719. イヌァエル・テレン廻り ~赤ちゃんs・男龍の力
「龍や精霊なら通れるだろうが。君たちは違うから。ルガルバンダに解いてもらった」
最初に比べて薄くなった金色の壁は再び輝きを戻し、それを見ながら不思議そうに3人は案内される後を付いて行く。大きな神殿のような建物の中、彼らの目にはすぐに信じられないような光景が飛び込んだ。
「あれは。龍?子供の龍だ」
タンクラッドは驚きが声に出た。一斉に赤ちゃんたちが振り向く。ミレイオも『まぁ。可愛いわよ、まだ子供』と笑みが浮かぶ。ドルドレンは、これがイーアンの話していた赤ちゃんたちかと思ったが、やけにデカイ気がした。
奥にはティグラスとイーアンがいて、オーリンもいるが、彼は壁の端のほうに避難していた(※赤ちゃんたちも男龍と知っている)。ティグラスは、シム・ベイベを抱きかかえて可愛がっている。
イーアンの上半身くらいありそうな龍の子供に圧し掛かられる、飼育員イーアンは、ヨダレにまみれながら、見ている3人を笑顔で手招きした。
「赤ちゃんたちです。彼らの赤ちゃんで、あっという間に大きくなり」
言い終わらないうちに、ビルガメ・ベイベにちゅーっとされて、イーアンは笑ってお返しにちゅーしてやった。ミレイオはそれを見つめ『私が触っても大丈夫かしら』と呟いた。可愛い。見たこともない龍の赤ちゃんに、ミレイオは触りたかった。
「君の足が痛くないなら。子供たちは大丈夫だろうね」
ミレイオの後ろのタムズは微笑んで、足元に視線を動かす。ミレイオが気が付いて下を見ると、小さな4枚の翼を持った赤銅色の赤ちゃんが見上げていた。赤ちゃん龍は刺青パンクの足首にそっと寄り添っている。
「わぁ・・・可愛い。タムズみたい」
驚かせないように静かにしゃがみ、自分を見つめる金色の瞳を覗きこむと、ミレイオは優しく笑って、小さな龍の顔を撫でた。
「私の子供だよ。もう翼があるんだ。この子は恥ずかしがるから、大人しい。ミレイオが好きなのかもね」
タムズの子供に好かれたのかと思うと、ミレイオも嬉しい。その場に膝を着いて小さく頷き、大人しい赤ちゃんをちょっとずつ抱き寄せて抱え『大きいのね。見た目よりも重いわ』と膝に乗せて赤ちゃんの顔を撫でる。お母さん気分のミレイオは、お母さん満喫状態に入る。
赤ちゃん。顔にいろいろ付いているミレイオに、ちゅーっとするのを躊躇う。この人はちゅーしないでおこう、と決めたのか、タムズ・ベイベはナデナデされるままに、ただただ、じっとしていた。
親方も遊んでいる子供の側へ近寄り、薄緑色の体の2頭を見つめ『何て不思議な色だろう』と呟く。親方の声で振り返った2頭の兄弟は、親方によじ登り始めた。突然、足に貼り付かれ、上へ上へとよじ登る2頭にビックリする親方は、どうにかその重さに倒れないよう、急いで体勢を整える。
「おい。待て、しゃがむから。ちょっと待つんだ。二人でなんか登れないぞ」
その様子を可笑しそうに見ていたルガルバンダが来て、『俺の子供たちだ』と紹介し、子供たちを鷲づかみで親方から離そうとしてくれた。その掴み方に驚いたタンクラッド。『痛いだろう、可哀相だ』慌てて赤ちゃんを片手ずつに抱き寄せる。
ルガルバンダは首を振って『こんなの痛くも何ともない』神経質だな、と笑った。両腕に赤ちゃんたちを抱えたタンクラッドは、赤ちゃんたちを見て、ケロッとしている顔に『そうなのか?』本当っぽいので眉を寄せる。
赤ちゃんたちは抱えられ、顔に近づいたので、親方の顔を引っ張ってちゅーをした。苦笑いする親方。もう一頭も真似してちゅーする。それが交互に繰り返されて、タンクラッドは笑いながらその場に座ってやった。2頭の赤ちゃんはタンクラッドと遊んでもらい(※体格的に無事)時々、アハハハと笑っていた。
