708. 準備は貴族の誓いとして
突然に話を始めたセドウィナに、ドルドレンたちも食べる手を休め、彼女に顔を向けた。全員が自分に注目したのを確認し、セドウィナは立ち上がる。
「殿下からお話がありましたように。私たちがここに集まった理由は重要です。
王城の一件を心からお詫びすると共に、今後に向けた協力の意志を、旅立つ彼らに提示することです。
この二つは本来、相対する異なるものですが、皮肉にも彼らに働いた無礼な貴族の行いが、このきっかけを作るものでもありました。私は、そう捉えています。
単なる謝罪で済まさず、貴族としての在り方を問われる出来事として受け入れ、またこのハイザンジェル王国復興への協力手段として、謝罪から生まれた誠意を未来に生かすことが許されたのです。
旅人なる彼らが、私やパヴェル・アリジェンの描く誠意の将来を・・・これを受け入れてくれたなら。その過酷な旅を支援する形を以ってして、母国に協力する姿勢も現せるでしょう」
「それは、言葉だけではなく。常に対応する形として」
セドウィナの言葉に、パヴェルが次を続けた。セドウィナは座り、パヴェルは自分たちが何を思案したのかを、同席者全員に伝える。
驚いたような顔をした者は一人も居らず、耳を傾けた皆が、彼の話の齎すものを理解し、自分の動きに置き換えて考え始めた。
パヴェルが話し終えた後、そして暫く夕食会の席に沈黙が訪れる。訪れた静けさは少し長く居座り、数分後に一人が口を開くまで、誰一人身動きもせずにそのままだった。
「イーアン。指輪はここにあるだろうか」
フェイドリッドは徐にイーアンに訊ねた。すぐに腰袋に手を入れたイーアンは、フェイドリッドが以前に持たせてくれた指輪を出して見せた。彼はそれをそっと受け取る。
「有難う・・・これを見てほしい。私は以前。彼女が魔物を調べに国外へ行こうとした時、これをせめてと思い、渡した。
彼女は既に龍に乗り、いつでも国外へ動ける状態だったのだ。私が出来る、何かの後ろ盾はこのくらいと。彼女の熱意と誠意を手伝うに値するものを考えた時、この指輪に託した」
貴族の全員が、王様の人差し指と親指の間に挟まった小さな指輪に、目を見開いて眉を寄せた。『それを?』『それは』短い驚嘆を表す言葉が来客の席に飛び交う。さすがにセドウィナたちも、王の度胸と信頼の篤さに驚いた。ドルドレンたちには分からないが、思うに貴重(※相当貴重なはず)。
しかし続く言葉に、さらに驚く。後者の驚きは不愉快なものだった。
「だが空しいことに。イーアンは、この王城で身分を問われた際に、私の指輪を使って伝えようとしたが、門番は『知らない』と彼女を撥ね付けたことがある。
意味が分かるだろうか?このような代物は、何の役にも立たない場合がある。空しいが、良い例でも合ったことに今は感謝して参考にする。つまり、これではないのだ。もっと、深く、私たちと彼らを示す繋がりが、問われると思わねば」
「国外でね。問われるのは私たちの姿よ。見た目ね」
嫌だけどそれは一番最初に影響する、とミレイオは添えた。ミレイオの言葉には、幾つもの意味が含まれている。それに気が付くものは半数ほど。
彼ら旅人と、自分たち貴族を同じ天秤に乗せること、早い話はそこを思えば理解する。
王の話の最中でも、構わずに同等でいる来賓の姿は、一見して畏れ多いことのように感じても。彼らは、それを戒められるために、ここに呼ばれたわけではない。誰もが、彼ら5人がこの場にいるその意味を、大切に受け入れていた。
「この者が話したことは真。私は王城の件ほど悔しく辛いものは知らない。彼らが私と繋がっていると知っていても、例え、私への当て付けであったとしても。目に見えて『全く手が出せない』とでも知らせねば、彼らを守ることは出来ないだろう。それは何か。そしてそれを行えるだろうか」
王様は彼らに問いかける。それからイーアンに指輪を戻し『その指輪を見せる相手は、行き先の王族に』と。遅くなったことを詫びて、指輪の効力を持つ相手を指名した。
