718. イヌァエル・テレン廻り ~まずは出発
「ミレイオ!」 「来たのね、タンクラッド」
「ティグラス!!」 「ドルドレン、また会えたな!」
アオファから飛び下りた二人は、お互いの笑顔を待つ相手のもとへ駆けた。
ドルドレンは裸のままの弟の笑顔に、両腕を広げて抱きついてぐるぐる回す。しっかりその体を抱き締めて『お前は偉大だ!お前はとんでもない偉大な男だ!!』溢れる涙を流して喜んだ。ティグラスも笑って抱き締め『俺はドルドレンが来ると分かっていた。会えたね。嬉しいよ』と兄の背中を撫でる。
「お前。目の色が。何て綺麗な色になったんだ。前も綺麗だったが、今は片目にイーアンの瞳みたいな色をもらって」
「そうだよ。でも俺、自分で見れないんだ。鏡がほしいよ」
涙を流しながらドルドレンは笑って頷く。『すぐに見れる。感動するぞ。お前にまた会えて、俺がどんなに嬉しいか』その顔を見てから、ドルドレンはもう一度弟をぐっと抱き締めた。
タンクラッドもミレイオの側に駆け寄って、その肩を両手で掴み、顔を覗き込んだ。『大丈夫だったのか?何かあっただろ』瞳の色が変わったことに驚いて、目を見て訊ねた。『この眼。何だ?どうした』色が、と教える。
「目?何?そうなの?まぁでもそれは良いわよ。わざわざ会いに来たのね、優しい所あるじゃない」
ミレイオはタンクラッドの胴体に腕を回して、ぎゅっと抱き締める。タンクラッドは驚いて『おい、そういうのはよせ』慌てて体を離そうとするが、ミレイオは笑って腕を解かなかった。
「ハハハ。目出度い日じゃないのさ。嬉しかったら嬉しい、って表現しなさいよ」
「やめろ。お前と違うんだ、俺は。離せ、ミレイオ」
離れないパンクに困る親方は、早く離せと叱るが、ミレイオは笑っているだけで言うことは聞かなかった。
「揃ったかな。どうだね」
タムズがイーアンを見て、4人の男が喜び合うのを指差す。イーアンも頷いて『揃いました。無事に皆がここで、こうして』ちょっとホロッとする。『嬉しいです。本当に嬉しい』頭を垂れて、イーアンは始祖の龍の木に、改めて感謝を心の中で伝えた。
「そろそろ。子供たちも気になるな。まずはビルガメスの家に行くか」
「ティグラスの家も用意しないといけない。龍の子の家の近くを見よう」
シムやルガルバンダも、来客4人を連れて、どこそこへ行こうと言い始める。ふと、ファドゥが空を振り返り『もう一人かな』と微笑んだ。ビルガメスも気づいていて『フフ。来たか。あいつはどうして度胸があるんだろうなぁ』と可笑しそうに空を見た。
「ああ。さっきからウロウロしていたんじゃないのか。あれと似たような龍気はあったぞ」
ニヌルタはじっと一方を見て笑っている。髪をかき上げたルガルバンダは上を見て『龍の民としては。まぁ良いんじゃないのか』と彼を認める発言をした。
イーアンも気が付いて、両腕を振って迎えた。『オーリン!!』こっちですよ!と・・・見りゃ分かる、だだっ広い場所に集まる人影を教える。
「やっと帰ってきたか。先に来てたんだけど、ここに来たら、イーアンはいないし。どうしようかって」
ガルホブラフもちょっと嫌そうに、遠慮がちに離れた場所に降りる。オーリンもそこで降りて、男龍6人が立つ場所に苦笑いした。
「うー・・・行きにくいな。でもタンクラッドたちも来たのか」
「オーリン、そんな場所にいないで。こっちへ来て下さい。一緒に行きましょう」
イーアンは笑って迎えに行き、渋るオーリンの腕を引っ張って丘の上に連れて行く。『男龍・全員は、俺にはキツイ』イーアンにそう言うが、イーアンは『そんなこと言ったら。私、女龍です。私には気を遣わないんだから、同じですよ』と(?)分かりにくい説得をされた。
ニヤニヤしている男龍の前に来て、オーリンは少し腰が引ける。ガルホブラフをちらっと見るが、龍はそっぽを向いていた。
「オーリン。お前にはいつも思うんだが。他の龍の民より、俺たちに恐れがないな」
ルガルバンダの声に、オーリンはちらっとそっちを見て『そんなことないと思うけど』と小声で答える。
シムが離れた場所で佇む龍を見て『ガルホブラフ。お前がそこにいる必要はないだろう、こっちに来い』と呼んだ。呼ばれた龍は何となく苦手そうな顔を向け、そーっと近寄ってきた。
「オーリンとガルホブラフも一緒か。この際だ。ショレイヤとバーハラーも呼ぼう。ティグラスはどうするかな」
タムズが、彼らの移動する龍を訊ねる。シムがティグラスを呼んで『お前も龍に乗るか?』と微笑むと、ティグラスは喜んだ。『俺も乗る。俺の龍はどこ』シムはティグラスの背中に手を添えて、ちょっと待ってろと言うと、目を閉じた。
