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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
71/2937

70. ドルドレンの贈り物

 

 一行は1時間の休憩後、山頂から見える、下方に広がる森とその先にうっすら見える高い建物のある場所を確認した。ツィーレインの町である。


 方角を確認して、山を下り始めた。フォイルがいないので、細かい道選びなどは出来ないが、時々フォラヴが上へ浮いて確認し、それを頼りに山の傾斜が緩くなる場所まで来た。一仕事を完了し、帰り道の昼食に満足したのもあって、騎士たちは口数少なくのんびりと進んだ。緊張が無い分、気が付けばもう下山、という心境だった。



「意外と早く感じたな」


 スウィーニーがダビに言う。ダビも『そうですね』と同感の様子で、『こんなにあっさり下るとはね』と意外そうだった。行く道にもっと時間がかかった気がしたのは、この二人に限ったことではなく、全員が何となくそう思っていた。


 空を見れば日は斜めにかかるものの、まだ高い位置。昼食が早く済んだのもあってか、恐らく午後2時過ぎくらいだろう、と時間を推測し森の道へ入った。



 森の中を進むと、魔物の死体がまだあった。ドルドレンとトゥートリクスの倒した分だった。


 イーアンが反応したので、ドルドレンは『どの部分かを持って帰るか?』と馬上で訊ねた。イーアンが言いにくそうに、でも欲しそうにしていたので、ドルドレンは一行を止めて少し待機させた。


「すみません。すぐ終わります」


 イーアンは馬車へ行って、袋とナイフを持ってきた。袋は空いている塩袋で、ナイフは布に包んでおいた、あの白いナイフだった。なぜかこのナイフを使ったほうが良い気がして、鞘も作っていないのだけど・・・と思いつつ持ってきた。



 注意深く魔物の死体を観察すると、ドルドレンに滅多切りにされているからか、切り口やその付近は、色も失せて灰のようになりかけている部分が目立った。内部はまだ残っている。

 イーアンはじっと見てから、尻尾のあったところを取ることにした。ドルドレンが覗き込んで心配そうな顔をしている。


「ドルドレンは見なくても良いですよ」


 魔物の尻尾のある部分にしゃがみ込んだイーアンは笑った。『そうもいかない。何かあったらどうする』とドルドレンは後ろに立っている。

 イーアンはフフ、と笑って作業を始めた。ナイフを取り出し、尻尾のついた胴体をナイフで開け、尻尾と繋がる袋を見つけた。袋の先に筋が付いているのでそこを結んで(素手使用)から切り落とし、尻尾の付いている皮膚をナイフでくるりと切り取って、尻尾と袋ごと塩袋に入れる。


 後ろで見ている騎士たちが、目を皿のようにして『うわー』という表情で見入っている。が、イーアンは気にせず(気にすると遅くなる)次々に6体の死体から尻尾と袋を集めた。魔物の内臓を直に触った手をズボンで拭いて(こういう部分が雑)、ナイフの刃をチュニックの腹側に当ててゆっくり引いて拭いた。


 ナイフをベルトに差して、袋の口を閉め、横にいたドルドレンを見上げる。ドルドレンが苦笑いしている。


「これも使えると良いですね。次の3体のも集めて良いでしょうか」


 イーアンが『あまり気にしないで』という感じでニッコリ笑ったので、ドルドレンが頭を振りながら笑い出した。他の騎士も苦笑いで、お互いの顔を見合わせていた。


 イーアンの胸中は『だって役に立つと思うから』だけだった。そんな、~気持ち悪い仕方ない趣味の女~みたいな目で見ないで・・・と少し悲しくなった。


 ――でも。いつか役に立てたら汚名返上出来る、と信じて。今はみんなの反応を受け入れることにした。



 ドルドレンは咳払いをしてイーアンに向き直り、凹むイーアンを笑うのを堪えて、俯く顔を覗き込んだ。額にかかる髪の毛をそっとどかして、『こっちを見て』と囁いた。イーアンは少し落ち込んでいたが、奇行に見えては仕方ない、と諦めてドルドレンの灰色の瞳を見つめ返す。


「笑ってすまない。イーアンがその辺の男よりも頼もしく思えてな。さあ、次の魔物も取りに行こう」


 励ましてから、イーアンの額にキスをしたドルドレン(周囲ドン引き)はイーアンを抱き上げてウィアドに乗せ、自分も跨った。


 次の魔物の死体でも、イーアンは尻尾と袋を集めたが、あまり皆にこちらを見ないようにお願いして素早く終わらせた。集めた袋は塩袋に一杯になったので、馬車に積んでもらった。気持ち悪い?と聞くと、全員が首を横に振って笑った。『イーアンがいれば怖く無い』とトゥートリクスが笑いながら言った。


