707. 和やかな夕食会
10分前に部屋に入った後、ちらほらと集まり始めた、他の来客たちを眺めるドルドレン一行。
数日前に見たパヴェル・ヒラヒラ服が、全員ヒラヒラ共通と知る。その衣服を半目で見ていたミレイオは『カッコ悪』ぼそっと呟く。イーアンは笑わないように気をつけて、そっとファッション・リーダーのパンクに耳打ち。
「ミレイオの感覚は、とても優れています。衣服へのこだわりが、常識に囚われないから」
そう言うと、ミレイオは微笑んでイーアンの肩を抱き寄せてから『有難う。あんたもカッコ良いのよ。あんたと私って、感覚近いわよね』と嬉しそうに答えた。
誉められて嬉しいイーアンは、ニコッと笑って、今日の刺青パンクの服も誉めておいた(※黒の袖なし鋲打ち革ジャン・革ベルトゴロゴロ・赤のアンダータンクトップ・黒い革パン・ごついブーツ&装飾品多数)。
集まったヒラヒラ衣服の集団は、タンクラッドが想像したとおり、どうも質が違うタイプの貴族だった。
彼らはセダンカとまず話しをして、後ろから続く他の来客と挨拶し、先にいた騎士と職人たちには顔が向けば微笑み、目が合えばさりげない会釈をしていた。
話しかけるのは単に、距離の近い相手、とした感覚に見えるその仕草は、決して嫌味ではないため、眺めている5人も特に何を思うことなく、その場から動かないままに待った。
年齢層は高いようで、40代以上の貴族しかいない。パヴェルと従兄弟夫婦、そしてセドウィナと夫アンスルも遅れて来たが、彼らは若い方に思えた。
来客が全員揃ったところで王様登場らしく、最後はホーション家のセドウィナとアンスルだったため、彼らが入室したのを合図に、セダンカは従者に知らせを持たせた。
セドウィナは、着席前の来客全員に簡単な挨拶を済ませ、目当ての男・ミレイオに顔を向けて微笑み、優雅に歩み寄る。夫のアンスルは、とても。平均的なお顔立ちで、特徴が見つけにくい人だった。
「いらして下さったことに、まずは心から御礼申し上げます」
貴族の誰よりも遅く来たセドウィナは、貴族の誰よりも早くに、主役の5人に話しかける。それからミレイオを見て『準備が整いました』と短く伝えた。ミレイオは自分よりも5cm程度低い身長の女性に、笑顔を見せないまま頷く。
「合っていることを祈るわ」
「お気に召しますようにお祈りします。しかし確約はこの場で行います」
セドウィナの言葉に、ぴくっと眉を動かしたパンク。横に立つイーアンに片腕を回して引き寄せ『確約待ちよ。ちょっと粘って頂戴』と伝える。イーアンは、長引くのかもと思い、すぐに了解した(※サラミ付きだから頑張れる)。
ミレイオはイーアンの顔を少し見て『大丈夫?』と小さな声で訊いた。心配かけて申し訳ない気持ちのイーアン。『大丈夫です』と答える。
「ドルドレンも、私もいるから。だけど、耐えられないなんてなったら、すぐに言うのよ。出ましょう、窓からでも良いし」
ホントは待たせたくないミレイオ。手っ取り早く終わらせて、とっとと出ないと、イーアンの苦手意識が気掛かりだった。
心底、気にしてくれるパンクに、イーアンはそっと袂のサラミを見せる(※チラ見)。パンクは一瞬、眉をぐっと寄せ『え。それ。肉』と声にしたが、イーアンが微笑んで頷いたので、ハハッと笑い出した。
「そうなの。分かったわ、私とドルドレンよりも、肉のが効果あるって。複雑だけど、まぁ良いわ」
『ミレイオとドルドレンがいてこそです。今日はサラミー(心の友)もいます』えへっと笑うイーアンの頭を抱えて、頬ずりするミレイオは『困ったら食べるのよ(※夕食中に)』と笑いながら言った。『あんた。そういうところ。子供みたいよね』カワイイカワイイ、言いながら、笑って頭にキスをしてやった。
この子。肉って。と思うものの。子供が飴で泣き止むのと一緒か、そう思えば。扱いやすいもんだ、ミレイオは笑う。オーリンは、少し離れた場所から見守りつつ、やっぱり自分があっていたと・・・満足な笑顔を向けていた。
可愛がられているイーアン。可愛がるミレイオ。何となく、口が出しにくいセドウィナ。
二人とも大人で。自分とそう変わらない年だろうけれど、自由に仲良くしている様子が素直に見えて。
気遣うことが当たり前の世界で生きているセドウィナには、見ないようにしていた憧れの幻がちらつく。
