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魔物資源活用機構  作者: Ichen
変化の風
715/2954

715. イヌァエル・テレンへようこそ ~ティグラスの存在

 

 男龍たちは笑う。一斉に笑い出して、樹液まみれの裸の男の側へ寄り、丘の上に連れて行った。

 イーアンは龍の皮の上着を脱ぎ、ティグラスに着せようとしたが、タムズに『要らないよ』と止められた。


 疲れた笑顔を向けるティグラスは、とても幸せそうだった。座れと男龍に迎えられて、丘の上で彼は腰を下ろす。


「体に染み込んでいく」


 ティグラスの体を包んでいた樹液は、乾くわけでもなく、彼の体に少しずつ吸収されているように見えた。びしょ濡れだった体も髪も、5分もするともう乾いていた。

 男龍が見守る中で、ティグラスはゆっくりと全員を見渡す。一緒に来たミンティンのような龍たちは、ティグラスが生まれたところまでは見ていたが、それを見届けると空に飛んで戻って行った。


「俺は。空へ来たのか」


 柔らかい笑顔のティグラスは、見渡す風景と龍たち、男龍とイーアンを見て、一言静かに呟いた。そして自分の両手を見る。『体が。前と違う』何が違うのか分からないまま、自分の手の平を、ぼうっと眺めた。


 落ち着いた頃合を待って、ようやくタムズが話しかける。


「ティグラス。君の記憶はそのままなのか」


「タムズ。また会えたね。良かった。俺は覚えてるよ、俺は精霊に抱き締められた」


 ビルガメスが反応する。『精霊はお前を抱き締めたのか』少ない言葉で訊ねた大きな美しい男龍を見上げ、ティグラスはじっと彼を見てから『綺麗な龍だな。とても強いんだね』と微笑んだ。


 ビルガメスも微笑み返して『お前は奇跡だな』と、その頬をそっと撫でた。嬉しそうなティグラスは、男龍の手に頭を寄せて目を閉じた。


「ありがとう。精霊が俺を呼んだ。俺は空を自由にする命って。俺はそうなんだって言っていた」


 ニヌルタは彼の言い方が可愛いのか、少し笑って顔を覗き込み『お前。名前は?俺はニヌルタ』ちょっと可笑しそうに自己紹介する。頭に10本の角を生やし、燃え輝く炎のような色の男龍に笑顔を向けられて、ティグラスはニコーっと笑う。


「俺はティグラスだよ。ニヌルタは何て魂が熱いんだろう。太陽みたいだ」


 その言葉にニヌルタは笑って、ティグラスの頭を撫でた。『お前は面白いな。中間の地でもそうだったのか』ようこそイヌァエル・テレンへ、と続ける。


「ティグラスか。ドルドレンに似ているな」


 ルガルバンダも彼の顔を見つめ、よく見ようとして、頬に少し手を添えて自分を見させた。ティグラスは彼の目を見て『俺は弟なんだ。ドルドレンは大好きだよ。ドルドレンも俺が大好き』と答える。ルガルバンダはゆっくり頷く。


「似ている。ドルドレンよりも子供のように見えるが、それはお前の魂なのか。俺はルガルバンダ」


「ルガルバンダ。イーアンみたいな人が好きだったのか。優しいルガルバンダ、想いの深いルガルバンダ」


 笑顔のティグラスに、ルガルバンダも笑う。『お前は子供の心。俺はそうだな、そうかも知れない』そう言って髪を撫でてやった。


 シムは自分も自己紹介する。『俺はシム。ビルガメスの子。お前は勇敢な男だ』ニコッと笑って誉めてやると、ティグラスは満足そうに頷いた。


「俺はここに呼ばれたんだ。死ぬって言われても平気だった。死んだってここには来れるもの。シムは強い角がある。かっこいいな」


 最後まで見守っていたファドゥは、笑うシムの横に行き、ティグラスを見つめた。『ティグラス。勇気ある挑戦者。私は銀色のファドゥ。君に逢う前に男龍に変わったことを喜ぼう』そっと手を伸ばして、自分を見つめる色の違う瞳に微笑み、その頬を撫でた。