 それにしても、とダビが近づいてきて、イーアンの腰の短剣に関心を示した。


「それはどこで?」 「これはディアンタの僧院にありました」


 ダビが見たがっているので、イーアンは短剣をベルトから外して渡そうとした。ダビが『ちょっと失礼』と触れようとした時、短剣の刃に光が滑った。ダビの指が止まる。イーアンとダビの目が合う。


「触らないほうが良さそうですか?」 「・・・どうなのでしょう。何となくそんな感じですね」


 ダビはイーアンに確認したが、イーアンも分からない。もう一度ダビが触れようとすると、やはり刃に光が動いた。白いナイフに銀色の光が走る。それしか反応は無いが、何となく止めておいた方が良さそうに感じた。


「とても珍しいナイフです。でも私が触るわけには行かない気もします。いずれ機会を見て」


 ダビは微笑んで馬へ戻った。ドルドレンも一部始終を見ていたが、少し怪訝そうな顔をしてナイフを見つめた。イーアンは『帰ってから調べてみましょう』と、ナイフを布に包んで箱に戻し、ウィアドに乗った。



 町への道では魔物は出なかった。

 トゥートリクスは『気配も無い』と言う。魔物の材料回収以外は再び止まることもなく、静かな森の道を一行は進んでツィーレインの町に着いた。時間は夕方にかかる頃でまだ早い時間だった。


 スウィーニーが『叔父さんに今夜宿泊が可能か確認します』と先に馬を進めたので、一行はゆっくり中へ入った。そのまま町の石畳を見物がてら進む。


 イーアンは最初の時を思い出し、ドルドレンに『他の方はあの茶屋や、別の場所で休憩されても』と話した。

 ドルドレンとしては、イーアンが気にしているのが分かったのでその話は避けたかったが、邪魔な奴らは茶屋に置き、イーアンと二人で店周りをするという手もある(イオライセオダのクローハルを回想)と思うと、『それでも良いかもしれない』と頷いた。



 一行に『スウィーニーが来るまで、茶でも飲んで待っててくれ』と硬貨を渡し、彼らの反応を見もせずに、自分はイーアンを連れてさっさと離れる。イーアンの冬服のことを思い出し、進む道にある服屋の前に馬を停めた。


 少し嬉しそうにするイーアンを馬から下ろし、一緒に中へ入る。

 気の好さそうな服屋の夫婦が出迎え、ドルドレンが『彼女に合う衣服が欲しい』と伝えると、男物の外套とチュニックを着たイーアンを頭の先から足の先まで見て、奥さんが『あらあら』と大袈裟に声を上げた。


「何てことなの。こんな女性に男の格好をさせて。いらっしゃい、私がいくつか見立ててあげます」


 とイーアンに同情した様子で、イーアンを連れて奥へ行ってしまった。奥さんに引っ張られながら振り向くイーアンに、ドルドレンはちょっと首を傾げて笑い『行っておいで』と手を振った。



「すみませんねえ。うちのが服大好きで始めた商売だもんで。お連れさんに合う服を見立てるって張り切った以上、服を山ほど持って来るかもしれんよ」


 主人は『私もちょっとは減らすよう言うけれど、兄さんも適当に口出して服減らすんだよ』と奥を見ながらドルドレンに助言した。そして『まあ、ちょっとお茶でも飲んで待つか』と言って主人はお茶を取りに店奥へ行った。

 ドルドレンは顔が笑ったままになって固まっているが、奥さんの驚き方から、自分がずいぶんイーアンに不憫な思いをさせていたのかもしれない、と思った。



 主人にお茶をもらってから、『兄さんは良い顔してるなあ。騎士かね。でもあのお連れさんにいつか尻に敷かれるのかねえ』などと言われ、結婚後は言うこと聞かないと駄目だよ、とか結婚後の説教?を聞かされていた。ドルドレンは、この主人の話も一応覚えておこう、と頷きながら聞いていた。