本当は自分の性格も、目の前の二人のように・・・好きな人には好きと言えて、嫌な場所にはさよならしたい、そうした性格だろうと感じているのに、それを自由に表現することは許されなかった。
楽に過ごしていそうな貴族の社交場は、非の打ち所ない壁を自分に作ってからこそ参加する場。壁に寄りかかる者も、壁の中を覗く者も『私の本当の気持ちを伝えると・・・』とは言うものの。それはまだ、こちらの様子を見る言葉で何重にも包まれている。
自分もそうして来たが、抑えが利かない気持ちの時は、思い切って行動に移していた。翌日には、あっという間に好き放題の噂になるけれど、高位の権力者に面と向かって言える者は誰もいない。夫さえ言わない。
立場上。火種に発展させないように気をつけていたが、それはいつの間にか、自分の本当の気持ちを厚塗りの壁の中に閉じ込めた。『思い切った行動』だって、たかが知れていて、ちょっと個人的に話が出来る程度止まりだった。満足なんて程遠いが、それでも良しと。自分に言い聞かせたセドウィナ。
そんな自分の前に。自由に自分を飾るミレイオが立ち、彼は角のある小さな女性(※身長163cmイーアン⇒低め認定)を好きに腕に抱えては、その頭にキスをしたり、頬ずりしたり、顔を覗き込んで笑ったり。イーアンも表情が自由で、顔に出す感情は手に取るように正直に伝わる。
羨ましい。そんなふうに生きたいと思っていた姿が、目の前にいて、セドウィナは見つめる目を逸らして、溜め息をつく代わりに静かに息を飲んだ。
「殿下がもう。皆様も着席されて下さい」
その声で、セドウィナとミレイオたちの会話が中断される。廊下から戻ったセダンカが、さっと室内にいる来客を見渡し、着席に促した。貴族の来客は自分の名札の添えられた席に、滑るように優雅に座る。
ドルドレンたちは、名札を見てから『イーアンはここだ』『私この席じゃない方がいい』『俺はこっちにする』と、名札を動かし、自分たちの席を交換してから座った(※自由)。
パヴェルはその様子を見て可笑しそうにしていたが、笑い声は控えた。他の貴族も驚いた顔で一瞬見たが、すぐに穏やかな微笑で見守った(※訓練の賜物)。
そして殿下。ご来場。一同は王様の挨拶で着席のまま、会釈を返し、王様は護衛の騎士を外して下がらせると、自身も奥の椅子に掛けた。王様は長い机の短辺に一人で、その右側の列にセダンカ、貴族が並ぶ。左側にドルドレンたち。そして、この5人の並びにホーション家とアリジェン家が着いた。
つまり。ドルドレンたちが面と向かう席の相手は、見知らぬ貴族のお爺ちゃんお婆ちゃん。もしくは、見知らぬおじちゃん、おばちゃん(※年齢層が高い)。
5人は落ち着かないので、目を合わせないようにしながら、王様の『この度~ウンタラカンタラ』の挨拶を黙って聞く。
長い挨拶で、よく何も見ないでここまでくっちゃべれるものだ、と・・・親方は首をゴキゴキ回す。あまりの自然体っぷりに、頑張って笑わないようにする、向かい合わせの貴族(※ゴキゴキ音が凄い)。
無礼承知の席とはいえ(※親方に無礼の意識はない)王様の挨拶中。セダンカが目をかっぴろげて、親方に小刻み高速で首を振るが、そのジェスチャーは届かない。
王様も気が付いてはいるが『あの剣職人は、堂々として怖いもの知らず』だから仕方ない(※王様弱気)の判断で、彼を気にしないようにして話を続ける。
王様のお話5分を過ぎた辺りで、喉が渇いたミレイオは。自分の前に逆さに置かれた空の容器を摘まみ上げ、セダンカを見て『話してるのにごめん。お水で良いから、ちょっとくれる?』と一言(※自由発言)。
王様がびくっとして、声が一瞬控え目になる。セダンカも固まる。笑いそうになる貴族は、一生懸命咳をしたり、目を瞑って押さえたりで、王様に恥をかかせないように気を遣う。パヴェルも可笑しくて、急いで口を押さえた。
「あ。俺もいい?水でいいよ」
オーリンもそこ乗っかる。貴族の皆さんは、頑張って笑わない。
そうなのだ。彼ら職人は一仕事の後。突然の招待に押されて作業を急ぎ、お茶の時間も取らずに、夕方にここへ到着しているので、喉が渇いていて当たり前。
ドルドレンは、そうだろうなとすぐに察したものの、これでは王の立場もないと。それも分かるので、苦笑いで王様に『彼らは仕事中でした』最初にそう伝え、この夕食会の知らせを受け取った状況を、手短に伝えた。
