「俺、ここが良い!ここに寝る」
ザッカリアは馬車の2階。馬車は上下に分かれていて、それぞれの階に2部屋ずつ、お世辞にも広いといえないが、こじんまりとした寝室が作られている。
「夏。熱いかもよ。一応、空気抜きに天窓作ったけど、木陰ばかりがあるわけじゃないし」
ミレイオは、熱気の心配があることをザッカリアに教える。子供は全然気にしない(※想像出来ない)ので『平気。大丈夫、俺ここにする』を連発した。
ミレイオは笑って子供の頭を撫で、『お兄ちゃんたちにも訊こうよ。お兄ちゃんたちも、2階が良いかも知れないでしょ』とやんわり促す。ザッカリア、真顔で振り向く(※2階はやめてと目で訴える)。
「俺は下で。荷が重いから。下の方が安心だ」
シャンガマックは微笑み、下の階を指差した(※子供は喜ぶ)。ミレイオは頷いて、タンクラッドに振り向き『あんたも下よ。あんた本体が重いんだから』と強制的に1階決定(※親方体重95~96kg目安)。
別にこだわらないから良いけれど。タンクラッドはムスッとした顔で頷いた。フォラヴはその横で、『じゃ、私も2階でお願いします』微笑みながらそう挨拶し、荷物を持って脇にかかる階段を上がった。
「壁も床も、結構強くしたし、音もそう聞こえないと思うんだけど。私の盾と同じような構造で作ったから、個人の時間はある程度はね、守れると思うわよ」
ミレイオは両手を頭の上に乗せ、2階を見上げる。『それと。どうしても天井が低いからさ。屈んで動く分、腰は痛くなるかもね』ちょっと気掛かりも伝えておく。
底を抜いた分、ミレイオは底を下げて馬車を作った。車軸の問題もあるので、極端には下げられなかったが、数十cmの差でも変わる。
天井に天窓を作ったのも、一度屋根を開けてから、間を埋めるのに適していると判断し、空気抜きの板を組んだ。天井もその分、高さが出たので、室内の高さはベッドで起き上がった時に、頭がギリギリ付かないくらいには持って行けた。ただ、例外はタンクラッド。
「あんたはさ。多分。頭、打つの。だから毎朝打つと、禿げると思うから気をつけなさい」
「嫌な予言をするなっ」
怒るタンクラッドに、ミレイオは『よく見てみろ』と、1階の天井とベッドの高さを見せて『あんた、絶対禿げるって』と念を押した。
『禿げないっ』言い返す親方に、シャンガマックとフォラヴは笑わないように必死だった。ザッカリアは親方を見て『禿げてもカッコ良いと思う』と、子供らしい励まし方をした。
ベッドはオーリンに頼んで、足を低く作ってもらった。立ち上がりは楽ではないが、起き上がった姿勢で時間を過ごす方が長いため、天井から距離を持たせるベッドは必須だった。それでも、タンクラッドは背があるので、それはミレイオの心配でもあった。
「だけどね。ま、寝る場所あるんだし。それだけで充分よね」
「待て。総長たちは、もう一台の馬車って事か」
「そりゃそうでしょう。あの子たち、勇者だ何だって分かる前にくっ付いてたんだから。もう気分は、夫婦で魔物退治よ」
「あっちも部屋の大きさ同じだろうな」
「見てたでしょ。同じよ。あっちは寝床が2階だけ。結局、私たちの工具とか材料入れると、これと同じくらい場所使うもの」
ちょいっと寝台車の半分に指先を向け、指でまるっと囲んで示し、ミレイオは腕を組む。何か文句あるのかとばかりの態度で、親方を威圧するミレイオ。タンクラッドは気分が悪くなり、『もう良い(?)』の一言と共に、大股で道具のある方へ去った。
フォラヴやシャンガマックは、意外だった構造の馬車に、ミレイオの設計と腕前を誉めた。『馬車に4人と聞いた最初。もっと個人の空間に乏しいと思いました』そうフォラヴは笑う。そして振り返って首を振る。
「でも。ここまできちんとした個室になるなんて。先ほど、隣の部屋の壁を叩いたのですが、ザッカリアはあまり聞こえないと。私の部屋の下のシャンガマックも、音は気にならないと言うし」
馬車じゃないみたいです、と喜んだ。『これならテントは要らない』ここで充分寛げると伝えた。シャンガマックもミレイオにお礼を言う。『素晴らしい技術だ。あなたは何をしても・・・本当に創造性に飛んでいる』両手でミレイオの手を握って、感謝の言葉と一緒に頭を下げた。
ミレイオは褐色の騎士の頭を引き寄せ、ちゅーっとしてから、『有難う。頑張った甲斐がある』と笑った。
シャンガマックが固まったので、脇に寄せてから(※慣れた)個室の扉代わりになる、蛇腹の動かし方をフォラヴとザッカリアに教え、『衝撃に弱いから押し引きは避けて』とお願いする。
固まりが解けたら、シャンガマックにも教えるように言い、ミレイオは『それから』と東の空を見上げた。
「オーリンはまだか。後は、イーアンとドルドレンの荷物ね。何か中で、やってるみたいだけど」
ドルドレンは、馬がどうとか、広間の暖炉がどうとか、ぶつぶつ言っていた。イーアンも、荷造りして書き物して家の管理を頼んでとか、ウンタラカンタラ。
シャンガマックたちはここに居たいと言うので、ミレイオは『どうぞ』と了承し、若い騎士たちの楽しそうな時間を放っておいた。
