720. イヌァエル・テレン廻り ~ティグラスの住処
外へ出て、タムズはミレイオに子供を預けると、龍に変わった。ミレイオはタムズ・ベイベと一緒に彼の頭の上に立つ。
『あんたのお父さん。こんなに大きくて強そう。あんたもお父さんみたいになるのね』可愛いベイベの頭に、ミレイオはちゅーっとする。赤ちゃんは、うん、と頷く(※でも、ちゅーは返さない)。
イーアンは少しの距離だしと、そそくさ伴侶の龍に乗せてもらう。ちらっと見ると、おじいちゃんが見ていたが、さっと目を逸らして見ない振り。ドルドレンもすぐに後ろに乗って、イーアンの体に腕を回して固定。『一緒に空を飛ぶのだ』奥さんと一緒と喜んでいた。
親方はヨダレまみれになったので、それをどうにかこうにか服で拭い(※服もびっちょり)バーハラーに乗る。
『お前もあんな感じだったんだろうな』自分の龍の横顔に、そんなことを言ってみると、龍は嫌そうに前を向いた(※プライド高いから、赤ちゃん時代なんて言われたくない)。
オーリンはようやく解放され、逃げ出すようにガルホブラフに急いで跨る。『次は龍の子の家だってよ』と小さい声で弱音を吐いた。ガルホブラフも『え~やだ~~~』みたいな顔をしていた。
ティグラスの龍・ピレサーは、ティグラスの龍気が増えたことに気が付いて、頭をこすり付けてきた。『俺が元気になったと。ピレサーは分かるんだね。お前は可愛いな。ピレサーは良い龍だ』ティグラスは自分の友達が出来たことが嬉しい。ピレサーは、マムベトにいた時の馬たちと同じように、いつも一緒にいようと決めた。
ファドゥとルガルバンダが先に飛び、皆で、ファドゥが長らくお世話になった、龍の子の家へ向かう。イーアンは数回、その道を通ったことがあり、伴侶にその話をした。伴侶はふむふむ聞きながら『じゃ。これから向かう場所の方が、入り口』と訊ねる。
「最初はそうでした。表まで出るかは分からないですが、私とオーリンが待ち合わせする・・・あの、一枚岩の話。覚えていらっしゃる?絵に描いたことがある」
「覚えている。機構の祝賀会の時だったか。皆に見せてくれた絵だ」
「あれです。あの一枚岩の入り口と言うのかしらね。その近くに、ファドゥが生活していた家があるのです。龍の子はそこで男女共に暮らしているようですし、卵や子供たちの世話をする女性もいます」
「別のところに住まないのか。男女が同じ建物」
「オーリンたち龍の民は、人に近いのですが。龍の子も、男龍たちも・・・ね。生まれ方が卵なので」
そこまで言うと、イーアンはちらっと伴侶を見る。ドルドレンも理解した。『そうか。あまり関係ないということだな。男女の別は見た目だけのような』そう?と訊く。イーアンも多分そうじゃないかと答え、そんな話をしていると、一枚岩の見える側まで飛んでいた。『あれです。こちらから見ると、天井のようになっている部分』指差すイーアンの示した方を見て、ドルドレンは驚いた。
「凄い大きさだ。確かにあれは、反対側から見たら山のように見えるな」
「岩だと気が付くのは、側に寄った時です。石の表面ですから、それで分かるものの」
イーアンの説明を横で聞いている親方も、岩の巨大さに目を丸くしていた。そしてその岩の殻のような天井の下、規模の大きそうな人工的な建物があるのも見え、そこには数百人くらいは住めそうに思えた。
「イーアン。あの建物がそうか」
タンクラッドは、遠くに見える建物を目指していると知り、住まいなのかどうかを訊ねた。そうだと言うイーアンは『相当な人数がいると思う』ことと『だけど殆ど会わない』ことも、教えた。
「いろいろ違うな。人影もない場所に、大勢いると言う。大きな建物には沢山いるというのに、会いもしない。性質が違うだけが理由なのか」
親方は他人事ながら、無邪気で自由なティグラスに、ああした集団の住まいは合わないような気がしていた。彼とはまだ話もそこそこだが、どう見ても集団向き性格には思えなかった。
間もなくして、龍の子の住まいに到着する。とりあえず子供たちを戻すため、男龍たちは自分の子供を連れて子供部屋のある表へ降りた。ビルガメスは行かない。イーアンが見ていると、ビルガメスは近づいてきてイーアンに降りるように言った。
「イーアン、子供部屋を見に行け」
「ビルガメスの赤ちゃんは連れて行きますか?」
「俺の子供はいい。俺と一緒にいる。お前は見てくると良い。子供たちがお前を探している」
え。私を探すって。何で、と思っていると『龍気がお前と分かるからだ』と言われた。分かりました、と頷いて伴侶の龍を降り、イーアンは子供たちの部屋へ。
ビルガメスはオーリンやドルドレン、ティグラス、タンクラッドとミレイオと一緒に待機。ドルドレンやティグラスも、赤ちゃんを見たいと言ったが『ここはまぁ。お前たちにはあまり向いていないから』と、ビルガメスはやんわり押さえた。
