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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
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71. ツィーレイン民宿の夜

 

 宿に着いてウィアドを下りたドルドレンは、スウィーニーにウィアドを任せた。馬車に積んだ荷物には危険物もあるので、叔父さんに説明して、民宿の馬車が入る厩に移動させた。


 イーアンをしっかり守った状態で、ドルドレンは民宿の中に入った。叔父さんと叔母さんはイーアンを見て、やはり(以下同様)~で、叔母さんは『良かった』と、ちゃんとした格好をさせてもらったことに喜んでいた。


「あんたは綺麗なんだよ。変わった雰囲気だから、それが他にない魅力なの。よく似合っているわ」


 叔母さんはイーアンを抱き締めて、服もイーアンも誉め続けていた。それを見ているドルドレンは気が気じゃない。早くしないと、早く部屋に、早く、早く、あいつらが来てしまう!!



 ドルドレンの心配はよく当たり、入ってきた部下はあっという間にイーアンを取り巻く(受付なのに邪魔)。

 ここで屯すと他の客が入れない、と叔母さんが全員追い立てて食堂へ入れたため、ますますドルドレンはイーアンを連れて行きにくい状況に入った。



 イーアンもこの状況には戸惑っていた。

 

 確かに馬子にも衣装という言葉があるので、人は外見で印象が変わることはよく知っている。でも仮にも今までだって女性だったわけだし・・・と思うと、彼らの反応は過剰にも思えた。そういうものなのか。



 ロゼールがなぜか『ほら、綺麗でしょう』と赤い顔で自慢している。トゥートリクスもぽかんとして照れている(この二人は子供で反応が可愛い)。


『いや、こんな姿を見るとは』とギアッチが何度も同じことを言って感心している。何に感心しているのか。服か。本体か。続きを聞きたい。


 ダビも『へぇ』と楽しそうに声を漏らす。『素材が良いと、いくらでもいじり様がありますね。素材大事ですね』と武器と同じ扱いで人間(仮にも女性)を誉める。複雑だが誉められていることは分かる。


 スウィーニーは『参ったなぁ、叔母さんの言うとおりだ』と笑顔で首を振る。叔母さんは彼に何を吹き込んでいたのか。そして彼はなぜ参っているのか。ギアッチ同様で続きが聞きたい。言葉もうちょっと。


 フォラヴの反応は、ある意味、記録が必要なレベルだった。詩的な才能があると、誉めているだけで本が出来る。長過ぎて覚えられない誉め言葉。思い出すのも難しい長さ。ひたすら誉められ続けているので嬉しいには嬉しい。


 無口なアティクまで『魔物の尻を切り取ったとは思えない』と独特な誉め方をしていた。ツボだった。イーアンは両手で顔を覆い、肩を震わせて笑うしかなかった。



「もういいだろう」


 過重力の言葉がお開きを告げた。取り巻きの後ろで腕組みをして仁王立ちのドルドレンが不快指数最高点の渋い顔をしている。

 部下の返事を待たず、『イーアンおいで』と肩をがっちり抱き寄せて退場した。2階に上がり、部屋の鍵を開けて中に入り、音を立てて鍵を下ろす。


「イーアン」


 ドルドレンが振り向いて切なそうに名前を呼んだ。二人はどちらともなく近寄って、体に腕を回す。抱き合って、そこにいることをしっかり感じながら感謝する。


「本当に良く似合っている。いつも綺麗だったけれど、もっと似合う格好があるのだから早く」


「言わないで下さい。私、ドルドレンが渡してくれた衣服も好きです。この服もとても好きです」


 ありがとう、とイーアンは灰色の瞳を見上げて微笑んだ。『こんなに大事にしてもらって、私は本当に幸せ者です』と大きな広い胸に顔を埋める。ドルドレンもイーアンの髪に顔を埋めて『俺の方が幸せ者だ』と答えた。




 食事の呼びかけがあるまで、ドルドレンとイーアンはこれからの話をしていた。ドルドレンは遠征ばかりでイーアンの体調が心配だったり、イーアンは少し作れる時間が欲しかったり。でも離れ離れはお互い心配で難しいとか。


 そんなことを話し続けていると、『お食事ですよ』と叔母さんの声が聞こえた。


 イーアンは『着替えたほうが良いかしら』(服を汚したくない)と呟いた。ドルドレンは『もう少しそのままのイーアンを見ていたい』と柔らかい色を浮かべた瞳で見つめた。

 この服の群青色はドルドレンの鎧と同じ色であることと、毛皮の防寒着がドルドレンの瞳の色と似ていることは、イーアンにとっても嬉しかった。彼が気に入っていることが伝わるので、イーアンは食堂にこのまま行くことにした。



 1階に行くと、食事の準備は10名分。今日の宿泊客は、北西支部の騎士だけと知る。他の客は入っていなかったようなので、民業を助けることが業務で出来ることに良かった、とイーアンは思った。