ミレイオ自身も、持ってきた荷をあれこれ調整して積む。タンクラッドの荷物は箱を見る限りでは、そこまで多くない。オーリンがどうかなと思うものの、とりあえず、先に入れさせてもらう。
集まる者たちの荷物が大方入った後。ドルドレンが引いてきた馬2頭を、皆に紹介し『名前をつけよう』と、急に名付けタイムへ。
ザッカリアが手を上げる。『はい、ザッカリア』総長が指差すと、ザッカリアは笑顔で『ヴェリミル』と答えた。総長とシャンガマック、フォラヴは笑う。
知らないミレイオは、何かと思って理由を訊くと『ギアッチの名前だ』と総長に言われた。
「あんた。お父さんの名前、馬に付けて良いの?」
「馬でも良いんだよ。好きだから同じ」
そうか~ 笑うミレイオは子供をナデナデ。可愛いわねぇと言いつつも、お父さんには言わない方が良いような気がした。
「じゃ、こっちはヴェリミルだ。もう一頭はどうする?」
笑ったままの総長は横の馬を撫でて、皆に聞く。フォラヴが手を上げ総長が指差すと、彼はすぐに『セン』と答える。
「セン。変わった名前だ。何か思い入れでもあるのか」
「私の家族に、その名前の者がいます。家族ですが友達のような。実家から動けないので、せめて名前を呼べたらと思って」
ドルドレンはフォラヴが帰省する度に、どこへ帰るんだろうといつも思っていた。彼は帰る時、いつも、森の深い方向へ馬を向けていた。彼の家族もまた、妖精の系列なんだろうなと思うが、突っ込んで訊いたことはなかった。
不思議そうに見つめる皆の視線に、フォラヴはコロコロと笑い声を立てる。そんなに見つめないで、と冗談ぽく頼んだ。
「フォラヴの家族。で、友達なのね。その名前を呼んでいたい、と思う・・・・・ 」
ミレイオは妖精の騎士をじっと見て微笑んだ。彼はミレイオに微笑み返し、そうですと頷く。
「暫く会えません。旅が終わるまで。あなたの愛するザンディのように」
それを聞いて、ミレイオもドルドレンもシャンガマックも、ハッとした。それ以上の質問は出来なかったが、フォラヴの微笑みは変わらなかった。
ザッカリアはよく分かっていないので『センって名前は、良い名前』とフォラヴに笑って頷く。フォラヴもザッカリアの言葉にニッコリ笑って『そうでしょう?良い名前です』と答えた。
何となく。時間が止まったフォラヴの話を、ドルドレンが切り替えようとした時、向こうからオーリンが来た。ガルホブラフに荷をくくり付けて、すぐに馬車の前に降りる。
「仲間とかさ。アーメルにも挨拶をな。一応済ませておいたから。で、これが俺の荷物だけど。入る?」
木材がそこそこ場所取るからねと降ろし、ミレイオに案内されて、オーリンは荷を積み込む。タンクラッドも来て、ムスッとしたまま『俺はこれだ』と箱や包みを荷馬車の後ろに並べたので、それらを調整して、場所分けで入れる。
名前の決まった馬『ヴェリミル』と『セン』を、ドルドレンはそれぞれの馬車に繋ぐ。馬具も支部の倉庫から、古くなったものを拝借して予備に積み、初回はきちんとしたものを使った。
「頼むな。ヴェリミル、セン。お前たちは馬車の馬。俺たちの馬だ。強く逞しく、穏やかで大らかな馬。俺たちの寝床と命を運んでくれ」
ドルドレンは2頭の馬の鼻にキスをして撫でると、引き馬が痛くないように、細かい場所に布を置いてあげたりと世話した。
馬車に馬を繋いだドルドレンの手が空いたのを見計って、タンクラッドは書き置きの紙を渡し『これをロゼールに届けさせてくれ』と、これがサージの工房宛であることを話した。
「俺に頼んでいた客は、長期になれば何かと思うだろう。サージの工房へ行って訊ねるはずだ。とりあえず詳しい仕事のことがここにある。ロゼールから渡してほしい」
親方から受け取った手紙を、ロゼールに後で渡すと約束し、ドルドレンも思っていたことを親方に相談する。
「ギアッチ。そう言えば忘れていたのだが。彼の存在は、ハイザンジェルと唯一交信できるのだ。何よりも早く。
ギアッチは聡明だ。支部を燃やしかけたが(※言いたくなる過去)。しかし聡明に変わりない。彼が連絡の鍵を握っていることを、誰かに教えておいた方が良いかと思う。どうだろう」
「支部を燃やしかけた、ってのは引っかかるが。そうだな、あの男は誠実そうだし、頭も良いだろう。相手には誰か、目星があるのか。貴族?」
「今の所、彼らしか思い当たらない。ギアッチに迷惑がかかるとは思えない相手を選ぶと、そうなる」
「パヴェルあたりに話すか。パヴェルであれば、性格もある程度知ったし、信用は出来る」
一応ね、とドルドレンは頷いた。もしもの時、連絡球を持つギアッチまで、思い出すかどうかも分からない。でも念のために、教えておこうという話に落ち着く。
そしてドルドレンは、丁度戻ってきたイーアンと一緒に荷物を運び出し、ミレイオに誘導されながら、荷物を馬車に積み始めた。
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