自分たちの子供は男龍だろうと、ビルガメスは感じている。男龍になるなら既に強さは兼ねている。だが、部屋の子供たちには龍の子もいる。
彼らには龍気のある龍族でもないと、良い影響が与えられないだろうから、龍族以外を近づけない方が良いと考える。
ティグラスは大丈夫に思えるが、まだ様子が不安定。今日はよすように伝えた。オーリンは・・・ちょっと彼を見ると、居心地悪そうにしているので、それも無理からぬことと放っておいた。
男龍たちは子供を部屋に返すと、すぐにまた戻って行った。イーアンは少し赤ちゃん部屋を覗き、赤ちゃんたちが自分を見つけてアハハと笑うのが可愛くて、少しだけお邪魔した。
皆、大きくなっていて、笑ったりちゅーしたりで本当に可愛い。龍の子の女性にも『成長が早いし、よく笑うのよ』と教えてもらった。
彼女たちも、イヌァエル・テレン開放を知っている。だが訊いてこなかった。彼女たちなりに、何かを知っているのかもしれない。イーアンは赤ちゃんたちと2~3分遊んでから、また来ると挨拶をして出た。
伴侶たちが待つ場所へ行くと、ファドゥと一緒に龍の子の数人が加わっていた。
男龍は少し離れた場所に立ち、そのすぐ後ろに伴侶やタンクラッド、ミレイオがいる。ファドゥとティグラス、龍の子の男女4名は固まって話していた。ビルガメスはイーアンを見て手招き。イーアンはそっちへ行き、どうするのかを訊いた。
「どうだろうな。ティグラスを引き取るとか、そうした話ではないはずだが」
「ここに彼を連れて来たのは、この建物を住まいとするからではなかったのですか」
イーアンの質問に、おじいちゃんは首を傾げる。翼を出せといきなり言われて、よく分からないものの翼を出すと、腕に乗れと言う。
ああ、そういうことかと、イーアンはパタパタ飛んで、おじいちゃんの片腕、赤ちゃんの乗る反対側に乗った。赤ちゃんはビルガメスの腕を、一生懸命ちゃぷちゃぷしゃぶる(※歯が痒い)。誰よりも大きく美しい筋骨隆々のビルガメスは、右手赤ちゃん・左手イーアンインコの状態。
後ろで見ているミレイオは、構図が可笑しくて吹き出しそうになったが、どうにか堪えた。ドルドレンも同じ理由で笑いそうになるけれど、頑張って見ないようにする。
普通の顔で、おしゃぶり赤ちゃんとインコ(※イーアン)を乗せている男龍の姿に、親方も意外だったが、彼は背があまりにも高いからだろうとはすぐ察した。下の方で話されても面倒なのだと、それは理解出来た。
「お前が小さいからな。真下を見て話すのは面倒だ」
「それはさておき。もうここにいますのでね。お答え下さい。ティグラスはここに来たのはなぜでしたか」
「龍の子の住まいに入れるためじゃないぞ。この近くに住まわせると、そうしたつもりだ。ティグラスがまだ何か、食べるとかあるかもしれないだろう。龍じゃないから。そうすると龍の子の近くに居たほうが都合が良い」
イーアンは思う。TSMセットだ。ティグラスは、これから永遠にTSMセット・・・・・ 少ーし同情するが、ティグラスは気にしないかもしれない。そうであることを祈る。
「ティグラスは。その体を女の木の汁から作られた。始祖の龍が与えた体を保つなら、それを常に受け取れる場所が、彼の体に都合良いはずだ」
ビルガメスはイーアンに理由を教えた。そうか、それでと頷くイーアン。タマタマ・シル・マクの『シル』が現在のティグラス構築素材(?)。それなら大丈夫かもと思う。
話し合う時間が微妙に長いと思ったか。ルガルバンダがファドゥたちの会話に入り、何を話しているのかを訊いた。それからティグラスの背中に手を添え、龍の子たちに何やら伝えると、彼らは手振りでどこかの場所を説明したようだった。
暇な状態の待機組・・・後ろで見ていたオーリン。龍の子の女性を見て、綺麗だなと思っていた(※いつも意識はフラフラ)。
親方は、彼らが一様に似ている気がして、男女の体つきはかなりはっきりしているものの、顔つきが似たり寄ったりであることに、何か理由があるのかと考えていた(※謎解き対象)。
ドルドレンも龍の子の男女を見て、彼らは綺麗な顔つきをしていると思ったが、どこか人とは違う雰囲気を感じた。
イーアンが度々羨んでいた(※しょっちゅう羨む)女性の豊満さは、まぁそうだろうが、と思うものの。ハイザンジェルも女の体つきは大体こんなもんなので、それはドルドレンからしたら普通(※女性=ボンキュボン、中年過ぎると=ボンボンボンに変化の認識)。
男性も恵まれた体つきと分かることから、やはりその辺りは種族的特徴だろうなと理解した。
そして思うことの結論。イーアンが散々言っていた『女性は豊満』それはそうだが、肩幅や背や骨格がどうも男性的であることから、龍族は男性的要素が強いのではということだった。男もかなり、しっかりした体格。