「タムズにも翼がある。ファドゥにもある。ファドゥは輝く月のようだ。綺麗なファドゥ」


 ティグラスは名前を何度も呼ぶ癖がある。そして思うと、それを全部口にする。

 イーアンはそのままのティグラスが、今、目の前にいることに心の底から感謝で一杯。ファドゥは素直なティグラスに微笑み、ゆっくりと彼の額に口付けした。


「生まれ変わった命に、永遠に微笑を」


 ファドゥの祝福を受け、ティグラスは喜んだ。『銀色のファドゥ。俺はファドゥが好き』と笑う。可愛いティグラスの言葉に、ファドゥも笑顔で頷いてお礼を言った。全員の挨拶が済んだところでおじいちゃんも名乗る。


「俺はビルガメス。お前は俺の母の愛を受けたな。これからはここで暮らすんだ」


「ビルガメス。大きくて強い龍。俺はどこで暮らすのか。俺にも家はあるかな」


「作ってやろう。お前は飛べないが、飛ばなくても暮らせる場所に」


 そう言えば。人間が暮らすのは初めてじゃないのか・・・?シムがぼそっと言う。『どこで暮らさせるんだ?何か食べるのか?』友達を見渡して、ティグラスのこれからを考えようと話し合う。



「それもあるが。まずはイヌァエル・テレン開放を確認しないとな。ティグラスがここにいるということは、開放はされたんだろうが。誰もが入れるとは言え、ここまで上がってこないと分からんことだ」


 ビルガメスはそれを言うと、イーアンを見た。『ドルドレンはまだ待て。他の普通のヤツを呼べ(※試験)』誰でも良いぞ、とテキトーに言うおじいちゃん。


「誰でもって。万が一はないのでしょうけれど。

 龍の約束で、ティグラスが命を懸けて行った開放ですし、問題はないと思いますが」


「お前。抵抗しているだろう」


 ビルガメスに言われて、目を逸らすイーアン。瞼も腫れてるし、顔も腫れているので、すぐには人に会いたくない(※泣き過ぎ)。角を摘ままれて、ちょいっと持ち上げられる。


「他のヤツが入れれば、ドルドレンも絶対に安全だ。そうだろう?思うに、他のヤツは入れないだけだったんだから、それが入れたら、もうドルドレンも平気だ」



 イーアンが頷きながら、もうちょっと待ってと交渉しようとすると、ティグラスがイーアンに腕を伸ばし『イーアン。ここでまた会えた』と引き寄せて、優しく抱き寄せた。


「はい。また会えました。もう、最高に嬉しいです。良かった、ティグラス」


「俺はここで暮らす。イーアンは?ドルドレンは?来るんだろ」


「来ます。でも暮らすのは地上だと思います。普通の人間には行き来も大変でしょうし」


「俺が探す。俺は空を自由にする命だ。地上と空を動く方法を探す。そうしたらシャムラマートも会う」


 イーアンは抱き返しながら答えていたが、ぴたっと止まって体を少し起こし、ティグラスを見つめた。ビルガメスたちも、彼の言葉に視線を動かし、続く言葉を待つ。


「そうなの?ティグラスは探しますか」


「そうだ。俺を抱き締めた精霊が言っていた」


「ティグラス。お前に教えた精霊はどんな姿だった」


 ビルガメスが話に入る。何人かいたな?と訊ねて、誰だったかともう一度訊くと、ティグラスは少し首を傾げて、ゆっくり思い出しながら答えた。


「俺は何度も会っている。地上にいた時も、精霊はいつも同じ。顔は光だ。角があるみたいに見えるけど、光の塊」


「空の司か。お前が飛び込む時、そうではないかと思ったが」


 ビルガメスの言葉に、イーアンはじっと見つめる。タムズをちょっと振り向くと、彼もイーアンの視線を捉えて頷いた。『そう。空の司と呼ばれる精霊だ』その呟きは他の男龍の口も閉ざした。

