706. 王城の夕食会へ
招待状は夕食会。今日である。
なので、買い物は大急ぎ。紙に買うものを書き、ドルドレンはお金を用意して、イーアンと一緒にスカーメル・ボスカへ飛んだ。
荷物があると分かっているので、またしてもミンティン。さすがに青い龍もぶすっとしていた(※ちょこまか使われるの嫌い)。
スカーメル・ボスカに着くまでの間で、紙に書いた買出しの日用品について、二人は話し合う。何々がなかったら、どこで買う、これがなかったら、支部で分けてもらう等。『とにかく、揃えられるものは買ってしまおう』積んでしまった方が気が楽、と二人は決めて、この買出しでワサッと買い込み、ミンティンに出来るだけくくり付けて帰ることにした(※聖獣の扱いが雑)。
イーアンとドルドレンが、急いで買い物に飛び立った後。
職人たちも頑張る。『またよ。また延びる』空気読め~! ミレイオは、ずーっと馬車の中で不満を吐き出している。その気持ちは、他2人も同じ。
「謝るのは良いんだけどね。俺たちも忙しいって分からないかね」
「分かっているとしても。自分たちが先なんだよ」
オーリンに苦笑いするタンクラッド。ミレイオは、自分の作業を邪魔されるのが大嫌いなので、頭で分かっていても文句は垂れる。
自分も邪魔が入るのは嫌だけど。親方は、家具を作る手を休めないまま、先ほどの話を思い出す。
オーリンの地方の、貴族の話が出たあの後。時間もないし、話し合いはしなかったが、恐らく総長と俺とミレイオは同じことを思っただろう。
読みが当たれば。あのセドウィナという女が、王に食い込んだと見る部分だな。タンクラッドの予想は、そこが始発点。
セドウィナは、ミレイオに言われた『準備』が何かを考え、それを選ぶことに躊躇しなかった。その辺はさすがに、貴族当主の気構えと誉めてやれる部分か。あの一瞬で、どこの誰とも分からん俺たちに、それもミレイオ(※ここビックリ)相手に、誠意を見せたわけだから。謝罪と協力・・・その誠意か。
そして『準備』を実行するに当たり、偶然にしろ、何にしろ彼女は知ったんだ。王が俺たちを招こうとしている、その一歩手前の段階で、自分たちもその場を使えることを。
貴族の位なんぞ、俺は関心もないから知りもしないが。『自分たちは高位貴族』と会話中に口に出たくらいだから、それくらいの位置には居るんだろう。
そして、王城破壊の際、緊急招集された『自分たち高位貴族』の話し合いの内容には、希望が見えないと言ったこと。パヴェルが支部から戻った最初に、参加した昼食会では、話にならない様子だったことから・・・・・
その辺の貴族が相手ではないはずの、王の招待席に参加する貴族たちを、使えると見込んだんだ。
『準備』を整えるために、参加する人間たちは使える。即ち、それがセドウィナの考えた、ミレイオの質問の答えだとすれば。
「相手は、金も立場もあって、そこそこ人格者って感じだろうな。性格云々はどうにしても」
親方の呟きは、工具の音で誰にも聞こえない。
5組のうち、3組は正体が見えてきた。地主貴族と、固定先との契約を続ける浮気じゃない貴族。残る2組も、恐らく、そいつらと性質は似ているんだ。金と立場と力があって、王自ら催す謝罪目的の夕食に招かれた数少ない質の貴族を相手に、セドウィナたちが滑り込んだ理由は一つだ。
「ハイザンジェル王国の貴族で、旅の後押しを決定するつもりだ。俺たちが、自分たちの庇護の元にいる、自分たちと繋がっていることを、その場で決定する気だ」
親方は言葉にしてそう言うと、鼻で笑った。『俺たちがねぇ』フフンと笑った時、視線を感じて顔を上げるとオーリンが見ていた。
「タンクラッド。そう思うのか」
「聞こえたか。そうだ。俺はそう思った。多分、ミレイオも総長も同じように思っていそうだが」
黄色い瞳が何度か瞬きして、弓職人は小さく首を振った。『そんなこと、どうして思うんだ』こっちは、ただの職人と騎士だぜと、オーリンは言う。
「そりゃ、何か・・・謝ろうとか。普通はしないようなこともしてるけど。だからって」
「行けば分かる。違っていれば、それだけの話だ。戻ったら、また夜食でも食べることになる(※量足りない人)」
親方はオーリンにちょっと笑って、また作業を続けた。少しの間、親方を見つめていたオーリンも、首を捻ってから車輪を組み、槌を叩く。馬車では、ミレイオのぶーぶー文句を言う声が聞こえていた。
そんなこんなで午後3時になる頃には、空に青い龍が浮かぶのが見えた。
龍はやけに太った様子だったが、親方たちはじーっと見つめ、徐々に大きくなる姿に、龍が大量の荷物をくっ付けていると理解した。
