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魔物資源活用機構  作者: Ichen
変化の風
722/2955

722. 開放日の夕方 ~ドルドレン宅

 

 支部に戻った5人は、龍を帰すと、お互いを見合って誰からともなく笑った。

 時間はもう5時を過ぎていて、日暮れが伸びたから明るいものの、夕風に変わった温度は肌に涼しかった。



「イヌァエル・テレンは寒くなかったのにね」


 ミレイオは風を受けて目を閉じ、静かにそう言う。イーアンもいつも感じることなので、『あそこは冬の夜でも寒くならない』と教えた。


 タンクラッドとオーリンは片づけをしようとしたが、少し体が重くて一度座り込む。ミレイオは若干、元気。ドルドレンも、動きが遅い自分に気が付いた。それをイーアンに言うと、イーアンはゆっくり頷く。


「影響が出ます。龍気がない人たちはどうなるのか、分からないままでしたが。やはりイヌァエル・テレンの方が、体が楽なのか。それともあちらを抜けた時の、体の苦しさが続いているのか」


 イーアンも最初はそうだった、と言うと、伴侶は『あんなのに毎度晒されて、平気になれるものか』と驚く。『私はだって、龍ですもの』それはそうでしょうと、答えておく。龍なのに慣れなかったら寂しい。

 親方もふーっと大きく息を吐き出すと、ドルドレンに同意する。


「あれは凄かったな。地上の空に入ったと分かるくらいに、突然息苦しくなった。行きは何ともなかったのに」


 タンクラッドは苦笑いして喉を撫でて見せる。オーリンは一人『俺はそっちじゃなくて、単に気疲れ』と。『男龍と一緒にずっと動くなんて初めてだよ』もうヤダな、と力なく笑った。


「私。大丈夫かも。ちょっとは『あ、変わった』って分かるけど。体が違うからかな」


 首を捻ってイーアンに訊ねるミレイオに、イーアンは『そうでした』と声を上げた。何?聞き返すミレイオに、一緒に家で鏡を見ようと言う。


「目の色が違うのです。見たいでしょう」


「そうか。忘れてたよ。そうそう、私、目の色変わったんだよね」


 見たい、と言うので、イーアンはミレイオと一緒におうちに入った。

 ドルドレンたちはその場にへたり込んで、少しじっとしていたが、どんどん明度を下げる空に顔を向けたドルドレンは『うちで。休むか、少し』と笑った。


「片づけしないと」


「雨でも降らなければ大丈夫だろう。気になるなら寄せておくだけでも」


 そうしようか、と親方は気だるそうに立ち上がる。オーリンも両膝に手を当てて、よっこらせと立つ。ドルドレンは二人に比べて10は若いけれど。それでも感情の上下が激しい一日に疲労していて、立つと大きく伸びをし、『うー疲れた』の声が漏れる。


「お前。お前が一番若いんだぞ」


 タンクラッドは笑う。オーリンも膝に手を付いたまま、総長を見て笑って『そうだよ。総長は元気じゃないと』これから旅に出るのにと、続けた。


「ティグラス。彼に一体何があったのか、話してくれるか」


 タンクラッドは家具を馬車に寄せて、総長に訊ねた。ドルドレンも頷いて『イーアンにも。彼女は全部見ていた』と教えた。オーリンは何のことか、まだ大まかにしか知らないので、黙って後を付いていき、3人は家の中に入った。



 家の中では、ミレイオとイーアンが洗面所にいて、二人ではしゃいでいた。玄関をくぐった時点で、中からきゃっきゃ、きゃっきゃ、聞こえる声。


「ミレイオって男なんだよな」


 オーリンはぼそっと確認する。タンクラッドが笑って頷く。ドルドレンも首を傾げて『本当に。なんというか。姉妹のように時々思う』と可笑しそうに答えた。『()は年食っても、()だな』オーリンは面白そうに笑う。


 3人はそのまま中へ入り、洗面所を覗く。鏡の前で、ミレイオとイーアンが、何やら宝石やら装飾品を箱に出して、顔や首に当てて喜んでいる・・・・・


「何してるの」


 入ってきた3人に気が付かないので、ドルドレンがそっと訊くと、イーアンが振り向いて『あら。今、ミレイオの瞳の色に合う、飾りを選んでいます』と笑顔で返事が来た。


 ミレイオもノリノリで、宝石がジャラジャラ付いた遺跡の戦利品を首元に当てては『こっちのが良い?派手?(※あなたは派手以外がないはず)』とか『対称の色も良いよね』とか『焦げ茶の方が、瞳が引き立つか』とか『うちにあるやつ(←戦利品)でも見てみないとね』とか。イーアンと鏡相手に真剣に考えている。