 皆の反応が不思議なので、そのまま様子を見るイーアン。ティグラスは『誰か名前は知らないよ』と答えた。


「名前はない。空の者の最高位だ。精霊として世界を守るが、()()の意味がイーアンたちの感覚とは違うだろうな。

 そうか。そうなってくると、イヌァエル・テレンも通過地帯になる可能性もあるのか。ティグラスを愛した精霊は、空の全てを知る。過去も未来も。ティグラスが・・・本当にお前は奇跡だな」


 ビルガメスの何かを含んだ言葉に、イーアンは質問したかったが、まだその時ではない気がして黙っておいた。大きな男龍はニコニコするティグラスに微笑み『お前の好きにすると良い』と促した。



 それから、ぷくっと丸顔になったイーアンを見て『イーアン。誰か連れて来い』話を戻し、無情に送り出す言葉を投げる。

 目の据わるイーアンは『だって。顔が。顔がもう少し戻ってないと』とぼやいたが、大して変わらないと言われ(※傷つく)早く行くように追い立てられた。


 ぶすっとするイーアンに笑うタムズは、自分が一緒に行くと言ってくれた。『まずはドルドレンとティグラスの母に知らせよう。それから連れてくる者は、良ければ私に任せてくれ』何か思うところあるらしく、そう言うと微笑んだ。


「分かりました。タムズが選んで下さった方が正しいと思います。お願いします」


「では行こう。彼の母は、ティグラスの無事を早く聞きたいだろうからね」


 タムズはイーアンを立たせ、ティグラスに後でまたと挨拶すると、ミンティンを呼んだ。『ミンティンだけで大丈夫だろう』すぐに戻るからとして、やって来た青い龍と一緒に2人は丘を飛び立った。



 イーアンは時間がどれくらい経ったのか。それについて何も分からなかったが、地上の空を見て、もうお昼下がりと知って少し驚いた。


 あっという間のようにも、もっと時間がかかったようにも。どちらにも思えるが、何もかもが急速に動いた印象があり、それは突然押し込められた時間。起こるべくして起こる。小さなことは全て払い去り、何が何でも()()()()()()()・・・そんな強い運命の勢いを改めて感じた。


 マムベトの上空に出たイーアンとタムズ、青い龍。馬がいる小さな家の屋根を目指して進む。横を飛ぶタムズの顔は、嬉しそうに見えた。イーアンも嬉しい。二人は先ほどお別れした場所に降り立ち、一度目に来た時の苦しみの真逆を胸に、顔を見合わせて微笑んだ。


「イーアン。行きなさい。行って扉を叩きなさい。そして彼らの悲しみを終わらせてあげよう」


「はい」


 笑顔で頷き、イーアンはティグラスの家の階段を上がり、扉をノックし、少し深呼吸して待った。『今、開ける』と男の人の声が聞こえた。伴侶だ、と分かり、イーアンは胸が高鳴る。


 開いた扉の取っ手を掴んでいた手は、イーアンを見た途端に離れ、その顔は乾いた涙に頬が引き攣って、目を丸くした。『イーアン』妻の名前を呼んですぐに抱きついたドルドレン。イーアンもしっかりぎゅっと抱き返し『ただいま戻りました』と大きな胸に向かって力強く言う。その口調に、ドルドレンはハッとして、顔を上げた。

 イーアンの向こうにタムズが見え、彼の顔は穏やかに微笑んでいる。もしや、と抱き締めたイーアンの顔を見ると、ニッコリ笑っていた。『ティグラスは新しい命を受けました』彼女ははっきり伝えた。


「やった!!!そうか、生き返ったか!!ティグラス、良く頑張った!!」


 愛妻の両脇に手を入れて高く持ち上げると、ドルドレンは笑顔に涙を溢れさせて喜んだ。後ろで見ていたタムズも微笑が深くなり、彼の喜びに同じように嬉しく思う。


 ドルドレンの喜びの叫び声を聞いたシャムラマートは、すぐに立ち上がって走って玄関へ来た。振り向くドルドレンとイーアンを見て、母親の悲しみの涙は光に輝き、その顔は安堵と歓喜に変わった。


