711. イヌァエル・テレン開放条件 ~1
次の朝、イーアンは気が付く。『来た。来ましたよ、絶対連れて行かれます』むくっと起き上がって、そそくさ衣服を着替え、そそくさ縫い物篭を用意し、台所に行って水を飲んで、洗面所で顔を洗って髪を梳かした。
「この前は寝巻きでした。ドルドレンがツィーレインの町で買って下さった寝巻き。赤ちゃんsに破かれて、えらいことになってしまった。赤ちゃんは強い。
今日も赤ちゃんsかもしれません。龍の服セットで向かいます」
これなら千切られないだろうと、龍の皮製衣服を着込み、準備万端かどうか、イーアンはきょろきょろ辺りを見回す。
大丈夫かな、と思ったところで大急ぎで伴侶の眠るベッドへ行き、ちゅーちゅーして起こす。幸せなドルドレンはニコッと笑って『もう起きたのか』と両腕をイーアンに回すが、イーアンは挨拶が先。
「間もなく男龍が来ます。私は連れて行かれるでしょう(※予言)。シャンガマックたちと一緒に荷物を」
そこまでしか言えなかった。雨戸が遠慮なくばたーんと開いて、さっと振り返ったイーアンの目に、眩い発光体が。
「おはようイーアン。私だ、タムズだ」
「タムズ?」
反応したのはイーアンより早く、伴侶。ガバッと起き上がって慌ててパンツを穿くと、驚くイーアンをすり抜けて窓へ駆け寄った(※恋人状態)。
真っ白い光に包まれて眩しいタムズを直視できないものの、窓を開けるドルドレン。笑うタムズの声が聞こえて、起き立てで幸せに包まれる。『タムズ。会いたかった(※開口一番これ)』満面の笑みでご挨拶。
「眩しいのか。今、抑えるよ・・・どうかな。いつもと同じくらいにしたけれど。おはようドルドレン」
「有難う、おはようタムズ。眩しくないのだ」
窓越しにタムズに貼り付きたくて、腕を伸ばすドルドレンに(※必死)タムズは笑って『体を縮める』と言ってくれた。そして彼はすぐに2m版タムズに変わり、翼を畳んで『部屋に入るよ』と窓からお邪魔した。
ひしっと貼り付くドルドレンに笑っているイーアンを見ると、『少し話をしたい』ちょっと考えたような言い方で、男龍は笑顔を向けた。
イーアンはベッドに腰掛けてもらうように勧め、自分は椅子に座った。伴侶はタムズの腰に貼り付いているので、二人が並んでベッドに腰掛けている感じ。
「ドルドレンにもね。話したかったことなんだよ。よく聞いてほしい」
その言い方に、ドルドレンは蕩ける笑顔を引っ込めて、ちょっと見上げた(※腕は離さない)。見下ろすタムズは微笑み『君の事だ』と囁いた。そのままで良いと、ドルドレンを撫でる手を動かし、貼り付かせたまま、緊張の浮かんだイーアンの顔を見た。
「そう。気が付いたか。ドルドレンをイヌァエル・テレンに連れて行く、その条件が見つかった」
ドルドレンもイーアンも、時間が一瞬止まったように固まる。何か、頭の奥でぐらっと揺れるような。これは運命ではと、どこかが感じた。
「何も言わないで、聞いていてほしい。詳しくはビルガメスが話すだろう。私が先に言えることは少ない。だが、準備としては無駄ではないと思う。
この話をしたら、イーアンは私と一緒にイヌァエル・テレンへ行ってもらう。ビルガメスや私たちと話し合うために。良いね?