「王族」
呟くイーアンに、フェイドリッドは頷く。『王族であれば、間違っても知らないとは言われない。そして盗みの品とも思われはしない。それは確かだ』はっきりと、そう伝える。
イーアンは、これを腰袋に入れていたことが良かったのかどうか・・・今になって、申し訳なくなった。そんな困り垂れ目イーアンを見て、ドルドレンは小さく首を振っておく(※いいのいいの、の意味)。
「そうか。では、この提案を通そうとするあなた方は、果たしてどのように、立ち振る舞われる気がおありか。それを先に聞いても良いだろうか」
王の話を理解した後。思うにそれを超えるものを用意していると踏んだ、アリジェン家とホーション家に、向かい合う老貴族デイレ・ルガイ・マック・グラハ、ゴブナイト・ウェダー・グラハ夫妻は訊く。
「私から。アリジェン家は彼らを親戚として迎えます」
ふはっ。 オーリンが飲み物を噴出しそうになった。慌てて口を押さえ、黄色く光る目を、立ち上がっているパヴェルに向けた。彼はこっちを見ていて、優しく笑った。
「オーリン・マスガムハイン。君は私の親戚でも良いと思うんです。君が嫌ではなければ」
「何だと?何で、俺の名前全部知ってるんだ」
「何で。そうだね。調べたから。親戚になるからには知らないと」
何それー。オーリンはビックリして言葉が出てこない。パヴェルはオーリンがお気に入り。最初にこの話をセドウィナとした時、真っ先に『オーリンは引き取っても構わない』と笑顔で言った。
驚いたのはオーリンだけではないので、アリジェン家の横に座るホーション家以外は、目が皿。親方は眉根を寄せて『俺は遠慮するぞ』と呟いた。
「それは。それは、大した覚悟だね。アリジェン家がそんな動きを取るとは。君のところのシオスルンは了解しているんだろうね」
「息子の意見は関係ないと思うけれど、一応、了解は取ってあるよ。シオスルンは、弓が好きだからね」
オーリンを見たパヴェルは、息子のシオスルンは剣より弓を好み、年齢はオーリンより15才下、彼は長男で、今年結婚するんだよ、と紹介した(※息子不在の席で)。固まるオーリン。黄色い瞳が嫌がっていそう。
「それに、龍の民なんて聞いたら。息子は盾にも龍を彫らせるくらい憧れているから、会いたがってしまってね。そのうち紋章を変えられそうだよ。アッハッハッハッハ」
楽しそうに『暴露しちゃったよ』とばかりに笑うパヴェルの側、従兄弟夫婦も可笑しそうに笑って『シオスルンは賛成というよりも、屋敷に呼べばと言っていたね』会いたいのね・・・そう付け加えた。
鳥肌の立つオーリンは、さっとドルドレンたちを見た。彼らも驚きと眉間のシワ具合が同じ。勝手に決定していそうなパヴェルに、ドルドレンが質問しようとした時。セドウィナが遮る。
「ホーション家では、ミレイオを私の遠縁の親族とします」
ミレイオの目が据わる。ちらっと彼女の方を見てから、目が合いかけてさっと視線を戻した。両隣のイーアンとタンクラッドが、刺青パンクを見る。その表情が『断れ』と訴えている。ミレイオは頷き『当たり前でしょっ』と小声で強く意思を返す。
そんなミレイオの側へ、セドウィナはするする近寄って、その肩に手を置いた。ギョッとしたまま固まるミレイオ。
「この方は、西のアードキー地区に、腰を下ろして長く美術品を製作されています。国内外に美術館を持つ、私たちホーション家の、遠縁の親戚として迎えるに不自然はありません」
「何ですって?美術館?私が美術品製作?」
「ミレイオさえ宜しければ。名乗る時に、オーロット・ホーションと。その名の後に、続けて下さって構いません。それは私の家名と、私の母姓です。これを名乗れる者は、現在において私と妹以外におりません」
ぞわっとしたミレイオは振り返ったまま、『ちょっと待ちなさい。あなた』と、確認しようとして、ハッとした。