ドルドレンもイーアンの側で、大型の龍の赤ちゃんと遊んでいた。
元々、馬車の家族は大家族なので、子供が沢山いる。ドルドレンは一番大きな赤ちゃんに、えへっと笑われて、可愛いのでおでこにちゅーっとしてやった。赤ちゃんもドルドレンにちゅーっと返す。これを教えたのはイーアンだなと、ドルドレンは察する(※当)。
「その子は私の子。ここにいる子供たちの中でも、先に卵から孵ったから大きいよ」
ファドゥはドルドレンの横に座って、自分の子がイーアンに沢山の祝福を受けた話をした。大型赤ちゃんを抱っこして、ドルドレンはそれを神妙な顔つきで聞いた。『そうなのか。その、一人に多くの祝福を与えることも出来る、という』ちょっと質問すると、ファドゥは頷く。
「出来る。だが、少し。例外かな。彼女は知らなくてそうしていたらしいが、普通は一つ二つ。知らないうちに、私の子だけはどっさりと祝福を受けた。これも運命かも」
嬉しそうに言うファドゥに、ドルドレンも微笑みながら、イーアンの祝福を受けた大きな赤ちゃんを見つめた。『この子は大きくなったら。立派な男龍に成るのだな。父のファドゥのように』きょろっとした金色の目の上を撫でて、ドルドレンはこんな体験を得られた感動に浸る。
「もしもね。この子が、龍の子であっても。それはそれで構わないのだ。私もそうだったから」
自分を見た灰色の瞳に、ファドゥは笑みを浮かべた顔を向けて頷いた。『生まれてくれたことが大事だ』ね、と言うファドゥに、ドルドレンもニッコリ笑って『そのとおりだ』と答えた。
皆で赤ちゃんたちと笑い声の中を過ごす時間。オーリンだけは気後れして、壁際に佇んでいた。これが皆、男龍に成長するのかと思うと。とてもじゃないが龍の民の自分には、彼らを撫でたりなんて出来なかった。
そんなオーリンを気にしたイーアンが最初。すぐに近くへ来たが、あっという間に赤ちゃんたちに群がられて、結局オーリンはそこから離れ、壁際を移動して見守るだけに収まる。
「こんなふうな子供時代があるなんて。龍の民のどれくらいが知っているやら・・・・・ 」
オーリンは龍の民の町を思いながら、一人呟く。天と地の差がある自分たちと、男龍。その家に自分はいて、彼らの子供たちを見ている。男龍6人全員が集う場所に、場違いな感じを受けて苦しいくらいだった。
ガルホブラフも自分と似ていて、気持ちを分かってくれる。小型の龍は、男龍に一歩下がった感じがある。
それは、本来ガルホブラフたちの方が100%の龍であるにも拘らず。男龍が体を変えると、自分たちよりもずっと大きく、ずっと能力の幅に富んだ力を持つ龍になるからだろう、とオーリンは思う。
ミンティンたちの大きさになれば、そんなこともないだろうが。イーアンでさえ、女龍と知った後のガルホブラフは苦手そうにする。あまり近寄ろうとしない。
総長の龍は、何か理解力が違うのか、イーアンを度々乗せているが・・・多くの小型の龍たちは、男龍と女龍に距離を感じている様子はいつもある。オーリンには、自分のせいでもない引け目が付いて回った。
「ビルガメス。子供を戻しに行こう。それから龍の子の家に寄って、ティグラスの住まいを」
ニヌルタは、そろそろ次をと促した。ティグラスは命を受け取ったばかりで、体が馴染んでいないだろうから、早めに休める場所を探そうと言う。ビルガメスも彼を見て、確認。
「ティグラス。体はどうだ。苦しいか」
「俺はそう思わない。だけどもっと動ける気もするな。まだ疲れているのかも」
それを聞いて、ビルガメスはミレイオに視線を移した。ミレイオはタムズ・ベイベと一緒に座っていて、目が合うと、男龍に視線で訊ね返してきた。
「ふむ。ミレイオ。お前はどうも。あれこれ変化が出ただろうが、サブパメントゥの力はそのままらしいな。こっちへ来い」