「ミンティン。気の毒だな。ガルホブラフじゃ絶対に怒る」
「うむ。ミンティンはな、あいつ我慢するから(※我慢してもらったことある)」
機嫌は悪いだろうなと、親方がオーリンと話している側、青い龍はゆっくりゆっくり着陸した。顔が嫌そう。
「お疲れ様でした。ミンティン有難う。お前がゆっくり降りてくれたから、荷物も無事です」
イーアンとドルドレンはすぐに降りて、仏頂面の龍の顔をナデナデしながらお礼を言う(※龍からすれば『早く荷物取れ』の気分)。二人はニコニコしながら、ミンティンのお陰、と何度も言って、体中にくくり付けた荷の綱を解く。
オーリンは笑いながら側へ行き、一緒に荷物を降ろしてやった。降ろしている間、青い龍がぶすっとしているので、顔の方へ行って『お前は良いヤツだよ』と労っておく。龍はそれでも仏頂面だった。
ようやく全ての荷を解き終わると、ミンティンはいつもよりも速く飛んで逃げた。見送るイーアンとドルドレンは手を振って『有難う』と言っていた(※朗らか)。
「買えたか」
「大体は。布団等は揃った。掃除用具や洗濯道具等も大丈夫だ。調理器具がちょっと足りない。支部で使わないものを分けてもらう」
木箱の蓋を開けて見せ、一応全員に確認させてから、購入したものはとりあえずの場所として、家の中に運び込んだ。
「時間は?3時過ぎか。もうちょっとだな、夕食の会は5時に始まるらしいから」
ドルドレンが、腰袋から再び手紙を取り出して確認。『うん、そうだ。開始が5時。彼らは2~3時間の会を希望していそうだが、それはこちらの都合もあるから交渉する』4時半に出発、と仲間内で決定し、ドルドレンは執務室へお金を置きに行った。
イーアンは運んだ荷物の中、お布団と枕に、縫ったばかりのカバーをかける。敷布はそのままでも、掛け布団と枕、座布団にカバーがかかると、少しそれっぽく見えるので嬉しい。
「後はベッドに置くのが楽しみです。早く替えも縫い上げなければ」
カバーを掛けてから、家を出てミレイオのいる馬車で縫い物をした。ミレイオは、時間が勿体ないと嘆いていた。上手く運んだら、明日の夕方には出来たのに、と。
そんなミレイオの嘆きに相槌を打ちながら、イーアンも気持ちが分かると答えて『自分も男龍のところに行くと、何も出来なくて』そんなぼやきも出た。昨日今日と何もないから、少しホッとしているが、いつ連れて行かれるやら(※強引な方々)と思えば、動ける時はひたすら縫い物である。
ああだこうだと話していると、時間は無情にもあっさり4時に進む。夕方の日の傾きに、職人たちは早めに片付けに入り、半の出発に合わせた。
「着替えなんか。しないわよ。私このままで行く。まさか今日、呼ばれるなんて思ってないもの」
この前は着替えてやったけどさ、とミレイオは吐き捨てる(※この前は上半身裸だった)。イーアンも別に良いや、といった所。タンクラッドたちもそのまんま。ドルドレンは一応、礼装として、騎士修道会の制服を着ていた(※ドルドレンだけ)。
「よし。では出発」
龍3頭とお皿ちゃんのミレイオは、総長の号令できっちり4時半に浮上し、招かれた先・王城へ向かった。
空の道は口数も少なめ。夕方の橙色の日差しを受けて、夫々が思いに耽る。オーリンは専ら、セドウィナ鑑賞。タンクラッドは、自分の読みが当たるかどうか。
ドルドレンは心配があるものの、とりあえずオーリンの指示である『乾燥腸詰を一本持ち込め』の効果期待(※効くとは思うけど)。イーアンはげんなりするのみ。
お皿ちゃんで先頭を飛ぶミレイオ。胸中に目的が移ろう。
もしも『準備』が通過しなかった場合を考える。その時に何を要求出来るか。手に入れられるものは、手に入れておきたい。使えるものは何でも、奥の手で欲しかった。
『バカにはバカ。天才には天才。権力者には権力者じゃないと、立ち向かうのに時間がかかる』面倒が嫌いなミレイオは、これも一つの機会と考えていた。
徐々に見えてきた王都。招待状によると夕食の会は、王城の階を上がった来賓の間で催されるらしく、入り口はいつもの門ではなく、王城内側の中庭からだった。その部分は、セダンカ辺りの配慮だろうとドルドレンはイーアンに話した。
「この前。パヴェルの家に向かっただろう?あの庭の手前側。内庭なのか、中心は共有なのだな。王城側の庭園が終わった辺りの、芝生だと思う。そこらに降りれば、セダンカか誰かが来ると思う」
元気が見るからに消えているイーアン。頭にキスをして、ドルドレンは顔を覗き込む。『元気を出すのだ。あのセドウィナという女性は、ミレイオの約束を果たしたのかもしれない。準備が出来た、そういう意味かも知れないのだ』そう言うと、沈んでいたイーアンが、心配そうな鳶色の瞳を向ける。
