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魔物資源活用機構  作者: Ichen
変化の風
717/2953

717. イヌァエル・テレンへようこそ ~解禁日

 

 明るい金色の瞳は、横になった自分を見下ろす全員を見渡した。


 瞬きして、ミレイオは小さな声で『少し眩しい』と呟く。イーアンが手で影を作り、ミレイオの額と目を覆った。それから、嬉しくてちょっと涙ぐむ。『良かった』神様に感謝して、ミレイオの胸に頭を寄せるイーアン。


 ミレイオは微笑んで、イーアンの髪を撫でた。『私。危なかったの?』そんな感じかなと苦笑すると、タムズがしゃがんだ背を下げ、顔を寄せて微笑んだ。


「危なくはなかったのか。しかし目が開かなくて心配したよ」


「タムズ。タムズが心配してくれたの。最高ね」


 ハハハと笑うタムズは、ミレイオの額を撫でた。『最高だな。君が生きている。ここがイヌァエル・テレンだ』そう言って体を起こすと、男龍たちが代わる代わるミレイオの頭の側に来て挨拶した。


「あなたとあなたは・・・初めて会うわね。シムと。ファドゥ・・・名前を聞いたことはあるような」


「シムは降りたことがないから。ファドゥは龍の子だった。彼もまた奇跡の男龍だ」


 タムズが教えると、シムは笑って『最近。立て続けに奇跡だらけだぞ』と言う。他の男龍も可笑しそうに笑い声を上げて『本当だ』『奇跡の連続だ』これこそ世界の変化だと口々に奇跡を喜んだ。



 一人だけ人間がいることに気がついたミレイオは、裸の男を見つめ『ドルドレン?じゃないわよね』と目を細めた。目の合った彼は優しく笑って『ドルドレンは俺の兄。俺はティグラスだ』そう答えた。


「そうね。ドルドレンよりも少し細いのか。良い体してるけど。あなた、目が」


「俺の目?何?」


 イーアンは気が付く。そうだ、鏡も何もないからと思い、ティグラスに瞳の色が左右違うことを教えると、その色を知ったティグラスは喜んでイーアンを抱き締めた。


「俺の目。イーアンの目と一緒になったのか」


「でも片方だけです。もう片方はあなたの青い目のまま」


「良いよ。俺の目とイーアンの目は、俺に付いている。嬉しいな。俺も見たいよ」


 無邪気に喜ぶ裸の男に、ミレイオも笑う。それから、よっこらせと体を起こし、丘に座り直すと二人を見た。『何かあったのね。後で聞かせて頂戴ね。それとティグラス。私はミレイオよ。イーアンは私の』手を伸ばして握手を求めたミレイオの手を、そっと掴んだティグラスは、その続きを拾った。


「イーアンのお姉さんだ。やっと逢えたのか。良かったね」


 イーアンとミレイオは目を見交わしてから、二人でティグラスを見た。彼は笑顔のままで『それに精霊がミレイオを祝福した。綺麗な目。空の皆と同じ目』そう言うと、男龍たちを振り返って『そうだよね』と訊いた。


 これにはビルガメスも。一瞬、驚きに包まれたものの大笑いした。他の男龍も笑い始めて、全員が豪快に笑う。ティグラスも嬉しいから一緒に笑い、つられたイーアン(※つられただけで意味は知らない)もアハハハと笑っていた。

 ミレイオは一人、驚きの中に取り残されて、なぜ全員が大笑いしているのか。とりあえず、彼らが落ち着くのを待った。



 イーアンはティグラスと話すと、その都度、ある人のことを思い出していた。この時、多分そうだと確信したその人、それはザッカリアだった。彼の瞳の色は、今のミレイオの瞳の色と近い。


 そのザッカリアは自分を『龍の目』と呼んだ。自分は空の子だと。しかし種族の名称は空の子ではなく、『龍の目・空の目』とした人間の体に、彼らの能力を受け取った役目と、以前にファドゥが話していたのだ。