言われている意味が分からないミレイオは、何かと思い、赤ちゃんを抱っこし直して(※離さない)ビルガメスの側へ行った。赤ちゃん付きパンクが来たので、ビルガメスは観察。じーーーっと見て、居心地悪そうに恥ずかしがるミレイオに一言。
「力を使ってみろ」
「え。何で」
驚くミレイオ。ビックリして首を振り『嫌よ。こんなところで誰を相手に使うっての』ムリムリ、と断る。ビルガメスは、大丈夫だから使えともう一度言う。
「ダメよ、ビルガメスの頼みでも。私そんなこと出来ない。したくないわ、ここで」
「俺を相手にやってみろ。俺は平気だ」
「イヤ。絶対イヤ。私、自分を許せないわ。そんなことするくらいなら、今すぐ帰る」
ビルガメスの言葉に、周りの男龍は気が付いたようだったが、人間側は分からないので戸惑う。
イーアンも頭の中身はこっちサイドなので、何をビルガメスが言い出したのかと焦る。『ミレイオが嫌がっています。ビルガメス』止めてあげてとお願いするが、シムがイーアンの胸の前にそっと手を出して、目を合わせると首を振った。オーリンにも分からないが、何かあるんだとは理解するのみ。
「ミレイオ。来い」
ビルガメスは静かにミレイオの手を掴んで、ゆっくり自分に引き寄せる。いつもなら真っ赤になって嬉しがるところだが、ミレイオは首を振り続けて『ムリ。私に出来ないことを言わないで』と一生懸命伝える。
ビルガメスは自分の側に彼を座らせて、その腕を掴んだまま自分の胸に当てた。『俺に。使うんだ。俺は耐えられるぞ。気持ちの問題だ』金色の瞳を真っ直ぐに向けて、ミレイオに言い聞かせる。
「分かってるわよ。私の力如き、ビルガメスに何も出来ないくらい。でもイヤよ、私は今ここにいるのよ。イヌァエル・テレンにいるのに、どうしてサブパメントゥの力なんか使わないといけないの」
「お前の力を、ここで活かせるからだ。やれ」
抵抗するミレイオは、『活かせる』の言葉に黙る。自分には分からない何かを彼らは、良く使おうとしているのか。ビルガメスは答えを行動で待っている。
良く。使うなんて。無縁の力―― サブパメントゥの操る力、壊す力。それを空では、良く使うために活かすという。ミレイオは少し考えてから、眉は寄ったまま、唾を飲んで頷いた。
抱っこしていたタムズ・ベイベをドルドレンに預け、何も言わず、そのままビルガメスの目を見上げる。
ミレイオの力はゆっくり発動し、明るい金色に変わった瞳は白目しかなくなるほどに縮む。顔と体に青い模様が浮かび上がり、ミレイオの声が音に変わった。『そこにいる』中に入ったことを教える声はミレイオの声ではなく、響くだけの震える音だった。
手を掴んで胸に押し当てている状態のビルガメス。
体の中に何かが動くのを感じながら、サブパメントゥの男を見つめる。動きが体中に広がるのを許して、その様子を細かく感じるだけ感じると、『よし。もういいぞ』と呟いた。
見ているドルドレンたちは固唾を呑んで見守ったし、オーリンはミレイオがやっぱり怖くなった。ティグラスは初めて見た、『サブパメントゥ』と呼ばれるミレイオの変わり方を、好奇心一杯で見つめていた。
ミレイオの目が戻り、大きく息を吐き出すと、ビルガメスはミレイオの頬を撫でて『お前は。宝石の名にふさわしいな』と微笑んだ。
はにかむミレイオは目を瞑ってお礼を言ったが、それ以上は何も言わなかった。
全く歯が立たない相手がいるなんて、とそれは少なからずショックだったが。でも。そんな存在に認められ、受け入れられたことの方が嬉しく思えた。
「シム。受け取れ」
ビルガメスは次にシムに向き直る。シムが側に来てビルガメスの前に立ち、彼の頭を両腕で抱え込むと、一本角を避け、自分の額をビルガメスの額に付けた。