では手短に。ドルドレン、そのままで良いよ。
君が・・・私たちのいる場所に入るには、一つの大きな条件があった。それは私たちには動かせない。始祖の龍が決めたことだ。
イヌァエル・テレンを開放するなら、勇者の一族から一人、挑戦する者が必要なのだ。最初に断っておくが、その挑戦する者の命の保証はない。一度、命を失うからだ。
その後、開放に値するとされれば、命を再び与えられ、値しなければそのまま。どちらかだ。開放されるか、その者が消えるか」
ドルドレンは唾を飲んだ。イーアンも鼓動が早くなる。『ダメよ。ダメ、ダメです。絶対にそんな』小さな絞り出す声がイーアンの喉から漏れる。タムズは金色の瞳を向けて、ゆっくり首を振った。
「イーアン。落ち着いてくれ。もう一度言うぞ。『勇者の一族から一人、挑戦する者』が条件だ。ドルドレンとは言っていない」
「だって」
「イーアン。彼ではない可能性がある、と私は言いに来た。ドルドレンが開放するとは決まっていない。それだけでも違う方向が見えるだろう?」
タムズは丁寧に、脅かさないように伝える。撫でていた手が止まったことで、ドルドレンの首が動いたのに気がつき、自分の腰に抱きついた彼を見ると、不安そうに眉を寄せて考えている。
「ドルドレン。こっちを見なさい。恐れないで良い。君とは言われていないんだ。私だって、ドルドレン。こっちを見て。そうだ、私の目を見て。私だってね。大事な君が消えると知ったら、この話をしには来ない」
タムズに『大事な君』と言われて、ドルドレンはウルッ。
見上げた雄々しい男龍は優しい顔で見つめてくれる。頭を撫でながら『大丈夫かもしれないから。だから言いに来たんだよ』励ますように続ける言葉に、黒髪の美丈夫はぐすっと鼻をすする。
「泣かないよ。ドルドレン。泣くことはない。今、私が言えるのはここまでだ。この続きは、イーアンを連れて行ってから全員で話し合った後、また君に伝えに来る。選ぶのは君たちにするよう、私はそう話をするつもりだ。ドルドレン、泣かない。泣かないよ」
グスグスする泣き虫ドルドレンに微笑みながら、タムズは涙を拭いてやった。タムズは彼が自分の死を恐れていると思った。実際は、ドルドレンがタムズ愛に感動しているだけだが、男龍にそれは分からない。
命が消えることを悲しむ(※と思っている)男の、ツヤツヤした黒と白の髪を撫でて、タムズは静かに言う。
「ではね。これからイーアンを連れて、私はイヌァエル・テレンへ行く。君は君の仕事をしなさい。君に不利にはしないよう、話し合う。ドルドレンは私の祝福を与えた人間だ。私が守ってあげよう」
わしっとタムズの腰に貼り付き直し、目をぎゅっと瞑って涙を堪えるドルドレンは、震える声で『有難う』を何回も言った(※裸の腰も最高)。
この間、何も言わずに悩んでいたイーアンは、タムズと目が合い、目を逸らした。タムズはドルドレンを撫でてから立ち上がるように言い、素直に言うことを聞いて離れたドルドレンから、イーアンの側へ移った。
「行こう。皆待っている」
イーアンは下を見たまま頷き、小さな溜め息をつく。それから縫い物篭を持って、タムズに導かれ、外へ出た。ミンティンが待っていて、何もかも知っているような目でイーアンを見ていた。
「夕方には戻るだろう。ドルドレン、元気を出すんだ。良い知らせを伝えられることを、私も祈る」
タムズは体を戻すと一度だけ振り返って、見送る黒髪の騎士に(※パンツ一丁)微笑み、その手にイーアンを抱えて一瞬で光の塊と変わり、あっという間に空へ飛んで戻った。
ドルドレンは窓枠に両手を置いて、消えた空を見つめる。
「俺の一族。一度死ぬのが条件・・・のように、聞こえた。『全滅してもいい一族』と冗談で言っていたのが、まさか本気で願われていたとは。それも衝撃である。始祖の龍はそこまで怒ったのか。
俺の先祖は、何をしたんだ。始祖の龍と恋仲じゃなかったのか。相手に『お前の一族は死ね』と1000年以上も願われるって。とんでもないやつだ・・・・・ 」
苦虫を噛み潰したような顔で、ドルドレンは迷惑以外の何者でもない先祖に悪態をついた。ジジイか親父でも放り込んでやりたかった(※思うに一番適任だけど、多分ただ死ぬだけになる)。