意表を突かれて困惑したものの。総長の言葉を聞けば、それもそうだと理解した王様は、挨拶を切り上げて『では、挨拶はここまでだ。来賓に飲み物を』とすぐに侍女に命じた。
「悪いことした?」
オーリンはタンクラッド越しに、ミレイオにちょっと訊く。刺青パンクは首を振って『何で?』と素っ気無く返した。親方はフフッと鼻で笑い、また首を回した(※ゴキゴキ)。
ドルドレンとイーアンはじっとしていた。自分たちはお買い物に出た時、ちょびっと飲み物を買って飲んでいたので、気にならなかっただけ。オーリンたちは屋外で、お茶の時間までは水分も取らずに作業する。もっと早く気がついてあげたら良かった、と二人は思った。
そんなことで、王様の挨拶が強制終了した時間は、5時15分。着席と挨拶合わせて、夕食会開始予定時刻の15分後には、各席に飲み物と前菜が運ばれ始め、これを合図に早々と料理の流れが動き出した。
緊張感も消え、金属製の水差しにたっぷり入った水が、王と来賓の容器に注がれる。細かな水滴を表面に付けた金属の水差しは、甘ったるい匂いの漂う春の部屋に、清々しい冷たさを見せた。
ミレイオは注がれてすぐに水を飲み、タンクラッドもオーリンも勢い良く飲み干して、お代わりをすぐにもらった(※水がぶ飲み)。
ここからは前菜、肉の皿、野菜の皿、乳製品の皿・・・と続くのだが。何もかもが小さい。タンクラッドは前に置かれた、自分の手の平よりも小柄な料理を見つめる。
10~12人前を一皿とし、大きな二皿に乗せられた肉の塊。
炙り焼いたシカ肉のようにも見えるが、オーリンはここで驚いた。肉切り役の家臣がナイフ2本で、ご丁寧にスライスした10cm×4cm(&薄さ3mm)平均、これを各皿に乗せる量が『2枚?2枚かよ』つい、声に出る。
家臣も二度見して、大声を出した男に『最初はこちらで。まだ切ります』と小声で教えた。横のタンクラッドも不満そう。
どうすれば、俺にこのペロッペロの紙みたいな肉で足りると思うんだ、とぼやく(※聞こえるようにぼやくのがコツ)。
イーアンは、サラミーちゃんがいるので、大丈夫。足りなくてもそっと齧ろう・・・そう決めているから、どっちかというとサラミーちゃん待ち。
でも。そんなイーアンのだんまり具合に、オーリンが向こうから顔を向けて『イーアン、足らないだろ。もっともらえ』と叫ぶ。それからすぐ『俺も、イーアンも。タンクラッドも、こんなのじゃ食った気にならないからさ。もう少し先に切っておいてよ』肉切り係の家臣に、きちんと注文した。
ドルドレンも大食漢だし、ミレイオも成人男性量のそこそこは食べる。確かにオーリンの指摘は正しいが、さすがが龍の民、と下を向いて笑うのみ(※常に自由な種族)。
セダンカは精一杯顔を背けて、我関せずを貫く。王様も驚くものの、彼らは彼らだからと、受け入れて『もっと多く切ってやれ。彼らは仕事をしてから、ここへ急いだのだ。空腹で当然である』そう、ちょっと大きめの声で伝えた。
呆れたように失笑していた貴族のお爺ちゃんも、それを聞いて『そうか。そうだな』と理解した様子で微笑み頷く。パヴェルと従兄弟夫婦は、この時に知る。この前の昼食・・・足りてなかったのかと(※今更)。
イーアンはちょっと思う。中世的な印象の、このハイザンジェル。皿や突き匙はあるものの、料理の雰囲気はやはりその頃に近いのか。
地域や国にも寄るが、贅沢禁止令の出た中世の時代に似ている、量の少なさ。肉は貴族の狩対象の野生動物、もしくは鳥。野菜は少なくて、木々になる実が使われること。
天(空)にある生き物、狩に値する野生動物は貴族的と見做し、自分たちに近い食事として・・・地に近いほど農民的とする、土から取れるものが少ない食事の雰囲気。宗教的背景から来る、人の傲慢さを食事から制限するための贅沢禁止の様子。
似ているなぁと思う。他の貴族は知らないが、ここにいる人たちは、そうした意識が強いのか。貴族は贅沢な食事が傲慢の表れとして、神様の怒りに触れないように、まずは自分たちが手本・・・かな。そうした感じが伝わる気がした。
自由な発言が多い、変わり者来賓の態度に、寛容な対処をする王様と貴族。少しずつ笑顔も浮かび始め、食事中に会話が行き交うようにも変わる。
ドルドレンの前のお爺ちゃんは、ドルドレンが食べている様子を見て『それはね』と料理の説明をしてくれた。