イーアン。どきどきしちゃう。写真欲しいと思う。もしや今ならと、ちらっと伴侶を見ると、伴侶も正しくどきどき中っぽい・・・二人は目をちらりと見合わせて、お互い少し赤くなりながら頷き(※似たもの夫婦の理解)目の前で行われている素敵な光景に目を戻した。
「受け取った」
ドルドレンとイーアンの、どきどき時間はあっさり終了。シムはビルガメスの額から離れ、すーっと息を吸うと、自分を見ていたティグラスに向いて『ティグラス。お前の体を整えるぞ』少し笑って腕を伸ばした。
ティグラスは言われるまま、伸ばされたシムの腕を取り、ベッドに腰掛けた男龍の前に立った。シムはティグラスの体に手を当てて、目を少し閉じる。薄っすら開いた目が光り、ティグラスの体も内側から光り始めた。
「俺が光っている。俺の中に何かがいる」
驚くティグラスに、ビルガメスたちは見守るだけ。シムは少しして光を静め、ティグラスを見た。『どうだ。元気が出たか』ニコッと笑うシムに、ティグラスは嬉しそうに笑った。
「体が強くなった。シムが俺に何かくれた」
有難うとティグラスはシムを抱き締める(※3mシムは抱き締めたくても腕が回らない)。シムは笑ってティグラスを抱き返し、『もう普通に動けるだろう』と言った。
一部始終を見ていたミレイオ。こういうことか、と驚嘆。私の力をビルガメスが覚えて、それをシムが使えるんだと理解した。それも、龍の力に変えてしまうのだ。
ビックリしているミレイオに、ビルガメスとシムは笑う。『分かったか。だから活かせると言った』ビルガメスが頷く。
「俺の力は、別の者の力を使うことだ。受け取れば俺の物に変わる。
相手が誰であれ、ビルガメスを通せば、その力はビルガメスの精霊の泉を越えて、俺に移される。ビルガメスがいなくても出来ることだが、ミレイオはサブパメントゥだから、彼が先だ」
言ってる意味がピンと来ない、ドルドレンやタンクラッド。オーリンも何だか理解できない。分かるのは『違う種族の力さえ使えるようにしてしまう』それだけだった。
イーアンは何となく分かった。『精霊の泉』は中和みたいな存在なのだろう。ビルガメスは、精霊と交信する。彼の中に『泉』と称する存在があり、それはきっと、聖なる存在よりも幅が広いのだ。聖別と似ている。
言ってみれば、ビルガメス相手に、魔物だろうが地下の種族の力だろうが、効かないということか。この世界全てを動かす精霊の流れを、ビルガメスは力として持っているんだと分かった。
そのビルガメスを通り越せば、ミレイオの力もシムが受け取りやすくなる。シム自体は思うに、同じ男龍のコピーを使える力なのか。
ビルガメスの力は特別だから、コピーを出来ないにしても。ニヌルタの『星を作る力』が二人分、ルガルバンダのように『時を動く力』が二人分、タムズの『物質を変換する力』が二人分・・・と、そうしたことだ。そしてそれらは、一度取り込まれたら、彼の力としていつでも使えるのか。
今更だが、ぞわっとする、彼ら男龍の能力である。この方々で倒せない相手などいないような。イーアンはただただ、感服であった。
「ティグラスも元気になった。子供を戻しに行こう。それから彼の家に良さそうな場所を探すか」
子供2頭を脇に抱え(※扱いが雑)ニヌルタは立つ。ルガルバンダも、自分の子供をタンクラッドから戻してもらい(※親方ヨダレまみれ)立ち上がる。
そうと決まれば。彼らはあっさり動くので、赤ちゃんたちは銘々、お父さんたちに捕まり、お父さんたちも余韻なくすたすた外へ出る。次への動きが男らしい彼らに、うっかりぼんやり座っていたドルドレンたちも、ハッとして急いで後について出た。
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