 待つこと10分。奥さんは、着替えさせたイーアンと一緒に服を両手に抱えて戻ってきた。着替えたイーアンを見て、ドルドレンは目を丸くして立ち尽くした。


「ほら。綺麗でしょ。あなた、見てないで誉めてあげないと。彼女は独特な魅力のある人だから、このくらいしないと駄目なのよ。あんな服でうろつかせるなんて可哀相よ」


 奥さんの早口は止まらない。主人は奥さんの言葉は左から右で『やあ、ずいぶん変わるね』と笑顔で頷いた。奥さんは喋り続けている。自分が見立てた主要な必須点や、イーアンに何が似合うかを自慢げに言う。イーアンは少し恥ずかしそうに俯いているが、嬉しいのが顔に出てる。


 イーアンは少しだけ化粧されて、群青色の刺繍の入った生地で作った、腰までの短い上着と、丈の長い膝の上から切り込みのあるスカートを履いていた。膝の上まである長い焦げ茶色の革靴は、イーアンの足にぴたりと寄り添い、紐できちんと編み上げられている。イーアンの胸の絵が見えるように、上着の下の服は前重ねの水色の服で控えめな銀色と白い飾り縁が縫い取られていた。銀色に輝く明るい灰色の毛皮の大きな上着と、同じ毛皮で作られた靴用のカブセもあり、奥さんが言うには『冬はこれ一つあるだけで大体済んじゃうのよ』というくらいの優れ防寒着らしい。


「髪の毛はねぇ。彼女はすごく大きなくせっ毛でしょう?だからこのままの方が可愛いと思うのよ」


 ドルドレンが何も言わずにただ目を見開いているので、痺れを切らした主人がドルドレンの腕を叩いた。


「ほら。何か言わないと」


 我に返ったドルドレンは、目を瞬かせてイーアンに一歩近寄り『いや。あの。なんて綺麗なんだ』と一言こぼした。それまでの奥さんの満面の笑みは、その一言で、勝ち誇ったような高笑いに変わった。主人は『こりゃあれだな。うちの奥さんが見立てた服、全部買うことになるな』と笑った。



「イーアン。どうしたら良いんだ。何て綺麗なんだ。触れない」


 最後の一言でイーアンは笑い出したが、『気に入ってもらえて嬉しいです』と恥ずかしそうにはにかんだ。ドルドレンは、奥さんが選んで試着させた服を全部買うことにして(他は見ていない)、給料2か月分の冬服セットを箱に詰めてもらい、その場で支払った。イーアンに着せた服はそのままにして、大箱4個分の衣服は店先に出してもらった。



「馬車を呼んでくる。ちょっとここで待っていてくれ。」


 ウィアドに乗って即、茶屋へ行き、大急ぎでロゼールだけ引っ張って馬車を連れて戻ってきた。


 ロゼールも店から出てきたイーアンにたまげて、最初は思いっきり口を開けて驚いた。驚き方が絵に描いたみたいで、イーアンは笑いを堪えるので精一杯だった。

 ロゼールはドルドレンに急かされるまま、服の入った箱を馬車に詰め込み、イーアンの側に来て『イーアン、すごく綺麗ですよ!もっと早くこんな格好させてあげれば良かったよ』と頭を振って誉めてくれた。


「春になったらまた服を見立ててあげるから、是非いらっしゃい。あなたは着せ替え甲斐があるわ」


 ホクホクの主人と勝ち誇った奥さんに手を振って見送られながら、イーアンとドルドレンと馬車は茶屋へ戻った。

 イーアンが馬に跨ることを見越した上での服なので、とても()になっている。大きく開いたスカートの切れ込みから、イーアンの腿の半分くらいから下が出て、長い丈の革の靴は足の形をきれいに覆っていた。ロゼールは馬車を進めながら『いやあ、違うなぁ』と笑っていた。



 茶屋の前まで来ると、スウィーニーが到着していて、他の騎士たちも馬に乗るところだった。シャンガマックが茶屋の従業員の女性と(いい感じに)話していたが、他の者はドルドレンが連れてきたイーアンに驚いていた(驚き方は以下同様)。


 スウィーニーがイーアンを見ながら『今夜も宿泊が可能だそうで・・・』と言い、止った。ドルドレンはイーアンを隠すようにウィアドの向きを変え、『では宿へ行くぞ』と民宿へ向かった。



「イーアン。宿へ着くまで俺以外の誰とも口を利いてはいけない」


 ドルドレンの抑揚のない声が頭上から降ってきて、イーアンは大人しく頷いた。そしてちょっと見上げて『ドルドレン。こんなに買ってもらってごめんなさい。でも有難うございます』とお礼を伝えた。

 イーアンの言葉に、ドルドレンは小さく首を振り『ロゼールの言うとおりだ。もっと早くこうしてあげれば良かった』と謝った。



お読み頂き有難うございます。

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