シムが目を閉じてから、10秒ぐらい経った時。遠くの空に3頭の龍の影が現れた。シムが顔を向けると、龍はゆっくり近づいてきて、男龍たちの前に降りた。
ショレイヤとバーハラー、それにティグラスが乗るための龍。『お前は。俺の龍なのか。お前はとても変わっていて素敵だな』ティグラスは、自分を見ている龍に近づく。
その龍は、バーハラーと同じくらい大きさがあり、翼は6枚、羽毛が生え揃い、顔と胸が鳥のようで、それ以外は獅子のようだった。耳に似た角が後方に向かって伸びた頭と、鱗の付いた長い尾を持っている。金色の目は、自分の相手の男を見ると、数回瞬きして微笑んだように細まった。
「変わっているね。イーアンみたいに翼が沢山。とても素敵だ。俺はティグラス。お前の名前は、ピレサーか」
名前を呼ばれた龍は高い声で鳴く。ティグラスは喜び、ピレサーの顔を抱いて撫でると、『乗りたいよ。良いか』と笑顔で訊いた。ピレサーはティグラスを大きな嘴でそっと押して、翼の合間に誘導した。
ティグラスが大きな翼の間に胡坐をかいて落ち着くと、ピレサーは垂らしていた2本の背鰭を動かして、彼の腕に置いたので、ティグラスはお礼を言ってそれを握った。
この様子を見ていた男龍たちは、ちょっと笑って『ピレサーが懐いた』『誰かを待っていると知っていたが』『ティグラスだったのか』と、これまでのピレサーの態度を話していた。
ドルドレンたちも、一風変わった姿の龍を見て驚いた後、ティグラスがあっさり背中に乗ったのを見て、何か大きな出会いの一つなのだと感じる。
ドルドレンとイーアンは、彼なら在り得ると思ったが、タンクラッドとミレイオ、オーリンは、初めて会ったティグラスの不思議な雰囲気と、良く似合う不思議な『龍』らしくない龍の姿が心に焼きついた。
イーアンは、このピレサーと呼ばれた龍を、どこかで見たことがある。
翼6枚は、イーアンと同じと。これは皆も言っているが、この龍のお陰で思い出した。
『ダンテ』呟くイーアンの脳裏に『神曲』の一場面が浮かぶ。煉獄を通るダンテが、24人の翁と凱旋車を引いた4頭のグリフィンを見る件がある。
そのグリフィンの説明が、まさに6枚の翼を持つ聖獣。ダンテもそこで思うのだ。地獄で見たルチフェルの6翼を。だがあまりにも違う、同じ形の別のものの意味を、そこで黙示録の章を浮かべて理解する場面。
ピレサーの存在は、イーアンを安心させてくれるものでもあった。グリフィンは龍ではないけれど、印象的な龍として、このイヌァエル・テレンで出会えたことに感動した。
「私はどうするのよ」
ミレイオ。なぜ自分だけ、龍に乗れないのかと抗議。タムズが側へ行って『ミレイオはズボァレイがある』それで大丈夫だと言う。タムズに言われ、ミレイオはズボァレイを取り出して見つめ『良いんだけどさ』と不満そうに呟いた。
「そうか。ミレイオには龍がないから寂しいのか」
タムズは優しく訊ねる。彼は龍が好きなのかと思うと、つくづくサブパメントゥの出身なのにと微笑ましく思った。ミレイオはちょっと頷いて『そうね。お皿ちゃんでも良いけれど。でも』少し残念そうに皆の龍を見る。
「分かった。では君の気高さに胸を打たれた私が、君を乗せよう」
そう言うと、意外そうな男龍の友達をちらっと見たタムズが『案内は宜しく頼んだよ』そう微笑み、驚いているミレイオの前で龍の姿に変わった。
「タムズ。あなたは。私があなたに乗るの?」
ミレイオは、小躍りせんばかりの突き上げる嬉しさに叫ぶ。赤銅色の大きな龍が自分を見て首を下げた。大喜びのミレイオは、ひょいひょいとその頭に乗って、縦に並ぶ角の後ろに立った。『ここでも良い?』場所を訊くと、龍はぐっと首を持ち上げて返事とした。
「タムズが。サブパメントゥの男を乗せるとは」
ハハハハと笑うビルガメス。ティグラスはニコーっとした顔で『ミレイオは魂に光がある。だからもう大丈夫だ』と頷いた。ドルドレンもタンクラッドも、自分の龍に乗り、全員の用意が整ったところで、ビルガメスは浮かぶ。
「行くか。まずは子供だ。落ちていたら洒落にならんぞ」
アーッハッハッハ・・・・・ 洒落にならないと言っている割には、余裕なおじいちゃん。行き先を告げると、自分の家のある浮島へ飛んだ。男龍はそれに続き、ドルドレンたちに付いて行くよう、イーアンは教えると、自分はタムズとミレイオに付き添って飛んだ。
イーアンやオーリン、また当然男龍にはいつもの光景でも。来客3人と移住者1人には、初めて見る世界はとても新鮮で、美しいものだった。空の上にも地上と似たような風景が広がり、それはどこまでも大きく広がり、どこもが輝いていた。