男龍なんて、男の中の男くらいの体を持つので、イーアンが何かにつけ、男らしくて好かれるのも、それでかと分かった気がした(※しかし愛妻には決して言えない)。
待っていると、ルガルバンダが話を終わらせたようで、ティグラスとファドゥを連れて戻った。龍の子たちはこちらをちょっと見たが、それほど関心がない様子で帰って行った。
「どうだった。すぐに都合の良さそうな場所はあるのか」
ビルガメスが訊ねると、ルガルバンダは頷いて『向こうに・・・ここより女の木に近い場所だ。川辺でよく、龍が魂の交換をする場所があるだろう。あの辺りには、道具が揃っているとか。ティグラスが使えるということだ』ちょっと戻るぞ、と言うので、彼に案内を任せて移動する。
龍の子の家から離れ、方向を変えて飛ぶ先には女の木の丘が見えた。それよりも手前でルガルバンダは降りる。続いて全員が降り立った場所は、川のうねりの緩い砂洲で、少し離れると土があった。その続きに小屋があり、その小屋の中に、桶やら何やらと道具があった。
見通しの良い場所で、木々は少なく、川原に柔らかい葉をつけた背の高い若い木が疎らに生えていた。ティグラスは龍を降りて、辺りを見渡し、嬉しそうに深呼吸する。『俺はここに住むのか』そう言うと、白い川に寄り、その流れる樹液に手を浸して飲んだ。
「俺の体が喜んでいる。俺を満たすよ。ここに住む』
ティグラスは皆を振り返り、ニッコリ笑う。ニヌルタは微笑んで側へ寄り『お前が選んだ場所だな。ここに家を作ってやろう』と頷いた。
「家だ。彼が求める場所に」
ニヌルタは友達に顔を向ける。私が、とタムズが来て、ティグラスに『どんな家だね』と訊ねた。ティグラスは少し考えて『俺の前の。シャムラマートの家は難しい?』と聞き返した。
「私は外側しか知らないよ。それでも良いなら」
「いいよ。部屋は4つあるんだ。でも外側だけでも良い」
タムズはニコリと笑うと、両腕を空に上げる。それから『ここで良いのか』とティグラスに確認し、良いと頷くのを合図に、次々に形作る。それはまるで、地面から建物が生えていくように、下から上へ屋根へ向かって粒子が集まり、集まった側から色が変わり、見る見るうちに見慣れた形が現れる、大掛かりな仕掛け仕事のように見えた。
見ている来客組は、口が開いたまま。ミレイオは笑っていて拍手する。『こうしてドルドレンの家も作ったのね』これは魂消る・・・見事だと拍手を贈った。
ドルドレンとイーアンも、唖然として見つめた。こんなふうに作ったのか、と。これは作業員出る幕無し。タンクラッドとオーリンは顔を見合わせて『馬車頼めば良かったな』と今更ながらに笑った。
ティグラスは大喜び。あっという間に出来上がった、自分の思い出の家。母親は出てこないけれど、それを思うに充分な再現。タムズが完成させて振り返った時、ティグラスは抱きついてお礼を言った。
「嬉しいのか。そうだね。君はこの家を大切にしていたから」
「そっくりだよ。有難う、タムズ。俺の家に遊びに来てくれ。いつでも歓迎する」
嬉しいティグラスを撫でて、タムズは中へお入りと促した。『君は今日からここで暮らす。必要なものは言いなさい』タムズの言葉に、ティグラスは少し考えて、ドルドレンを見た。
「ドルドレン。俺には何が必要?」
質問に笑ったドルドレンは側へ行き、とりあえず衣服をもらうことと、椅子や机、寝床や柔らかい布等があった方が良いと教えた。衣服については、タムズは表情が変わらなかったが(※反対派)イーアンもじっと見ているので(※賛成派)タムズが思い出せる範囲の服―― 自分の陣羽織とズボンと靴を参考に作り出して、ティグラスに着せてやった。
「あれ見てると。私たちの作業って何なんだろう、って思うわね」
魔法のように現れる様子に、ミレイオが呟く。タンクラッドも頭に手を置いて笑う。『本当だな。まぁ、作る工程を楽しめることが、俺たちに許された喜びだと思え』それは大事だろ、と友達に言った。
「そうね。面白いって・・・大事よね」
苦笑いのミレイオに、後ろにいたオーリンも腕組みしながら同意。『男龍に何も要らない理由が分かる』と頷いていた。
ドルドレンとティグラスは家の中に入り、タムズにも一緒に来てもらって、あれやこれやと出してもらう。そしてドルドレンが思い出せる限りの、『マムベトの馬追いの家』がイヌァエル・テレンに再現された。
「いつシャムラマートが来ても大丈夫だ。きっと喜ぶよ」
ティグラスは兄とタムズにお礼を言って、二人にちゃんとキスをしてから抱き締めた。二人とも笑いながら、無邪気なティグラスの移住に祝いの言葉を贈った。
お読み頂き有難うございます。