 ティグラスは。新しく生まれた瞳の色に、あの二つの石の色が入った。それは彼の、今後の人生への贈り物の一つなのか。

 ティグラス自身は、自分が誰と話しているのかを知らないまま『精霊』と一緒に生きていたような話をする。彼の言う精霊は、ビルガメスやタムズが見当を付けた『空の司』と呼ばれる存在で、空の者・・・そう何度も耳に聞こえた、誰かたちの更に上の立場と知った。


 空の者。イーアンはそれを、イヌァエル・テレン全体と、まだ見知らぬ誰かのことも含めているのかなと。そう捉えていたが、どうも空の者とは更に違う種族が、()()()()()()()()()()()()()空の何処かに暮らしているらしいことを、ビルガメスの先ほどの話から理解した。


 思うに、ザッカリアはそちらの系統なのだ。ティグラスと似ている。子供のように純粋(※ザッカリア子供だけど)で、見通す力を持ち、全てを告げるわけではないが、何か遠い未来を知らされている。


 そして今。ティグラスは、ザッカリアがこの前言ったことと同じ内容を伝えた。イーアンとミレイオは姉妹。良かった、逢えたね、と言ったのだ。


 こうしたことが男龍で出来るのは、ビルガメスだけのように感じるが、彼もまた精霊と交信する力を持つからであり、空の者とは性質も能力も違うのだろうと、イーアンは思う。


 いつか。空の者たちとも会うのか。その日がいつ来るのかは知らなくても、イヌァエル・テレンの開放は、きっと彼ら―― まだ見ぬ強力な相手たちの場所にも、大きな影響を齎す気がした。



「さてと。ティグラスはどうも。()()()の両方を受け取ったようだな。イヌァエル・テレンの存在としては、これまた珍しい男よ。

 龍ではない者が住まうと、精霊が決めたなら、それもまた何かあるのだろう。役割はティグラス(本人)が知っているようだし、俺たちの場所にいるということは、俺たちも手伝う時があるとしたこと。


 では、ティグラスの家については・・・そうだな。ミレイオもここで無事に目覚めたことだし。ドルドレンたちを連れて来て、観光でもさせてやってから、決めようか」


 ビルガメスは笑みを浮かべた顔で、一同を見渡し『どうだ。それで良いか』と確認を取る。ニヌルタはすぐに頷き、シムも『構わない』の返事を出す。ルガルバンダはファドゥと少し話してから『龍の子の家の近くは』と一応提案した。


 タムズも特に意見はない。ここまで急速に進んだのだ。これはもう、『そう成れ』と動かされた、必要に応じた時間と認め、流れを見守ることにする。


 イーアン緊張。いよいよドルドレンの番だと思う。が、もう大丈夫であることも分かる。


 これはこの日が運命の扉であると、それは感覚が認めた。ティグラスの尊い命を預け、彼は蘇り、次にサブパメントゥのミレイオが魂を動かした。となれば、ドルドレンも()()()()()()()()()。そう、決まっているのだと分かる。



「よし。イーアン。俺と行くか。ドルドレンを連れて来よう。アオファを連れるぞ」


 え。何でアオファ。イーアンはミンティンでも良いのではと思ったが、ビルガメスはアオファの方が使い勝手が良いのか(※側にいるだけ)空にアオファがいる時はアオファ使いが多い。


 巨体のアオファが呼ばれたところで『ほら出発だ』と追い立てられ、イーアンとアオファはおじいちゃんに急かされるまま、今度はドルドレンを迎えに地上へ向かった(※おじいちゃんは自分の勢いで動く)。



 アオファに乗ったイーアンだったが、おじいちゃんに『サボらないで翼を出せ』と叱られ、サボったつもりはないと言い返すのも面倒で、6翼を出して飛んだ(※躾が厳しい)。


 おじいちゃんといると、親方を思い出すイーアン。今後、二人は話したり、仲を深めたりするのだろうか。そんなことでタッグを組まれたら、エライ目に遭うな、と困った。



 そんなことを思うのも束の間。男龍と、アオファなりミンティンなりと一緒に飛ぶと、なぜか早く地上に着く。あっさりと北西支部の上に出て、馬車のある所へイーアンたちは降りる。