空は地上の空よりも明るく深い青に染まり、浴びる風は呼吸がどんどん楽になるような気がした。タンクラッドはこの感覚を、どうしても知っている気がして、何度も目を閉じては身を委ねることを繰り返した。
ドルドレンも初めての世界なのに、何か優しく迎えられた気がして、それはただただ感謝を感じる(※先祖の無礼に子孫が謝る)。
イーアンの故郷。別の世界に生れ落ち、自分を知らずに生きてきた彼女が、やっと辿り着いた故郷、イヌァエル・テレン。証はその肉のうちにある魂だけだった彼女が、自由に笑う空の世界。
振り向いたドルドレンは、大きな赤銅色の龍の横を飛ぶ、白い翼のイーアンを見つめて笑顔を送る。イーアンが気が付いて側に来ると、ドルドレンは飛びながら彼女に腕を伸ばして抱き寄せた。
「イーアンも乗るのだ。俺と一緒に」
「そうしたいですが、ビルガメスに『飛べ』とか『サボるな』と言われまして」
アハハと笑うイーアンに、ドルドレンも笑う。『そうなの。でももう少ししたら、一緒に乗せてと俺が頼んでみる』と伝えた。イーアンも笑顔で頷いて『そうして下さい。私が言っても無駄なの』小さい声でお願いした。
イーアンは伴侶に回した腕をそっと解き、彼の顔を両手で挟んでちょっとキスすると、ニッコリ笑って、ビルガメスの側へ飛んだ。
「イーアン。聞こえていたぞ。俺が悪いみたいに言って。こら(※叱る)」
「いつもそうではないですか。だから先に言いに来ました。後でドルドレンが、私と一緒に龍に乗りたいと言います。折角来たのですから、それも良いでしょう」
「少しならな。お前は龍なんだ。イヌァエル・テレンで、龍なのに龍に乗るな」
小さな角を摘まんで、おじいちゃんはむくれる女龍に笑いかける。『少しだからな。飛べるくせにサボるな』念を押されたので、イーアンは不承不承頷いて(※反抗期)微妙にお礼を言っておいた。
そんなことをしていると、目の前に浮島群が見えてきた。遥か下に煌く海が広がり、輝く空に柔らかな影を作って、浮島は幾つも漂っている。その中の一つへ速度を上げる男龍。ファドゥがイーアンの手を取って、同じくらいの速度へ導いてくれる。
他の龍たちとタムズは男龍の速度に普通に付いて行くが、イーアンだけは翼なので、誘導されて速度の感覚を掴んだ(※アクセルワークが難しいところ)。
「降りるぞ。俺の家だ」
ビルガメスが後ろを振り向いてそう言うと、一つの大きな神殿が建つ島へ降下した。龍は皆、次々に続いてその場所へ降りた。
男龍たちが先に降りて、結界の中に入る。タムズも降りて体を戻し、それと同時に頭から落ちてきたミレイオ(※『うわっ』て言う)を抱き止めて笑った。『すまないね。乗せていたのに』そう言ってミレイオを降ろす。ミレイオは少し赤くなって『気にしないで』とお礼を言った。
ミレイオがちょっと羨ましいドルドレン。そーっとタムズの側に行って、横に着くと見上げてみる。タムズが可笑しそうに見下ろし『一緒に行こうか』と、自分を見つめる灰色の瞳に訊ねると、ドルドレンは満面の笑みで頷いた(※いつでも大好き)。
タムズは結界をくぐる前に、人間の彼らを見渡し『これ。通れるかな』と一応訊ねる。
金色の透き通った壁に触れたオーリンは『うっ。硬い』とか何とか言いながら、中へ入れた。イーアンは普通にすり抜ける。
ティグラスはちょっと触れてから『俺も通れると思う』そう言って腕を中に入れ、そのままゆっくりと体も内側へ抜けた。
タンクラッドとドルドレン、ミレイオは触れても何も起こらない。『入れないぞ。タムズ』タンクラッドが壁を撫でて言う。
「そうか。やはりそうなるか。ふむ」
ちょっと待つように言い、タムズは内側へ入ると、暫くして戻ってきた。『今は入れる。やってご覧』タムズに言われて、3人は壁に手を付けると、そこに何もないように抜ける。そのまま体を内側に動かし、結界をくぐると、それを見ていたタムズも最後に中へ入った。
建物の空間には、なにやら聞きなれない、子供の獣のような声が何重にもなって響いていた。
お読み頂き有難うございます。
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昨晩、ご感想を頂戴しました。とても有難い言葉が綴られ、大変励まされました。
気づいてすぐ返信を送らせて頂いたのですが、今朝改めて活動報告にも、ご感想の内容に私が思ったことを書きました。
読んで下さる方がいる。そのことがとても嬉しいです。そしてさらに、読んで下さった方に、自分が伝えたくて文字に変えた様々な思いが届いている・・・そのことを知った時、とんでもなく嬉しいです。
本当に有難うございます!!今後も頑張ります!!