「ティグラスは。ティグラスは、生きてるの?!」


「はい。彼は新しい命を与えられました。彼の疑いのない純粋さが、彼を大いなる2度目の人生へ導いたのです」


「ああっ!神様、有難うございます!!」


 ドルドレンは腕を広げてシャムラマートを抱き締め、イーアンもシャムラマートの広げる腕に入って、ぎゅっと抱き締める。

 3人が抱き合って喜ぶのを見つめる男龍は、人間(彼ら)にとっての短い命・・・その重さを考えさせられるものだった。


「お祝いをしなきゃ。イーアン、どんな様子だったのか教えて頂戴」


 イーアンの背中を押し、中へ連れて行こうとする母親に、イーアンは少し微笑んでその腕を優しく掴んだ。『これからまだ。しなければいけないことがあります。今はご報告をいち早く届けるために来ました』そう言って、外で待つ男龍を見た。

 シャムラマートもようやく、赤銅色の大きな男の姿に気が付き『あ。彼も』小さく呟いて、笑顔を戻すと頷いた。


「分かったわ。また・・・近いうちに来て頂戴。そして聞かせて。もしかすると、もう旅に出るかもしれないけれど。もしも時間が残っていたら、もう一度。あの子の事を話して聞かせて」


「はい。ティグラスはそのままです。空から出ることは出来ませんが、彼は地上と行き来する方法を探すと言いました。そうしたら、あなたに会えるって」


 シャムラマートはぎゅっと目を瞑って笑いながら泣いた。瞼を押さえて『有難う。それだけ聞ければ充分。私はいつも祈っているわ。あの子に会う時は伝えて』と、手短に様子を教えてくれたイーアンの頬にキスをした。

 それからドルドレンの頬にもキスをする。『行ってらっしゃい。私の息子よ。龍の妻と一緒に』美しいシャムラマートは涙を拭いて、二人を送り出した。ドルドレンとイーアンは、彼女にまた会いに来ると約束し、無事を祈ってタムズのもとへ行った。



「もう。行けるか?ドルドレン」


「有難う、タムズ。行けるとも」


 タムズはドルドレンを引き寄せると、そっと体に押し付けて抱き締めた。ドルドレンも彼の胴に腕を回し、その温かさに一度目を閉じてから『行こう』静かに呟いた。


 シャムラマートは戸口からそれを見ていたが、あ、と声を上げて部屋に戻り、それから手に服を持って外へ出た。イーアンたちに『これ』と見せた衣服は、タムズの服と靴。


 タムズはそれを見て大きく頷き、『また取りに来るかと思っていたが』と少し笑って受け取った。大きな男龍を見つめ、美しい占い師は『あなたたちと息子は同じ世界にいるのね。宜しくお願いします』と頼んだ。


「心配は要らない。ティグラスは幸せだ。君たちのことを話していても寂しそうではない。次に会えるときを楽しみにしている」


 満足そうに頷いた女に微笑み、タムズは衣服をイーアンに持ってもらうと、青い龍に二人で乗るように言い、自分は翼を出した。


「それではね。いつかまた、君とも会う日が来るだろう。その時まで元気でいなさい」


「シャムラマート。また会いに来る」



 タムズとドルドレンたちは挨拶をして、見送るシャムラマートに笑顔を向けて空に飛んだ。あまりにも慌しい。半日で怒涛の運命の動きを感じた母親は、一気に力が抜けて座り込む。

 だが、心は嬉しさで一杯だった。神様に感謝し、膝を着いた大地に口付けをし、空を仰いで両腕を広げて、息子の命を生かしてくれた奇跡に、何度も感謝を捧げた。


「あの空の。ずっと上に。あの子はいるのね。そして私と再び会うために、あの子は。神様に感謝します」


 再び、あの笑顔を抱き締める日を与えられた、自分の人生にも。母親は両手指を組んで祈り、心から感謝した。

お読み頂き有難うございます。

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