向こうからこっちを見つめている、これといった特徴の見当たらない彼女の夫。その目は悲しそうでもあり、小さな首の上下運動は『受け入れて構わない』の意思表示。
えーーーっ! 嫌よ、そんな。あんた、なんとかなさいよ! しかしミレイオ、察する。彼女は夫を説き伏せたわけではないことを。夫は彼女に頭が上がらないのでは・・・・・ げーっ もっと気の毒なんだけどーーーっっ
「ちょっと、ちょっと、待って頂戴。私は確かに準備って言ったし、周りを固めてとあなたに言ったけど。何もここまでしなくても」
「証明の紙。王の指輪。それでは通じない場所が出てくると知れば。親族として繋がり、それを紹介するより最たるものは見当たりませんでした。よって、あなたを迎えます」
ミレイオは動悸がする。探る左手でイーアンの腕をわしっと掴み、ビビるイーアンに目もくれず『私の妹よ。この子は私と一緒なの』セドウィナを睨み上げて、自分の道連れを増やす。それには、イーアンよりもドルドレンが、待ったを先にかけた。
「待て、ミレイオ。イーアンは」
「イーアンは。ハイザンジェルの姓とする」
王様。ここぞとばかりに『私の身内』と頷いた。貴族、皆でこの展開はビックリ。いいの、それ?!とばかりに慌てて訊ね合う。
言われたイーアンは真顔になり、王を見つめて首を振る。ちょっとずつ振りが大きくなり、ぶんぶん首を振って『無理。無理です。無理よ』を、か細い声で連発する(※ちょっと壊れかけ)。
「無理なものか。聞けばそなたはもう、その身を龍と化すであろう。龍の力の僅かを見せたこの前、王城のあの場に居合わせた多くの者が、強大な存在の印を目に焼き付けた。その畏怖は、王家にも劣らない。ハイザンジェルは、私の代から龍と共に(※王様ここで酔い痴れる)!」
「むり、ムリ、ムリです。無茶です。いけませんよ、フェイドリッド。他の王族の方が何と言うか。私はただのイーアン(※どんなイーアン)。いろいろムリです」
「心配には及ばん。私の兄弟親戚には昨日話した。驚いていたし、止められもしたが、これは龍が相手だと言い切ったら、さすがに怯えていた。ハハハハ」
ハハハ・・・・・って。目の前で『王家でとりあえず引き取る』と笑う王様に、イーアンの首振り運動が、リズムを狂わせておかしくなる。
もう、在り得る筈のない話に、口は開いたまま。言葉もすぐに思いつかず、これは今、この場の勢いではないかと、イーアンは必死に頭を廻らすが、すぐ壊れそうになるので、考えがまとまらない。
呆然とするイーアンの顔を両手で挟んで、ドルドレンは正気を保つように言い聞かせる。『イーアン、大丈夫だ。俺が一緒だ。今こそサラミを食べるんだ』小さく揺れを繰り返す愛妻に、頑張ってサラミを思い出させるが。
「騎士修道会総長。その働きは聞きしに勝る活躍。質実剛健そのもの。
私たちは、今。ホーション家、アリジェン家、またハイザンジェル王家の気高き覚悟に胸を打たれ、それに倣おうと思う。この言葉に二言はない。いいね?マウラ」
ドルドレンの前に座っていたお爺ちゃんは、話しかけたと思ったら、横のお婆ちゃんに確認を頼む。お婆ちゃんは、水色の瞳をきらーん。『ラクトナが決定したことに、私が逆らったことがあって?』ニコッと力強く微笑む。お爺ちゃんは満足そうに微笑み、頷いた。
「これが私たち、ハイザンジェル王国の建国に携わった、古くから続く貴族の在り方を問われる場なら。この度胸は肝試しなどではない。真の威厳を見せると理解した。君を信じて、私たちキンキートの親族に迎え入れよう。ドルドレン・ダヴァート」
ドルドレンは少し冷静になって、3秒後にきちんとお爺ちゃんを見て、言いたいことを言う(※抵抗)。
「御仁の申し出に感謝する。しかしこれは。早急に決定を求められる席とはいえ、如何せん双方の話し合いが必要に思うが」
「ドルドレン・ダヴァート。私はラクトナ・ゲオフロイ・グジョルド・キンキート。妻はマウラ・スレーン・キンキート。