イヌァエル・テレンに入った、イーアンとタムズ、ミンティン。青い龍は入った時点で帰って行った。タムズはイーアンを抱えたまま、ビルガメスの家に向かう。
「元気がないね。イーアン。ビルガメスの話を聞いて、彼らが望むこと、話すことをしっかり理解して、結論を出すと良い。私はその結論を、君たちに委ねようと思う。命を失う賭けに出るのは、君たちだから」
イーアンは何も答えられなかった。上手く行けば生き返れるとしても。一度は命を捧げなければいけない。そして、もし。上手く行かなかったら――
それを考えると、そこまでして空に上がる必要はあるのか、その振り出しに戻るだけだった。
黙るイーアンの顔を見たタムズも、それ以上は話しかけず、二人はビルガメスの家まで、重い心の沈黙を抱えていた。
ビルガメスの家に到着し、降ろしてもらったイーアンは中から、赤ちゃん龍の声が聞こえるので、少し気持ちが変わる。タムズが静かに顔を寄せ『ビルガメスの子供がいる』と教えた。
赤ちゃんがいると思うと、少し笑顔も戻る。抱っこさせてもらおうと思って、イーアンは中に入る。見るといつものベッドに、いつもどおり、ビルガメスはたらーんと寝そべっていた。違うのは、その大きな体の上に、小さな透き通った白っぽいのがいること。
ビルガメスはイーアンが来たことに気が付いていたので、手招きして呼ぶ。イーアンは嬉しくなって、いそいそ近寄り、座るように言われた場所に腰掛ける。赤ちゃん龍がイーアンの顔を見上げ、えへっと笑った。
「可愛いですねぇ。おいで、あなたは大きくなりましたよ。もうこんなに・・・うっ。重い、ちょっと。重いですね」
ぐぬぅ、と呻いて、やけにみっちり重くなった赤ちゃんを抱っこするイーアン。みっちり具合が凄まじい。この前まで抱っこは普通に出来たのに。40cmくらいしかなかった体は、一回り大きくなったし、重さなんて・・・5~6kgあるかどうかの体重が3倍には増えたような。
「米袋ですよ。これ、米袋の2袋分程度の重さ。何したら、こんなにいきなり大きくなるのかしら」
んま~~~・・・ 重~~~ 実の詰まった赤ちゃんに押されて、イーアンはベッドにひっくり返る。笑いながら、赤ちゃんを引っ張り上げるビルガメス。
「まだ小さいからな。お前もこんな程度で済むが。もう少ししたら下敷きだな」
ハッハッハと愉快そうに笑うおじいちゃんに、イーアンはそれを恐れた。下敷きって。潰れているという意味。よくズィーリーは、タムズやファドゥに圧し掛かられて無事であったと、別の事実でも感心した(※母は強し)。
でも可愛いし和むので、イーアンは赤ちゃんの顔を両手で挟んで、ちゅーっとしてやる。赤ちゃんもニコーっと笑って、イーアンにちゅーっと真似した。ビルガメスも微笑ましそうに見守る。
その横で、タムズは見つめるこの光景。自分も子供を連れて来ようかなと、少し思った。イーアンは、ファドゥと手を繋いだり、子供に口付けしたり。それはいつも、とても仲が良さそうに見える。
「ルガルバンダたちが来る前に。私も自分の子をここに連れて来ても良いだろうか」
「ん?お前の子供か。いいぞ、連れて来ても。話し合いにならないかも知れないが(※自分がそう)」
笑いながら許可したおじいちゃんに、タムズは微笑んで出て行った。イーアンは、彼は急にどうしたのかと思ったが、きっと皆子供たちを可愛がるんだろうな、と。それだけのように思った。
ビルガメスは、イーアンの角を摘まんで自分のほうを向かせ、『今日。お前は俺たちをどう思うかな』と意味深な言葉を呟いた。
言われている意味が何となく分かるので、イーアンは首を振った。『変わりません。今までと同じです』そう思うことを答えた。大きな男龍は笑顔を戻し、暫し探るような目でイーアンを見つめた。
「そうだと良いが。お前に嫌われそうだ」
「嫌いません。タムズが少し話して下さいました。ドルドレンも私も驚きましたけれど、もう少し詳しく聞いてからです。何をどうするのかの判断は」
そう言うとイーアンは、自分の膝に乗ってきた赤ちゃんを両手で抱き止めて、ちゅーっとしてやった。赤ちゃんもイーアンにちゅーを返し、アハハと笑う。
そんな可愛いビルガメ・ベイベを見ていると、イーアンは恐ろしいことなど、起こらない気がして、不思議にも落ち着いた。