「中で休むのだ。彼らも疲れているから」


 ドルドレンがそう言うと、イーアンは『はーい』と答えて、すぐ行きますからねと笑いかけると、またミレイオに質問されるまま、返事をしていた。



 苦笑いで男3人は居間へ行き、ドルドレンがお茶を淹れて出す。親方とオーリンは、長椅子にどかっと座って、体にはびこる疲れを味わう。お茶を机に運び、ドルドレンがちょっと食べるものをと探すと、イーアンが戻ってきて『やります。あなたも座っていらして』と交代した。


「私も手伝うわ。元気なのよね」


 何でかねぇと笑いながら、首飾りを決めたらしいミレイオは、がつっと胸元を飾って、イーアンと二人で台所に立つ。『何あるの?夕食には早いよ』とミレイオが言うと『どうしましょうね。でもちょっと食べたいでしょう』とイーアン。


 二人であれこれ言いながら、食材を引っ張り出して料理し始めた。それを、カウンターキッチン状態の向こう側で、ぼーっと見つめる男たち(※ミレイオも男だけど)。


 イーアンはちょっと彼らを見てから、ミレイオに耳打ち。ミレイオは少し考えて『私は良いけど。あんたたちはどうなのよ』と答える。イーアンはニコッと笑って肩をすくめ、ミレイオは笑顔でイーアンの頭にキスをした。


「まぁ、そっちのが楽か。今日はいろいろあったし。じゃ、そうしましょ」


 何かな~・・・と見つめる、茶をすする男たちはぼけーっとして、二人を見ていた(※やる気ナシ)。ミレイオがこっちを見て『この子がさ。泊まればって』どうよ、と訊ねた。


 ドルドレンは暫く頭が働かないまま、泊まるんだ。そうなの・・・と思っていたが、ハッとして自分の家に泊まると気が付いて慌てて聞き返した。『え。ベッドもないし、どうするのだ』イーアン何で、と言いかけると、オーリンが気が付く。


「ああ。俺が作ったから?ベッドあるな」


「お。そうか。そうだな。馬車に乗せてはあるが。布団もあるし。なら、後は風呂を沸かせば良いか」


 親方賛成。オーリンも疲れたから泊まろうかなと言う。ドルドレンは微妙な気持ちで眉根を寄せたが、イーアンはミレイオと楽しそうなので、黙った。



 ――そうか・・・ベッド。オーリン作ったのだ。うむ。確かにな。とんでもない一日だったから、皆の中で衝撃だっただろう。俺もヘトヘトだ。多分今夜は励むよりも眠る(※お客さんがいると、こっちの心配)。うぬ。イーアンは自分が眠ると見越してだな。そうか。そうだな。それならゆっくり彼らを労うか――



 ということで。泊まると分かれば、途端に動き出す親方とオーリン。

 ミレイオは台所でイーアンと料理を作り、親方はベッドを3台運びこみ、温室側の広い場所に置いた。オーリンは風呂の湯沸しをドルドレンに訊くと、自分がやると言って風呂を担当した。


 ドルドレンは複雑。皆の動きがてきぱき過ぎて、自宅なのに何か変。

 うーん、と唸るものの、知らない間に客用ベッドも入り、風呂の火も落ち着いたと言われ、台所から美味しい匂いが漂うので、これも()()と思い始める(※家主は動かない)。

 楽々で全てが整っていく様子を眺め、ドルドレンは『これはこれで・・・』と微笑むまでに至った。


 風呂で使う体を洗う布や拭く布も、イーアンは『縫ってあるから』と篭に入れて風呂場に置き、荷物の積まれた客室から、お布団セットを抱えてベッドに運ぶ。タンクラッドが手伝ってやり、イーアンがお礼を言って、二人が笑みを交わすのを見て、これにはドルドレン、自分が動かなかったことを後悔した(※だるかったから座ってた)。


 そんなドルドレンに、ミレイオが味見をするかと小皿を出した。オーリンが戻ってきて一緒に試食。『美味いよ~』喜ぶオーリン。ミレイオも口端を上げて『そらそうよ。私だもの(※()が大事)』と胸を張る。