私たちには息子2人と娘が1人。彼らはキンキートの家を離れ、新たに自分の可能性を信じて職を持つ。改革精神を教えたのは私だ。彼らの意見を待たずとも、君を受け入れることは可能だ」
大御所チックなお爺ちゃんの宣言に、ドルドレンは『うちのジジイと大違い』と心の中で呟く。だが、と話し合いを求めるドルドレンの声を止めたのは、タンクラッド。
「俺は断る。俺は誰の姓も受けない。俺を縛ることは誰にも出来ん」
次々に引き取られる子猫たちの中。二番目に年上の、目つき鋭いお兄ちゃん子猫は抵抗する。その目つきは、この異様な流れに戸惑いを隠せない(※『シャーッ』て感じ)。
「タンクラッド・ジョズリンか。イオライセオダの剣職人といえば、有名だな」
「あんたは。あんたは確か、グラハ領の」
「威勢が良い。私を『あんた』と呼ぶ男は、人生でいなかった(←お爺ちゃん87才)。
誰が相手でも威風堂々。媚びには縁遠い、作り出す剣の如く鋭い性質を備えた、今は少ない男たる男」
お爺ちゃんの誉め言葉に、タンクラッドはちょびっと黙る(※最近、自信喪失する機会が多かった)。お婆ちゃんはちょっと拍手(※お婆ちゃんはお爺ちゃんを盛り立てて、人生84年=生まれた頃から許婚)。
「ぼやぼやしていると、タンクラッドまで持って行かれそうだからな。私が君を」
「結構だ。俺は俺だ。俺を祝福した龍・ルガルバンダの加護で充分。俺の命の在り処は、この手に振るわれる時の剣が全て。俺はタンクラッド・ジョズリンだ。それ以上でもそれ以下でもない」
鳶色の瞳をギラッと光らせ、タンクラッドはお爺ちゃんに真っ向から言い切った。
セダンカ、痺れる。カッコイイ~~~ 私も言ってみたい~~~ この人、超カッコイイ~~~ 『俺の命の在り処は、時の剣が全て(※時の剣が何だか知らない)』ウヒョ~~~ 痺れる~!!!
自分の横でクネクネと身をよじり『たまらない』と笑うセダンカに眉を寄せながら、フェイドリッドは咳払いして、自分に視線を向かせる。
「タンクラッド・ジョズリン。そなたは孤高の存在であろう。しかしその存在を邪魔することは、私たちの力にないことくらい分かると思う。名乗る時に許可を得る手数が減る、と。そのくらいの気持ちでも構わないのだ」
王様の言葉は『軽く考えても良い』と聞こえる。タンクラッドは静かに首を傾げ、王様をじっと見た。
「どうかな。名乗る以上は、動きに制限もありそうなもんだ。俺たちの範囲と、そっちの範囲は違うだろう。俺たちが普通に取る行動が、そっちには迷惑になることもある。俺はそうした縛りが嫌なんだ」
タンクラッドの言葉に、引き取られかけた他4匹の子猫たちは、親方に期待する。
言い返して~ 頑張って~ 何か他の方法見つけて~ 無言の期待を感じる親方は、自分に向く眼差しに困惑しながらも、とりあえず『ちょっと考えてみてくれ』と続けた。
「まず、イーアンは龍だ。その壮大な力の意味から、魔物ではなく、人間の命を終わらせる時もあるかも知れない。それを俺は止めない。俺も同じ意味をこの背に負うからだ。総長も、オーリンも。ミレイオは、また別の大きなものも背負っている。
俺たちは旅をするにあたって、様々な出来事に出くわすだろうが、それに一々『傷つけない名誉』だとか『誰かの立場が』なんて、考えて動けないぞ。あんた方の庇護を受けて、親族なり何なりに繋がるということは、それ相応の覚悟が、あんたたちにこそ必要だ。それがモノ言う、社会だろ?
悪いことは言わん。他の形で、同じような効果を持つものを考えるべきだと俺は思う」
親方の意見は、言い終わってから少しの間を生んだ。
子猫5匹は、相手の反応を待つ。どうなるんだろうと思うものの、話し合うこともなく進んだこの話題に、変化があるのかどうか。
パヴェルは天井を仰ぐ。そして大きく深呼吸し、息を吐き出した後。瞼を下ろして、静かに言った。
「そうか。オーリン・マスガムハイン・アリジェン。君が監獄にいようが、断頭台の階段にいようが、私は止めてみせよう」
お読み頂き有難うございます。