「そうかも知れないですね。私も少し思いました。ちゃんと聞かないといけません」
ドルドレンは微笑んで、イーアンの腕を撫でた。今日も、自分とミレイオの側に座らせるからと言い、それからベルトに挟んでいたオーリン・サラミーちゃんを見せる。イーアンの目がゆっくりと見開かれてゆく。『あ・・・サラミー(※心の友)』囁き声を漏らすイーアン。間近で、その素敵な友達の芳香が香る。
「これを。オーリンが、持って行くようにと教えてくれた。辛くなったら、これを食べるのだ(※夕食の席で)」
微笑む伴侶に、20cm長のオーリン・サラミーちゃんを丸ごと一本、そっと手渡されたイーアンは、伴侶の優しさに心を温められ、微笑んでお礼を言った(※見越し通り単純)。
イーアンは『大事に齧る』と約束して、サラミーちゃんを袂に忍ばせた(※タワシでも飴でも肉でも何でも入れる場所)。心強い友の応援を得て(←サラミ齧る)イーアンに笑顔が戻った。
――さすがだ、オーリン。お前はやはり、イーアンの兄なのか(※燻製係=餌担当=兄)。
ドルドレンはちょっとだけ、オーリンの提案『肉持ってけば気にしないって』に、そんなアホなと、疑りを持っていたが。
こうもあっさり、愛妻が肉で立ち直るのを見ると(※アホ・・・)オーリンの適当さも、実は当たらずとも遠からずとか・・・いや、当たってしまったから、当たると認めるのみだった。
そんな感心するドルドレン。ちらっと振り返って見える、斜め後ろにいたガルホブラフは、このやり取りを見ていたと知る。その背中にいるオーリンもまた見ていたようで、目が合うと、優しく微笑まれた(※『な?』の意味)。
こうして無事、イーアンも元気が出て。真下に見えた芝生に、来客たちは次々に降りる。親方のバーハラーは無駄な動きが多くて目立つので、出来るだけ大振りに降りてもらった(※バッサバッサ・ドーンって)。
1分もしないうちに、王城の庭園を通って近寄ってくる人影を捉え、そちらを見ると思ったとおり、セダンカが迎えに出てくれていた。
「セダンカ。この前は」
「総長。何も言うな。来てくれてそれだけでも、良かった。私はあの日、仕事で中にはいたが、聞こえていただけでも、こちらにしか落ち度がないと分かる。こうして呼び立て、良く来てくれたとしか言えない」
セダンカは総長の言葉を遮り、来た面々を一応さっと確認してから、案内するから付いてくるようにと伝えた(※ミレイオを見ないようにする)。ドルドレンたちは龍を帰し、ミレイオはお皿ちゃんをしまった。
案内のセダンカに誘導された5人は、庭園を抜け、王城の裏庭から建物の中に入る。イーアンはこの前のような不安一杯ではなく、袂をしっかりと掴みながら(※サラミ)ドルドレンと一緒に並んで歩いた。
ミレイオとタンクラッドも並んで歩く。オーリンは少し後ろ。すれ違う騎士たちが、セダンカと総長を見て表情を変えるのを、歩きながら観察していた。イーアンは背が低いから、一瞬遅れで視界に入るのか。イーアンを見ても、彼らは同様にギョッとした顔を向けた。
ミレイオもタンクラッドも目立つ。目立たないのは自分だけだな、とオーリンは思いながら、王城の廊下をすれ違う人々を見送った。
暫く歩いてから、磨き石の廊下途中で階段を上がり、広い幅の階段を過ぎてから、深い毛足の絨毯が敷かれた廊下に入る。これをまた少し進んだところで、開放された扉のある場所へ。
「ここで。夕食を一緒に。席は2列だ。奥の、殿下の席に近い左側がそうだ」
セダンカは総長を促し、彼と一緒に来た全員に道を譲る。ドルドレンはイーアンの肩を抱き寄せ『一緒だ』と低い声で囁いた。イーアンも頷く。ミレイオが来て『私、この子の横に座るわよ』そう言って、イーアンのすぐ横に並んだ。
長い長い長い机には、丁寧に編まれた白い透かし模様の布が掛かり、その上に金地の皿と、銀の食器が並ぶ。着席している人はまだ居らず、これから来るということだった。
一番乗りになってしまった5人。少々、居心地は悪いものの。着席しなくても良いとセダンカに言われ、立った状態で、壁際にまとまって時間を待つ。
5時から始まると書かれた招待状を出して見つめるドルドレン。時間は10分前。この、のんびりさは・・・ちらっと見た職人たちの顔は曇っている。時間を惜しむ職人たちの作業に、少々苦い出だしになったと感じた。
セダンカは部屋と廊下を、落ち着かなさそうに何度も出入りして、『まだかな』『どうしたのか』と焦っていた。
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