 まだ誰もいなかったので、好きな席に着いて、イーアンはドルドレンに打ち明けた。


「この前ここで頂いたお菓子あるでしょう。あれで思いついたのが、段の倒木決壊です」


「あの、叔母さんが押し出した道具か」


「そう。あれです。美味しさ以外の効果も頂きました」


 ドルドレンは笑って『大したものだ。何が功を奏すか分からない』とイーアンの頭を撫でた。叔母さんにお礼を言わないと、とイーアンも笑った。


 間もなくして、皆がぞろぞろ降りてきた。茶屋の女性と仲良くなったらしいシャンガマックはいなかったが、他の7人は席に着いた。シャンガマックが恋路なら放っておこう、ということで(即決)食事は始まった。


 遠征中なので酒は控えたが、酒がなくても楽しめる完勝の帰還。全員、談笑の夕食時間を過ごした。

 魔物退治、チェスの話、負傷者の薬、復活魔物退治、イーアンの変身。イーアンはその話はしなくても良いと伝えたが、皆『分かってる』と言いつつ、ちょくちょく話題に挟まるので黙る時間を増やした。



 目の前の料理に没頭することにしたイーアンは、この際だから、ツィーレインの料理を覚えておこうと思った。料理はどれも美味しくて、この前食べたものも合わせて品数はかなりある。叔母さんに聞いてみたら教えてもらえるかも、とちょっと考えた。


 食べながら材料や味の印象を探っていると、叔母さんが丁度来た。手にはお盆。イーアンが楽しみに叔母さんの目を見ると、叔母さんもニコニコしている。


「これね。日持ちがするのよ。だから持って帰ってお食べなさい。今日は1つか2つにして」


 お皿の上には厚さが2cmほどの煌く茶色のお菓子。切った断面は真っ白い生地に赤いソースが挟んである。一目見て確実に美味しい、と分かる魅力に、イーアンは説明を求めた。


「あんた料理が好きなの?今ちょっと台所に来たら材料を見せてあげるよ」


 叔母さんがそう言うと、イーアンはほいほいついて行った。あまりにあっさり行ってしまったので、ドルドレンは少し寂しかった。そう。喜ぶと見境ないのがイーアン。知ってはいるが。



「総長。イーアン行っちゃいましたね」


 向かいに座ったロゼールが、焼き皿の魚を頬張りながら笑顔で言う。イーアンの真横に座っていたフォラヴも、品良く一口サイズの串をつまみながら、横目で総長を見て微笑む。


「手を離してはいけないと言ったでしょ」 「離していない。イーアンが料理が好きだからだ」


「服を変えただけであれほど変わってしまうとはね」


 ギアッチは相変わらず続きも言わず、満足そうに一人で納得している。


「魔物のケツを、ナイフで躊躇なく切り取った人物には見えない」 「その言い方はよせ」


 塩漬け魚を食べるアティクの発言に、ドルドレンは首を振りながら注意した。イーアンは、作業内容を気にはしないのだ。結果に執着するあまり。たとえケツを切り落としていようとも、彼女は気にしない。


「変わった人ですね。本当に。あんな女性は見たことありませんよ」


 ダビが長い腸詰をナイフで切りながら、感心したように笑う。『あの格好で遠征に行かなくて正解です』と付け加えた。


「イーアンに、俺たちと同じ服を今後も着させるの。俺は嫌だけどなぁ」


 ロゼールは焼き皿の底の方を匙で掬い取りながら言う。『もったいないですよ。あの人』と呟く。


「イーアンは魔物を倒すのが好きだから、服が汚れたらそれは嫌だと思うけど」


 蒸し鳥の辛味ソースを舐めながら、トゥートリクスが反論した。『綺麗なイーアンも良いけど、あれじゃ戦えないです』と一理あることを言う。


「お前たちは、好き放題に言いすぎだ。イーアンは遠征で力を発揮するが、その前に彼女は女性なんだ」


 ドルドレンが困ったように(たしな)めた。『あんなに綺麗なら、本人も喜んでいるし。もっと早く着せてやるべきだった』とドルドレンは溜息混じりに気持ちを吐いた。


「実に美しいです。彼女があまりに美しいので、支部に戻って大丈夫か・・・私が心配をしてしまいます」


 フォラヴの発言にドルドレンが睨みつける。こいつめ。とは思うが、確かにそうだ。


「あの格好で支部で生活するんですか」 「目立つだろう、あれでは」 「俺たちでもビックリしたのに」 「魔物を喜んで殺して、チェス部隊長に啖呵を切って、魔物の尻を切る、と知っていてもな」 「だからその表現は止めろ」 「魔物を殺したって美しいことに何の変わりもない・・・」 「他のやつらが見たらどうなるやら」 「クローハル隊長はかなり危険な気がする」