 タンクラッドがすぐに来て『ミレイオは』とイーアンに心配そうに訊いたので、イーアンはミレイオは無事であることを伝えた。親方はホッとした笑顔。


「そうか。良かった。ビルガメスが来たということは。祝福相手の総長・・・ドルドレンを連れて行くのか」


「察しが良い。タンクラッドよ、お前も来るか。(ついで)に」


『序の自分』に引っ掛かる剣職人。ビルガメスは気にしないので、ちょっと不満そうなタンクラッドを放っておいて、イーアンにドルドレンを呼ぶように言った。イーアンは翼を畳んで、すぐに執務室へ行った。



 イーアンがドルドレンを呼びに行っている間。ビルガメスは剣職人を見て、少し笑った。タンクラッドはその意味が分からず、彼を見つめて理由を待つ。男龍はゆっくりと背を屈め、剣職人の顔の側へ顔を寄せた。


「時の剣を持つ男、か。勇ましいのはいつの世も同じ。母が当時の()()を愛したような話があるが。それもまた本当にも思える」


 タンクラッド。ビックリして目を丸くした。『今。何て』男龍に聞き返すと、相手は優しい笑顔で『だから。()()を愛したことがあるような・・・そんな話があるんだよ』と、もう一度教えてやった。


「始祖の龍。だな?あの、イーアンとそっくりな」


「そうだったらしいな。彼女の側にも、時の剣を持つ男はいた。母は勇者に恋されて、彼や彼の仲間を受け入れたが。しかし彼らは禁忌を3度破り、3度目にはイヌァエル・テレンがを閉じられた。その時」


 タンクラッドの胸が高鳴る。その時―― ここでドルドレンとイーアンが戻ってきて、話は中断。


『お、来たな。よしよし、では行くぞ』おじいちゃんは切り替え、即行、話していたことを忘れる。タンクラッドは驚いて、続きを聞かせてくれと頼んだが、『後でな』と笑って終えられた(※おじいちゃんにはよくあること)。



 教えてくれ、話してくれ、頼む、と一生懸命お願いしても、おじいちゃんは笑いながら『後でな』を繰り返す(※で、きっと忘れる)。


 タンクラッドは、どうしても続きが知りたかったが、ドルドレンを連れてきたイーアンが、ビルガメスの指示でアオファに乗るように促したり、タンクラッド自身もアオファに乗ることを急かされたりで、結局は中途半端になってしまった。イーアンは翼(※飛べ、練習しろと言われる)。


 剣職人の心のもやもやは続く。さぁ行くぞと、ビルガメスに忙しなく飛び立たされ、4人はアオファと一緒にイヌァエル・テレンへ向かった。


 アオファの頭の上で。タンクラッドはイヌァエル・テレンに向かう、その緊張感よりも、さっきの話で頭が一杯だった。可能性がある―― あるんだ、きっと。当時の()は、横恋慕で終わらなかったのかも知れない。


 ぐっと拳を握り、横恋慕人生脱却を決意する親方。さっと横を見ると、これまた無邪気に『イヌァエル・テレン。イーアンの故郷だ。ずっと行きたかった』目を輝かせる総長。憎めない、善良そうな笑顔・・・・・

 灰色の瞳を健気に空に向けて、ドキドキしている様子の総長をじーっと見つめ、この男はホントに良いヤツなんだけど・・・と思う。そんな親方の視線に気がつき、ドルドレンはちょっと配慮。


「何だ、どうした。タンクラッドも気になるのか。何か起こるのかと」


「いや。別に。違う、そうじゃない。その、何だ。何でもない」


「分かるのだ。俺はまだ話していないが、イヌァエル・テレンを開放した俺の弟は、命を掛けた。ミレイオも無事に着いたと言うし、俺たちも無事に到着するとは思うものの。それでも若干の不安はあるものだ」


「そう、そうだな。しかし、お前の弟。命懸けで開放とは。そんなことが起こっていたのか」


「俺も全てはまだ知らない。しかし最初は知っている。弟は突然の迎えに怯えもせず、笑顔で旅立った。彼の母と俺は泣いて見送ったのだ。それが午前のこと。彼はティグラスという。ティグラスはイーアンやタムズたち、龍の群れと一緒に空へ上がり、一度死んだのだ」