ビルガメスもそう感じる。口には出さないが、子供とイーアンが笑っているのを見ていると、恐ろしい何かが待ち構えているとは、とても思えなかった。精霊に伝えられた話もよくよく考えれば、もしかすると、そこまでは。精霊の話を聞きながら、見つけた条件。過酷にも感じるが、何かが自分を期待に促している。
そして男龍が集まり始める。シムが来て、腕に子供を乗せていた。シムの子はもう、赤ちゃんの大きさではなく、随分としっかりして龍らしく見える。まだまだ小さいけれど、イーアンの股下くらいはありそうな丈(※股下78cm)。
「角が。この子、角がこんなに」
シムの子供を見たイーアンが驚くのは、角がネジネジしながらもう5cmくらいに伸びていること。
シムは自慢げにイーアンに近寄って、子供を見せながら『お前と似ているな。白いし、捻れている。俺の角のように横から生えているが、お前の子だ(※何か違う解釈)』そう言い切ってニコッと笑った。
「捻れているだけなら、俺の影響もあるぞ」
ビルガメスが一応、自分はシムの親であることを仄めかすが、シムは小刻みに首を振って『違う。イーアンの影響だ』と認めなかった。
大きくなってもシム・ベイベは、まだベイベ。イーアンを見て、ちゅーっとして笑う。イーアンもちゅーっとしてハハハと笑った。『皆、口を合わせますね。流行りそう』どうなるんだろ、と思うが、それはそれで面白いような。
シム・ベイベは、イーアンに寄りかかって座る。ビルガメ・ベイベも、イーアンの背中に上る(※前屈み必須)重過ぎるくらい重いが、おばちゃんイーアンは笑顔で耐える。
そうこうしていると、タムズが子供を連れて戻ってきた。タムズ・ベイベは、翼がぴんと4枚伸びていた。まだ丸っこいが、やはり大型保育園児くらいの大きさに育っていた(※お父さん3mだから比率がおかしい)。
「イーアン、見てご覧。翼があるんだよ。この子はイーアンの翼と似ているだろう?」
「あら。本当。前に見た時はなかったような。白い翼なのですね、4枚」
タムズ・ベイベは少し恥ずかしがり屋さんで、イーアンを見てえへへと笑うものの、あまり近くに来ないで、お父さんの側にいた(※助かる)。
すぐにルガルバンダとファドゥ、後からニヌルタが来て、ビルガメスの家はちょっとした保育所に変わった。全員が自分の子供を連れてきたので、わちゃわちゃしている。
ファドゥの子は、もう随分大きくなって、名犬ジ○リィ(※白いワンちゃん)一歩手前くらい。形が龍だから、龍としては小さい子供と分かるが、この前生まれたことを思い出すと、とんでもない成長具合。
ルガルバンダのお宅は2頭。こちらも頬っぺたがプリッとしているまま、大きくなっている。タムズ・ベイベと同じくらいの大きさで、ちょっとやんちゃ。
イーアンを見つけて走ってきて乗っかられ、イーアンは倒れる(※『うぉっ』と言う)。ダブルはきついよ、と笑いながらも2頭の龍を抱き締める。
そんなルガルバンダ・ベイビーズ(※既にベイビーではないサイズ)は、イーアンに教わったちゅーちゅーを一生懸命して、愛情表現してくれる。でも口が開くと牙が見えるので、そろそろ危険なのではと、ビビるイーアン(※甘噛みで死ぬ恐れあり)。
イーアンは、飼育員さんの気持ちが分かった。子供ライオンを育て、成長したライオンにベロンベロン舐められている姿をテレビで見た時、満面の笑みで飼育員さんがライオンを抱き締めていたのを思い出す。
自分は龍でそれをやっているのかと思うと、どこまで体が持つのやら(※中年女性VS龍)心配になる。
ニヌルタも赤ちゃん付き。こっちも2頭いるから、ニヌルタ・ベイビーズにもイーアンはもみくちゃにされた。
もう、どこもかしこもヨダレだらけ。笑うしかないから、笑っているけれど、お父さんたちも一緒になって笑って見てるだけ。誰も止めてくれない。
もみくちゃにされて、衣服も乱れたヨダレだらけの飼育員イーアン。子供たちを、皆さんに引き取ってもらい、どうにか服を直し、どうにか髪型を戻した(※ヨダレでテカる)。
「さて。集まったからな。話し合いだ」
座り直したイーアンを側に寄せたビルガメスは、自分の子供をイーアンの側に置いて(※ぽいって)体を起こした。向かい合う男龍5人も子供をその辺に放して、円を描くように座った。
「イヌァエル・テレン。開放を考えるぞ」
お読み頂き有難うございます。