「ちょっと黙れ。考えるから」


 クローハルを忘れていた。ドルドレンは苦虫を噛み潰したような顔で額に手を当てる。――そうだ。あいつは強敵で面倒くさい。俺を無視してイーアンとデートするような奴だ。イーアンが分かっていないことを良いことに。早急に手を打つべきだ。イーアンの・・・・・ 作業する部屋を作るか。俺と近い場所に。



「ドルドレン」


 イーアンが帰ってきた。叔母さんにもらいました、と料理の本を一冊胸に抱えて嬉しそうに席に着いた。


「後で一緒に読んで下さい。このお菓子の作り方も、今日の料理もいくつかあるんですって」


 魔物の調理同様に、喜々として料理の本を嬉しそうに解説するイーアン。早く作りたいなぁと、読めないのにページを捲って、絵を見て楽しんでいる。なんて可愛いんだろう。これは可愛い。相手は魔物ではない、お菓子。


 ドルドレンは甘い目でイーアンを見つめていたが、ふと周りを見ると、全員が温かな眼差しでイーアンを見ていた。全員、彼女の中の魔物と料理の差を比較しているのだろう。ドルドレンの据わった目つきで、部下たちは食事に戻った。




 そうして食事を終え、部屋へ戻る。イーアンがここで風呂に入りたいというので、ドルドレンが見張りをすることにして風呂へ向かう。一人は絶対駄目だ。何があっても側にいなければ。


 ということで、ドルドレンは風呂場に誰もいないことを確認し、風呂場の戸の前に椅子を引いて番をした。イーアンは急いで入ったようで、あっさり出てきた。


「ドルドレンも入って下さい」


 扉を開けたイーアンの服が、服が、服が。

『それは、その服は』とドルドレンが唖然としていると。『服屋の奥さんが、寝る時に使えるから、と下に着せてくれました』とイーアンは微笑んだ。


 イーアンのナイフのような乳白色の、薄い柔らかい布で出来た膝上までの長袖の服。大きく襟刳りが開いて、襟刳りと裾に大柄なのに繊細な刺繍が施してある。イーアンの胸元にある、黒い力強い絵との対照的な懸隔。『部屋に鍵をかけていますから、ドルドレンもお風呂どうぞ』とイーアンが促がす。


 ドルドレンは生唾を飲み込んで大きく息を吐くと、イーアンを抱き上げて急ぎ足で部屋へ連れて行った。そして部屋に入れて『俺が戻るまで決して鍵を開けてはいけない』とよくよく注意して、風呂へ向かった。


 風呂に入り、今日のイーアンの服装でかき乱されている自分をどうにか落ち着かせようとした。が、多分部屋に戻ったら無理だろう、とも思った。

 早く初夜を迎えたい・・・・・ と痛切に願うドルドレンだった。



 風呂を上がって部屋に戻り、イーアンが無事誰とも接触なく過ごしたことに安心したドルドレンは、部屋にがっちり鍵をかけて、イーアンを抱き上げた。服のおかげで、体の柔らかさがほとんど直に伝わる。


「いろんな想像をしていた」


「はい。でもここではさすがにちょっと」


 抱き上げたまま、ベッドに腰を下ろすドルドレン。『せめて一緒のベッドで眠ってほしい』と腕に抱いた細い体をかき抱く。イーアンも頷いた。


「一緒のベッドで眠りましょう。でも支部に戻ったらどうなるでしょうか」


「鍵を閉めて、窓に布でもかけて、一緒に眠れば良いだろう」


 カーテン大事だわ、とイーアンも受け入れた。『被保護者ではなくなっていますね』とイーアンが笑うと『被保護者と保護者の関係が発展しただけだ』とドルドレンが答えて笑った。



 蝋燭を消して、イーアンを抱き締めたまま、ドルドレンはベッドに横になった。上掛けを引っ張り上げ、二人の体を包む。


『普通の男女はこの状態だと』『でしょうね』『イーアン、君もそう思うのか』『思います』『ではどうなんだろう』『私だってそういう気持ちはありますよ』『本当?!』『がっつかないで下さい』ドルドレンの手がイーアンの服の中に滑り込んだのを、イーアンが服の上から押さえる。


「イーアン、俺がどれほど君を好きか。愛しているのか、分かるか?」


「大変光栄です。もちろん分かっています。私も同じです」


「それでも拒むとは」 「もう眠りましょう。拒んでいません」


「拒まれているとしか思えない」 「場所とか雰囲気が必要、ということです」


「触っていたい。それは駄目?」 「激化しない場所なら良いです」



 ドルドレンは、渋々その細い背中を抱き締めることで我慢した。早く二人きりで雰囲気が良い場所を造ろう、と固く誓って眠りについた。




お読み頂き有難うございます。

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