「な。何だと・・・自分が死ぬと知っていたのか?」


 ドルドレンは頷いた。『勇敢な弟。しかし俺には、彼が全く恐れないように見えた。一縷の不安も見えなかった。彼は死ぬことを恐れず、その意味を理解して笑顔で向かったのだ』話しながら、また少し涙が浮かぶ目をちょっと拭いて、ドルドレンは親方に、そこまでしか知らないと言った。


「彼は空で生き返った。今から会うことになるだろう」


 親方は、その壮絶な最期に笑顔で向かった男に震えた。そんなことが出来る人間がいるのか、と。横で話す総長の、その弟。この時、親方は、彼らは勇者の力を備えている一族として存在している気がした。



「もう入るぞ。イーアン。彼らの後ろに付け。倒れても支えるんだ」


 ビルガメスの声と共に、イーアンが動き、話していた二人の男の後ろに立った。ドルドレンは振り向く。イーアンは灰色の瞳を見つめて微笑んだ。親方もイーアンを見て、何かを言いかけて口を閉ざす。


「大丈夫です。私がいます。絶対に大丈夫です」


「イーアン。俺は」


 二人の男の背中に両腕を広げて添えたイーアンに、タンクラッドは話しかけた。だがその言葉が続かず。


「イヌァエル・テレンだ!よくぞ来た!」


 ビルガメスの高らかな笑い声が空に響き、4人は空の輝きが変わった先へ突入した。


 ドルドレンもタンクラッドも、瞬き出来なかった。

 一瞬、息が止まりそうになったが、それはすぐに解消されて素早く呼吸し、目の前に広がる空と大地に驚いた。空の上に、広がる大地。それはぼんやりと遠くに見え、その間に沢山の龍が飛んでいた。


「ここが。イヌァエル・テレン」


 ドルドレンの声が風に乗る。振り向いたビルガメスがニコッと笑った。『無事そうだな。何より』満足した、と頷くおじいちゃん。イーアンも添えていた手は無用であったことに、安堵の溜め息をついた。


「イーアン、お前はいつもここへ。ここがお前の、本当の場所・・・・・ 」


 自分の後ろに立つイーアンをそっと引き寄せ、親方はその小さな背中を撫でた。『お前の。居場所』心の中から何か、途方もなく昔に感じたような、郷愁が湧き上がる。


「おかしいと思うだろうな。俺はここを知っている。俺もまた、ここにいたことがあるんだ」


 受ける風に、解放されたように笑みがふわっと浮かんだ親方。イーアンは彼の顔を見上げ『タンクラッドも』そこまで言うと、後は黙った。横を見ると伴侶が微笑んでいて、イーアンをそっと自分に引っ張り寄せた(※取り戻す)。


「俺はやっと来た。ティグラスのお陰で、ミレイオのお陰で。俺は、君の故郷にやっと」


 ドルドレンはイーアンをぎゅ―っと抱き締めて、『嬉しい。本当に嬉しい』と頬ずりした。イーアンも嬉しくてぎゅ―っと抱き返す。『そうです。あなたを連れて来たかったです』二人は目を見合わせて、満面の笑みで喜びを伝えた。


 もうちょっと。ガッチリ掴んでおけば良かったと、親方は抱き合う二人を見ながら思った(※取られた感あり)。この二人はそういう関係だから、しょうがないんだが。何か、嫌。

 あんまり見ていると脳に悪そうなので、二人の笑顔から目を逸らし、親方はイヌァエル・テレンの世界を眺めるに徹する。



 大地が近づいてきて、先を飛ぶビルガメスが降下していく後を、アオファはついて行く。

 ぐんぐん、降下し、緑色の丘と大きな木、白い川が幾本にも流れる風景を目指していると分かった時、その先に小さな人影が集まっているのが分かった。


 彼らはこちらに気が付くと、大きく手を振って迎えてくれた。イーアンは伴侶の腕を解いてもらって、翼で飛び、ビルガメスと並んで先へ進む。



「イヌァエル・テレンへようこそ!」


 ドルドレンとタンクラッドは、手を振っていた男龍たちから大声で歓迎の言葉をもらった。

お読み頂き有難うございます。

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