 ドルドレンは、ミレイオの作った料理を何度か食べているので、美味しいなぁと本日も感謝。こりゃ愛妻(※未婚)と気が合うのも分かるとしみじみ納得する。



 そんなこんなで、早い夕食は出来上がり、大皿2枚で4品が盛り付けられ、『ほら。運んで』の指示と共に、料理や食器や酒を机に運ぶドルドレン(※給仕のみ)。


 タンクラッドとイーアンも来て、ベッドの準備は出来たと伝えて席に着いた。5人で囲む食事の席。大皿料理と、各自の取り皿で、好きに食べようと夕食が始まった。


 イヌァエル・テレンにいた時は、空腹を感じなかったのに。目の前に料理が出てくると、突然に空腹を思い出す。全員が、わさわさと取り皿に盛っては、争奪戦のようにかきこんで食べる(※親方特に)。


 ミレイオの料理は素材の味。しっかりした素材の味をがっちり引き出す濃い旨み。油を調味料で使うのに、塩は極端に少ない。それでも充分味が濃いと思えるので『こんなに深い味』『美味いな』『食べるともっと食べたくなる』の感想を繰り返し言う、男たちの胃袋に放り込まれていく。



 イーアンもむしゃむしゃ食べるが、男の食欲には勝てない。伴侶も親方も食いっぷりが凄まじく、イーアンが頑張って食べても速度が違うので、口に詰め込みながらも『次の料理を作らないと足りない』気がしてきた。


 イーアンは立ち上がって、これは揚げ物だ!と決め(※胃もたれ寸前に持ち込む目論見)塩漬け肉をガンガン切ると、そこに硬いチーズを巻いて、卵白と粉と香菜の衣にくぐらせ、油多めの鍋で焼き揚げる。


 これはマブスパールの屋台で、ロゼールと食べて感動した料理。間違いなく、皆さんは好きであると踏む。そして3つも食べれば、普通は胃もたれ必須(※のはず)!!


 チーズが溶けて流れる手前、カリッカリの表面にして鍋から引き上げる肉。サイズは14~16cm長×6cm径。

 それを20個作り、よしと思って顔を上げると、親方と伴侶が見守っていた(※待機)。オーリンも来て『それもう食べれる?』と訊ねる。


 どうぞどうぞと、イーアンは網から皿に移して持たせると、机までの距離2mの間に4つ減っていた。伴侶が振り向いて『多分、もう一度食べたいと思うはず』そう心の声を放ったので、イーアンは頷いてもう一度繰り返した(※厨房のおばさん業務)。嵩増しに芋も洗って、皮付きくし切り。別ニンニクと一緒に粉をはたき、長い串に刺して揚げた(※串揚げ外世界版)。


 ミレイオが手伝ってくれて、調理が終わると、皆でまた一緒に机を囲んで食べる。まー、よく食べること。美味い美味い言いながら、早送りのように料理が消えていく。

 ミレイオは適度だが、親方と伴侶はどこまで入るんだろうと思うくらいに食べた(※身長190cm越えの方たち)。オーリンは途中でゲップして満腹(←合算2kg完食)。



 そしていい加減落ち着いた頃。食べる手がゆっくりに変わり、親方が自分の皿にごそっと残りを取った後、余った分をドルドレンが自分の皿に移し、イーアンを見た。


「イーアン。ティグラスの話。聞きたいのだ」


 ドルドレンの一言で、イーアンはその話をするために、意識を切り替えた。楽しい夕方の時間から、大きな奇跡の一部始終へ。

 ミレイオはイーアンの分をちょっと皿に取ってやり『私の話もきっと何かの参考になるわ』と、時間があれば後で話すことを伝えた。そしてイーアンは、最初から話した。


「朝。タムズが来たことから、今日の出来事が始まりました。

 タムズは私とドルドレンに、イヌァエル・テレンを開放できる条件を少し・・・教えて下さったのです。でもそれは、とても恐ろしい条件でした」


 ドルドレンの一族の誰かが、確実に死ぬこと。死に臨んだ者が受け入れられたら、開放。受け入れられなければ変化せず。そして、受け入れられて、新たな命を受け取っても、生涯をイヌァエル・テレンで過ごすこと。