イーアンも横で聞いていて、ふむふむ思っていると、お爺ちゃんの横にいるお婆ちゃんは『あなたのその。訊いても良いかしら。その白い彫刻は』角・・・小さい声で質問した。イーアンは頷いて『そうです。これは角です』と微笑む。お婆ちゃんは少し角に目を留めて『彫刻のようだ』と誉めた。
ミレイオの斜め前に座るおばちゃん(※貴族)は、ずっとミレイオが気になって仕方なかったようで、勇気を持って話しかける。
「あなたは。その美しい瞳の色は自然に」
「え?ああ、これ?そうよ。生まれつきなの。隠れている温もりと温度を見分けるわ」
ミレイオのロマンチックな言い方に、おばちゃんは感心。『素敵ね。その。失礼かもしれないけれど、あなたの顔の金属は』何?(←こんなの初めて見た)と、強張る笑顔で、第二の質問も勇気を出して訊ねる。
「ああん?何のこと?あ、これか。金具よ。孔開けて付いてるの。私、光が好きだから」
「まぁ・・・・・ 輝きを取り込むのね(※貴族は言うことが違う)」
おばちゃんの質問がちょっと可笑しくて、ミレイオがフフッと笑って果物酒を飲むと、おばちゃんは急いで侍女に『彼にお酒を』と呼び、話を中断しないように気を配る。
そんなおばちゃんにミレイオは、『ね。私、男女の別を決められるのは窮屈で好きじゃないの。彼って言わないで。私はミレイオよ』と注意した(※男龍には言わないくせに)。
「あ。え。そうなの。ごめんなさい、気をつけるわ。ミレイオ。私も名乗っていなかったわね。アラナ・ボル・レニハンよ。こちらは夫のアオー・リオド・ナッハ・レニハン。アオー、ミレイオですって」
おじちゃんは、刺青パンクを見て微笑みを浮かべ、うんと頷く(※怖い)。ミレイオはニコッと笑って『アオーっていうのね。私はミレイオ』それからおばちゃんに『アラナ。あなたの知らないことを知りたいなら、訊いて良いわ』と上から目線で許諾した。
オーリンとタンクラッドは、とりあえず腹ペコ。肉切り係を帰さず『ここにいて』と頼んで、がんがん食べては、すぐに切り分けさせていた(※肉切り係は、二人の間に立たされる)。
そんなよく食べる二人の男に、パヴェルたちの向かいの貴族のおじちゃん・おばちゃんは微笑ましそうに『そのシカはうちの領土で獲れました』とちょびっと自慢。オーリンはちらっと見て『誰が獲ったの』と訊く。
その黄色い猫のような瞳に、おじちゃんはビビる。『うちの。うちの、その。息子が』笑顔は絶やさないものの、お前じゃないんだろ的な言葉に怯むおじちゃん。おばちゃんは旦那さんを支える。
「そう。俺も自分で獲るよ。もう少し血抜きは早い方が良いかもな。最近気温が高くなってるから」
でも美味いよ・・・ニコッと笑って、むちゃむちゃ食べる。おじちゃんは言われていることが、あまり分からないなりに、彼の最後の『美味いよ』に対してお礼を言った。
タンクラッドは無言絶好調。肉切り係がそっと帰ろうとするのを捕まえて『おい。切れ』と命令し続ける。この二人で、お肉の塊(※8kg)の半分を食べ切っているが、心配そうな家臣の視線を捉えた王様は、頷いてOKを出した。
親方のイケメン具合と食べっぷりと、堂々とした感じに、向かい合う貴族のお爺ちゃんとお婆ちゃんは、惚れ惚れする。『彼は騎士団長でも通じそうだ。勇敢そうだね』『物怖じしない強さが滲んでいるわ』ひそひそと気に入った様子を話し合うが、親方は無視する。食べているだけだろう、と思うのみ。
何となく和んだ雰囲気の夕食会。積極的に来賓の5人と会話しなかったのは、王様・セダンカ・ホーション家・アリジェン家だった。彼らには、他の貴族とドルドレンたちの様子を、観察する時間。時刻は6時前。
充分に見たい反応を得たので、そろそろ・・・とパヴェルがセドウィナに目配せする。セドウィナは目端にそれを受け、静かに息を吸った。
上座にいる王様に顔を向け、彼が青紫色の瞳を自分と合わせたのを合図に、セドウィナは食事の手を止めて、姿勢を正す。その動きは分かりやすく、何かを話そうとする合図と知っている貴族たちも、食事の手を置く。
「この時間を与えられましたことに喜びを以って。この場に集う、志を同じとする皆様に、私からの大切なお話をお聞き願えますか」
美しい貴族の女性は、良く通る声で最初の言葉を伝えた。
お読み頂き有難うございます。