 それを話すと、ミレイオは眉を寄せた。『ティグラスだったのには、何かあるんでしょ?』その言葉には、ドルドレンの家族親戚が多いことが理由であった。


「はい。心の澄んだ者、とビルガメスは言いました。彼らはティグラスの存在を知らなかったので、ドルドレンしかいないと。もし他にそうした者がいれば、そちらだと言うのです。私は過ぎった時の恐怖を忘れません。

 ドルドレンの弟・ティグラスは、皆さんがご覧になったとおりの、子供のように純粋な方です。あの方を差し出すのかと思ったら、怖くて仕方ありませんでした」


「そうか。俺でも躊躇う。例え世界がかかっていても、ティグラスに言わなければいけないとされたら」


 親方が心境を近づけて呟いた。イーアンは頷き『その通りです。その通りだったのです』と答えた。それから、タムズがドルドレンに告げたこと、『今が動く時』と言われたこと、その後にティグラスの家に向かったことを続けた。


「きついなんて。そんなもんじゃないのだ。自分が代われたら、どれほど良いだろうと思うだけだ」


 ドルドレンが思い出しながら、唾を飲んで苦しそうに顔を歪める。横に座るオーリンが背中をさすって『終わったんだよ』と慰めた。


 イーアンは話を続け、ティグラスと母親の家で起こったことを話した。


 ティグラスが何も慌てなかったこと。お母さんは占い師で、どこかで知っていたこと。そして自分たちの胸を引き裂くような痛み。

 ティグラスは終始、涙もなく笑顔だった。信頼し切っていると言う表現さえ、当てはまらないくらい、彼はその時を真っ向から受け入れたと、イーアンが話すと。息を吸い込んだミレイオは、少し瞼を押さえて『凄い人』と呟いた。


「辛かった。本当に辛かった。これが世界を救う最初にあるのか、と思ったら、ここから先がこれ以上苦しくないようにと、祈らずにいられなかった。俺は身内を差し出すのかと、それはもう。理由は分かっていても、心が耐えられない」


 ドルドレンの言葉の後に、暫し沈黙が流れてから、イーアンは続けた。自分とタムズ、多くの龍が付き添った、ティグラスの最期。それを話しながら、イーアンの涙が落ちた。ミレイオが抱きかかえて撫で、『過去なの。もう大丈夫』と何度も言って聞かせた。


「凄まじいな。自分が死ぬと・・・彼は知っていて、龍の背中で笑いながら、肉体を掻き消した。はじけ散った時に痛みがあったのかどうか。あったとして。彼がそれを感じたかどうか」


 見ていたほうも辛かったな、とオーリンの言葉は同情に変わる。ミレイオに抱えられるイーアンを見て、オーリンも『泣くなよ。もう彼は無事なんだ』と言葉にして伝えた。

 イーアンは、龍の自分が吼えた理由は、何も出来ない自分とティグラスの命の最期に、どうして良いか分からなかった想いだ、と話す。


「彼が目の前で砂のように消えた時。たまらずに叫びました。それが皆さんに届いた雄叫びだったのかも」


 ドルドレンはイーアンに腕を伸ばし、ミレイオから受け取ってしっかり抱き締めた。『有難う。辛いのに、最期まで目を閉じずにいてくれて、本当に有難う』と撫でる。


「それで。彼が消えてしまった後、どうなったんだ」


 親方は少し間を開けてから訊ねた。イーアンは、始祖の龍の丘に降りたことや、ティグラスの宝石が残ったこと、それを置くと、いつもよりも多くの樹液が溢れたこと、そしてティグラスが川の一つから生まれたことを話した。


「そんなことが起こったのか。何と言う・・・お前は凄い瞬間に立ち会ったのか」


 タンクラッドの言葉に、イーアンは微笑んで頷いた。『本音を言えば。代わってほしかったです。誰かに』そう言うと、暫し口を閉じてから『でも。見届ける最期と始まりに立ち会えたことは、素晴らしいことだったのですね』と言った。その意味はそこにいる全員が我が事のように受け入れた。



 この後。ティグラスの話が5人の間で続き、ミレイオの話はまた明日とした。風呂に順番に入って、全員の寝支度が済むと、それぞれの寝床となるベッドへ倒れこんだ。濃厚で長い一日は、ようやく眠りによって夢の中へ連れて行かれて終わった。

お読み頂き有難うございます。


ブックマークして下さった方に、心から感謝します。とても嬉しいです!励みになります!!

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